「…………ここにはいない、か。はぁ………早くリーリエに会いたいなぁ」
鬱蒼と生い茂った植物を掻き分けながらゆっくりと、それでも確かに足を前へと運ぶ。
またしても思考がリーリエの方向へ向かってしまっていることを自覚するが、既に探索を始めて数時間。仕方ないとはいえ碌に景色の変化もない作業に飽き飽きとしていたので、これくらいの脱線ならば許容範囲だと言えよう。まあ、意味がないのはそうなのだけども。
「それにしても、まさかほとんど丸投げされるなんて思わなかったなぁ………国際警察って言ってたけど、やっぱりああいう仕事は全部お役所仕事なのかな」
散々垂れた愚痴も、もはやここまで来ると力無い。
チャンピオンとして返り咲いた翌日。メレメレのモーテルで『協力者』として名乗りを上げた二人の人物。名前は確か、リラとハンサム、だっただろうか。彼女達は色々と思わせぶりな発言をしたりこちらを一方的に試したりした割には殆ど役に立っていない。
僕が管轄することになるアローラの問題なのだから、不干渉でいたい気持ちは分からないでもない。だけど、曲がりなりにも協力者として名乗り出た以上は、せめて
しかも、それでいて捕獲した成果は提出しろ、と来た。あまりそういうことを言いたくはないのだが、明らかに子どもだからと舐められている。
加えて、肝心要のウルトラビーストに関する情報も不足気味で、やれ異世界から来たこちらのポケモンとは異なる生命体だ、やれ世界の理を乱す存在だ、やれ望まずしてこの世界にやって来た、だのと曖昧なものばかりで、その生態に関しては彼女が独自に纏めたレポートの方が事細かに記載してある始末。
当然、彼女のように自身の享楽のために脅威を分かっていて無視する行為は論外だが、正直、この時点でもう僕の国際警察への信頼度は地に堕ちている。
(戦力が足りないなら、どうして足りない人員をそのまま寄越したんだろう……)
先ほどお役所仕事だと発言した理由がこれだ。僕の戦力についてもロクに把握していない、どころかかなり見誤っていたみたいだし、いくらなんでもお粗末に過ぎると思う。
所詮は異世界から来た程度の珍しいポケモンへの対応なんてそういうものだ、と納得するのは簡単だが、当事者としてはそうはいかない。そもそも目撃証言があったというなら何故その場所に先行して待ち構えない。というかヴェラ火山公園とディグダトンネルとかアーカラ中央を挟んで島の殆ど正反対じゃないか。それを一人で散策とか無茶にも程がある。
──いや、駄目だ。このままでは。思考がかなり落ち込んでいる。陰口なんか、自分の趣味ではないというのに。多分、あちらにも理由があるのだから、猛省せねば。
「見つからない………」
だが、探索自体が今日で3日目。ある意味では当然といえ、まさかこれほどまで見つからないとは予想外だ。あれだけ目立つポケモンを相手にしてこれだと、本気でこの先が思い遣られる。
しかし、僕もしばらくポケモン収集について離れていたとはいえ、それでも一度はアーカラ中の珍しいポケモンを捕獲したような男だ。なのに数日もかけて成果無しとは、これはあまりにも鈍りすぎて──む?
