家が大変なことになったゾ………(絶望)
「どうして君は、こんなにも僕に助力してくれるんだ?」
ボクがその言葉を思わず口にしてしまったのは、中身の『助力』が佳境に入り、既に最終段階まで漕ぎ着けた時点のことだった。
「………は?」
手元にある膨大な量の申請書類を処理しながら、彼女は珍しく……本当に珍しくその死んだ表情に青筋を浮かべ、それでも決して手は休めず静かな怒りに満ちた声で呟く。予想外の反応に、「失言だったか」と思うものの、ここに至れば今更だ。発言を取り下げる方が失礼だと判断し、敢えて補足を加えて追求する。
「アローラにポケモンリーグを設営することは、長年に渡るボクの夢だった。
だが、それは自分一人で成し遂げられるものじゃない。今、君が仕上げてくれている申請書類を始めとして、諸々の障害はあるし、そもそもリーグ設立には住民の意思が不可欠だ。だからボクはまず始めに、ボクの意思に賛同してくれる協力者の存在を求めた。だけど」
「だけど、何? ククイのくせに、私は要らないとか言うつもり? とりあえずその役に立たない右腕を切り落とすわ」
「残酷なことを断定するのは勘弁してほしい。予想外だったってだけさ。特に君は家業のこともある。とてもじゃないけど、ボクの荒唐無稽な夢に付き合ってくれるようには思えなかったからね」
なにせ、親友のマーレインですら最初は怪訝な表情だったくらいだ。今でこそ彼は理解ある協力者の一人ではあるが、その段階まで漕ぎ着けるのにはそれ相応の苦労をした。
しかし、彼女だけは違った。ボクの夢を決して笑わず、島の風習を笑い飛ばして、誰より積極的にリーグ設立に勤しんだ。そのことについては、素直に嬉しく思う。だが、それ故に解せない。
今でこそ友人だと衒いなく言えるこの女性が、将来の盤石なレールを踏み外してまで、リーグ設立なんて夢物語に協力してくれたのかを。
「それは、貴方が好きだから──なんて嘘には、当然騙されないわよね、既婚者さん。
私は貴方を人として良く思っているけど、異性としては普通に苦手。そも、いい歳して遊び歩くような輩はちょっとね。今だって、『男の矜持』とやらでバーネットに対してロクに事情を話さずここに来ているんでしょう?
秘密基地は男の浪漫だけれど、愛想を尽かされちゃったようね」
「いやいや、ボクとバーネットはラブラブだぜ?」
「言ってはみたけど、貴方達の行く末なんか興味ないわね。貴方の質問に回答するのも面倒臭いわね。というか貴方と話すだけ損じゃないかしら」
抑揚のない声でつらつらと述べる。慣れてしまった自分が嫌になるが、相変わらず彼女が愛想のない表情で辛辣な言葉を投げ掛けるのは違和感が凄い。いや、彼女自身は昔からこんな感じだったが、だからこそ彼女の異質さが際立つのだ。
「私だって、最初はここまでするつもりはなかったわ。ククイが言い出さなくてもリーグ設立については密かに計画を進めていた。貴方の計画に乗って予定を早めるつもりもなかったし、結局は予定通りの時期に設立しそうだけど、そこはそれ。審査とかだってあるし、まあ仕方ないわね」
「でも、君は……」
「ねぇ。それ、大事?」
「え?」
「しきたりとか、家業とか、そういうの。いらないでしょ、別に。貴方はそういうのが嫌でリーグを作ろうとしたくせに、いつまでも女々しいわね」
不思議そうな声で、当たり前のように非常識なことを言われる。
当然、その内容は辛辣だ。ただ突き放しただけ、ただ悪口を言っただけ、それ以前に興味がないだけにも思える。単に何も考えておらず、ただ適当なことを言ってるようにも。
しかし、どうしてか。そこには一切の侮蔑がない。むしろ残り香以下の怒り以外、一切の感情が宿っていないようにも思えてくる。だから、だろうか。ボクは彼女の言葉を何の抵抗も曲解もなく、ただその通りの忠告として、そのままの意味で捉えることができた。
故に、ボクは彼女に倣い、心底から思ったことを素直に答える。それがたとえ今のボクと相反するものであろうとも、そうせずにはいられなかったのだ。
「行動では示せなくても、大切だと思ってるよ。嫌だとも思ってない。
そもそもボクがこの道を選んだのは、この島に伝わる巡礼があってこそだ。悪しき風習の一つとまで言われる島廻りに、ボクはどうしても悪い感情を抱けない。
