リーリエ、カムバック!   作:融合好き

21 / 22
独自解釈の嵐。メガシンカとは(哲学)みたいな話です。次回投稿? ……異動先で馴染んだらかな……。


じょうねつ だけなら ぼくも まけていない けどね

 

月が照らす夜空の下、天を仰いで瞼を閉じる。

 

寝ている、わけではないらしい。相変わらず自分本位で理解させる気のない発言しか聞き出すことはできなかったが、月光浴という言葉自体は一般的に存在する。だから彼女が如何なる理由で休息を求めていても僕には関係がないし、また興味もない。

 

彼女もそのことは当然察しているのだろう。休息が始まるやいなや彼女は僕のことなど気にも留めずに、傍目で分かるほどの自然体で寛いでいる。本当にこの人は、さも当然のようにジョーイさんのイメージをぶち壊してくれる。彼女たち一族だって人間なのだから受付時の姿は勝手な幻想に過ぎないとわかってはいても、それでもやっぱりどこか煮え切らないものを感じる。

 

(でも、まあ……)

 

月下美人、と言うのだろうか。容姿だけは一族として相応しい一律のものでも、性格はさておき、整った顔付きの女性が月夜に思い耽る風景はそれだけで絵にはなる。ただ、これであの人がリーリエだったらな、なんて考えてしまう僕は、我ながらデリカシーに欠けている。どうでもいいけど。

 

「………本音を言うとね」

 

「え?」

 

唐突に、彼女が月に向かって口を開く。

 

いつも突然に、刹那的思考でとんでもないことを発言するのが彼女だ。故に僕が、彼女の発言に対して今更驚くようなことはないが、それでも唐突に話し掛けられると当然聞き漏らしは生じるため、多少間抜けな声を漏らしてしまう。

 

そして彼女はそれを当たり前のように流しつつ、独白のような何かを紡ぐ。いつものように、あるいはそうなるように努めて、彼女が語るカプのごとく、酷く突然にきまぐれな言葉を。

 

「私は、怖いの。神さまなんかのきまぐれで、自分が築き上げた全てが台無しになってしまうのが」

 

「…………」

 

その起こりは、彼女には到底、似合うはずもない弱音(・・)。一瞬だけ耳を疑うも彼女の顔は真剣で、だからこそ僕は、この話題が彼女の根源、すなわち今回の動機であるのだと直感する。

 

「私は()の野望を果たすため、これまで過剰なほど色々と手を回してきた。リーグの建設は序の口として、エーテル財団に絡んだあらゆる悪事には少なからず私の手が入っている。リーリエちゃんが財団を抜け出したことも、元々は私がやらかしたことが……私が原因といっても過言じゃない」

 

「……まあ、今更ですね。それは」

 

「そうね──そうよね、貴方にとってしてみれば」

 

けれど、と彼女は続ける。懺悔のような、言い訳のような、どちらとも取れる煮え切らない告白。どこか彼女が懸想する人物にも通ずる、『ぶきよう』で投げやりな言葉。

 

似合わないはずなのにどこかしっくり来る気遣い(・・・)が違和感を加速させ、けれど不快感を抱くことはない。我ながら妙な表現だとは思う。普段から直感任せに判断しているからこそ、僕は感じたものを言語化するのを苦手とする。

 

「それで」

 

彼女の話は続く。しかしながら、こういう時の彼女の発言はいつも無駄に情報量が過剰な上、どうせ理解できないならと整合性が微妙だったり、文脈さえも曖昧な独り言だったりと割と救いが無い。

 

今回も例に漏れず、しかしおおよその意図は辛うじて読み取れた後者の独白を脳内で整理し、僕なりの見当も含めて問い返す。

 

「あー、えー。つまり。……その、要するに不安なんですよね? 色々と」

 

「不安……? そう、かも。いえ、そうね。多分、私は不安なの。だからこそ、不安要素は徹底的に排除している。そのための実力は積み上げてきたし、舞台だって整えた。大義名分も用意した。既に各地のキャプテンや島クイーンも含め、私の行動を咎めても、それを阻止しようとする人はいない」

 

いつになく饒舌な彼女は、一息でここまで発言し、そのまま「何故なら」と続け、

 

「私が抱くこの懸念は、私だけのものではないから。カプ神は、島の守り神であるが故に、島の総意は甘んじて受け入れる。カプには意思はあるけれど、それもきっと許される範囲まで。一線を越えれば、カプは即座に神としての権能を行使する。一目見た時、それは分かった(・・・・・・・・・・・・・)

 

