リーリエ、カムバック!   作:融合好き

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淫夢要素はないのでひっそりと初投稿です。ついにリーリエちゃん視点。ここまで長かった。


さいごまで あきらめない はがねのこころで!

気づいた時には、既に歩みを進めていた。

 

母さまはこの件について、不干渉を貫くことに決めたらしい。言い訳はそれらしくあれこれと並べていたが、結局は夫の側を離れたくないという理由(我儘)に落ち着いた。元から執着心は人並み以上の人だ。失ったと思っていた夫が帰って来たならば、それに執心するのも無理はない。

 

そもそも、あの人を信用できないというのもあるだろう。客観的に見て、彼女が私欲で財団を盛大に掻き回したのは間違いない。マッチポンプに等しくとも、彼女に命を助けられた立場の父さまは必死にフォローしていたが、だからこそ直接的な報復には至っていないのだと私は思っている。

 

特に事情を聞いた直後の兄さまは、随分とご立腹だったようで、宥めるのに相応の苦労をしたものだ。ある時期、母さまが暴走したあたりから波風立てない生き方をしていた私には兄妹喧嘩など久々で、母さまとの経験が無かったらどうにもならなかったかもしれない。

 

尤も、下手をすれば家族を失う羽目になった出来事を、得難くはあっても良い経験だと思いたくはないのだが。

 

 

「──この橋の、その先に」

 

 

今は懐かしき試練の場(・・・・)。遺跡に繋がる吊り橋をその前に、私は大きく息を飲む。動悸の激しさは苛烈を極め、いつ張り裂けてもおかしくはないくらいだ。これほど素直に緊張したと言えるのは、いつ以来だろうか。

 

「…………」

 

この先にいるのは、この島の守り神。アローラを見守り、人々の側に立って、その歴史を共に歩んだ偉大なお方。各地に存在する神と呼ばれしポケモンが一匹。とちがみポケモン、カプ・コケコ。

 

彼(?)と私は、あの時に一度交錯しただけ、つまり関係性は無いに等しいが、私にとっての彼は違う。

 

カプ・コケコというポケモンは、私にとってポケモンの頂点に君臨する。トレーナーとしての極致に位置するヨウさんとはまた別の、個として在る最強。おそらく盛大に間違ってる上、厳密に言うならヨウさんの持つほしぐもちゃん……ソルガレオこそが定義されるべき称号であろうと、私にとってのほしぐもちゃんは強さのイメージと結び付かない。

 

第一印象とは偉大だ。どれほど当人と行動を共にしても、前提としていつまでも引き摺られる。私が今でもヨウさんを指標にしているのも、この橋での勇気ある行動が目に焼き付いているからだろう。ただ彼の場合、それ以前の問題であったが。

 

それと同じだ。あの時私は、彼を一目見ただけで、その強さ。神聖さ。気高さを存分に感じ取ることができた。

 

これは私の感受性が高かったからなのか、そもそも彼に隠す気がなかったのか、あるいは単なる気まぐれであったからなのかはわからない。でも、推測でいいのなら、理屈を抜きに理解できる。小難しい理由なんてない。その必要もなかった。ただそれだけのことなのだろう。

 

「…………」

 

胸の内に、何とも言えない感情が湧き上がる。罪悪感にも近い、言い表せない気持ちが。

 

報復や復讐に正当性は無くても、その憤りは真っ当なものだ。国を乱した者に憎悪を抱く。神として、ポケモンとして。あるいは実に人間的で、それらしい理由ではある。それがいけないことだとわかっていても、私なら。もしも私が、この島に見捨てられたりしたら、そうしない保証なんてない。それはきっと、ヨウさんでも同じこと。例外はおそらく、最初からこの島を見限っていたあの人くらいだ。

 

(………どんな気分なのでしょうか)

 

この島のことが、どうしようもなく歪に見える。そう発言した彼女の顔は、傍目に分かるほど疲れ切っていた。

 

カントー地方を巡った私も、この島の慣習にはどこか不自然さを抱いている。しかし私はあの人のように、その責任をカプに押し付けるような真似はできない。だからこそ、この場にいる。私の憧れた最強のトレーナー、ヨウさんを精一杯見習って。私にできること、否、私がすべきことを成し遂げるために。

 

『──短絡的だな。だが、悪くない。そういう趣も否定はせん。固定観念を壊すのは、俺がスカル団で学んだ唯一の教訓だ。

 

