リーリエ、カムバック!   作:融合好き

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ちょっとくらい…投稿しても、バレへんかっ…!

なお、ちょっと(一万字)である。


この せかいには ポケモンと よばれる いきもの たちが いたるところに すんでいる

 

 

 

(最近、予想だにしないことばかりぶち当たりますね……)

 

戦闘不能になったパルシェンをボールに戻しながら思考する。考えるのは、対面の少女のこと。マツリカさんの紹介で知り合った、私にとっては随分と久しい“巡礼者”ことリーリエさんについて。

 

「……お見事です」

 

内心の動揺を覆うように強がりを言う。声が震えてないのは最近立て続けに起こった出来事ゆえか、単に自分がずふといだけなのか。理由はどうあれ、私の導き手としての機能が無事ならそれで構わないだろう。

 

「…………」

 

(……さて、どうしましょう)

 

僅かに生まれた猶予のうちに彼女を眺め、今後の運びについて考える。

 

マツリカさんから「加減は要らない」との報告を受けていたので、私としても一軍のパルシェンを投入してそれなりに本気を出してはいたのだが、それが良かったのか悪かったのか。期待に違わぬ力強さ、何より最近知り合ったあの独特のオーラを醸し出す女性に通ずる非常識さが調子を狂わせる。

 

(随分と必死な様子ですし、指導する、って雰囲気になりそうにありませんね……)

 

見た限り、彼女は一部エリートトレーナーや格闘家などに見られるいわゆる修験者気質なトレーナーのようで、加えて自身の弱点をしっかり把握しているきらいがある。

 

私もどちらかといえば理論派に該当するのだが、試練を受けるような年齢のトレーナーが単純な勝ちパターン以外でキチンと勝ちへの筋道を組み立てるのは実は結構珍しい。目的のために必要なもの、それに至る過程を自身の実力も含めて考慮し最善手を考える。チャンピオンやマオは本能的に行うそれを、彼女は「そうしなくては勝てないから」と理解して行動している。

 

だが、しかし。それでも彼女は経験の面であと一歩が及ばない……そのはずが、それも格闘家特有のこんじょうで乗り越えてきた。反応を見る限り彼女自身も予想外だったみたいだが、それはそれで逆に怖い。

 

勝負とは基本的に一発勝負だ。万に一つの例だとしても、その一回を必要な時に呼び込めるような人間の相手は、たとえ如何に実力差があっても恐ろしいのだ。なお、億に一つの可能性を当然のように押し通す化け物(ヨウさん)も大概だが、あちらについてはもはやそういう存在なんだと割り切っている。

 

「んーー………」

 

手持ちのボールを一通り手に掛け、その中から一つを選んでフィールドに呼び出す。

 

幸いにも、変異を遂げたキュウコンのタイプは見るからにほのお。つまるところ私にとって優位なタイプ。なら、それほど悩む要素もない。

 

変化した経緯からしてこおりもしくはフェアリータイプのわざを普通に使用してきそうなのが恐ろしいが、幸いにも影響を受けそうなポケモンは持っていない。そもそもタイプ逆転なんて理解不能なことをしてきた相手に何をどう対策しろと言うのか。悩みどころである。

 

「お願いします、オニシズクモ!」

 

それでも万全の体制を整えるため、ほのおタイプに滅法強い切り札を投入する。やるからにはゼンリョクで、それが私のポリシー。特に最近はあまり修行の時間も取れていないので、機会があるなら逃す理由も無し。ただでさえ道は険しく遠いのだ。多少のおこぼれを戴くくらいは問題ないだろう。

 

「『アクアブレイク』!」

 

「『ムーンフォース』!」

 

すかさず出したその指示は、同時に繰り出された理不尽によって塗り替えられる。まさか馬鹿正直に真正面から打った一撃が通じるなんて思ってもいなかったが、火力は互角かあちらがやや上回るほど。これはかなり厳しいかもしれない。

 

(ここで『だいもんじ』を使わないってことは特性の把握はバッチリ。加えて、やっぱり普通にフェアリーわざを使って来ますか……これは怖い)

 

何が起こるか分からないのがポケモン勝負の醍醐味。特にトレーナーが絡むとその傾向は顕著になる。

 

戦闘中の進化に始まる成長を皮切りに、その場で覚えたわざの発現や、酷いものだとじめんタイプに対して「スプリンクラーの水に濡れたからつまり『みずびたし』と同じ状態だな!」などという頓知のようなものまで。トレーナーの価値に果てはなく、それ故に恐ろしい。