「………」

 

ため息と共に吐き出された愚痴。さらりと流されたその内容に怖気が走る。が、それも一瞬。プロセスは違えど、僕にも似たようなことは可能な以上、僕には何も言えない。

 

(いや、僕ならもっと……やめておこう)

 

どころか、僕の感覚に狂いが無ければ、僕は一目でそれ以上を見抜いている。とはいえ、根拠となるのが勘でしかない以上明言はできなくても、内心で「その程度か」などと思っている自分が我ながら恐ろしい。

 

やっぱり僕は、この人と比較しても異常なんだろうか、とも思えど、今更か、と思い直して更に凹む。そんな思考が透けていたのか、相変わらず無駄に目敏い彼女が怪訝な顔をするも、語りを止めるほどでもなかったのか、続行。しかも僕が聞いてるのか怪しいのに核心部に切り込むあたり、今更も今更だがこの人も本当に大概な人だと思う。

 

「………いえ、分かっていたつもりになっていた。あいつが、私に挑みに来るまではね」

 

あいつ──とは。

 

考えるより前に、直感する。というより、考えるまでもない。この人が固有名詞を意識して使用しない人物と言えば一人しか思いつかない。追求すると会話が途切れそうなので口には出さないが、この人はこういうところが本当に露骨だと常々思う。

 

彼女は語る。カプなんて所詮はポケモンだと見縊っていたことを。しかし確かにカプは神としての側面を持っていると。されど触らぬ神に祟りなしとも言う、故にどうにもなる。事実自分は何も問題はなかった。──でも、あいつは、彼は、グズマさんにとっては違った。

 

「──あの時、あいつの満面の笑顔を、初めて見て。

 

私は、この島に巣食う風習が、どれほど彼を蝕んでいたのかを思い知った。カプという存在が、どれだけ彼の未来に陰を落としていたのかを実感した。あの素質が、貴方に匹敵するほどの素晴らしい才能が、あんなことになっていたのを見抜けなくて愕然とした。

 

私は本当に、自分しか見えていなかった。貴方に話し掛けたのは、それを反省してのこと。挙句、ククイに指摘されるまで、自分さえ見えていなかったのに気づかなかったのは──まあ、笑い話ね」

 

「…………」

 

その言葉を笑い飛ばすのは、きっと容易なことのはずだ。

 

グズマさんのことは知っている。忘れるはずも、忘れられるわけもないスカル団のリーダーであった青年。彼女の言うように僕と同等の才能を保有し、しかしそれを環境によって腐らせたこの島の負の象徴。

 

──グズマァァ!! 何やってるんだァァ!!

 

敗北するたび、頭を掻き毟ってそう叫んでいた彼は、一見すると自身の実力不足を嘆いているか、単におかしくなったように見えるかの二択だが、僕にはわかる、わかってしまう。

 

目の前の彼女と同様に、理論値──極限まで鍛え上げられたポケモンと、それ以上その力を発揮出来ずに思い悩む姿。時間が足りず、あるいは才能に頼り切りで未だ理論値にまで到達していない僕とは真逆、否、いつしかそうなってしまった(・・・・・・・・・)在り方。

 

(彼はおそらく、過去の自分よりも劣る(・・・・・・・・・・)。──そして彼は、そんな自分に苛立ってる)

 

つまるところ、そういう話。僕にとっても決して他人事ではないからこそ、彼の嘆きは教訓として、戒めとして心に深く刻んである。

 

曰く、球技において、1日練習を怠ると腕前が3日分衰えるという。約一年のブランクを数日で元通りにした僕が言うのは本当にアレだし、そもそも根拠も何もない迷信だが、出来たはずのものが成長と共に出来なくなるのはよくあること…………らしい。

 

未だそういうの(劣化)とは無縁なこの僕には難しい話だが、冠詞にリーリエが付くならば話は違う。きっとその時こそが、僕がああなる(・・・・)時なのだろう。

 

「…………」

 

「あいつがあんなに捻くれたのは、カプのことがあったから。今にして思えば、あいつの人生において、私の影響なんて些細なもの。………放り投げた玩具が、たまたま壊れなかったとかその程度なわけだし」

 

沈黙を貫く僕に対し、彼女の語りは止まらない。随分と踏み込んだ話題をしている気もするが、僕はいつの間にそこまで彼女の信頼を勝ち取っていたのだろうか。僕の立ち位置が、彼女にとって特別なものであるのは自覚している。でも。

 

(………それがわからないから、僕は駄目なのかな)

 