「──そこかな?」
トレーナー特有の気配察知(仮)を活かし、感覚のままホルスターに装着した空のハイパーボールを草むらへと『なげつける』。
結果は………微妙。当たったことは当たったが、流石に今のではポケモンごとに語られている所謂『きゅうしょ』にぶつけることは出来なかった。昔は飽きるほど反復していたこの作業であるが、球技におけるコントロールのズレは間が空くほど修正が困難極まる。それでも命中しただけ褒めれば良いのか。今更図鑑埋め作業へと戻る気はないが、腕が明確に鈍り始めているのを実感するのはやはり堪えるものだ。
「………次からはモンスターボールにしよう」
お金には困ってないと断言できるが、それでも一発で1200円の消費は中々に厳しい。慣れてた頃はそれを加味しても一撃が重くて(捕獲時間的に)足止めにもなるこちらを好んで使用していたのだが、命中すらも不安定になっている今なら敢えてお金をかける必要もない。贅沢は心の潤いだが、同時に毒でもある。浪費に鞍替えする前に是正せねば、破産するのが目に見えている。
『────!』
「逃がさない…………!」
『たいりょく』が多分満タンかつ事前に効き目が薄いのは知っていたので即座に脱出されてしまったが、一時的にでもボール内部に封じられたのが効いたのかその場を慌てて離れるポケモンを追従する。
そういえば、この光景を人間に当てはめたらどんな絵面になるのだろうか、なんて相変わらず無駄な考えが脳裏に過るが、身に染みた技能は思考とは裏腹に適切な行動を繰り広げ、遂には対象の逃走経路を先んじて塞ぐことに成功した。
「追い詰めた──!」
『べのめのん……』
起伏の激しいヴェラ火山公園内を、どうにか躓かず追いかけ回すこと数分。
ここでようやく姿を確認できたポケモン………ウツロイドと思わしき影の方向をボールを構えた状態で『にらみつける』。
ボクはポケモンじゃないからいくら『いかく』しても能力値を下げられるわけではないけど、視線というのは人間のものだろうと気を引くには充分過ぎるほど効力を発揮するのだ。本音を言えば事前にポケモンを伴って居たかったが、ボクのポケモン達は揃いも揃って無駄な威圧感があるから隠密には向かないのだ。
じりじり、じわじわと対象に滲み寄る。ポケモンを出さずにいるのは、あちらに隙を与えないためだ。逆にあちらが何かしらの行動をしないのは、その隙にボールを当てられることに嫌がっているのだろう。
いずれにしてもポケモンを呼び出す時間を作るためにボールは当てるつもりだが、野生のポケモンは野生であるからこそ「その先」を見通さない。当然、その例に当て嵌まらないポケモンも多数いるが、少なくとも目の前にいるウツロイドは、その例に該当しなかったようだ。
(………しかし、こうして見ると、このポケモン───)
あの時はこうしてじろじろと見る機会はなかったが、こうして見ると姿がどことなくリーリエと被る。無論、ポケモンと人間では比較にもならないためあくまで全体の外観のイメージがそう、というだけだが、それにしても──
(───いや、逆か。多分、ルザミーネさんがリーリエを………)
『べのめのん……!』
「───はい、そこ」
不意に襲いかかって来たウツロイドに構えたボールを投げつけ、内部に閉じ込めた僅かな隙に僕のポケモンを呼び覚ます。
現れたのはみず・むしタイプを持つポケモン、オニシズクモ。高い耐久に『くものす』『まとわりつく』などの妨害わざを保有し、僕がこうしてポケモンを追い詰めた時には専ら世話になる頼もしい味方だ。
(ウツロイドのタイプはいわ・どく………そうは見えないけど、チャンピオン───じゃなくて元チャンピオンのレポートが間違ってるとはとても思えない………いわタイプのわざには充分注意して───)
『べのめのん──!』
「…………来るよ、構えて。オニシズクモ』
『あわあわあ!』
『いかり』を露わにしてオニシズクモへ『とびかかる』ウツロイドを、万全の体制で迎え撃つ。
───僕がウツロイドの捕獲に成功したのは、それから数分後のことである。
☆☆☆
「疲れた………」
疲弊した身体をどうにか前へ進めながら、ようやくたどり着いたポケモンセンターの門を叩く。
ここまで僕が疲弊したのは、主に島の散策のせいだ。捕獲自体は正直そこまでの難易度でもなかったが、島に一匹しか彷徨っていないポケモンをあの二箇所から探すなんてことをしたら疲れるに決まっている。
それでも、エーテル財団が研究していたウルトラボールを譲り受けただけまだマシだったのだろうか。効果は劇的で、逆に牽制として放ったボールは一切の効果がないように見えたし、もしもを考えると気が滅入る。
そういえば、このボールについてのそもそもの発端はあの人の技術提供によるものだったか。一体この島で生まれたはずの彼女は、どこからウルトラビーストの捕獲技術なんて身につけたのだろう。最初はてっきり国際警察から提供された資料だと思っていた。やたらと詳しいウルトラビーストに纏わるレポートのことといい、本当に謎の多い女性である。
「ようこそ、ポケモンセンターへ! 貴方のポケモン、休ませてあげますか?」
「お願いします……」
聞き慣れた文言にこちらも慣れた態度で対応する。普段よりも気力が8割ほど削がれているのは、もはや何も言うことはない。人として当然のことだが、まともに対応できただけで自分を褒めたいくらいだ。
「それではお預かり───ねぇ、ヨウ君。これ、本当に回復していいの?」
「は───…………………!?!??!!?」
「初めて見る顔ね。いつもそうしていれば、私としても楽でいいんだけど」
「な──まっ……」
待った。いや本当に待って、切実に。あまりのことに脳が現状の理解を阻んでいるから、お願いだからちょっと待って欲しい。
なんで貴女が、他でもない貴女が、よりにもよってこんなところで、あの時よりも綺麗な満面の笑みを浮かべながら、さも同然のようにその場所にいるのか──!