 

この私は、良くも悪くも順当に成長してこの立場にある私は、レッテル以上の力を持たない。良く言えば堅実、悪く言うなら()に乗れない。手堅くまとまった実力は既にほぼ完成の域まで達しており、これ以上はひたすらに研磨するのみ。しかし、それ故に私は上に登れない。

 

だから私は、羨ましい。気分一つで、気構え一つで、気迫一つでひょいひょい実力を底上げできる人たちが。

 

もちろん、そういう人たちにだって弱点はある。むしろ弱点の方が目立つと言って過言ではない。熱し易いというのはすなわち冷め易くもあるといこと。かつての、あるいは今のグズマさんのように、才能とは磨かなれば輝かず、そしてその影響は堅実と真逆。ポケモンへの影響も根強く力強く、それでいて腐り易い。

 

いくらでも成長する人間とは、いくらでも弱くなれる(・・・・・)ということ。ただ、彼女は見るからに今が成長途上。その手の弱点は望めない。となれば……。

 

(もう一つ、彼ら特有の弱点があるとすれば、おそらく……)

 

「シロン、『フリーズドライ』!」

 

「合わせて、『とびかかる(・・・・・)』!」

 

「ッ──」

 

ダメージ覚悟で、オニシズクモを相手の懐へと強引に捻じ込ませる。

 

無駄に広大なリーグのフィールドならいざ知らず、40m前後であればこおりわざで足を止めさせるには浴びせる時間が足りていない。知識通りなら、カタログスペックではこうかはばつぐんでも、実践において重要なのは知識ではなく、経験。あのヨウさんですら未だに拙いその一面を、あからさまに駆け出しの彼女が埋められるはずもなく。

 

「そのまま、『きゅうけつ』!」

 

「ッ、………『かなしばり』!」

 

しかし、やすやすと狙いを通すほど相手も甘くはない。仮にも相手はあのマツリカさんを制することができる人間だ。明らかに苦手な『インファイト』でも対策の一つや二つは用意していて当然。故に、

 

(まあ、そう来ますよね。ですので)

 

「そのまま、『アクアブレイク』!」

 

「………!」

 

至近距離での渾身の一撃。暴発や反動は覚悟の上、その程度のリスクに怯えるほどヤワな鍛錬はしていない。

 

この場合、防御、反撃いずれの対応においてもリスクが付き纏う。そして、泥仕合をロクに経験していないような才能のある人物ほど過剰に傷を恐れる。自分じゃない、ポケモンに対するものとなれば特に。

 

(ポケモンを大切に想う気持ちと勝負において非情であることは矛盾しない。いずれ彼女も思い知るでしょうが──今は決してその時ではない)

 

それか、単純に自分が冷酷であるだけか。それでも私は私なりにポケモンを愛し、慈しみ、尊重し、オニシズクモはそれに応えている。トレーナーとして、これ以上素晴らしいことがあるだろうか?

 

「シロン、『みがわり』!」

 

「無駄です、『まとわりつく』!」

 

「っ、なら、──!」

「でしたら、──!」

 

逃げる。追い詰める。反撃する。躱す。追撃する。迎撃する。

 

手に汗を握る混戦。一手のミスが即座に敗北へ直結する殴り合い。あまりにも泥臭く、お行儀の悪い戦い。

 

ここに至れば、勝敗を決めるのは知識ではなく意地と執念、そして経験。度肝を抜く展開も、優雅な転身も必要に在らず。場数と勝利への薄汚い欲求のみが勝負を分かつ。

 

(──如何なる才能の持ち主であれど、培った経験は覆せない。故に、場数はこちらの圧勝。でも──)

 

「シロン、『だいもんじ』!!」

 

「くっ──」

 

図体の差で組み敷こうとしたが、熱量差に押されて弾き返される。

 

私は既に相手の様子など見てもいないが、雰囲気でわかる。視線を感じる。『だいもんじ』など比較にもならない異様な執念と、焦がれるような情熱が肌を焼く。

 

事ここに至れば、認めたくはないが、事実として受け止めなければならない。現状、ほぼ間違いなく。私の培った経験を、あちらの意地が遥か凌駕している。

 