とはいえ、彼女に限って言えば価値観や思考回路が独特過ぎて、いずれにしろ理解は出来ない気はするが。それでも僕がそういう思考を不得手としていることは間違いない。

 

(勘だけで判断するならなんとなく……でも、うーん)

 

──結論。よくわからない。勘頼りならなんとなく推測できるが、根拠も確信も理由も理解できない。故に、回答には至らない。つまるところ何も無い。

 

いやはや、実に難儀である。……これは断じて思考放棄ではない。ないったらないのである。

 

「だから私は、その………。

 

………何を言っているのかしら、私」

 

「………何を話しているんでしょうね」

 

僕が適当に相槌を挟んでいると、そのまましばらく語り続けていた彼女だったが、やがて話題がリーグ建設についてのあれこれや果てはククイ博士の性癖がどうのまで飛んだ辺りで正気に戻ったのか、それまで見上げていた月も蔑ろに、顔を見合わせる僕たち。

 

あの決戦を境に変化した関係。意図せず踏み込んで暴かれた裏側。孤高の存在から狡猾な変人へと『サイドチェンジ』した彼女との他愛ない会話。

 

ガラではないと嘯きつつも、何だかんだと気にかけてくれる。必要とあれば容赦なく他人を切り捨てる冷酷さはあれど、それを『良し』とは思ってはいない。いつかどこかで誰かが言った、まるでアローラの風を象徴するような人物。

 

未だに苦手意識は拭えないし、この見立てすら間違ってるかもしれない。人間というものの奥深さ、他人と接する重みを僕に教えてくれた女性。

 

(………本当に、難儀なことばっかりだ。僕も、彼女も。それ以外も)

 

友人とも、家族とも、ましてや恋人やライバルとも違う独特な関係。これを僕が表現出来るようになるにはどれほどの時間が必要か。改めて未熟な自分、才能に拠らない至らなさを実感する僕なのだった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「はっきり言って、ガラではないと思うんです」

 

「はぁ……」

 

唐突に切り出されたその言葉に、私は困惑の意を返すことしかできなかった。

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

………

 

 

 

マツリカさんとの死闘からしばらく。具体的には七時間後の午前十時。ここはメレメレ島の片隅に存在する施設、島のトレーナーが夢を描く場所。はじまりの地、ポケモントレーナーズスクール。

 

マツリカさんに言われるがまま辿り着いたそこで、私は一人、静かに佇んでいた。より正確には、騒ぐ余裕もなくぐったりとしていた。

 

「ふぁあ………」

 

かなり大きな欠伸が意図せず漏れてしまい、慌てて口元を両手で覆い隠す。なんとはしたない。あれから日が昇るまでは仮眠を取ったのだが、2、3時間ではロクに体力も戻らないか。

 

そも、もとより私は体力に自信があるわけでもない。それまで努めていた健康的な生活リズムを崩したのもあってか、今日一日はこの調子が続きそうだ。

 

「いっけー、ニャース! 『みだれひっかき』だ!」

 

「コイル、『ソニックブーム』!」

 

「…………」

 

遠方から僅かに聞こえるそんなやりとりをぼんやりと眺め、自らの過去を振り返る。はて、あの頃の私は、今の半分ほどの年齢の私は、どのように過ごしていたのだろうかと。

 

「…………」

 

 

──『かあさま、今日の予定は……?』

 

──『あの、かあさま。本日の戻りは──』

 

──『今日も──はい、兄さまと一緒に──』

 

──『──はい、私は大丈夫ですので、お仕事の方を……』

 

 

(………嫌な記憶、そういうわけでもないのですけど)

 

辟易、とまではいかないが、あまり愉快な思い出ではない。今となっては誤解だと理解はしていても、感情と理性は別物だ。それに、こういうものは当人がどう思ったのかが事実と言っても過言ではない。

 

そも、当時の私は同年代(にいさま)と比較してかなり早熟な子どもだったとはいえ、年齢が年齢だ。たとえ母さまに非がないと分かっていたとして、当時の私にそれを説いて納得したかは微妙だろう。

 

(その前も──)

 

致命的に拗れたのは、10年前──否、9年前の事件があってから、だろうか。父さまの喪失と、母さまの変貌。そして兄さまに課された使命という名の虐待と、飛躍的に成長した財団。

 

まるで失ったものを取り戻すように、バラバラになった家族に反比例するように、みるみる拡大していくエーテルパラダイスに恐怖を感じたのをよく覚えている。ただでさえ幼子には膨大な、日毎に拡張する『庭』が孤独感を掻き立てて、いつしか私は財団の職員を──自分の『家』を勝手に弄るヒト達を恐れ、お部屋に籠る時間が増えていった。