「営業スマイルは一族の必須科目よ。私にとっては侮蔑と大差ないわ。
それにほら、ロイヤルアベニューのポケモンセンターって人気がないのよね。メガやすのアレがあったからねー。だからこの辺、他と比べて民家が少ないでしょ? まあ、次があったら合法的にカプをぶちのめせるから、私は気にしてないけどね」
「そういうことじゃなくてですね……!」
「何よ。仕事はしっかりするわよ? ポケモンドクターの資格も持ってるし、今の私は他の人と違ってレベルやパラメーターまでざっくりなら見えるから、向いてるとは思うのよね。多分。単純に、私がこっちには興味がないだけであって」
「パラメーター……?
──じゃなくて。どうして貴女が、よりにもよって、こんなところにいるんですか!!」
先ほどの満面の笑顔は何だったのか、見覚えのある冷徹な表情を浮かべ、これまた見覚えのあるのに見慣れない制服を身に纏った
顔立ちから薄々は
だってそうだろう。他人を見下すことばかり考えているような彼女が、他人を労る役目を担うポケモンセンターの受付をしているなどと。
「それは私も──ああ、そういえばウツロイドはヴェラ火山公園とかだったかしら。でもあれ、確かオハナ牧場でも目撃証言があったのよね………あれから一週間も経ってないのに、よくもまあこんなに早く捕まえられたわね」
「どころかディグダトンネルまで行き来しましたよ………というか、知っていたなら『てだすけ』くらいはして下さい。貴女だって、島を荒らされるのは本意じゃないでしょう?」
「………まあ、そうね。私にだって、壊したくないものくらいある。他はともかく、ウツロイドとアクジキングに関しては軽率だったと思っているわ。
でも多分、ウツロイドは最初に捕獲されるだろうし、アクジキングは
「──はい?」
はいこれ、と軽い気持ちで渡されたボールを三度見くらいしてから、ようやく言われたことを咀嚼する。そして、驚く。
今更だが、ほんっとうに今更だが、そんなとんでもないことをまるで世間話のように切り出すのはやめてほしい。というか何だこのボール。地味に重い。体感だが、普通のボール二倍近くはある。ウルトラボールですらないし、なんだろうこの灰色のボールデザインは。
「ヘビーボールよ。体重の重いポケモンの捕獲に適したモンスターボール。お値段なんと送料込みでだいたい8000円。30は使ったから〆て25万ってところね。手痛い出費だわ。お金で済むなら、それに越したことはないけど」
「へぇ………って、高っ!?」
「いわゆるオシャレボールだから、高いのは当然よ。ガンテツさんのところは性能もピカイチだけど、だからこそそれ相応の値段がする。
私はコレクターのケもあってね。というより、多分希少なものを持ってる自分に酔ってるんだと思うけど、まあそんなこともあってボールのストックは結構あるから、別に気にしないでもいいわよ」
「はぁ……って、いやいや」
情報量に流されて危うく納得しかけてしまったが、要するにこの人は、ウルトラビーストを普通のボールで捕まえたのか。それも、彼女が操っていたあの暴食の化身を。
確かに僕もそう苦労はしなかった。捕獲の難易度自体は大したことないと言っていい。だが、それはあくまでウルトラビーストの捕獲に特化したモンスターボールがあってのこと。ハイパーボールですら一秒足らずで抜けられる相手に、いくら特注品とはいえ市販のボールなんかで──
「まあ、私はその手の嫌がらせが得意だからね。余裕……とは言わないけど、無茶ではなかったわ。それに──いえ、なんでもないわ。
それより、ポケモンの回復終わったわよ。サービスでウツロイドは省いておいたから、リーリエちゃんにでも預けてわざの的にして遊んでもらったらどう?」