この島に対する愛だってある。むしろそれが理由の大部分だ。だからボクは、君とは違って、いつまでも後悔し続けるさ」
この島を巡る旅で、ボクは選ばれないものの苦しみを知った。だからボクは、島キングになる以外の目標をこの島に残したかった。
でもボクは同時に、巡礼の旅で人の美しさを学んだ。他でもないボクの奥さんが魅せてくれた生き様が、ボクの心を容易く射抜いた。
ボクがこの島に拘る理由はそれだ。結局のところ、ボクはこの島が、アローラが、みんなが大好きなのだ。ただリーグを目指すだけなら、その手段はいくらでもあった。たくさん後悔して、こうして悩んで愚痴をこぼしている。そんな思いをしてまでボクがこの島に拘っているのは、ひとえにこの島を愛しているからこそ。
──それらのしがらみを全て打ち捨てて最強の座を追い求め、いくつものリーグを制覇してきた彼女とは違って。
「それは違うわね。──いや、違わないけど、そうじゃないわ。
私だって、悩むことはある。迷うことはある。間違いだっていつもしている。ただ私は、貴方のようにフラフラはしていないから、堂々としているように見えるだけ」
何が違うのかがわからない。ここでの「フラフラしていない」というのは即ち迷いがないことと同義ではないのか。
彼女のことは尊敬しているが、たまにこうして意図が読めない発言をする。一本筋が入っているというより、人の話を聞く気がないのだろう。だからこそ、彼女はブレない。それこそ彼女が言ったように「堂々としているように見える」のだ。
ボクの困惑は当然のように彼女に影響を及ぼすことはなく、彼女は自分に言い聞かせるような口調で続ける。
「惑いも。躊躇いも、悩みも。それらの概念から逃れられる人間なんていない。
仮にそれらと無縁で居られたとしても、それは強さの証明じゃない。無思慮と果断は、無謀と即決は、断じて同義ではない。
真の“強さ”とは常に、“弱さ”を克服した先にある。だから、私は何時でも迷っている。絶えず惑いの内に身を置いて、己を取り巻く全てに悩んでいる」
どうすれば強くなれるのか。ポケモンバトルとはポケモンと人間との絆のぶつかり合いだ。強いポケモンだから、弱いポケモンだからでは決まらない。そのくせ、優劣というものははっきりと浮き出てくる。
だからこそ、思い悩む。強さのため、弱さを求める。それらは決して非効率などではなく、確かな真の強さとして、彼女の内に刻み込まれるのだ。
そこまで考えて、右頰を貫く激痛とともに、身体が勢いよく傾いた。
「………ねぇ、ククイ。貴方、私のことをなんだと思ってるの? 薄々は思っていたけど、貴方の中の私って色々とおかしいよね?
私が島を一度離れたのは、あくまで個人的な旅行みたいなものよ。リーグに挑んだのはそのついで。あんまり戯けたことを言ってると殴るわよ」
「叩いてから言わないでくれ……!」
右頰を抑えながら反論する。そもそもボクは何も口に出していないのにナチュラルに思考を読むのは勘弁して欲しい。
それが的外れならヒステリーで済むのに、彼女の場合は妙に的確だから反論もできず始末が悪い。ボクはそんなにわかりやすい男なんだろうか。
「いえ、女ね。バーネットが旦那様でしょう? 貴方達の関係は。バーネットが仕事で出かけている間、貴方は
「馬鹿な……!?」
ボクはお嫁さんだった……? いやしかし、確かにボクはバーネットの気高さに震えてプロポーズをしたような男だ。そういう意味なら、ボクの方が嫁さんに相応しいのかもしれない。
でもなんか色々と違う気がする。そうだ、そもそもボクは間違いなく男性じゃないか。嫁とは字の通りに女性を指す言葉。夫婦としての役割がどうあれ、ボクが旦那であることに変わりはないのだから!
「仕事帰りのバーネットのために晩御飯を用意しておいて『おかえり!お風呂にする? それとも(ry』とかする人が何を………まあいいわ。
それでなんだったかしら。忘れたわ。だからいいわよねもう」
「いや、良くないよ。せめて答えてくれないと割に合わない」
「そう? 貴方の損得なんて知ったことじゃないけど、まあいいわ。興味もないし。
それで…………なんだったかしら…………?」
──本気で言ってるのか!?
