リーリエ、カムバック!   作:融合好き

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ヨウ君は気づいてないとかそういう次元の話ではなく、リーリエ以外にそういう感情を抱けないだけです。


かんがえに かんがえぬいて えらんだわざなら それでよい!

「酷い隈ね。ライチが先に選ばれて、貴方が選ばれないのがそんなにも悩ましい?」

 

「少し、聞いてもいいですか?」

 

「…………何かしら」

 

「僕は、島巡りをして、試練を超えて、しまキングを倒せばそれでいいと思っていました。そうすれば、全てが報われるんだって、そう思っていたんです」

 

「…………」

 

「だけど、現実はそうではなかった。カプに見初められたのは別の人。僕ではなく、まだ大試練はおろか、島巡りをしてさえいないライチが選ばれました。

 

教えてください。島巡りをして、何になるんでしょう。この風習に、どんな価値があるのでしょう。僕と彼女に、どんな違いがあるのでしょう」

 

「意味なんてないわ。価値なんてまったく。違いも何も、結局はそれを自覚するかどうかよ。少なくても、この私にとってはね」

 

「………貴女は、島巡りに価値はないと?」

 

「あくまで私にとってはの話。貴方には関係ないわ。でも、そうね。それでも理解できなかったら、納得できなかったら、理不尽なんだと嘆くなら。一度、全てを破壊してみるのも悪くないんじゃない?」

 

「………はい?」

 

「私はね。理由は省くけど、私がカプに認められることはないだろうと確信している。Zわざについては惜しいと思うし、実のところ巡礼も割と楽しみにしていたから、割り切れない感情。未練があるのは否定しない。

 

だけど、嘆いても意味はないわ。結局のところ、あっちの気分次第なんだから。貴方が嘆くのも無理はないけど、それはきっと、間違ってると思う」

 

「なら、何が正しいんでしょうか」

 

「それは私には分からないわ。興味がないから。でも、そうね。さっきのは極論だけど、そんなにもキャプテンになりたいというのなら、カプに己が存在を訴えれば、誰よりも素晴らしいトレーナーになってしまえば、カプも貴方を無視することはないんじゃない?」

 

「──誰よりも、素晴らしいトレーナー………」

 

「そう。貴方にとっての、本当に素晴らしいトレーナー、その理想にね」

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「……なんてことがあったんですけど」

 

溜息のようなそうでないような微妙な息を吐いて言葉を区切る。

 

気づいたら長々と話し込んでしまったことを反省しつつも、内にかかえるのもそれはそれで辛かったために一息をつく。最近では考えるべき事態が多く、学ぶ機会もそれなりにあるとはいえ、やはり僕はそれを得手としていない。これが単なるバトルなり捕獲なりならもっとやりようはあるのだが、改善にはやはりまだまだ先は長そうである。

 

「へぇ、なるほど。でも、それをなんで私に? 普通に考えたら、私が彼らと関係ないことはわかるわよね」

 

そんな僕に、なんだかんだでしっかりと話を聞いてくれた彼女が相変わらず抑揚が薄い口調で告げる。正直なところ、僕としてもほぼ無意識の行動で、自己の分析が苦手な僕は「なんで」と聞かれたら具体的な説明に困ってしまうのだが、多分自分が自覚していないだけで、彼女への皮肉か嫌がらせの意図があるのだと簡単に推定できるのでそう仮定し、適当な言い訳で誤魔化すことにした。

 

「貴女が決して普通ではないから、ですね。後はちょっとしたついでです。ようやく状況が落ち着いたのはいいんですが、代わりに牽制用のボールを切らしてしまって。それまでは手持ちでやりくりしていたんですけど、流石に新しいボールが欲しいな、と」

 

「ああ、メガやす………あそこ、安さだけは本物だからね。でも、ヨウ君ってあれ、ウルトラボールを貰ってるんじゃなかった?」

 

「あれは貴重品ですので……牽制の度に投げつけていたら、いくらあっても足りません。それでも、節約はしているんですが、どうやら僕の捕獲法は、他の人とかなり違うみたいで」

 

「確かに私はボールを牽制に使ったりはしないわね。ボールと言えば普通は最後の『ダメおし』に使うもの、って印象が強いし、まず捕まらないことが分かっていて『なげつける』人はいないわ」