 

──『ちょっと(・・・・)くたびれていますが、私の宝物です』

 

あの時の台詞は、半分が嘘であり、同時に全て真実でもある。

 

ちょっと、どころの話ではない。あのピッピ人形は、まだ優しかった頃の母さまが私に贈った、唯一無二にして無窮の宝物──正真正銘最後の拠り所だった大切なつながり(・・・・)だ。

 

そんなものを贈る──好きな人に。我ながら重い、あまりに重すぎる。決別、という意味ではこれ以上なく相応しいものでも、ボロボロで色褪せたあのピッピ人形にそれだけの想いが詰められていると知られたらドン引きされるかもしれない。

 

(でも、ヨウさんですし……まあ、大丈夫でしょう)

 

なお、この楽観は割とすぐに裏切られることになる。彼は表面上、何を考えてるかいまいちよく分からないが、当然何も考えていないわけではない。むしろ彼はこういった普通は理解できないはずものに対するセンス──才能は誰よりも優れている。しばらく後に、彼が過剰なほど厳重に保管している私の人形を見て、私が悶える羽目になるのはまた別の話である。

 

「──おまたせしました。ええと……」

 

「あ──どうも。マツリカさんのご紹介に預かりましたリーリエです」

 

「ああ、そうです。リーリエ、リーリエ……よし、覚えました。すみません、確かに出会っていたはずなのですけど、お名前までは──」

 

「いえいえ」

 

更にしばらくして、校舎の中より待ち人が現れる。待たせた、などと言われたが、それほど待った印象はない。とはいえ、今の私の時間感覚などアテにならない。戦闘に支障が出ない程度には私も非常識(トレーナー)として成長したのだが、何事も限度というものはある。

 

それ以前に、控えめに言ってヨウさんの腰巾着だった過去の私が、彼女に対して名乗っていたのかどうか。それさえ微妙なこの私が、彼女に何かを言う資格はないだろう。

 

「では、改めまして。アーカラ島のキャプテンであるスイレンです。どうしてこの島にいるかは……その、実はこの島のカーラエ湾に幻のポケモン、マナフィが──」

 

「………あ、いえ。私も半ば協力者のようなものでして、マツリカさんにある程度事情は聞いています」

 

「つれませんね。とはいえ、カーラエは浅瀬が多く水温が高めで景色も良い穴場ですので、機会があれば一度行ってみるのも良いかと。

 

──それでは、本題に入りますが、その前に少しだけ……」

 

「……ッ」

 

居住まいを正し、飄々とした口調を改めて告げられる。穏やかな表情の中に潜む鋭い視線が背筋を震わせる。

 

こういう時、やはりまだ自分は未だおじょうさまなのだと実感する。私に優れた才能はない。それを覆す経験も、そのための努力さえ足りていない。並み居るトレーナーに辛うじて追い縋る程度の人間、それが私。実に残酷で、それ故に限りなく正当な評価だ。

 

(あとは、『気負い過ぎ』でしたか。自覚はあるのですが、どうにも……)

 

私の場合、スタートからして遅れているため、どうしても気が逸ってしまう。悪癖だとは理解していても、感情は別。焦るな、という方が酷な話ではある。……これも言い訳でしかないのだが。

 

「……私も正直、何をしているんだろうとは思うんです。だってそうでしょう? コニコの芋女と言えば私ですよ私。釣具店の娘だから釣り好きってもう安直過ぎますし、見てくださいこの野暮ったい服装。お気に入りなんですが、マオはもちろん妹達と比較しても女を捨ててますよね。まして貴女、名前はとにかくその整ったお顔。よーく覚えてますよええ、リーリエさん?」

 

「──」

 

「ああ、だんだんと思い出してきました。あの時、カンタイの港以外でも貴女、チャンピオン………ではなく、ヨウさんがチャンピオンになった後にリリィタウンでの宴会に顔を出していましたね。どころか思えばずっとチャンピオンの側に居た気も──いえ、私もそこまで彼に注目していたわけでもないのでぼんやりとですが、どおりで最初から妙に見覚えのある顔だと思ったわけですよ……!」

 

「…………その」

 

「──失礼。『やつあたり』は良くありませんね。些か冷静さを欠いていました。………大した理由はありません。私もこう見えてキャプテンですから、指導や講義はお手の物です。面倒なのはそうですし、私の場合は一年もサボっていたのでその分のしわ寄せが来た、というのが本音ですが」