(特性を凌駕するほどの気迫。燃えるような執念。正直、いつ戦況があちらに傾いてもおかしくありませんね。ちょっと気負い過ぎな気はしますが、目的はチャンピオンらしいですし? 志が高くて結構なコトですが、そうやすやすと踏み台にされるわけにもいきませんね)

 

キャプテンの役目は踏み台でもあり、険しい壁でもあらねばならない。彼女は私がゼンリョクを出すに相応しい実力を持っていて、だからこそ私はそれに答える義務がある。

 

(………既に、ダメージは互いに限界。なら、)

 

長めに瞼を閉じ、深い息継ぎとともにゆっくりと見開く。

 

おそらく、狙い通りになるだろうタイミングはほんの一瞬。本来なら、それこそ件の彼ほどの才能がなくては辿り着けない刹那の隙。

 

だがしかし。でも、それでも。私には彼が持ち得ない経験が、確と積み上げた実績がある。ならばその程度の非常識、成せずして何がキャプテン(トレーナー)か。

 

「もう一度、『だいもんじ』!」

 

「──受けて、『しっぺがえし』!!」

 

その指示は、無謀か蛮勇か。もしくは英断だったのか。

 

神でないこの身には行為そのものの是非は分かるはずもなく。ただ結果として、互いにひんし寸前まで追い込まれたポケモンたちは、先の諍いなど無かったかのように仲良く折り重なって地面に伏すこととなった。

 

「…………」

 

(………流石にあそこから逆転できるとは思っていませんでしたが、わかっていても結構堪えますね)

 

我ながら、これ以上ないタイミングだったのだが。やはり私程度の経験では、ベテランを名乗るにはまだまだ先は果てしない。

 

「シロン……!」

 

とはいえ、結果が出た以上は引きずっていても仕方がない。ぶっちゃけてしまえば、私のような立場の人間が、ポケモン勝負で惜敗、ないし惨敗することはそう珍しくもない。悔しいのは当然だが、切り替えに手間取ることはない。

 

むしろ切り替え云々を言うなら、彼女の方が深刻に見える。最初のキュワワー、次のキュウコンと、気迫で抑えていた感情を剥き出しに駆け寄ったりすれば阿保でも分かる。なんて、ああ、なんて。

 

(なんて、なんて青臭い──動機も含めて、なにもかもが輝きに満ちている)

 

『あまのじゃく』なこの私は、夢を叶えてなおそれ(・・)を抱える理由は無かった。むしろ夢に至るまでの道程に、私はそれを「不要なもの」として切り捨てた。

 

羨ましいとは言わない。その甘さ、青臭さは、別段その対象がいなかった私には本当に無用なものだったからだ。でも、それでも惹かれるものがあったのは事実。文字通り、ポケモンが燃え上がるほどの『……』。ヒトとして、女として、それに憧れを抱かないと言えば嘘になる。

 

対する私はどうなのだろう。あの時、他でもないあの化け物(チャンピオン)に打ちのめされて、あまりにあんまりな才能の格差を思い知らされて、一年もの間腐り続けたこの私は。

 

(グズマさんに壊されて、多少はマシになったと思っていたんですが)

 

先ほどから、我ながら悲観的な思考が目立つ。いつまでもいつまでも終わったことをうじうじと、負け犬根性が全身に染み付いている。

 

「ふぅ………」

 

内心でギアをガチリと組み替えようとして、どうにも上手くいかず、ふと、周囲を見回す。その直後、

 

『すっげぇ……』

『でも、なんかよくわかんない』

『何が起きたのー?』

『引き分けっぽい??』

『スイレンおねぇちゃん、がんばれー』

『負けるなー!』

 

(……げ。うわ、すっかり忘れてました。そういえばスクールにいたんでしたね、私たち)

 

見渡した先、つまりはこのテニスコートの周辺のことだが、改めて認識した現状に嫌な汗が滴り落ちる。

 

見たところ、別段否定的な視線は感じられないが、トレーナーの華たる優雅さとはかけ離れた意地と執念のぶつかり合いに戸惑いの声も上がっている。だからといって遠慮して手加減する気は毛頭ないのだが。

 

(どうにも調子が狂いますね……落ち着くためにも、深呼吸でも……)

 

開き直って深く、深く深呼吸をする。咎められるやもと思ったが、彼女からの反応はない。むしろポケモンをボールに戻して、テニスで言うサーブを打つ位置まで戻って以降ピクリともしていない。

 

(んん……?)