 

言い訳が通じたのかどうか、とりあえず疑問には思わなかったようで、受付の机に肘を乗せて、『やれやれ』のポーズをしながら死んだ表情で彼女は言う。何度見てもこの世の光景とは思えないし、もはや違和感とかそういう次元を通り越してこれが普通なのではと錯覚してしまう。

 

しかし、今重要なのはそこではない。如何に彼女といえど、人生の先輩からのこう言ったお話は貴重だ。特にこれは後々にも役に立ちそうな知識だし、しっかり聞いておかないと。

 

「そもそも動いているポケモンにボールを当てるだけで一苦労なのに、まして戦闘中に隙を見て、だなんて。ちょっとどころか、よほど自信がなくてはできないわね」

 

「そう、ですか? でも、ボールなんて、投げればだいたい当たりません?」

 

「……………………この世代ではそうだったわね。これがジェネレーションギャップってやつかしら? でも、それは多分貴方を含む10に満たない限られた人だけの話よ。

 

だから、これは忠告。いえ、お節介ね。ヨウ君、その台詞、リーリエちゃんには言わない方がいいわよ。あの子、ポケモンの捕獲に、かなり苦労していたみたいだから」

 

「………………え」

 

軽く返した言葉。僕にとっての当たり前にこころなしか真剣な表情で返され、サァー、と一気に血の気が引く。よもやこの話題にリーリエのことを引き合いに出されるだなんて微塵も思ってなくて、下手をすると僕へ悪印象を抱かせる可能性があったとなれば尚更だ。

 

「まあ、あんなの(・・・・)を捕まえてたら、苦労するのは当然だけど……とにかく、貴方のそれは一般的とは言い難い。よく覚えておきなさい」

 

「肝に命じます。………でも、珍しいですね。貴女がその、僕に忠告をするなんて」

 

今度は真剣に返す。しかし、珍しいというか、最初に出会った時以来じゃないだろうか。彼女がこうしてあからさまな善意を見せるのは。

 

それと、またさらっと聞き捨てならないことを。リーリエが何だと言うんだ。あんなのって何だ。この人はまだ何かとんでもないものを隠しているのか。

 

浮かんだ疑問を、思い切って聞いてみる。聞くだけならタダだ。これも、誰かが言っていた気がする。気のせいかもしれない。でも誰が言ってたとしても割とどうでもいい。

 

「………? だって、バトルとは無関係でしょう?」

 

「………そうですね」

 

ある意味では予想通りの回答に、辛うじてそう相槌を打つ。

 

そして思う。ああ、この人は本当に、ただ他人を見下したいだけで、その人が不幸になって欲しいとは考えていないんだな、と。あくまで勝つためなら手段は選ばないだけであって、別に人を蹴落とす趣味はないのだと。………それでも普通に歪んでいるけど。

 

「失敬ね。私だって、ちゃんと手段は選んでいるわ。だからリーリエちゃんと戦った時、あのポケモンを貴方を利用せずに昆布で…………なんでもないわ。

 

というより、貴方もククイと同じことを言うのね。やっぱり親子じゃないの?」

 

「それ以上は母に被害が及ぶので勘弁してください。それと………あのポケモンってなんです?」

 

「かつてないほど真剣な顔ね。正直、ヨウ君のそんなところは嫌いじゃないわ。でも秘密よ。貴方には特に。だって女の子は、いくつもの秘密を着飾って綺麗になるんだから」

 

そして、そんな女の子を笑って許すのが、いい男の条件ってやつなのよ──と営業スマイルのままそう告げた彼女に、それ以上何も言えなくなる。

 

いい男の定義はさておき、それが女の美しさであるとまで言われてしまえば、あくまで男である僕としては、どうあっても否定はできないのだ。それに加え、

 

(………それに、僕も最初は、リーリエの神秘的な雰囲気に目を奪われたわけだし)

 

彼女の言葉は、いつでも残酷に事実を穿つ。一切の遠慮も配慮も容赦もなく、その答えにどのような意味が含まれていようと、人々を嘲笑うようにあっさりと、笑顔で爆弾を垂れ流すのだ。

 

「それで話は戻るけど、あの二人、つまりはクチナシさんとリラさんの関係だったわね。…………何から聞きたいの?」

 