流石にドン引きしたが、良く考えなくてもこの友人が色々と最低なのは今更だ。本当に今更なのだが、どうしてボクはこの人の友人をやっているのだろうか。わからない。
「冗談よ。……………………ええと」
「聞いてなかったのなら無理に誤魔化そうとしないでもそれでいいさ」
「いえ、聞いたわ。確かに。でも、忘れたわ。つまりそれだけどうでもいい質問だったということ。だから答える必要は──」
「どうして君はボクに協力しようと思ったんだ?」
割と意味不明な理由で誤魔化されそうになったので、やや強引にでも改めて本題を投げかける。こんな質問を二度も行うのは正直嫌だったが、そうでもしないと話が進まないなら仕方がない。
今度は流石に聞き逃さなかった(そもそも最初からちゃんと聞いていた可能性が高い。でなければ彼女が過剰に反応した理由がない)彼女が、観念したような口調で告げる。
「端的に言えば、立場が欲しかったのよね」
「立場?」
「そう。カプに選ばれることのないこの私が、この島で一定以上の立場を得ようとするなら、ポケモントレーナーとしての地位しかないと思った。
その理由については貴方達には話したと………貴方には話してないわね。そういえば」
「おいおい……」
呆れてしまう。要は彼女にしてみれば、ボクの質問は「既に答えたこと」であって、おそらくはそう何度も話したくないようなことだったのだろう。
その前提で考えるなら、確かにボクは空気が読めてない。言いにくいことを何度も聞くなんて、デリカシーのない行為だと罵られても仕方がない。無論、彼女に非がない場合に限るが。
「悪かったわね。でも貴方も相当アレなことを考えていたでしょう? だから『いたみわけ』ってことでいいじゃない。
ほら、代わりに何か一つだけ質問してもいいわよ。なんでも答えましょう。ちなみにスリーサイズはバーネットとたいして変わらないから聞いても無意味よ」
「それを言うなら『おあいこ』とかじゃないかい?」
「類語だから問題ないわ。それにわざで例えただけよ……ほら、何かないの? あ、なんでもとは言ったけど、アレについては何も答えないわよ私。知ってるでしょうけど」
「…………」
悪びれなく言い放つ彼女に呆れるも、本当に貴重な機会であることには間違いない。
僕以外には話していた、というのなら、同じく協力者だったバーネットやマーレイン、ライチ辺りに聞けば理由はわかるだろうし、ここは滅多に自分の心情を語らない彼女の『何か』を聞けるチャンスだ。
そして、その何かも既に決まっている。ボクはずっと、彼女に聞きたかったことがある。他人に関心の薄い彼女が、特別に気にかけて接している
「じゃあ、グズマについてどう思ってるか聞いていいかい?」
「……。
……これまたあまり語りたくないことを聞いてくるわね」
『きゅうしょ』を突かれたのか、何だかんだと休めることのなかった書類整理を中断し、彼女は未だ頬を押さえて倒れこんでるボクの方を向く。
びっくりするほど素直なのは、流石の彼女も反省しているからだろうか。態度や表情からは絶対に読み取れないので、それを聞くにはそれこそ質問権を行使しなければいけないのだろうけど。
「最初は馬鹿にしてたわ。当然よね。キャプテンになることの意味もわからないで、それを勝ち取ろう、なんて大真面目に考えていたのだもの。
だから、私は彼を見下していた。私が他人を見下すのは今に始まったことじゃないし、今でも正直ライチでさえ私以下の人間だって常々思ってるけど、グズマに対しては違う。
そうね。憐れんでいた、が正しい表現なのかしら。まあ、とにかく、ロクな感情を抱いてなかったのは間違いないわね」
「過去形で言うってことは、今は違うのかい?」
「……どうかしら。私にもわからないのよね。あいつは何も変えられないまま腐ったし、今でも大元の感情は変わってない。
でも、以前よりも間違いなく印象は良くなっている。何でかしらね。それがどうしてなのかは全くわからないのだけど。
だけど、そうね。今は、が入るけど、見下してはいても、疎んではいないわ。嫌ってもない。そしてそれ以上については私にもわからない。だから答えられない」