 

「…………」

 

『バークアウト』もかくやと言った怒濤の発言に返す言葉を見失う。言葉通りの意味ではなく、当然、彼女は別段怒鳴り散らしているわけでもないが、言葉だけで圧倒されるのはどうしてか記憶に新しい。

 

(どうして………いえ)

 

その原因はすぐさま思い当たった。というか改めて思い返すまでもなく、心当たりは一人しかいない。怒気や悪意を伴わず、単純な情報量だけでこちらを押し潰すこの感覚。彼女の場合、矛先がこちらに向いていないだけマシなのだろうか。いずれにしろ、この件については今後も慣れることはなさそうである。

 

「でも、それにしても──」

 

「は、はぁ……?」

 

一通りの悪態を衝いても満足できなかったのか、彼女はそれまでの鬱憤を晴らすべく現状の不満を並べ立てる。

 

ガラじゃない。向いてない。器じゃない。そもそも面倒臭い。割と頻繁に自分が何をしているのかが分からなくなる。カプに逆らって、その対策を考えて、何がしたいんだろう。嫌だ、やめたい。でもカプが信頼に値しない(・・・・・・・)のは確かで──だからこそ、やめるわけにはいかない。助けてほしい。でも、だけど。それでも、私が。

 

(……………………)

 

最後の方は、もはや泣き言に等しかった。曖昧な返答でお茶を濁していた自分が、刻々と羞恥を帯びていく。

 

見ず知らずの人間に対して、否、見ず知らずの人間であるからこそ吐き出せる不満。憤り。不安。そして何より溢れんばかりのアローラへの愛情。

 

真にこの島を愛してるからこそ、嫌でも、ガラじゃなくても、器でないとしても、必死に不安を押し殺して苦悩し、こうして協力者を募っている。自分にそれが向いていないと分かっているからこそ、あわよくば誰かにその役目を譲れるように、それでもその気になればなんとでもなりそうなのに、結局は見捨て切れずにこうして矢面に立っている。

 

強い人だ。素直にそう思う。不純な動機で動いている自分が惨めになる。だってそうだろう。彼女は先程から、一度だって──

 

「………でも、スイレンさん。

 

貴女は、『出来ない』とは、言わないんですね」

 

「────」

 

その言葉に、僅かに硬直した彼女は、喉に詰まらせた餅を吐き出すような深いため息を一つ、表情を改めてぼそりと告げる。

 

「言いませんよ、そんなことは。………言えるわけないじゃないですか。だって、それが──」

 

それがポケモントレーナー。条理を覆す者としての肩書。摩訶不思議な現象(ポケモンと呼ばれる生き物)と向き合うため、そうあれかしと定められた存在。彼らの隣人として相応しいよう、不条理な力を振る舞う覚悟と気概を背負う者達の称号。

 

なればこそ、我々に不可能などあってはならない。不可能を可能にする友人が、いくらでも力を貸してくれるのだから。

 

「貴女も協力者の一人と言うのなら、覚悟しておいてください。私たちの活動は善意からのものですが、万人が納得する結果はおそらく生み出せません。

 

カプを敬う人がいる。カプを畏れる人がいる。どちらでもない人もいる。そもそも興味がない人だって存在する。

 

カプに対してどのように対処するのかを考える以前に、現状にすら不満を抱く者がいるからには、達成感など味わえるはずもない」

 

辛いですよ、と締め括り、それが分かっていて筆頭に君臨する目の前の人物に敬意を抱く。本人に知られたら逃げられそうなのであくまで内心の話だが、有意義な時間を得られたように思う。

 

「それで、どうでしたか?」

 

「え?」

 

「あれ? 貴女は確か、カプに対してそれぞれの意見を求めている、そのようにマツリカさんに伺ったのですが」

 

「…………。ああ、いえ。そう、ですね。貴重なご意見をいただき、ありがとうございます」

 

一瞬、続くその言葉に惚けるも、意図を察して慌てて感謝の意を示す。

 

正直、割と唐突な愚痴に、てっきり彼女がやり場のない鬱憤を無関係な自分にぶつけているだけなのかと思っていたのだが、どうやら見えないところで気を使われていたらしい。それほどまでに自分は危うく見えたのだろうか、そう考えると悲しくなるが、あくまで事象として昨夜の行動を鑑みると納得せざるを得ない。

 

「??? ………まあ、いいです。では改めて試練開始ですね。とりあえず学舎のフィールドを一つお借りしてますのでそちらに移動しましょう。こういった形式の試練は初めてなので、正直かなり緊張してます」