それに何より、お前が選んだ道だ。興味がないと言えば嘘になる。あの女のことはさておき、俺もあの人……ボスについて、思うところがないわけではないしな。

 

肝心な時、「たんじゅん」な力量(レベル)だけを求め「がむしゃら」に生きていた俺には、耳が痛い話だが』

 

複雑そうな顔でそう呟いた兄さまは、直前までの喧嘩もあってか随分と疲弊しているように見えた。

 

兄さまもまた、私とは異なり、母さまの意思を尊重することを選んだらしい。彼自身は『あれだけ虐げられていたのにな』などと自嘲していたが、その言葉を私は笑い飛ばすことは出来なかった。

 

ともあれ、結果として、私は一人で行動している。カントー地方でも一人で旅をしていたのに、いつまで経ってもこの感覚には慣れない。ハウさんのようにポケモンを引き連れて歩こうにも、最初のポケモン(・・・・・・・)がそういう行為にあまりに不適格なため、すっかり癖として定着してしまった。

 

それとも、ほしぐもちゃんを匿っていた時期のことが、今でも尾を引いているのだろうか。もしもそうであるならば、本当、根本のところで私たちは家族なのだと、母さまの娘なのだと実感するばかりである。

 

「…………」

 

石橋を叩くような過剰すぎる警戒と共に、踏みしめるように橋を渡る。

 

警戒も心配も杞憂、もしや、と思われたカプ神も他のポケモンも、ましてやヨウさんが現れることもなく、やはりあの交錯は奇跡であったのだと実感する。

 

──あるいは、兄さま風に。運命、だろうか。少なくとも、母さまの時同様、あの出来事が私にとって重要なファクターとなったのは事実だ。身を焦がす恋情が、今も私に力を注いでくれる。行動の指針に、活力になる。

 

私はいつも衝動的で、我儘で、自分勝手なことばかりだけど──でも。だからこそ、そんな私の我儘に何も言わず付き合ってくれた彼を、自分の意思を曲げることで、彼の行動を否定したくはないから。

 

(………とはいえ、それで自分のエゴを正当化するつもりもないけれど)

 

振り返ると、とうの昔に試練(・・)は終わっていた。否、試練となるのはこれから先だ。どう転ぶかも、何が起こるかも、何が正解かもわからない。こんな時、ヨウさんなら──そんなことばかり考える自分が嫌になる。

 

思慮深く見えて短絡的な自分と、無為無策に見えてその実その方が効率的だと自覚している彼。対比なれど、有用性は言うに及ばず。他者と自身を比較して自嘲するのは悪い癖。そう言われておきながらも、生来染み付いた思考(ロジック)はなかなか変えられない。

 

内向的で根暗な性根も、終ぞ矯正されることはなく、母さまのように、上っ面だけ取り繕って。見栄を張る。嘘に嘘を重ねるように、無理をしてでも誤魔化し続ける。本当に、ヨウさんとは大違いだ。

 

意識して堂々としていたはずの歩調が、遺跡の入り口に迫るほど乱れていく。思考を重ねていく毎に、固めたはずの決意が鈍るのを実感する。こんな私を兄さまが見れば、また小洒落た冗句を語ってくれるのだろうか?

 

まあ、兎にも角にも。今の私には、単なる未練に過ぎないのだが。

 

「………畏れ多くも。

 

アローラの守り神であせられるカプ神に於かれましては──」

 

不気味な静寂に包まれた遺跡の奥深く。不思議と何一つとして滞りなく到達した祭壇の前にて、私は静かに言葉を紡ぐ。

 

反応はない。いつかのパプウさんを思い出す、完全なる無音状態──神聖な空気に充てられてか、常ならばどこかしらに存在するはずのポケモンの物音さえしない空間は、私の寂寥感をひしひしと駆り立てた。

 

「っ………」

 

怯みそうになりつつも、必死に言葉を重ね続ける。大丈夫。こんなもの、いつかの母さまに比べたら苦労のうちにも入らない。そも、何が苦痛だと言うのか。ハラさんの目を盗み、こんなところに忍び込んでまですることが後悔なら、馬鹿にするにも程がある。

 

少なくとも、私が知る誰もがこの程度で参ったりはしない。カプ神に反応がないのなら、どうせ誰にも見られていないのだ。多少の無様さ、滑稽さを晒したところで問題ない。ただ、ひたすらに。