「……いや、ちゃんと回復してください。それと、そんな悪趣味なことしませんから」
「そう言うと思って実は省いていなかったわ。あとはい、これは期間限定のモーモーミルク引換券よ。あっちのカフェで飲んでってね」
「…………」
ニコッと微笑み、引換券を渡しながら隣にあるカフェの方を指し示す彼女。
本人曰く営業スマイルだそうだが、こうして見ると本当にそこらにいるポケモンセンターのお姉さんと変わりがない。あの一族の特異性は知っていたつもりだったが、それ故に僕は彼女達のことを一歩引いたところから認識していたのだろう。だからこうして身近でそれを体感すると、わざわざ勿体ぶって『一族』とまで括られている理由がよくわかる。
「……まあ、回復していたならいいです。それで、軽率だと認めたってことは、こちらに協力してくれるって認識でいいんですよね?」
「ええ。とはいえ、私はここをしばらく離れられないわ。ポケモンセンターの労働環境って結構ブラックで、一族の大半が殆ど趣味で勤めてる分、私みたいな変わり者が割を食うのよね。カマロリ……ああ、私の友人だけど、その子もストレス解消のためにちょくちょくツリーに行ってたりするわね。一般的な一族なら、ポケモンセンター勤めの時点でストレスなんか感じないはずなんだけどね。逆にポケセンにいない方がストレスを感じるレベル」
「…………ええと」
なんだろう。聞いてはならないことを聞いたというか、うっかり深淵の淵に迷い込んでしまったような気分だ。
ポケモンセンターといえば、全トレーナーにとっての憩いの場、癒しの空間であるはずである。だがしかし、それは違ったのだろうか。他でもない受付のお姉さん達にとっては、過酷な修練場だったりしたのだろうか。てっきり一族の人達と適度に交代して勤めていると思っていたのだが、それさえも勘違いだったのだろうか。
あまり踏み入りたくなくて、かといって反応しないわけにもいかず曖昧な返事で誤魔化していると、彼女は僕の葛藤をいつも通り当たり前のように無視して告げる。
「だから、協力者を用意したわ。オープンレベルは6割強で限界は5。人格はともかく、アローラ有数のトレーナーの一人よ。意外かもしれないけど、これでも私は『彼』と仲が良いのよ?」
「『彼』……?」
「それは会ってみてのお楽しみ、ってことで。
これは教訓として伝えておくけど、人の縁って言うのは、大抵予想外なところで繋がっているものなのよ?」
「…………はぁ」
最初の営業スマイルはなんだったのか問い質したくなるほどの冷徹な眼差しで、それでも悪戯っぽく微笑んでみせる彼女。
しかし、その本性と営業スマイルは両立させることができないのか。彼女のその表情は、あたかも地獄に堕ちた人間を嘲笑う死神か何かであるようにしか見えない僕だった。
☆☆☆
相変わらず理不尽な強さだ、と内心で悪態を吐く。
「ちぃ……!」
否、実際に口に出す。自ら挑んでおきながらこの態度。我ながらマナーがなっていないと思うものの、これほど明確な差があってはそうせずにはいられない。
「ガオガエン、『DDラリアット』!」
「『なみのり』!」
辺りを覆い尽くす水流も、ガオガエンの迎撃を行うどころか、勢いを殺すことさえままならない。
盛大に吹き飛ばされ、ひんしに陥る自身のポケモン。もはやタイプ相性などという次元を遥かに凌駕する理不尽。格の違い。かつて自分がしたっぱ相手に誇っていたトレーナーとしての才能の差。それが自身に翻るとこうも無様に思えるのか。
「ッ──」
歯噛みする。相手はまだ、その実力の片鱗さえも見せていない。当然だ。その必要性がないのなら、あえて手の内を明かす理由はない。認めたくはなくても、あの少年の戦術眼は本物だ。トレーナーとしてもそれ以外としても。ならば、勝負に活用できる札の選択は誤らない。それはこれまでの経験で、存分に見に染みている。