「あ、話してくれるんですね………というか、やっぱり知ってるんですね」

 

「知っている、までがタダ。それ以降は有料よ。対価も無しに言いふらす事ではないから、貴方の報酬に応じて情報をあげる。

 

具体的なレートは、貴方のポケモンのオープンレベルが一匹につきモーモーミルク一杯。こんな感じでいきましょう」

 

「………」

 

さらっと悪びれもなく言い放つ彼女だが、今の会話だけで彼女の厄介さが伝わってくる。

 

他人のポケモンのオープンレベルなんて、専用の機械じゃないと把握できないトップシークレットだ。僕自身は興味がなくて測ったことはないけれど、少なくともモーモーミルク一杯分の値段で済むようなものじゃない。

 

そして、オープンレベルとは基本的にその時点での目安であって、日々変動するもの。なのに彼女がそれを知るというのは、つまり彼女は、僕との戦いの中でそれを見切り、こうして情報として提供できる能力があるということ。それもモーモーミルク一杯分の手間もなく、だ。どう考えてもまともじゃない。

 

そもそも、何故貴女は対価を求めるレベルの情報を知っている。本当に何者なんだ、この人は。

 

(………どこまで知ってるのかな)

 

興味があったので、初手からゼンリョクで吹っかけてみる。さっきも言ったように、言うだけならタダだ。流石にこれは彼女も知らないだろうし、反応からある程度彼女が提示できる情報の範囲がわかる。

 

そんな意図で紡がれた言葉。とりあえず自分が疑問に思っていたことを吐き捨てただけの戯言は、あまりにあっさりと当然のように、見事なまでにひっくり返された。

 

「じゃあ、そうですね。ウルトラビーストを、元の世界に戻す方法、とか──」

 

「ソルガレオにライドして、日輪の祭壇でウルトラホールを開けて、ウルトラビースト特有の気配を頼りに他の穴(・・・)に飛び込む。これを繰り返すのが一番早いわね。帰る手段についても、ソルガレオがいればどうにでもなるでしょう」

 

「──…………え?」

 

「ウツロイドは3000光年未満、アクジキングは5000以上が目安。それ以外はだいたい3000から5000の間に収まって、順にフェローチェマッシブーンテッカグヤカミツルギズガドーンツンデツンデかしら。あくまで目安だから、断言はできないけど。

 

…………ああ、この情報はタダでいいわ。ウルトラビーストについては協力するって言ったし。ちなみに、この情報はだいたいウルトラボール一つ分の値段。私ではもう手に入れられないし、非売品だから、それが高いか安いかを決めるのは貴方よ」

 

「──ちょ、ちょっと待ってください。何を言って──」

 

思考が混乱する。彼女が何を言っているのかはわかるのに、その内容が全く耳に滑り落ちてこない。あまりに非常識な知識とそのとんでもなさ、価値の重みが脳を蹂躙し、冷静な対応を許さないのだ。

 

ソルガレオをライドする。そんなこと、僕には思いつきもしなかった。ウルトラホールが他の世界に繋がっていることは予想ができても、リーリエの父親のことを知っている以上、実際に行動に移す度胸はなかった。故に、彼女が当然のように語るその内容は、僕の理解の範疇に収まることはない。

 

「というか貴方、ルザミーネさんを探す時そうしたんじゃないの? なら、もう一度できるかもー、とは思わなかったの?」

 

「あ──あの時は、無我夢中で、その………」

 

「ああ。ルザミーネさんで思い出したわ。ウルトラディープシー………ウツロイドの故郷なら道筋もわかるから、教えてほしいなら、こっちもウルトラボール一つで手を打つわよ」

 

「それは助かりますけど、いや、なんで知ってるんです?」

 

というか頼むからちょっと待ってください。彼女と話すと常々思うが、本当に油断をするとすぐ情報量で殴ってくるのは勘弁して欲しい。いや、本当に。そもそも僕は頭の出来自体は高く見積もっても秀才に届くかどうかというレベルだ。あまり無理をし過ぎると破裂してしまう。

 

「あのね。次元単位で迷子になってるようなウルトラビーストが、ただ道を開いただけで帰れると思う?