「…………」
彼女が人を内心で見下すのは今更だからどうでもいいとして、彼女がこうしてはっきりと「悩んでいるとわかる」姿を見せるのは珍しい。というか初めて見た。
なるほど。確かに彼女が言っていた通りだ。彼女は血も涙もない冷血漢ではない。ただ単純に彼女は彼女なりの独特な価値観のまま動いてるだけなのだ。
「以上よ。私はもう少しで協会に行くから、貴方はとっとと帰りなさい。新婚なのに痛くもない腹を探られるのは嫌でしょう?」
「……ああ、そうだね」
「あら、素直ね。……グズマも、これくらい素直だったら良かったのに」
やや投げやりにそう答えると、明後日の方向に視線を向けながら、相変わらず感情が読めない瞳で彼女は呟く。
この時、視線を彷徨わせる虚空の先に彼女が何を見ていたのか。その答えをボクは終ぞ知ることはなかった。
☆☆☆
「オニシズクモ、『きゅうけつ』!」
「……ドミノ、『ぶんまわす』」
攻撃しようと接近してくるオニシズクモを、ドミノの無数にある口を振り回して迎撃する。
この世界はゲームとは違い、かなりのわざの使い勝手が変動している。きゅうけつやかみくだくを始めとした近接攻撃が特に顕著で、絶対に『ゲーム内で有能だったからOK!』などと考えてはいけない。
ドミノが使った『ぶんまわす』も、ぶっちゃけゲームでは糞わざだったが、アクジキング並みの巨体、かつ気軽に振り回せる部位が多いポケモンならば攻撃のみならず牽制や迎撃にだって役に立つ万能のわざと化す。
似たような例だと、『たたきつける』辺りが割と便利だった覚えがある。逆に『のしかかり』は使いづらい。ただし決まればゲームよりも明らかに威力が高い。他にも色々と、正直言って、わざはそれぞれ別物と言っていい。
みんな違ってみんないい。ピカチュウ然りカイリュー然りヤドラン然りと、それぞれで当然得意分野が違ってくる。具体的にはピカチュウとカイリューとヤドランが各々で『のしかかり』を使った場合、その威力は1:8:3くらい違う。また同じポケモンでも得意不得意は当たり前のように存在する。それを見極めることも、トレーナーとしての腕なのだ。
「『バブルこうせん』!」
「『バークアウト』」
これらは俗に、ポケモン運用論だかトレーナー学だかの名称で括られ、専用の学会なども存在する。しかし、世の中にはそういう小難しい理屈などを抜きにして、ポケモンごとに理想のわざや嗜好を本能的に察することのできる人種もいる。
目の前の『主人公』くんこそがその最たるモノにして代表例。まさしくありとあらゆる理不尽を打破するに相応しい桁外れの才覚を持つ正真正銘の怪物であり、その手の技術など一切を知らずとも最適解を導き出す。
(バブルこうせん……なんで? でもバークアウトと互角なら火力は結構……ということは有効範囲。しかも常用かな。特殊型には見えないけど……ああもう。いっつもアナで眠らせてからやってたからやり辛い。というかもうレベル73になってるとかほんとマジ色々ヤバい)
成長が早すぎて寒気がする。まだ最初に闘った時から数ヶ月、彼が旅をしてからたかだか2年近くしか経っていないのにこれとか、私の人生が全て否定されたようで心が折れそうだ。
アクジキングを唯一の例外として、私のポケモンはその全てがレベル50のポケモンで統一されている。しかし当然、その育成にはそれ相応の時間がかかっている。がくしゅうそうち何なりを使ってゲームのように一日でパワーレベリング!とはいかないのだ。
なのになんなのだ、この少年は。かつて初めてライチを見た時にも思ったが、あまりに格差がありすぎる。まるで世界が彼を頂点として設定されているような、単体で世界を引っ掻き回せるような恐ろしい才能だ。
「オニシズクモ! もう一度『きゅうけつ』!」
「『りゅうせいぐん』!」
バブルこうせんによってフィールドへと散らばった水溜りを活用し、蜘蛛のくせにアメンボが如く水を滑って高速で接近してきたオニシズクモを容赦なく撃墜する。