(かつて、代表も……)
今も病状に伏しているエーテル財団の代表ことルザミーネ。彼女もまた、思い知ったのだろうか。力で何かを成そうとする者は、それ以上の力の前では無力であることを。そしてそれは、時に自身にとって理不尽な動機とともに襲いかかってくることを。
人の縁とは実に奇妙だ。役立たずと切り捨てたしたっぱが、後になって自分の恩師を率い報復に来たとしても何ら不思議ではない。あり得ない可能性だと嗤っても無駄だ。この手の邪推は考え出すとキリがない。
事実、己はこうして無様を晒している。磐石だったはずの地位。終点まで美しく定められた人生という名のレールは、たった一人の気まぐれによって根こそぎ消え果てた。それが代表に唆されたとはいえ、安易に悪の道に頼ったことが原因なのだとしても、やはり感情の行き先はそれを壊した人物に向かう。
的外れだ。分かっている。彼は正しく正義の味方であっただけで、自分は倒されるべき悪であったと他でもない自分が認めている。
なら、このやり場のない感情を、どのように解消すれば良いというのか。誠に遺憾ながら優秀なれど抜けていると認めざるを得ない頭で考えた。そして出た結論は、この少年に倣うしかないというもの。
つまりは正攻法。トレーナーである以上、誰でも逃れられない摂理を利用し、合法的に彼を叩きのめす。そんな愚者の裁定。そして、それさえ上手くいかない自分と彼の実力の差が、どうしても気に入らないのだ。
「………ザオボーさん。実力が、という話なら、これで十分ですよね?」
「何やら遠くで小鳥が囀っていますねぇ。ワタシももう、歳でしょうか。
ああ、余所見などをして勝手な時間を失礼。では、バトルの続きと致しましょう」
「…………はい」
故に、私はこうして見栄を張る。醜さ汚さを隠し、良いところのみを魅せるのは大人の狡賢さだ。天井からつま先まで青臭い目の前のお子さまには出来ようもない、醜悪極まりない姿。
次々とポケモンが倒されていく。何をやってもどう足掻いても、全てが当然のように対処される。自分など眼中にないとばかりの涼しい顔で、いつもヘラヘラと笑みを浮かべた表情を崩すことさえ叶わない。何故だ。何故だ、何故だ。ああ口惜しい、口惜しい!
脳裏に、
『──私が強い。それが全て。違うわね。私は強さなんてどうでもいい。多分客観的には貴方の方がずっと強いんだと思う。きっとね。
けれど、私の方が上。それだけは譲れない、譲りたくない。分かるでしょう、貴方なら。だって貴方は、私なんかよりずうっと長い間、それを渇望していたのよね?』
あのクソガキの甘言に釣られて、何より代表がいた立場に惹かれて、ワタシはレールを踏み外した。容易な悪路を選択し、無様に転がり落ちて全てを失った。
──しばらく後のことだ。あの女がワタシ同様、この怪物に蹴落とされて全てを失ったのは。
『不思議ね。負けたのに、それが誇りに思えるなんて。
──あれ、これ、どこかで………まあ、いいわ。グズマも、こんな気持ちだったのかしらね』
そう呟いて笑ったクソガキの、あの時の表情が忘れられない。
何故だ。何が違うというのだ。悔しいはずだ。苦しいはずだ。惨めで遺憾で無念で辛くて、焦燥感が身を焦がすはずだ。
少なくとも、ワタシはそうだった。ならばワタシの同類である彼女が、そう感じないはずはないのに。どうして奴は笑っていられる。
代表も、あのチンピラも、新たに代表として収まった小僧も。どいつもこいつも理解できない馬鹿ばかりだ。何もかもが不可解。摩訶不思議。理解不能なモノばかり!
(そして、目の前の少年とゼンリョクで戦えば、その理由がわかるかもしれない──などと世迷言を考えたこのワタシもまた、不愉快極まりない………!)