 

それは偶然帰れるかもしれないし、ルザミーネさんは根拠もなく行けると確信していたみたいだけど、下手したら……そうね、ウルトラビルディングに漂着して、そのまま帰る手段もなくジ・エンドってのも十分にあり得た話よ」

 

だから事前に道筋を調べたと、それをルザミーネさんに伝えていたと彼女は告げる。正直、大半が何を言ってるのかはさっぱりだったが、とりあえず彼女が色々と手を回していたことは理解した。

 

しかも、彼女の表情を見るに、彼女自身は親切心からの行動っぽいのが性質が悪い。無論、僕だって実行犯であるルザミーネさんが全て悪いのは重々承知している。しかし、どうにも割り切れない痼があるのは事実だ。

 

だが、とりあえずこれだけは聞いておかねばならない。誰にとっても僕にとっても、この話を聞いている僕だけが、まずは聞かなくてはいけないことだ。

 

「な、なんのためにそうしたのかを、まずは聞いてもいいですか……?」

 

「保険ね。主にグズマの。あいつ、無茶だっていくら忠告しても聞かなくて、いつまでもルザミーネさんへの承認欲求丸出しだったから、せめて不慮の事故で迷子にはならないようにと手を回したの。

 

あんな行き当たりばったりな計画で誰かが死んだらと嗤えるけど笑えないし萎えるでしょう? その甲斐あってか、ルザミーネさんがボロボロになって帰ってきた時はとっても気分良く嗤わせてもらったわ。いい仕事をしたわね、ヨウ君」

 

「あの………何一つとして、褒められている気がしません」

 

むしろどう反応するのが正解なのか。少なくとも、僕の人生ではこんな爆弾の処理方法など学ぶ機会はなかった。

 

結局、どうしていいのかわからないまま、その場で僕があたふたしていると、あからさまに笑いをこらえながら彼女が続ける。

 

「それで、どうかしら」

 

「……どう、とは?」

 

「知ることは悪いことじゃないわ。知ればそれだけ対応に幅が広がるし、特にウルトラビーストなんて怪物に関わるならなおさら、君にはそれを知る権利があると私は思う。だからこそ、私は貴方にレポートを、君が今後知る由も無い情報が詰まったあの資料を手渡した。

 

それ自体はきっと、善い行いなのでしょう。でも私は、それと同じくらい、いえ、それ以上に、誰かの秘密を暴くことはよくないことだと思ってる。知識とは毒、それはどの世界においても同じ。モノによっては、容易く人を破滅させる。

 

だから、知るか否か。その判断は知る権利を持つ君に任せるわ。もし、それでも知りたいと言うのなら、さっきのモノより遥かに面倒な厄ネタを、懇切丁寧に解説してあげましょう。何よりその方が面白そうだし」

 

「…………どうせ、最後のが本音でしょう?」

 

「さて、どうかしら。それを知ることも、きっと誰かに不利益が生じることなのよ」

 

やや強引に話をまとめて、それきり彼女は黙り込む。

 

知ることによる不利益。確かにそれは、僕には考えもしなかった概念だ。

 

無知は罪とは良く聞く言葉だが、知ることが罪になるケースはあまり多くない。しかし、こじ付けだろうと状況を整えれば無数に想定できるのもまた事実。今回の話がそのケースである可能性は否定できない。

 

(そう、例えばあの時、リーリエと一緒にウルトラホールへ飛び込んだ時)

 

もしも僕が事前にリーリエが行方不明になる可能性を知っていた場合、僕は一体、どのような行動を取っただろうか。そしてその場合、あの場所にリーリエはいたのだろうか。最終的に、ルザミーネさんはどうなっていたのだろうか。

 

勇気と無謀は等号で結ばれない。しかし、無謀に偶然乃至は奇跡が加わって勇気ある行動となる可能性は誰にも否定できない。そして僕らは、その無謀が真にそうだと断言できる立場にも立ち得ない。

 

この世界には、ポケモンと呼ばれる不思議な生き物が至る所に棲んでいる。その生態や謎を未だに解きほぐすことができていない人類には、彼らの可能性を推し量ることなどできないのだ。

 

「というか貴方、タフね。いえ、鈍いのかしら。あんなことがあったわけだし、私なんかと関わってもロクな目に合わないんだから、普通は私に話しかけようとは思わないでしょう?