 

「どうか──どうか──」

 

気づけば、呼び掛けは既に懇願へと変わっていた。剥き出しの感情が、壁へ天井へと虚しく響く。自分は一体、何をしているのか。自問はとうに10を超え、しかしそれでも喉は休めず、枯れた声を搔き鳴らして。血を吐くように訴える。けれど時間は誰にも平等で、一つ、また一つと針が進み、その度に限界が躙り寄って来る。

 

「………ぅ」

 

遠退いてきた意識を唇を噛んで引き戻し、血が滲むほど拳を握りしめる。分かっていたことではあるが、何一つとして思うように進まない。いつも誰かに頼り切りで、一人では何も出来なくて。歯痒い気持ちでいっぱいで、結局、何も変えられなくて。

 

そんな自分が嫌で嫌で、彼が悲しむことを知っていてなお私は自分を変えようと旅に出た。帰ってすぐ彼の様子を見に行ったのと、肝心の場所がカントーだったのは私の意思が弱かったからだ。カタチだけはそれらしく、言い訳ばかり立派になって、その実ロクに成長していない。もしも、こんな私が──そう想うだけで萎縮して、まさかあのヨウさんに限って、そんなことがあるはずないのに。いつまでもいつまでも。そう、まるで今の私のように。

 

(やっぱり、私には──)

 

足りないのだろうか。何かが、あるいは、ありとあらゆるモノが。

 

根拠がなくても、確信がある。彼ならきっと、ヨウさんがこの場にいたとしたら。それだけでカプ神はなんらかの反応を示す。そんな光景がありありと思い浮かぶ。

 

勝手な妄想だ。カプ神にもヨウさんにも、失礼極まりない。己が惨めさを誤魔化すため、己が不足に言い訳するための苦しい嘘。自分さえも騙せない滑稽な言葉。道化としては及第点でも、目指す理想は高く険しく。いつまでたっても、未熟なままで。

 

けれどそれは、きっとヨウさんも同じで。だから私は、一刻も早く──

 

「…………えい」

 

「──ッ!?」

 

突如として突っつかれた頬の柔らかな指先の感触に、油断していたのもあってか盛大に後退る。

 

悲鳴を上げなかったのは奇跡と言っていい。正直、自分でも驚いているくらいなのだ。私が言えた義理ではないが、何故、こんな夜更けに、こんなところで、たった一人で、差も同然のように侵入しているのか──!

 

「およ? ご無事でしたか? いやいや申しわけありません。つい」

 

「な、な、な………!」

 

「んー? なーんか驚いてるみたいですけど、特段この場所に入ることへの罰則は定められていませんよ? あんまり見せびらかすものでもないので、普通はキャプテンか島キングがやんわりと押し留めるんですけど、それでも望めば見学くらいは認められる場所です」

 

「あ、そうなんですか………? って、そうじゃなくて! えっと、その………見ました?」

 

「のーこめんと、です。ただまあ、思わず声を掛けてしまったのはそうですね、そういうことなのかもしれません。先程罰則はない、と言いましたが、咎められないわけではないんです。

 

この祭壇はアローラで最も神聖な場所。無断で侵入されて荒らされたーなんてことがあったら大事ですから」

 

「…………」

 

あからさまに誤魔化されたが、この反応、絶対に見られてた。はっきり言おう。ものすごく恥ずかしい。ヨウさんに研究所のお部屋を覗かれそうになったなんて比じゃない。頬が紅潮して破裂しそうなほどだ。

 

(いや、あれもあれで恥ずかしかったですし、必死になって抵抗していましたが)

 

しかし、これは恥ずかしさのベクトルが違う。そして、どちらがより見られたくないかと問えばそれは間違いなくこちらだ。特に最後の方は……いや、割と最初から自分でも何を言っているかわからなくなっていたような……。とにかく、少なくとも見られて愉快なものではないはずだ。

 

(………とはいえ)

 

この発言、言い回し。要するに、「私は何も聞いてませんよ」というスタンスを貫くつもりらしい。助言についても独り言。それでもあえて身を晒したのは、お節介か、好奇心か、単に愉快犯か、それともそれほど私が危うかったのか。あるいは。

 

(目的が同じだった、とか。この人は確か、ポニ島のキャプテンだったはずですし、ないとは言い切れません)