「ハギギシリ、『アクアブレイク』!」
「ガオガエン、『フレアドライブ』!」
指示は同時に。動作も互角に。しかし優劣は決定的に。
タイプ相性何するものぞ。正真正銘の化け物を相手に、その手の理屈は通用しない。それは、他でもないこのワタシが見下してきた凡百のトレーナーこそが、その理不尽の犠牲者なのだから。
「むぅ………ですが、まだ。まだ終わってはいません。
──行きますよ。これがワタシのゼンリョクです」
「…………」
尤も、ワタシごときがゼンリョクを出したところで、目の前の少年には通用しないのは分かりきっている。
いつか巡礼の旅で会得した石。気に食わなくても、どうしてか捨てられなかった小さな証。昔は喜び勇んで行ったポーズも、今となっては屈辱的なだけ。罰ゲームか何かのようにしか感じない。
──興味がある。それだけだ。ワタシが分かりきった検証をするのは、ただ単純に好奇心に依るモノ。こうしてバトルを挑んだのも、カセキと化したポーズを決めてまで打ち込むのも、柄にもなく足掻いてみせるのも。全ては実験のため。
そう。間違っても、自分のゼンリョクを出し切ることさえできたなら。このガキにも打ち勝てるかもしれない。などと自惚れているわけではない。断じて違うのだ。
「ハギギシリ、『スーパーアクアトルネード』!!」
先のヤドランが放った『なみのり』などとは比較にすらならない水の奔流。隙間なく埋め尽くされた激流は、行く先にある全てのモノを無慈悲に蹂躙する。
加えて、ハギギシリがサカナ型であるからこそ伴う素早さ、纏う水流によるミサイルは、正確に標的を狙い続け、その反撃を赦さない。
「──ガオガエン」
『グヴォン!』
小さな、静かな声だった。
それが眼前の少年、ヨウが発したものだと気付くのに、ワタシは数瞬の時を要した。ワタシのハギギシリのゼンリョクを前にして、一切の動揺も、焦燥も、まして危機感さえ抱かないとは想定していなかったのだ。
侮られている、そう受け取った。ワタシのゼンリョクに価値はないと。容易に対処できるものだと。少なくともワタシはそう思った。ただでさえゼンリョクの感情を乗せたココロは、油を注がれた火はいよいよ勢力を増し、心を焼き尽くす激情に任せて次なる言葉を発しようとした、その時。
(あれは………)
前屈姿勢から起き上がり、両手を広げて『いかく』するポーズ。
エスパータイプ専門のワタシにはわかる。あれは悪タイプのZわざの前兆。トレーナー戦においてワタシが最も警戒せねばならない相手の出方であり──同時に、この場においてはこの時点でもう既に、ワタシには防ぎようのないゼンリョクの反撃である。
「──ゼンリョクで、『ハイパーダーククラッシャー』!」
『ヴ──グォォォォオオォオオ!!!』
暴虐。決闘場にて繰り広げられた光景を言葉にて形容するならば、その一言で事足りた。
総身に漲る異様なまでの力。誤魔化しようのない図抜けたゼンリョクのパワーと共に、それを考え得る限り的確に『さいはい』する度胸。凶悪なまでの武勇を振り翳し、誰に憚る事もなく冷酷非情に弱者を踏み躙るその姿は、万人が思い描くような英雄像とはあまりにも乖離していた。
「は──は、ははは。ハハハハ………」
瀕死になって大地に倒れ伏すハギギシリをどこか遠くから眺めるように静観し、茫然とした心地のまま決着の時を眺めていたワタシは、暴虐の犠牲となり、見るも無惨な姿となった自慢のポケモンを見つめ、自嘲する。
笑うしかない。なんだこれは。驕りはあった。自惚れもあった。希望的観測も、曲がりなりにもトレーナーであるからには常にやっている。
しかし、これはあまりにあんまりだろう。逆らう気力さえ湧かないような圧倒的な格差。蟻が象に立ち向かうのが無謀を通り越して自殺に見えるように。まさしく二者の実力はそれほどにかけ離れている。
──
不可能だ。そう思う程度は、このワタシにだってできる。力量があまりに隔絶していると逆に優劣の判断が付かなくなるのはよく聞く話だが、ことポケモンバトルにおいては違う。