 

「マツリカさんはリーグ運用に向けた試練と言っていましたが、やっぱり珍しい形式なのですか?」

 

「珍しいというか、私の知る限り初めてですね。まあ、試練なんてキャプテンの独断で作られるものなので前例のないものばかりなんですが、それでも島を跨ぐことはそうそうないです。マツリカさんらしいと言えばそうなんですけど、貴女はテスターという話ですので、その辺りはよく言い含めるようにお願いします」

 

「はい、それはもう」

 

あの場では納得してしまったが、今にして思えばこの試練は移動が大変過ぎる。所用があってメレメレにいた彼女はともかく、そもそもあの様子では試練のトレーナーが一箇所に留まってるわけでもないし、下手しなくても島を行き来するのが前提の試練は負担が大き過ぎて厳しいと言わざるを得ないだろう。

 

(私の場合、『そらをとぶ』のは目立ち過ぎますし、良識あるトレーナーに撃墜されかねません。腐っても財団の一人娘なので定期船のフリーパスのひとつやふたつは持っていますが、初心者に求める試練としてはちょっと……)

 

賞金や小遣いでやりくりしているようなトレーナーに厳しいなら、不当に賞賛するわけにはいかない。この現状が成り行きでも、心情的には心苦しくても、手を抜くことは信条に反するのだ。

 

「さて、やりましょうか」

 

やがて周辺を高いフェンスに囲まれたバトルフィールドにたどり着き、互いにその端に分かれて向き合う。

 

25×10mほど長方形に規則的な直線がいくらか引かれた青いフィールド。もしかしなくてもここはネットのないテニスコートなのでは。ここで戦ってもいいのだろうか。リーグに比べて手狭などと批評する気は微塵もないが、整備とかそういうのに支障があるんじゃ……。

 

「遠慮はいりませんよ。このコートはバトルを想定された場所ですし、多少荒らされた程度ならドロバンコ一匹で事足ります」

 

「………わかりました」

 

(嘘ではなさそうですが、流石にここでテッカグヤさんは使えませんね……困りました。いつのまにか凄いギャラリーが集っていますし……まあ、直前まで講義をしていたのなら仕方ありませんか)

 

どの地方においても、トレーナーズスクールのカリキュラムには比較的自由に使える時間が多い。これはトレーナーという人種にあって、真に大切なのは理論ではなく感覚。力量以上にポケモンとの理解度、あるいは経験が明暗を分けるためだ。

 

ふと気がつけば、フェンスを隔てた先にあるのは見渡さんばかりの人、人、人。当然、無名のトレーナーたる私の勝負を見学しに来た酔狂な方はおらず、これらは全てスイレンさん、もしくは彼女が持つ肩書に惹かれて人間だ。

 

キャプテンという存在は、この島のトレーナー全ての憧れに等しい。一端のトレーナーであるのなら、そんな彼女が間近で戦う機会なんて見過ごす方が間違い、それは分かっているのだが。

 

『がんばれー! スイレン姉ちゃん!』

『負けないでー!』

『なになにー、バトルー?』

『あたしも戦いたーい!』

『おおおお、やっつけちゃえー!』

 

(……慣れませんね)

 

他人の視線がイコールで恐ろしいものだと錯覚してしまう私は、注目されることを苦手とする。特にこの場合、奇異の目で、何故かキャプテンと戦う奇妙なトレーナーとして認識されているこの目線は、向けられるだけで気が滅入る。

 

無論、そのモノ(・・・・)自体はごくわずかで、理屈ではほぼ全てが単に純粋な興味、または好奇心からなるモノであるとはっきり分かってはいても、こればかりは育ちの問題で、どうにも苦手意識というものは根深く、そう簡単には拭えないのだ。

 

「先程はお待たせしてしまいましたので、私が先に──来て、パルシェン!」

 

「パルシェン──」

 

コート内部に現れたのは、巨大な貝の見た目をしたポケモン、パルシェン。私が旅したカントー地方においても生息していた水ポケモンで、真珠のような身体を守る二重に重なった分厚い貝殻は、ナパーム弾でも壊せないと言われている。

 

(と、いうのが図鑑での評価ですが……これは、実際に試したんでしょうか。ナパーム弾を……つまり、焼夷弾(へいき)をポケモンに……)

 

ポケモンの研究という分野は、掘り下げるとそこかしこに闇が溢れている。エーテル財団が行なっていた実験も然り、わざマシン然り、モンスターボール然りと例を挙げればキリがない。

 