 

燻んだボサボサの長髪に、整った顔立ちを汚れで独特のモノへと染め上げている人物。一年振りだが、名前は忘れていない。ポニ島のキャプテンの一人であるマツリカさん。

 

見るからに積極的に行動するタイプにも見えないのに、否、これは私の勝手な思い込みだ。彼女との関わり合いが薄い私には、口が裂けても言えない台詞。なればこそ、その件については私はここで口を噤むべきだろう。

 

「………それで、ご用件は?」

 

ただ、理解はしてても納得できるかは別の話。最低限の言葉使いだけを取り繕った自分でもびっくりするほど色の無い声が、深夜の遺跡に響き渡る。彼女の登場により虚しさこそ消え果てたが、代わりに膨大な後悔が渦巻いている。仮に『テレポート』を覚えているポケモンを私が持っていたのなら、私は既にこの場にはいないだろう。

 

「用がある、ってより、忠告かな? いやー、今はほら、ウルトラビーストって呼ばれる凶暴なポケモンたちが島に出回っているので、ひとまずその案件が解決するまでキャプテンとしては、こんな夜更けに一人でいる貴女に、声を掛けずにはいられないって言うか」

 

「ウルトラビースト……」

 

「そうなのです。………んん? そういえば貴女、どこかで………いや、会話をしたことは間違いなくないはずだけど、もしや、かなーり前にどこかですれ違いました?」

 

「え? いえ……」

 

言われて少し記憶を漁るが、あのハプウさんがいる島のキャプテンということもあり、加えて彼女の容姿は特徴的なためこちらは一方的に知っていても、彼女と会話をした経験は一度もないはずだ。

 

それとも、彼女が言うように、本当にすれ違っただけの関係でそこまで記憶しているのなら、粗雑そうな風体とは裏腹に、キャプテンとして本当に人をよく見ているのか。あるいは相当『ぬけめがない』人物なのだろうか。

 

「ですが、その件については大丈夫です(・・・・・)

 

「おー? なにやら自信ありげのようですけど、いえ、そういうことならモーマンタイです。

 

ですが、その割に………別に貴女が弱く見えるとかそういうわけではないんですよ? ただ、そう言えるだけの実力もあるっぽいのに、よりにもよってこんなところで、しかもこんな深夜帯で、リングも嵌めずに……。…………リングを、持ってなくて、あんなに必死になって………、……………あ」

 

瞬間、何かに気づいた(・・・・・・・)らしいマツリカさんが目に見えて動揺し、それまでの飄々とした態度はなんだったのかと思うほど狼狽える。

 

こちらもその動揺を察して非常に申し訳ない気分になったが、勘違いではあっても間違いというわけではない。私が未だカプに認められていないのは事実だし、カプに訴えがあったのもそうだ。ただその内容が非常に私的なものであり、私個人の我儘であっただけで。

 

そんな事情はつゆ知らず。しばし狼狽していた彼女だが、やがて思い出したように、誤魔化すように、おそらくは先程の会話を情報で押し流すために、ある意味ではお節介な、私にとっても予想外な言葉を紡ぐ。

 

「──そうです! あたし、リーグ設立にあたって、キャプテンとしてその、リーグ戦を見越した………要するに、協会の監査にも問題ないような試練を考えていたんですけど、いかんせんあたし、交友関係とかあんまりで。テスターになり得るいい感じの実力者がいなかったんですよね。

 

いや、もっと正確には二人くらい心当たりはあるんですけど、まさかチャンピオンや外部の人にこんなことを頼むわけにはと困り果てていたんです」

 

「は、はぁ……?」

 

「試練とはカプに見初められた者が受けるべき。元からあたしはこの慣習はちょっとアレかな、って思ってたので、リーグの設立は大賛成だったわけですが、今後はそのかわりに、試練そのものにテコ入れが必須になります。

 

今までは極論、誰かに譲り受けるなどでもZクリスタルを全て集めさえすればカプ神次第で島キングに成れたわけなんですけど、この島ってばゆるーい慣習で成り立ってるので一部クリスタルの扱いが酷いんですよね。ヒコウとかコオリとか。

 

試練についても。ポニの例だと、前キャプテンが急病で亡くなってから、彼の担当していた試練が有名無実化しています。野生化した彼のポケモンが何故か試練を担当することになり、土地の試練なんて銘を打って誤魔化してますけど、要するに怠慢なんですよね、これが。