ドミノが使う『りゅうせいぐん』は、範囲外のわざであるが故に威力が大幅に低下してその上一度しか使えないような一発芸だが、それでも伊達にドラゴン最強わざを名乗ってはいない。突撃を怯ませるくらいはできる。
一応、アクジキングの体力は並外れていて努力値もBD振り、加えてレベルもこちらが上だが、タイプ相性というものがある。そうでなくとも、油断すれば戦闘中にレベルを1、2つ上げてくるような奴に遠慮なんかしてられない。『ねっぷう』による熱気が水わざで掻き消されてしまったのも地味に痛い。ミミッキュを先に落とせたのは僥倖だが、それは逆に言えばその
(あくタイプだから『ミラーコート』を警戒する必要はない…………その分、むしタイプのわざがキツイけど、むしは近接わざである『きゅうけつ』以外切り捨ててるっぽいし、この調子でいけばどうにかなるはず)
ふと、彼のことがチラついた。無論、言うまでもなくグレた虫取り少年ことグズマのことだ。
耐久力という欠点を抱えるギュウカクを『であいがしら』で沈め、むし使いのくせにいわタイプであるアークスすら真正面から打破したチャンピオン級。あの時はアナが突き刺さったおかげで最終的には楽勝だったが、彼が初見殺したるアナをきっちり対策していればどうなっていたか。
まったく、手強い相手が多過ぎて嫌になる。というかライチはタイプ相性の関係から割と普通に接戦になるから油断できなくて困る。楽しくはないが、嫌いではない。また同時に苦手じゃない。勝機だって充分にある。なら、諦められるはずがない。
「………ドミノ。『でんじふゆう』」
『ドカグィィィイィイ!!』
私の指示に従ったドミノが、次の一撃に備えてその巨体を宙に浮かせる。
アクジキングは有害な鉱石なども捕食して体内に『たくわえる』ような悪食だ。そこにポケモンとしての不思議要素が加われば磁力を生む程度造作もない。正直理屈はよくわからないがそういうものなのだ。
(理屈なんてどうでもいい。大切なのは、役に立つかどうか。本来、歩くことさえまともにできないようなバランスの悪い巨躯を持つアクジキングに、『じゅうりょく』を無視できる『でんじふゆう』の存在は有難い)
いや実際はわざとしては『じゅうりょく』に負けてしまうが、当然今私が主張したのはそういうことじゃない。
いや、確かに私は『じゅうりょく』を活かして攻撃するつもりなんだけど、ああもうめんどくさい!
「ドミノ! 飛び跳ねて仰角調整!」
『ドカグィィィイ、ィイアアアア!!』
やたら勇ましい『おたけび』を上げて、リーグの天井付近で不気味なほど静かに『ふゆう』したドミノが(でんじふゆうを使用したから当然ではある)、体勢をオニシズクモ向けて整え、全身に溢れんばかりの力を溜める。
アクジキングの強みの一つに、そこらのポケモンを遥かに凌駕するその巨体が挙げられる。これから行う攻撃は、その巨体を活かした最大火力の必殺わざだ。
「な………オニシズクモ! 『バブルこうせん』!」
『あわあわああアアアア!!』
不穏な空気を感じ取ったのか、ヨウ君がドミノの行動を妨げようと遠距離わざを放つ。が、もう遅い。
オニシズクモも、決して小柄なポケモンではない。むしろオニシズクモはぱっと見ドン引きするほどクソでかい。しかし、それでも、アクジキングの身体には到底及ばないのだ。
「『ドラゴンダイブ』!」
『ドカグィィィイィイアアアアアァァアア!!』
先のソルガレオの『メテオドライブ』のように、アクジキングの巨体が勢いよく疾風を纏いてオニシズクモに突貫する。
ドラゴンダイブ。大仰な名前だが、その実はドラゴンタイプの『すてみタックル』で、基礎威力と命中精度はそちらと殆ど変わらない。だが、先ほど述べたように、現実的には『たいあたり』系統のわざは体格差が大きければ大きいほど威力倍率が跳ね上がる。横殴りにするたいあたりではなく、上から押し潰すのしかかりなら尚更のことだ。
「オニシズクモの体重は80〜90ほど。ぬしだとしても200前後。
対するドミノは888。バスケで言うならトリプルスコア。文字通り、桁が違う」
『バブルこうせん』に