一見すると冗談としか思えない図鑑テキストも、そのいくつかに真実が紛れ込んでいる。つまるところ、真正面から『からをやぶる』のは不可能と仮定する。その上で、

 

(出来ないことは認めて、それでも勝てるような組み合わせを見つける、でしたね)

 

私はトレーナーとして、どうしようもないほど未熟で、でも、それでも私はいつだって勝つべくして足掻いている。

 

恥を忍んであの人に教えを乞いたのもその一環だ。強さとは、手に入るものではなく掴み取るもの。彼の隣に立つためならば、私は何でもやってみせる。どこまでも貪欲に強欲に、ただし思考は冷静に。彼も認めた育ちの良さ(知識)だけが、私の唯一の武器なのだから。

 

「キュワワーさん、お願いします」

 

私が呼び出したのは、マツリカさんも使用していたフェアリータイプのポケモン、キュワワー。花冠のような見た目に違わずくさタイプのわざを複数覚え、特異な特性により小回りも利く器用なポケモン。

 

そして、このポケモンを使うということは、それ即ち。

 

「キュワワー……なるほど。それでは、そろそろ開始しましょう。試練は審判がいない想定ですので……そうですね。あと数分で予鈴が鳴るはずなので、それに合わせてスタートということで」

 

「了解です」

 

(勝負は一瞬。最初の一撃……)

 

パルシェンはぶつり防御力がずば抜けている反面、とくしゅ攻撃には耐性を持たない。故に、狙うとするならその一点。それも、私の実力が測られるよりも前、初撃に全てを込めて──。

 

 

──きぃーん、こーん、かぁーん、こぉぉん……

 

 

「キュワワーさん、『ギガドレイン』!」

 

「そこです、『まもる』!!」

 

指示はほぼ同時。しかしその方向性は真逆、それに加えて──

 

「な──」

 

(この距離で『まもる』!? まさか──)

 

テニスコートそのままのフィールドは比較的手狭とはいえ、常識的に考えれば無計画に放った攻撃など容易く対処できる距離がある。

 

それでも私が攻撃を宣言したのは、偏にキュワワーの特性があってこそ。如何なる場面においても過程を凌駕し先制できる(・・・・・)理不尽な現象。それはたとえワイアレスだろうと揺らぎはない。それなのに。

 

「『いたずらごころ』『はやてのつばさ』『ヒーリングシフト』は並み居るポケモンの中でもトップクラスに凶悪な特性ですが、条理を覆すが故に一定の規則がある。

 

あくタイプには効果がない、万全の状態でないと使えない、回復わざにしか適用されない……この辺は使用条件の範囲ですが、それ以外にもいくつか弱点と呼べるものはあります。その一つに」

 

互いのポケモンが指示を理解して、キュワワーが攻撃の体制に入った瞬間、奇妙な現象が起こる。

 

テニスコートで言うネットの位置、互いのポケモンに挟まれた中間地点において攻撃が相殺(・・)され、それなのにキュワワーはその場から消失し、行方を見失ってしまう。

 

何が起きた、と疑問に思う前に、答え合わせと言わんばかりに人差し指を立てながら、自身の武器たるパルシェンを顎の如く構え、冷静に彼女はそう告げた。

 

「何らかの要因で攻撃をキャンセル(・・・・・)された場合、攻撃対象であるポケモンの射程範囲内に必ず出現する、とか」

 

──『からではさむ』──

 

曰く。貝の挟む力は我々人間が想像しているよりも遥かに強力で、貝柱と呼ばれる発達した閉殻筋は、一度収縮してしまえば切断するか熱などで機能が損なわれない限り、挟んだものを決して離さないのだとか。

 

そしてその力は、当然のように貝の大きさに比例し、メートル単位のものになると人の手足が捥がれた事例もいくらか見つかるほど。必然、互角未満の力量(レベル)しか持ち得ない私のキュワワーが、攻撃直後における無防備な状態でその一撃を耐えられるはずもなく。

 

「ありがとうございます、キュワワーさん」

 

戦闘不能になったキュワワーをボールに戻しながら、私は沸き立つ感情を押さえつけ、必死に考える。

 

このバトルにおける使用ポケモンの制限はマツリカさんの時と同じ、つまりは3体3であり、私はこのうち一匹を早々に失ったことになる。

 

それ自体は別にいい。負けたのは、私の至らなさ故だ。私に才能と呼べるものは存在しない。そんなことは私が一番よく分かっている。

 