 

そのまま不自然ではない程度に間を置くも、彼女からの反応はない。ショックできぜつ、なんてことは流石にないだろうし、いよいよ疑問に思って声をかけてようかとしたその瞬間。

 

「──お願いします、ピッピさん」

 

静かな、けれど確かな決意と覚悟を秘めたその言葉(続行の意)に、私の意識は塗り潰された。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

『はー、なるほどな。だいぶアプローチはちごうけど、まさかワイ以外にもそんな目におうとるヒトがおったとは驚きや』

 

『興味深いのは確かやけど、残念ながらその件について参考になりそうなもんはここにないな。ワイが主に専門としてやっとるのはボックスに絡んだ機械系のことで、ポケモンの生態云々については別に詳しいわけでもない。それでもワイはポケモンマニアやから珍しいポケモンについて個人的に調べたりはしとるけど、それも外見の美麗さがどうとか進化の過程がオモロイからといった俗物的な理由であって、趣味以上のモンは無いんや。たぶんやけど、そういう分野は博士の領分とちゃう? わざわざこんな辺鄙なトコまで足を運んでくれたんや。ワイのでええなら口利きくらいいくらでもするで』

 

『ただな。その代わりと言ったらアレやけど、さっきも言ったように、ワイはポケモンマニアなんや。アローラのポケモンにも興味あるし、ちーっと見せてもらったりは……おお! ほな、決まりや!』

 

『お? おおおお……?!? なんや、予想の斜め上っちゅうか、凄まじいもんが出てきおったな。ほー、こいつが件のウルトラビースト──何で持っとるのかはともかく、魔獣やらゆーて身構えとったけど、こうして見ると普通にポケモンやな。めっちゃ強そうや、アホみたいにデカイし』

 

『──ホンマにそいつで構へんのか? 言い出したのはワイやけど、あんなモンまで見せてくれたんやからもっといいポケモンでも……』

 

『はー、初志貫徹ってよりか、ひたすらに真面目やなぁ。ただ、ワイらにも後遺症があったら最悪やから可能な限りの検査はやっとるし、そもそもあの事故が起きてから年単位の時間が経っとる。そしてこれまで全く異常は見られなかった、これは事実や。

 

聞き齧りやけど、ワイの考えでは、アンタのオカンが目覚めへんのはそのウツロイドっちゅーポケモンが持つ毒のせいであってそれ以上の理由はない。そんな気がするで』

 

『……ここまで言っても意思は変えんか。もしや合体云々はただの口実で、実はアンタ相当のピッピ好きやな? ま、ええけど。ワイもあの事件以降、嫌われへんようと対応が遠慮したもんになっとったから、大切にしてくれるトレーナーの存在は万々歳や』

 

『え? 考えられる可能性? そやね、あんまパラレルワールドとか様相命題とかそういうアレは苦手なんやけど──』

 

 

──よもやワイの記憶が残っとって、ヒトの言葉を話したりするかもしれんな。無いか、ハハハ。

 

 

 

(……彼は、ポケモンになったこと(・・・・・・・・・・)をはっきりと覚えていた)

 

軽口混じりに語られた内容は、母さまの件が無くても受講する価値のある貴重な情報であり、節々から漂う聡明さと話の構築の上手さは私が惚れ惚れするほどで、彼が本当に天才(・・)の部類に入る人間なのだと深く実感させられた。

 

(そもそも、ポケモンはどうしてヒトの言葉を話さないのか。色々な学説はあれど、決定的なものは存在しない。過去にポケモンと話せるヒト、あるいはヒトの言葉を話すことのできるポケモンの存在は散見されていても、そういうヒトたちに限って頑なにその理由を明かそうとしない。ただ……)

 

そも、彼らポケモンにとっての言語とは何なのか。傍目から見ているだけでも、どうもポケモンたちは種族の差を凌駕して会話しているようにしか思えない。少なくとも、単語の意味は理解しているのだろう。でなければ、それぞれ指示したわざを的確に繰り出すことなど出来はしない。

 

(そう、ポケモンにとって、ヒトとの会話とは鳴き声(・・・)と同じ。それ(・・)だけで意思疎通が可能なポケモンは、言葉を使う必要も……いえ)

 

そうではない、そうではないのだ。意思疎通の可否とは決して言語の壁ではなく、文字通りに意思が相手に通じればそれで良い。

 