 

全く、こんなところまでククイにそっくり。まあ、いいけどね」

 

抑揚のない小さな声でそう締め括り、常の表情をほんの少しだけ歪ませながら彼女はそこで静かになる。

 

まともに表情さえも作れていない、僅かに引き攣ったような顔。それがどうも、僕には彼女なりに精一杯作り上げた、営業スマイルとも違う自然な笑顔のように見えて、なんとなく恥ずかしくなる僕だった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「難しいなぁ……」

 

コニコシティにある大衆食堂。観光地であるアローラでは意外と数少ない地元民向けの料理を数多く提供するその場所で、僕は相変わらず苦手な思考を必死に繰り広げていた。

 

次の捕獲対象として提示されたデンジュモクと呼ばれるウルトラビースト。見た目や生態からして非常に目立つとされたそのポケモンについてだが、意外と言うか何というか、これがなかなか見つからない。

 

目撃証言は概ねシェードジャングルに固まっており、そこを張ればどうにかなるだろうという見通しは非常に甘く、かれこれ数日もの間ジャングルを彷徨い続けているのに、僕はまだそのポケモンの後尻も追えずにいる。

 

それだけならウツロイドの時と同様にも思えるが、比較的開けた公園・洞窟内と比べ、シェードジャングルはとにかく見通しが悪く歩きづらいために気力の方が先に滅入る。

 

かといってケンタロスにライドするわけにもいかず、結果としては気力を奮い立たせながら地道に草木をかき分ける他ない。

 

それでもリーリエのために、とこれまでどうにかモチベーションを保ってきたのだが、いい加減僕個人の力では限界が見えてきた。

 

ザオボーさんに頼る手も考えたが、少数とはいえエスパータイプのポケモンが跋扈するシェードジャングルではサイキッカーとしての力は役に立たない。人海戦術についてももう試した。正直に言って、ザオボーさんも含めこの森に馴染みがない僕らでは完全に手詰まりだ。

 

とはいえあれだけ異質なポケモンだ。今はたまたま目撃証言がないだけで、シェードジャングルに潜んでいること自体はほぼ確定しているし、時間だって十分にある。焦る必要はない。そんなことは理解しているのに、どうしても僕は気が逸ってしまう。

 

せめて。そう、せめてシェードジャングルについてとても詳しくて、それでいてデンジュモク含む野生ポケモンを一蹴するだけの実力を持つようなトレーナーでもいれば状況は変わるのだが、そんな都合の良い人なんて──

 

「あれ? まさか、ヨウ? 珍しいね、こんなところで。リーグの方はいいの?」

 

「………ん?」

 

不意に背後から気安くかけられた声に振り返る。女性の声だ。底抜けに明るくて、聞いてるこちらが笑顔になるような快活な声。その声の持ち主、視線の先の整った顔立ちの緑髪の少女にも見覚えがある。彼女こそは、ここアーカラ島のキャプテンが一人、マオだ。

 

「……マオ? ああ、そういえば、ここって君の家だっけ」

 

「そうだよ。今はまあいいけど、今後はしっかり覚えてくれると嬉しいな。ほら、売り上げとか評判とかで?」

 

「評判って………僕がいなくたって、ここは人気の食堂じゃないか」

 

お世話ではなく事実として告げる。贔屓目なしにも、ここの食堂は連日一日中客の切れ目がないような人気店だ。別に健啖家でもなんでもない僕一人が入り浸ったところで売り上げの増加量などたかが知れている。まして僕個人を目当てに店まで訪れるような人などいるはずがない。

 

「えー? でも、ヨウって有名な割に私生活がけっこう謎めいているから、それを知りたい! って人はたまに見かけるよ?」

 

「謎って………そもそもトレーナーなんて大半が根無し草。肩書きがある分、僕ははっきりしてると思うけど」

 

実際、グラジオとかハウとかと比べると雲泥の差だ。ハウなんて未だ連絡がつかないし、エーテル財団の代表に収まるまではグラジオも酷かった。基本的にリーグに連絡すればどうにかなる僕は、トレーナーの中では格段にエンカウントしやすい部類だと思う。

 

「じゃあ、今は何をしているのかを聞いていい?」

 

「……いや、なんでキャプテンである君がそれを知らないのさ」

 