 

レヒレが人間嫌いで、人前になかなか姿を見せないで、そのため島クイーンが定まらず、キャプテンの指名ができなかった──それでは導き手として如何なものか。少なくとも、あたしが協会の人間なら。まあ普通にダメ出しされますよね。それでは困るのです」

 

「……そう、ですね」

 

試練について、かつてトレーナーではなかった私はその詳細を知らない。なればこそ、その事由も同様に。が、あんなに立派なハプウさんが島クイーンに成れずして苦悩していた真実も、今になってようやく理解できた気がする。

 

やはり、聞くことと実際に経験してみることではその情報量に天と地ほどの差がある。話についても同じ。こうしてキャプテンの立場から問題として挙げられているのを実体験として語られると、よりそれを現実のものとして実感する。しかし、これさえも私は聞いただけ。きっと彼女が持つ問題は、私の想像の遥か上を行くのだろう。

 

「……それで。話の流れからして、私をそのテスターにしたい、ということでしょうか?」

 

「おお! 話が早いのは良いことです。

 

そんな聡明な貴女にこそ、この試練は相応しいでしょう! ……と、持ち上げたはいいものの、ウルトラビーストの案件が終了しても、まだしばらくはリーグ参戦も自由なはずですし、わざわざ試練を受ける暇があるなら今の状況を利用して、修行なりなんなりで実力を底上げしたい! という考えもあると思います。

 

そもそも、試練は基本的に強制ではないので、遠慮なく断っていただいても構いません。貴女を選んだ理由も、ここで偶然出会ったから、というものでしかないわけですし。…………あの、今更ですけど、観光客の方ではありませんよね?」

 

「違います」

 

最後の最後で全てを台無しにしかねないある意味とんでもない質問をされたが、流石に杞憂であることがわかると、彼女はほっと一息をつき、「もちろん、ただとは言いませんよ」と続けて、

 

「なんと今だけ特別大サービス! このメガリングを『プレゼント』しちゃう! ……まあ実際は、私には不要な品ってだけなんですけど」

 

「メガリング?」

 

「ええ。メガシンカってご存知です? トレーナーとポケモンが極限まで信頼し合ってるとポケモンがトレーナーの望むカタチに変化する、なんて摩訶不思議な現象を指す言葉なんですけど」

 

「メガシンカ……」

 

「まあ、中にはチャンピオンみたいに、こういった補助具も無しにあっさりとそれを成し遂げちゃう規格外なんかが………げふんげふん。

 

失敬、それで、これが貴女に使えるかはわかりませんけど、使い熟せれば間違いなく『きりふだ』になり得る。自分に使えないからと押し付けるような真似をして申し訳ないですが、悪い話じゃないのでは?」

 

「…………」

 

しばらく無言で考える。

 

早急に済ませたい用件があるのは確かだが、このまま続けたところで結果に繋がらないのはたった今実感したばかり。とはいえ、元より衝動的な行動。代案となる選択肢もなく、早々に行き詰まっていたのも事実。一度用件から離れて、頭を冷やした方が良い案も浮かぶ……かもしれない。

 

嘘だ。実際には、メガシンカというものに多大なる興味がある。あの時、忘れもしない一世一代の大舞台にて、やまおとこの服装をしたジョーイさんが初手に行った不思議な現象。まさに進化と呼ぶべきあれが、そうであるならば。

 

(あの人は、ヨウさんに勝利した……前提を同じくすれば、私にも)

 

もちろん、ポケモン勝負は条件を同じにすれば勝てるような容易い競技ではないが、彼女が言うように『きりふだ』が増えるのは悪いことではない。損得を抜きにしても、彼女の話を聞いて、協力したいと思ったのもある。ここは……。

 

「わかりました。微力ながら、協力させていただきます」

 

「おぉぉおお! ありがとうございます! それではさっそく、肝心の試練の内容ですが──」

 

「……っ」

 

感謝の意と共に紡がれたその言葉に身構える。大口を叩いた手前、無様な姿は見せられない。そもそも私は、余人に比べて機転の利くタイプの人間ではないので、どんな内容の試練でも、とにかくゼンリョクで挑む!