ヒトは自分の心や思い、感情を言葉として分かりやすく表現している。されど本来ならヒトに言語は必要に非ず、簡易な意思疎通ならばジェスチャーだけでも事足りる。

 

(言葉とは便利なもの。しかし必須のものではない。現にポケモンは言葉を持たず、ニンゲンだけがそれを持つ。その点で言えば、ある意味ヒトとは、意思疎通の面でもポケモンに劣っている)

 

だがしかし、肝心なのはそこではない。つまりポケモンとヒトに言語の壁など本来なら存在せず、その鳴き声(・・・)に優劣など付けようがないということ。

 

(──すなわち、ヒトとポケモンは同じモノである。だからこそ、彼らに後遺症や拒絶反応などは起こるはずもない………)

 

しかし、しかしである。ならばそれは、ヒトはポケモンでもあるという証明にならないだろうか。

 

サイキッカーのみなさんを始めとして、超常的な能力を保有するニンゲンは少なからず存在している。そうでなくても、ポケモンを操るトレーナーという職種は、それだけで非常識の代表とも言える。

 

ポケモンを『てだすけ』する。わざを『さいはい』する。タイプ相性を『みやぶる』。そして何より、ポケモンを『ふるいたてる』ことでその力量を底上げすることができる。

 

ヒトがポケモンではないという考えは、ヒトという種を特別なモノとしたいニンゲンのエゴでしかない。あの時、ウツロイドと融合した母さまは、紛れもなくポケモンであった。だからこそ、私はこのポケモンを欲したのだ。

 

(このピッピは一時とはいえ、ポケモンであり、ニンゲンでもあった存在。たとえ言葉が通じずとも、ポケモン同士(・・・・・・)であれば意思疎通が図れない道理はない。どれほど時間がかかろうと、待つのは既に慣れている。一先ずこの一年間──私の旅の終わる時までに、何かしらの答えを出せればそれで………)

 

私はこの子に何かをするつもりはない。求めることも、強いることも絶対にしない。

 

私が欲しいのは可能性だ。母さまの病気、その治療の取っ掛かりになり得るピースを手元に抱えておきたいだけ。それが身を結ぶかは別として、今の私に出来ることは、きっとそれくらいしかないのだから──。

 

 

 

 

『あ、そうそう。貴女のお母様についての見解は以上だけど、サンプルケースとして貴女のお父様についても伝えておくわね。彼の場合は──』

 

『──はい? え。あの、その、ちょっと待ってください。それは一体──』

 

 

なお、それからぴったり一年後のアローラにて。私の決意とは全く関係のないところで、私の抱えていた問題が軒並み熨斗を付けられて解決したのは別の話である。

 

 

 

…………………

 

 

 

…………

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

目を覚ます。否、やや飛んでいた意識が浮上する。

 

疲労、だろうか。それか単に寝不足か。いずれにしろ、この状況下で白昼夢を見るようなら相当に拙い。元より万全とは言い難い体調ではあったのだが、非常識の筆頭と呼ばれるメガシンカの負担がそれほど大きかったということだろうか?

 

わからない。正直に言うと、それを考える余裕もない。才能の無いリーリエ(ポケモン)には、『がむしゃら』に勝利を求める以外、相手の実力に迫ることのできるわざを持たないのだから。

 

(………あと、一匹)

 

ふらつく足を気合いで支えて、互いに最後のポケモンとなるボールに手を掛ける。

 

──が、手先まで鈍ってしまったのか、ボールホルダーの鉄製の部分に指先を滑らせ、その感触に驚いて反射的に手を戻す。その際、力が入ったのか掌のカサブタが擦れてその痛みに眉をひそめる。

 

先ほどよりも更に一段階、意識が切り替わるような感覚。どうやら今の私は、自分が想像しているよりも遥かに体調がよろしくないらしい。

 

しかし、視界は明瞭。身体も動く。声も出せる。思考だって回せる。やる気だって十二分にある。まだ闘える、まだ頑張れる──だったら、諦められるわけがない。

 

「──お願いします、ピッピさん」

 

最後に取り出したるは、実は単純な力量(レベル)なら私のパーティで最も高い、フェアリータイプを持つ妖精ポケモンのピッピ。

 

理由は今ひとつはっきりしていないが、他人からもらったポケモンは育ちが早く、またレベルが高くなりやすい傾向があるらしい。一般的には預けた側と受け取る側、どちらか高い方のオープンレベルを踏襲しているため、必然いずれかのトレーナーの才能と不釣り合いになる、とのことらしいが、真相はどうなのか。本当、ポケモンとは不思議な生き物である。