今僕が携わっているウルトラビーストの件は、キャプテンと言わず一般トレーナーでも知る情報だ。ポケナビなどの各種通信ツールはもちろん、ハンサムさんが必死になって各地の「おとくなけいじばん」にそのことについて張り出してるし、ポケモンセンター内部にだって緊急の知らせとして周知済みだというのに、どうしてキャプテンの彼女が知らないのだ。

 

いやまあ彼女は正直そういう情報に興味がなさそうだなぁとは思うけど、実際に証明されるとこう、同年代の知人としては来るものがある。実は僕と彼女は試練以降ロクな会話もしていないから、友人かさえ怪しいという事実は秘密だ。

 

そういえば友人と言えば、彼女の友人であったスイレンはどこに行ってしまったのだろう。いつしか真剣勝負を挑まれて以来、かれこれ一年近く行方不明になっているみたいだけど。何故か懐かれてたまに遊んだりするスイレンの双子の妹も行方を知らないみたいだし、謎である。

 

「あ、今ヨウ、私のこと馬鹿にしてるでしょ。でも、そうじゃなくて、ほら! 危険なポケモンを捕まえてるんでしょ? 今はどんな感じかなぁって」

 

「ああ、進捗状況について聞いてたんだね。それなら今はシェードジャングルに潜んでいるポケモンを捜索している最中だよ。でも、これがなかなか見つからなくてね………思えば僕、ポニの大峡谷とかにもすごい時間が掛かったし、案外その手の才能はないのかもしれない」

 

一種の潔癖症だろうか。これはきっと僕個人の感性だが、道を逸れることに異様な拒絶感を抱いたり、段差を無理やり乗り越えることが禁忌に思えたり、道を塞ぐ岩を避けたりもせずにわざわざ押し退けたりと、僕は決められたレールに逆らうことを良しとしない。必要であれば可能な分、多分、単に融通が利かないだけだ。変なところで律儀な性格をしているとは僕自身思う。

 

「シェードジャングル……それは大変だね。まあ、ヨウならきっと大丈夫!」

 

「他人事な………ん? そういえばマオ、君って確か、試練の場所をシェードジャングルに選んでたよね?」

 

「そうだけど?」

 

それがどうしたの? と無邪気に答える彼女の腕を無言で掴み、力加減を調整して顔がこちらに向き合うように上手く手繰り寄せ、視線を合わせてじっと見つめる。そのまま彼女が戸惑って視線を逸らすまで彼女を観察していると、慌てて彼女が言葉を紡ぐ。

 

「へ………え、ぇえ!? な、なに、ヨウ! そんないきなり、しかもこんなところで──」

 

「マオ。ちょっとこの後……いや、仕事上がりでも全然構わないから、君の時間が空いたら8番道路にあるモーテルに来てくれないかな。大切な話がある」

 

「た、大切な……?」

 

「君の意思で来てくれないと意味がないから、強制はしない。ただ、来てくれたのなら、僕はとても嬉しい」

 

「よ、ヨウ………」

 

分析後(・・・)も視線は逸らすことはなく、握ったままの手に若干の力を込め、僕の手から逃れようともじもじしているマオに対して僕の意思を力強く発言する。

 

我ながら間怠っこしい真似をしているが、これは必要なことなのだ。アローラ独特の風習の元定められるキャプテンは四天王とは違ってポケモン協会の傘下ではないため、チャンピオンの権限では動かせない。

 

そのため、彼女の協力を得るためにはあくまで「お願い」という形にしなければならず、そのためには彼女の意思が必要不可欠となる。

 

卑怯な真似をしていると思う。彼女の善意につけ込む卑劣な行為だと思う。だけどそれも、僕は必要とあれば躊躇わない。全てはそう、リーリエのため。それが僕の生き様なのだから。

 

「じゃあ、また。今回は偶然だったけど、次は早い再会になるのを願っているよ」

 

「…………うん」

 

伝えたいことは伝えたので、注目を浴びて居づらくなった店内から逃げるように手早く会計を済ませ、僕の素直な気持ちを告げる。

 

店を立ち去るその直前に見た、僕のように店内の注目を浴びて恥ずかしそうにしている彼女の姿に、少し申し訳ない気持ちになるのだった。

 