その抵抗を卑下するつもりは決してないが、ただ結果として、オニシズクモの迎撃は焼け石に水でしかなく、ゆっくりと音を立ててフィールドへと崩れ落ちた。
「ありがとう、オニシズクモ。
──任せた、ラランテス!」
『しゃらんしゃらんら!!』
(レベル76…………うわぁ)
どうにか倒したオニシズクモに次いで現れたのは、はなかまポケモンのラランテス。カマキリと花が融合したような草単一のポケモンで、種族値は素早さを除いて比較的バランスが取れた数値。斬鉄すら可能な鎌から何故かビームを出してくるとかいう割と意味不明な攻撃手段をよく用いる謎のポケモンだ。
しかし私は、そんなフレーバーなことよりもまずそのレベルにドン引きする。ジャラランガやソルガレオもだいぶ頭がおかしいレベルをしていたが、本当にどうやったらこんなにすぐにレベルを上げて来られるのかが謎すぎる。
だが、いつまでも驚いてはいられない。ゲームのようにターン制などなく、時間制限によって効果期間が定められている『でんじふゆう』が途切れないうちに、なんとしても後一体くらいは仕留めていきたい。
(でも、でも。それにしても76……76って何……? グズマやククイですら60代が限度なのに、それを容易く超えるって………)
今だけは表情筋がロクに働かない自分の顔を褒めて上げたい。じゃないと流石に動揺を悟られて、ヨウ君なら憎たらしいほど的確にその隙を打ってくるだろうから。
「──ドミノ、もう一度」
「させません! ラランテス、『リーフブレード』!」
再び『ふゆう』しようとしたドミノを、瞬時に肉薄して来たラランテスの『リーフブレード』がハエ叩きのように身体の頂点へと命中する。
が、これもまた認識が甘い。接近している今を狙った咄嗟の判断は素晴らしくとも、相性不利の一撃程度、行動の妨げにはならない。
先ほどの半分以下の位置まで強引に浮かび、狙いを定める。距離が近い分、狙いもある程度で充分。宛ら気分はロケットランチャーを構えた歩兵だ。いや、もっと物騒か?
「『ドラゴンダイブ』!」
「『ソーラーブレード』!」
距離が僅かに離れたことで、互いの最大火力がほぼ同時に衝突する。凄まじい衝撃と轟音がフィールドに響き渡った。
『しゃらん、ら、ん………』
『ドカグィィィイィイ!』
衝撃に備えて閉じていた目を開くと、フィールドには相変わらず『やんちゃ』に暴れまわるドミノの姿と、ボロボロになったラランテス。
優劣は決定的だ──だが、ラランテスは倒れない。圧倒的質量のボディプレスという最上級の破壊力を受けてなお、気合いだけでその場に立ち尽くしている。
(これ、アレだよね。『ラランテスは ヨウを 悲しませまいと もちこたえた!』ってやつ。……ゲームだと虹ポケマメを少し与えればいいけど、この世界ではそうはいかないんだよね)
私には無縁だったからあまり詳しくは知らないが、ポケモンの限界をトレーナーの有無で超えさせるのはトレーナー論でも最上位に位置する項目だった気がする。それをあっさりと全てのポケモンに適用できる主人公やばい。思えば、これまでにも何度か大事な場面で発動されて、私のギュウカクが返しの一撃にやられたことが──
「って、まずい。ドミノ! 『バークアウト』を──」
「ラランテス!」
『しゃらぁああアアアア……!』
(ああもう、いちいち最適解を………!)
耐えられるはずがない。彼も優秀なトレーナーなら衝突時点で悟っていただろうに、どうして当たり前のように次の指示を出せるのか。
少なくとも、私には無理だった。あの場面で立ち尽くしたギュウカクに対して、私は何の行動もしなかった。打たれ弱いから、タスキを未所持だからと、ギュウカクを
あそこで私が何かをできれば、少しは戦況も変わったのだろうか──
「何をして──」
不意に、フィールドから甘い香りが漂ってくる。──熱気に侵され、(物理的に)水を差されて土煙の舞う戦闘の場に、だ。
ラランテスは草タイプ。甘い香りといえばそのまま『あまいかおり』を使用した、なんて可能性はなくはないが、この場面で使うにはあまりに不適すぎる。なら、一体?