 

(スイレンさんは……)

 

見れば、彼女も最後のポケモンを取り出すためにボールを掲げる。

 

後に知ることとなる、一軍をネットボールで共通している彼女には珍しい普通のモンスターボールの中から現れるは、ピッピと同じくフェアリータイプを保有する水ポケモン、ここアローラにおいてはかなり珍しい、しかし私には非常に馴染み深いポケモンである歌姫(ソリスト)──アシレーヌ。

 

ククイ博士の持つそれに比肩する力量と、大事に育てられたのが一目で分かる高いコンディション。まさしく独奏者(アリア)と呼ぶに相応しいそのポケモンは、容易くその実力についても察せられた。

 

「この子はいわゆる、初心者ポケモンとしてマオ、カキと供に譲り受けた相棒です。

 

伝統、と言えば聞こえはいいですが、その伝統に悩まされてる身としては少し反応に困りますね。ですが、この子は得難い友人であるマオ、カキや、私の誇るキャプテンという肩書と一緒に、私がこの島を見捨てられない要因の一つでもあります。

 

貴女がきっとそうであるように、私にだって譲れないものはある。故に、です。──さあ、どこからでもどうぞ」

 

「では、遠慮なく──ピッピさん、『とっておき』です!!」

 

「は──?」

 

呆気にとられたような声。私の指示が、彼女にとって意識の外にあったことがありありと伝わってくる。

 

それもそうだろう。『とっておき』というわざは、その名が示す通りに扱いが非常に難しい。威力命中効果性質ともに全てが安定せず、同じポケモンが使ってもその時々でわざの内容が変わるなんてこともある、ハッキリ言ってまともなトレーナーに扱い切れるはずもないムラのあるわざなのだ。

 

しかし──

 

『相変わらず、無茶苦茶ですね……』

 

思い出すのは、かつての光景。おそらくは私が一番幸せだったヨウさんとの二人旅、その中で垣間見たモノの一つ。彼の強さ──その非常識さを彩る、まさしく才能に依るとしか呼べない理論。

 

曰く。

 

『「とっておき」や「きりふだ」、そして「わるあがき」。他には「あまえる」とか「なかよくする」みたいなざっくりした名前のわざは、言葉通り、文字通りにそのままの意味でその「状況」に合わせて相応しい(・・・・)わざを繰り出す。多分、ポケモンたちはなんとなく使っていて僕もそんな感じなんだけど、それを単語として分かりやすく、最初に「わざ」として銘打った人は本当に凄いと思うよ』

 

それが逆に扱いにくさを助長している気はするけどね、と言い放った彼の口調はあまりに軽く、そんな評価をしたわざに微塵も不便を感じたことがないようなあっけらかんとしたものだった。

 

(でも、あれはヨウさんが規格外なだけで、実際の評価はまるで別物。扱いにくい、どころではなく、どう使えばいいのかがわからない。それがこのわざに対する一般的な評価)

 

状況から判断できる、と彼は言っていた。しかし当然、普通のトレーナーにそんなことは出来やしない。それが出来る人間は、それこそ噂に聞くポケモンと話せる人間か、ヨウさんのように状況だけで判断して闘える怪物。あるいは──

 

(ポケモンの思考が、人間に近い(・・・・・)ならもしくは──)

 

そう考えて、試行錯誤を繰り返すこと数ヶ月。ヨウさんなら感覚で分かることも、才能の無いこの私は施工回数を重ねることで対応するしかなく、いくつかの事例をパターン化することでようやく一芸として実現するにあたった隠し球。

 

「ッ──、………何も、起きない?? ──いえ、そんなわけはありませんね。これ以上妙なことをされる前に、ゼンリョクでカタをつけます!」

 

その言葉に共鳴して、彼女のアシレーヌが光り輝く。

 

たかだか数回、しかし既に目に焼き付いた絶望の象徴。傍目には間抜けに見える決めポーズも、対峙する立場とすれば邪悪な儀式に相違ない。

 

でも。

 

(………ポケモンのわざは、言葉通りの結果しか出せない)

 

そうなると、まだ何も成してない、万全の状態での『とっておき』とは、果たしてどういうわざになるのか。

 