 

 

……………………

 

 

………………

 

 

…………

 

 

 

 

──以上が、僕がマオと真剣勝負をすることになった経緯である。……話が繋がっていないって? 安心しよう、僕だってまったくわからない。どうしてこうなったのだろうか。

 

「いや、あんちゃんが悪いだろ。流石に」

 

「うむ、その通りだ。甘んじて受け入れたまえ」

 

「わ、私は、その………申し訳ありません、チャンピオン」

 

なお、これが上からクチナシさん、ハンサムさん、リラさんからの台詞である。もう見事なまでに味方がいない。理不尽な、とは思ったが、理由がわからない時点で僕には何も言う資格はないのだ。

 

「いやー、わたしもですね? ただマオちゃんが空回りしただけなら何も言わなかったんですけど、あんな顔してやってきた女の子に対して真顔で『知人』呼ばわりは流石にどうかと」

 

「うぅ……」

 

今にも消えてしまいそうな危うい雰囲気を纏っているマオの背中を叩きながら、画材を背負った謎の女性が言う。

 

この顔に前衛的な化粧を施している金髪の女性。なんと彼女はポニ島のキャプテンであり、名前をマツリカ、というらしい。彼女の言を信じるなら、このモーテルにやってきたのはマオとは無関係な理由であり単なる偶然、しかし、実家が共に料理店をしている上に肩書きも同じなので、割と話す機会は多いんだとか。まあ、ここで彼女が嘘をつく理由もないし、おそらく真実だろう。

 

(……しかし、ダブルバトルね)

 

ダブルバトル。ポケモンバトルにおける形式の一つで、名前の通りポケモンを2対2になるように選出し、戦わせるというもの。

 

この勝負は互いのポケモンの連携や行動の判断、狙いの調整など、極論、ポケモンがただ強ければそれでいいシングルバトルとはまた違った戦略が必要となる非常に難しいバトル形式で、実のところ僕も得意としているわけではない。

 

なんでもダブルを専門にしている人は、それはもう芸術と評されるようなコンビネーションと試合運びを見せるそうだけど、生憎と僕はそのレベルに至るような人とは戦ったことがない。

 

しかし、彼女たちがあくまで即席であるとはいえ、僕よりもダブルバトルが上手い可能性は否定できない。むしろ仲が良さそうな分その可能性は非常に濃厚だ。つまりそれは、やりようによっては負けるかもしれないということ。ならば、僕としては絶対に油断はできない。

 

「頼んだ! ミミッキュ、ジャラランガ!」

 

そうと決まれば、僕なりのダブルにおけるポケモンを呼び出す。選出の基準は単純、補助担当と、火力担当。それだけだ。深い意味なんてない。だけどそれでこそ、もっとも僕が優れている地力を活かせる、と思う。

 

「行きますよー、クレッフィ!」

 

「お願い、ファイアロー!」

 

対する相手が呼び出したのは、マツリカさんがクレッフィと呼ばれた鍵を吊るすキーホルダーのようなポケモン。そしてマオは燃え盛る翼持つ鳥………あれ?

 

「ほのおタイプ……? マオってくさ専門じゃなかったの?」

 

「ああそうだよねうん話した記憶もないし! ああもう、恥ずかしいなぁもう! ちょっと憧れてた人のお誘いだからって舞い上がってた私がバカみたいじゃない!」

 

「うわぁ………チャンピオン、それは減点ですよ、男の子として」

 

「…………以降は私語を喋らないようにします」

 

マツリカさんから減点されてしまったので黙り込む。何がなんだかわからない僕だが、なまじ直感なりが鋭い分だけ敵意が伝わってきて何というか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

(でも、ほのおタイプか……面倒だな)

 

僕が持つほのおタイプといえばあのガオガエンなので、同系統であまりにテンポが違うポケモンが出てくると調子が狂う。とはいえまあ言ってしまえばそれだけだし、対処はできるから負ける理由にはなり得ない、はず。なお、元チャンピオンは方向性が違い過ぎるので気にならない。

 

「ミミッキュ。そして、ジャラランガ」

 

『ボウオーン!!』

 

『ケタケタケタケタ………』

 

一応確認を取り、快い(?)返事が返ってきたのでいつも通りZリングの下付近を握って構える。

 