 

「それは。ですね──私との、勝負です!」

 

「…………はい?」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

まずは場所を変えましょう、と提案した彼女に随行し、戦の遺跡の外部へと出る。入った頃はまだ宵だった空もどっぷりと深く、満月と星々の光が大空に瞬いている。目的が観光なら、あるいは目的を達成できてさえいれば、この光景にも晴れやかな気分で臨めたのだろうが、緊張と不安が押し寄せてきて、どうにも落ち着いていられない。

 

(しかし、『勝負』が試練……まあ、ある意味では当然なのでしょうけど)

 

料理対決や間違い探し、クイズなど、奇抜な試練を持ち出される方が私としては困るので、単に勝負で実力なり人格なりを測るというなら有難くはある。

 

不安要素は彼女の実力や合格の基準が不明瞭であるということだろうか。だがしかし、私の役割はテスター、つまりは試金石。仮に失敗したところで、それを活かして今後に繋げればそれで良いのである。

 

「………このあたり、ですかね。ここならゼンリョクで暴れても、遺跡へ被害は及ばないでしょう」

 

マホロ山道の横道を逸れてしばらく、山中のやや拓けた場所で足を止めたマツリカさんが、こちらを向き直って宣言する。

 

空に浮かぶは見事な満月とはいえ、その表情は伺えない。街灯もない山中では星も一層輝くが、それでも周辺を照らし出すには程遠い。こんなところで戦うのか、と私が考えた瞬間、マツリカさんが肩にかけたバッグから何かを取り出した。

 

「ちょっと目を瞑っていてくださいね……えぃっ!」

 

「え? わぁ………!」

 

マツリカさんが手を振るうと、そこから零れ落ちた光り輝く何かが地面を染め上げ、光のイルミネーションを構築する。

 

月夜に照らされ煌めくそれは即席の天の川。単なる光源として使うにはあまりに贅沢な芸術品は、沈んだ気分を浮上させるに十分なものだった。

 

「『ひかりのこな』って言うんですけど、知ってます? まあ、知っても知らなくても別にいいです。さ、ゼンリョクで行きましょうか!」

 

「勝負、と言いましたけど、それは協会のルールでいいのですか?」

 

「え? あー、そですね。あたしは別に、そっちが6匹使っても何も言うつもりはありませんでしたけど、査定云々を考えたらその辺もちゃんとした方がいいですね。

 

ええと、ではルールはポケモン協会公認の公式ルールから3対3の規定。所持する道具の重複及びトレーナーによる道具の使用を禁止。勝ち抜き時を除くわざ以外による交代は戦闘不能として扱う。その他トレーナーへの攻撃云々は野良、非公式のルールも含め全て厳禁で」

 

「了解です」

 

ルールを把握し、言葉と共に会釈すると、そのタイミングを待っていたようにマツリカさんが即席のフィールドにモンスターボールを投げ入れる。

 

現れたポケモンは、ツリアブポケモンのアブリボン。20センチほどの小さなむしポケモンで、戦闘用・食用とさまざまな『かふんだんご』を作り出し、それを用いて外敵を翻弄する。

 

それが一般的に語られるアブリボンの情報なのだが、しかし、彼女のアブリボンには、見るからに他とは違う特徴があった。

 

「ず、随分と大きなアブリボンですね……」

 

「そうですかー?」

 

雑に回答された。答える気は無いらしい。

 

私もアブリボンを所持しているから一目で分かった。あのアブリボンの体長は、明らかに他のアブリボンの倍近く、40センチ前後はある。

 

もちろん、ポケモンだって生き物だ。一様に図鑑で20センチと解説されていても1.2倍程度の誤差は当たり前。けれど、これほどの誤差、人間であれば3mを優に超える長身に等しい。おそらくこれが噂に語られるぬしポケモンなんだと思うが、どのように育てたらここまで大きくなるのかは興味が尽きない。

 

(アブリボンはむし・フェアリーの複合……なら)

 

「ピッピさん、お願いします!」

 

対する私が繰り出したのは、同じくフェアリータイプを持つポケモン、ピッピ。こちらは平均的なピッピと同じ体長だが、それでもその大きさは相手の1.5倍、60センチはある。

 

ちなみに、進化をさせていない理由はその方が可愛いから……ではなく、貴重品たる『つきのいし』を持っていないからである。まさか道端で落ちているはずもなし、母さまの例からして、エーテル財団の財力があればいくらでも調達は可能なのかもしれないが、流石に決行するのは憚られた。自分のポケモンは自分の手で……そんな安いプライドに付き合わさせてるピッピには、非常に申し訳なく思っている。

 

「開始のタイミングは公式はジャッジに頼るんですが、野良の場合はトレーナー同士の判断に委ねられていますので、ここは公平に、お互いに10を数えましょう。はい、じゅう、きゅう、はち、なな…………」

 

「…………よん、さん、に、いち──」

 

「ピッピさん、『コスモパワー』!」

 

「んー? よし、行っちゃいましょう!