この状況で。この場面で。どうしても勝ちたい私の意志を引き継ぐあの子が、つい数時間前に起きた無様の雪辱として選択する『とっておき』の一撃とは。言葉通り、文字通り、単語をそのまま、それに相応しい結果とは、果たして。

 

「アシレーヌ、『スーパーアクアトルネード』!!」

 

狭いフィールドを器用に蹂躙する激流。周りへの配慮か、規模を収束して威力を高めているのかどうかはともかく、マツリカさんにも負けないゼンリョクの一撃は、普段のピッピさんを打ち倒すだけの力はあったのだろう。

 

(ですが………)

 

『ぴ、ぴっ……!』

 

全身を水流に晒され、ボロボロになりながらもまだ辛うじてコート内に立ち尽くすピッピさんにまず安堵し、それから私はありったけの意思を──誰にも譲れないこの想いをゼンリョクで込める。

 

ポケモンとトレーナーは共鳴する。離れていても、確かにどこかで繋がっている。故にこそ、ポケモンは良くも悪くもトレーナーの影響を受ける。そしてポケモントレーナーとは、そんなポケモンが道を外さぬよう、日々精進する修練者なのだ。

 

「──ピッピさん、今です!」

 

『──ピ、ィィッピィ!!』

 

甘酸っぱいとは言い難いやや苛烈な想いの爆発が、先の『スーパーアクアトルネード』とは異なり、奇妙なほど的確にアシレーヌだけを襲う。

 

それもそうだろう、何故なら、この一撃は──

 

「『ミラーコート』……!? いえ、ピッピはそのわざを覚えないはずです。となるとやはり、さっきの『とっておき』……!」

 

「あの状況で『とっておき』のわざとなれば、それは相手の『とっておき』に対する対抗策(・・・)こそが該当する………そう考えるのが、一番それらしい(・・・・・)。少なくとも、私はそう考えました。具体的には、よく分かっていませんが」

 

「『がまん』『こらえる』『おまじない』『ねがいごと』『カウンター』………不可能、とは言えませんね。いや、ポケモンとは本当に、不思議な生き物です」

 

諦めたように被りを振って、伏したアシレーヌをボールへ戻しながらつかつかとスイレンさんが歩み寄ってくる。

 

そうして最初のころより幾分か和らいだ表情で、朗らかに彼女は告げた。

 

「不思議ですね。貴女と彼……チャンピオンのヨウさんとは何から何まで違うはずなのに、どこか似たような雰囲気を感じます。”もしや貴女なら“。そう思わせるような何かを。

 

まあ尤も、彼は彼で“何をやっても敵わないのでは”、という理不尽さの方が目立つのですけど」

 

「………そうですね」

 

「私もそれなりに頑張ってはみますが、見ての通りそんな器ではありませんので、どうか貴女にも期待をさせてください。

 

アローラの風は、停滞の象徴。淀んだものが吹き荒れた時、島に変革が訪れる。それが吉と出るか凶と出るかは置いといて、後始末は我々が引き受けます。それがアローラを導く者、キャプテンとしての務めですので」

 

「………はい」

 

地域としてはアローラ出身ながらも、本島から離れた離島であるエーテルパラダイスで育ったこの私には、彼女の抱えるモノはわからない。

 

しかし、困った顔でそう笑う彼女の顔は、同性の私ですら見惚れるほど魅力的で──私はまた一つ、歩む理由を──

 

「で、す、が!

 

貴女はちょっと、いえ、割と心配なくらい気負い過ぎです。貴女には譲れないものがある。それは理解できますが、それで倒れたら元も子もありません。ですから、この場は私が治めておきますので、一先ず休む! まずはそれからです。回復したと私が判断したのち、試練達成を認めさせていただきます。ああ、拒否権はありませんので」

 

「…………」

 

歩む理由を刻む前に、ある種無粋な、されど非常に有り難く、しかし断りたくもあり、でもとても否定し難い提案をされ、重なった疲労もあってか踏み出した足を挫きそうになる。

 

それでも、と若干の抵抗を示すも、疲労が限界なのは事実なので最後には押し切られてしまい──結局、私が何故かおまけとして手渡されたミズZと共に試練達成の証である『みずいろのはなびら』を受け取ったのは、ぐっすりすやすやたっぷりと6時間、私がしっかりと熟睡したことを確認された翌日のことであった。















おかしいな。なんでリーリエちゃんが勝ってるんだ……?

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