「──訂正。ドミノ、『ヘドロウェーブ』。範囲外だけど、床を濡らすくらいはできるよね?」
『ドカグィィィイィイ!!』
状況が分からずとも、対処はできる。一先ずこのままではなんとなくまずい予感に従い、香りの元を毒で染め上げる。
加えて、如何に適用外のわざであろうとも、正真正銘のひんし状態、しかも抜群のわざを受けてはラランテスも一溜りはない。まさしく一石二鳥、というわけだ。
「──何を企んでいたかはわからないけど。
せっかくのチャンスも、活かせなかったら意味がないわね」
機会を活かせなかった私。才能を活かせなかったグズマ。素養を活かさなかったルザミーネ。境遇を活かせなかったザオボー。そして、内に秘めた強さを活かせなかったリーリエ。
誰もが間違える、誰もが悩み迷い苦しむ。真の意味で、迷いがない人間など存在しない。いつだったか、ククイにそんなことを言った気がする。なら、すなわち、正真正銘主人公である目の前の彼もまた、紛れもなく人間だったのだ。
「………助かりました。これが、『やきつくす』や『ぼうふう』だったら、かなり厳しかったですから」
「──え?」
件の少年が、静かな意志を込めて呟いた台詞に悪寒がする。
助かった。確かに彼はそう言った。ひんしのラランテスが為した『何か』を毒で台無しにされてなお、力強くそう告げた。
どうしようもなく嫌な予感がする。底のない沼に足を踏み入れたような、深淵の淵に触れてしまったような、取り返しのつかない絶望感が。
「フィールドを汚染したのが
さっきは不覚を取ったけど、多分、コツは掴んだ。次こそはどうにかできる、はず」
そう言いながらヨウ君が取り出したのは、この勝負の最初も最初、ここに現れた時点から壊れ物を扱うように持っていたゴージャスボール。内部のポケモンが安心して過ごせることを主目的とした、ゲームのような最低限の捕獲機能さえ存在しない、本当の
「頼む、ほしぐも!」
『ラリオーナ!』
そして必然、出してくるポケモンがこの短時間で変わるなんて『トリック』を彼が成せるはずはなく、現れたのは最初の一匹、ほしぐもちゃんことソルガレオ。
ふむ。確かにはがねタイプであるソルガレオなら、いくら地面にどくを撒いても意味はないし、『ふしょく』以外で毒に犯されない。しかし、あのソルガレオは、最初の攻防で既に毒に犯されているから今更では。
「短期決戦狙い、かしらね。でも、それは流石に厳しいわよ。ドミノは見た目とは違ってかなり固いから、生半可な攻撃では倒れない。それに」
「さて、それはどうでしょう。時間稼ぎが目的なら、その心配は既にありません。空気が毒気に汚染されていても、はがねタイプであるほしぐもは、ここの効果を充分に受けられますから」
「何を──」
まるで決闘者のような決め台詞とともに、それらしい反撃の兆しを見せているヨウ君。
しかし、時間稼ぎが主目的であっても、私の言葉は全てが事実だ。『まひ』状態には及ばずとも、現実となった毒は全身の動きを鈍らせる。加えてタイプ相性もとても良いとは言えない。このまま続けて戦ったところで、大事なポケモンが無駄死にするだけなのに。
(──
そう、私の思考は、あくまでこちら側から見た希望的観測。先ほどのラランテスの謎が解けていない以上、決して馬鹿にすることはできない。
(ラランテス……ばかぢから、リーフストーム? いや、流石に攻撃わざじゃないでしょう。えー、せいちょうににほんばれ、あまいかおり、ねをはる、こうごうせい。グラスフィールド……は覚えないはず。あとはかげぶんしん、まもる、とぎすます、きりばらいに──)
「…………まさか」
今度は別に、どうやって、という疑問が湧くものの、それこそ目の前の少年に対して、それを聞くことは無粋だろう。
ゲームの時にはできたのだ。なら、その分身であるこの彼が、どうしてそれが出来ないと断言できようか──
「『アロマセラピー』………?」
「正解、です。
──それでは、第二ラウンドと行きましょう」
どくに侵された心地良い香りによってすっかりと『リフレッシュ』したソルガレオが、雄々しい雄叫びと共にドミノへ『とびかかる』。
主人公はまだまだ成長途上です。(レベル100じゃないから)当たり前だよなぁ?
がんばれまけるなオリシュさん! なんか割と勝てそうだぞ!仮にここで勝ってもレベルを更に5ずつくらい上げてまた戻ってくるけどな!(無慈悲)