 

アブリボン、ゼンリョクで『ラブリースターインパクト』!」

 

「──え?」

 

瞬間、彼女の身体を中心として、目を覆うほどの閃光が走る。

 

かがやくいしと呼ばれる、カプ神に選ばれたその証。そこから力を引き出すことで使用できるゼンリョクの一撃……Zわざ。その圧倒的な破壊力は、あらゆる積みわざを無へと帰す。

 

否、それでも私のピッピはヨウさんに対抗できることを前提に、その状態でもあらゆる工夫を重ねている。『しんかのきせき』は標準装備で、倍率は当然最大値を維持し、わざだって耐久を活かした無駄のない構成。財団でコツコツと積み上げた知識の全てを注ぎ切っていた。

 

それでも、耐え切ることはできなかった。見たところ、私と彼女のレベル差(才能)はほぼ互角。つまりはこれが、この島の、カプ神の、Zわざの力。

 

何たる理不尽、何という不条理。だからこそ、この力を抜きにしてヨウさんに切迫していたグズマさんの非常識さと、無念を痛いほど実感する。

 

(………理不尽に打ち勝つには、どうするのか)

 

戦闘不能になったピッピをボールに戻しながら思い返すのは、いつかのあの人とのバトル。私の持つ唯一の理不尽を、それ以上の不条理と戦略を以って完封した怖ろしき立ち姿。

 

──理不尽に打ち勝つには、それ以上の理不尽をぶつける。そんな、理論にすらなっていない害悪戦術(理不尽)で、あの人は私を打ち倒した。

 

なればこそ、私がこの理不尽に対抗するためには──私自身が、理不尽なモノになるしか道はない。

 

肩に引っ提げたスポーツバッグの奥深くから、紫色のボール(・・・・・・)を取り出す。いつだったか、家族全員が健在だったころ、兄さまと共にお守りとして手渡された高級品──マスターボール。

 

兄さまは結局使用することはなく、ヨウさんに譲り渡したと聞いたこれを、私は理不尽への防衛策として使用した。否、これも単なる言い訳だ。身を守るだけなら、いくらでも他に手段はあった。これを使用すると判断したのは、偏に私がその理不尽を欲したが故。

 

いつかヨウさん(理不尽)に並び立つため、その手段として浅ましくも強力なポケモンを選んだだけだ。

 

「──出番です。お願いします」

 

そのポケモンがボールから姿を現し、大地に接地したその瞬間、『じしん』もかくやという凄まじい衝撃が山を揺らす。

 

それもそのはず。このポケモンの体重は実に1トン。それもかなりの長身を誇り、体躯ががんじょうなはがねタイプであるために着地には配慮が見られない。

 

エーテル財団におけるコードネームはUB04:BLASTAR、その名称をテッカグヤ。

 

今、アローラを騒がせているウルトラビースト──その一体にして、この地の四天王をまとめて薙ぎ払った、文字通りの怪物である。

 

『 か が よ ふ ! 』

 

「………藪をつついて、ってのはよく聞くけれど、ここまでスゴいアーボはなかなかいないねー。

 

これは、元よりゼンリョクだったけど、それ以上の本気で挑むしかないかも」

 

微かに聞こえた強がりも、テッカグヤが定期的に排出するガスの噴射音によって掻き消される。

 

それでも、戦意は一切衰えていない彼女を見て、私は改めて、トレーナーという存在の強さを実感するのだった。









何故テッカグヤなのかは、ミッションのあるウルトラビーストの中で唯一四天王を単騎で突破できそうだから。ちなみにオリシュさんの害悪ふしょく昆布戦法によりあっさりやられた模様。ガオガエンを選択したヨウ君に勝てるかどうかはノーコメント。

ちなみにリーリエのピッピは『ピッピさん』が名前です。さかなクンさんと同じノリで呼んであげましょう。
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