如何にトレーナーがそのポケモンの力を引き出しているのか。100を最大とした才能の倍率。オープンレベルなどと称される目安が、才無き者にはあまりに残酷な証明が、目を逸らすことを認めない。
おまけに、この小僧は決して愚鈍じゃない。むしろ単純な戦術眼だけでワタシが知るトレーナーの中でもトップクラスの実力を誇る。
ワタシはどうだ? ワタシは有能だ。天才だ。努力家でもあるだろう。アローラ有数の実力者である自負もある。それだけの過程を、ワタシは積み立てて来た。
──しかし、特出してはいない。おそらくは、きっと、そうなのだろう。ワタシのゼンリョクなど、せいぜいがその程度でしかない。ワタシが忠実に熟していた歯車としての役割と同じ、どこかで換えの利くような人材でしかないのだ。
『まあ、そうね。確かにことポケモンバトルにおいて、才能の差は歴然。そも2匹以上のポケモンを従えるだけで一苦労。力を一割も引き出せない。戦況を読めない、意図を見出せない。何をしていいのかもわからない。そんな人間はごまんといる。
でも、私にとって、そんなことはどうでもいいわ。仮に例に挙げたような正真正銘の雑魚が相手でも、絶対に油断はしない。だって──』
──これほどまでに計算が通用しない勝負を、私は他に知らないからね。
(…………ああ、そうでしたね。ワタシも初めは、あのガキも、この小僧も、代表も、その子どもも、財団の職員たちも、諸共に──)
隔絶していた力の差。逆転はおろか、いくら手を伸ばしても届かない距離にいたはずの自分。なのに、その結果は一体どうだったのか。
今の自分には無理だろう。今のワタシでは、きっとありとあらゆるものが足りない。だが、次がある。このお子様だって、無敵ではない。かつて驕っていたあの頃のワタシのように、ヒトである以上、必ずどこかしらには隙間が生ずる。
この少年の場合は、あのガキとは違い、その点はとても分かりやすい。だからどうしたという問題こそあるが、付け入る隙があるのは間違いない。とはいえ、露骨にそこを責め立てるような行為は、ワタシのなけなしのプライドが許さないが。
(今はいいでしょう。勝者の権利として、ワタシを存分に見下し、侮蔑し、侮るといい。
ですが、ワタシは非常にしつこくて、諦めが悪いですよ──?)
この少年やあのクソガキ、その他意気軒昂な少年少女に比べれば笑ってしまうほど陳腐で俗なものだが、ワタシにだって目指す道はある。そのための努力も、研鑽も、ワタシは決して怠ることはなかった。だからこそ。
「──ひとまずは、おめでとうと言っておきましょうか。
貴方には、見所がある。初めて見た時から、ワタシはそう感じていました。
ええ、立派なチャンピオンですよ!」
(そう、そこに肩書きがある限り、ワタシは何度でも這い上がる。
そして、いつか。いつかまた、必ず──)
ワタシの届かぬ位置に立つ少年への敬意を評して、あるいはせめてもの抵抗として、ワタシは本音を覆い隠す。
そんなワタシの心情を知ってか知らずか、それともあのガキのように興味もないのか。目の前のお子様は能面のごとき笑顔を僅かに動かして、困ったように笑うのだった。
ヨウ君が基本無敵すぎて設定を盛りまくったオリシュさんでもなければ勝負にすらならないのは割と問題だと思う。でもまあ、ゲームでも割とそんな感じだから多少はね?
ちなみに、仲が良いと思ってるのはオリシュさんだけです。そしてこの作中において大体の原因はオリシュさんです。
しばらくオリシュさんは登場しないので、名前は無いとか書いておきながら設定していた名前の由来でも。
名前はピンク色のユリの名前から取ってカノコ。どっかの街と被ってるがどうせ名前で呼ばれないから気にしない。
ピンク色のユリの花言葉は虚栄。富。繁栄など。ちなみにカノコユリ自体の花言葉は荘厳、慈悲とかそんな感じ。主に成功を納めた女性に送ります。実は最初期の構想ではオリシュさんをリーリエちゃんがいない隙に主人公くんに迫らせてリーリエちゃんの危機感を煽らせよう!とか考えてたため。名前の由来がリーリエちゃんと同じユリなのはその設定の名残。もはやヒロインとかそういう次元をぶっちぎってるけど。