──ならば私は、どうするべきか。諦めるのは論外だ。そんなつもりは毛頭無いし、何より決断には早すぎる。とはいえ、打てる手がほぼないのもまた事実。ヨウさんを参考に、とは思えど、彼の戦法(ごりおし)は才無きこの身にはあまりに残酷で、まるで参考になりはしない。

 

そう、ならば私は、私のような人間が、才無き者が、それでも強大な存在立ち向かわんと、それに対する戦い方として参考にすべき人物とは。

 

(…………)

 

「──お願いします、シロン!」

 

決意を胸に、新たなポケモンを呼び覚ます。

 

シロン。キュウコンのリージョンフォームと呼ばれるアローラ特有の形態。捕まえた時点ではロコンで、白いロコンだからシロン。我ながら安直なネーミングだとは思うのだが、さん付けするよりはマシだと信じたい。

 

とはいえ、自分のポケモンであるとはいえ、はっきり言って呼び捨ては未だに慣れない。だからこそこの子にはニックネームを与えているのだが、いつまでも口調は硬いまま。このままではオープンレベルも上がらないと理解はしていても、どうにも尻込みしてしまうのが私の現状だ。

 

しかし、今時点ではそれでも構わない。元より経験で彼女に勝てる由も無いのだ。悔いるのは後、今は目の前に集中する。

 

(私に才能はない。経験が浅く、戦術も拙い。そして私は、それを覆すだけの努力も足りず、その時間もない)

 

でも、それでも。だからこそ絶対に。私は、この想いだけは、他の誰にも譲れない。

 

──キィィン……

 

不意に、何処からかそのような音が聞こえた気がして、発生源と思わしき手首(・・)へと視線を落とす。

 

「………? これは、一体──」

 

「それは、まさか──」

 

マツリカさんに譲り受けた賞品。ポケモンの秘めた力を解放する、未知のパワーを備えた不思議なリング。それが異様な輝きと供に、私のシロンにへと向けられている。

 

『──コォーン、コォーン……!!』

 

まるでリングに共鳴するように、シロンが天空へ『おたけび』を上げる。身体が瞬き、その力が増大していく。私の想いが、シロンを通じて燃え上がる(・・・・・)

 

比喩ではなく、文字通りに。シロンの全身が、燃え盛る炎の渦に飲まれていく。

 

「──これは……?」

 

「こんなことが、まさか──」

 

試合中だということも忘れ、スイレンさんと共にその様子を呆然と見つめ、やがて炎が収まった時、そこにいるのは見覚えのある白き尾獣ではなく(・・・・)、黄金に輝く体毛を持つ、カントーにおけるキュウコンの姿。

 

(メガシンカ──ポケモンがトレーナーの望むカタチに変化する、摩訶不思議な現象……まさか)

 

根拠もなく、確信する。あのキュウコンはシロンであると。間違いなく私のポケモンであると。カントーに何故か棲息していたはぐれ者のあの子であると、私の友達のシロンだと理屈ではなく納得する。

 

そして同時に、あの子のその姿こそが私の根源──戦う理由そのものなのだと直感する。

 

(………そうですね、シロンは、いつも──)

 

シロンは、この子は、こんな私を応援してくれた。私の憧れを、私の恋慕を、私の欲望をいつでも肯定してくれた。言うなればこの子は、私の最大の理解者とも言える。

 

──『基本的に、ポケモンのレベルとは──』

 

(──なら、それに応えてみせる。それが、私のトレーナーとしての生き様)

 

胸の奥の焦がれる感情。爆発寸前の恋慕と情欲が全身を覆う感覚がする。

 

燃え滾る炎。我が輝ける恋の証。その感情を己が理解者(ポケモン)へと乗せて、私の気持ちを、その炎で分かりやすく強調する。故に、

 

「──シロン、『だいもんじ』!!」

 

『──コォーン!!』

 

「な──」

 

『大』好きを形に込めて、ゼンリョクの波動と共に相手へ放出する。

 

パルシェンを中心に爆発する感情と、それがもたらした無数の火柱を見て、私は少しだけやり過ぎたかなと後悔するのだった。










恋とか愛は勝負において無敵だって偉い人が言ってた、そんな話。

なお、こんな流れになったのはメガリング渡したはいいけどリーリエの使用するポケモン(アニメ含む)にメガシンカするやついないやん!→仕方ねぇからオリシュさんのメガシンカ(笑)方式で行こう! という理由だったり。いろいろおかしいですがこの作品のポケモンに不可能はあんまりありません。

ちなみに今回のサブタイはダイゴさんのセリフ。こいついつも無駄にいいこと言うなマジで。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。