確かこれは、カキさんから教わったバトルスタイルだっただろうか。僕はスタイル云々として確立するほどポーズなどに拘ってはいないから、あくまで精神集中の意味が強いけれど、ゼンリョクで挑む際には欠かさずやっている。

 

弓道における残心や構えと同じ、いわゆるルーティン行為というアレだ。特に僕は感情を表に出すのが苦手なので割と助かっている。

 

そして、これをした後にする行動も決まって同じ。握った手首のすぐ近く。直に重みを感じるそこにあるZリング、輝く石に力を込める、僕のゼンリョクの一撃。

 

右手を突き出し、そのまま徐々に──

 

「クレッフィ、『フェアリーロック』!」

 

「…………」

 

──早い。敏捷性が速いわけではなく、行動そのものが理不尽なまでに素早い。

 

あたかも指示と同時に結果が現出したかのような不条理。この現象には覚えがある。一部ポケモンの特性によるものだ。

 

(…………確か、『いたずらごころ』だったかな)

 

出鼻は挫かれたが、問題があるわけじゃない。聞いたことのないわざだが、見たところ『まきつく』や『とおせんぼう』系統のわざのようだし、僕のポケモンのわざを止められるほどの強制力があるものでもないだろう。なら、大丈夫。

 

ただ、マツリカさんはこのわざのことを『フェアリーロック』と言っていた。つまり、あのポケモンはフェアリータイプである可能性が高い。となると、少し手順を変更しなくては。

 

「ミミッキュ、『──』」

 

『ミタァ……』

 

先んじて補助担当のミミッキュに指示を出し、また改めて腕を突き出す。

 

その手は口。全てを喰らわんと吼え猛る顎。徐々に開かれる空想の牙は、あらゆる希望を噛み砕く。

 

「ジャラランガ、『ブレイジング──』」

 

「ファイアロー、『しぜんのめぐみ』!」

 

(────。

 

…………『しぜんのめぐみ』?)

 

速そうなポケモンだし、先制されることくらいは予想していた。しかし、その内容があまりにそのポケモンの見た目に沿ぐわなくてほんの一瞬、頭の中がまっしろになる。

 

ポケモンバトルに限らず、勝負事に関しての一瞬の隙は致命的だ。不幸中の幸いか、既にわざの指示の最中だったためにわざそのものが止まることはないが、気勢を削がれたのは間違いない。

 

ゼンリョクのわざは、ゼンリョクでやるからこそ価値がある。特に僕は気を高めるのが苦手なため、一度テンションが落ちると割と辛い。だからこそ僕は初手からゼンリョクで攻撃することが多いし、今回だってそうするつもりで───

 

(──だからどうした。多少、気が削がれた程度で……!)

 

「───『ブレイジングソウルビート』!」

 

無理やりだろうと何だろうと、リーリエを想ってどうにか気力を『ふるいたてる』。

 

ブレイジングソウルビート。ジャラランガが持つ固有のわざ、『スケイルノイズ』が変化したわざで、その敵に降りかかる音波は、自身を鼓舞する歌にもなるという攻防一体の一撃。

 

欠点としては微妙に発動に手間がかかることと、見た目に反して火力重視なため割と避けやすいこと。音わざなのに音わざの利点である柔軟性がびっくりするほどないことなどが挙げられるが、それらの要素を鑑みても、無理をしてでも発動する価値がある。これはそういうわざだ。

 

「まずっ──でも、こっちの方が………!」

 

「知ってるさ、君の方が速いのは。でも、それでも、僕のポケモンの方が上だ」

 

たったの一度きり。大いなる自然の恵みの力を借り受けたファイアローの突進がジャラランガに激突する。

 

さながら『ゴッドバード』にすら匹敵するその一撃。かくとうタイプ複合となるジャラランガには致命打にもなり得る攻撃。しかし、それでもジャラランガは倒れない。怯まない。臆さない。そう信じられるだけの信頼は、僕らの間で積み重ねている。

 

『ボウオーン!!!』

 

「っ………!」

 

「くっ……」

 

敵陣を隈なく覆い尽くす怒号が、彼女たちのポケモンを満遍なく蹂躙する。

 

腐ってもチャンピオンであるこの僕のポケモンが使うゼンリョクわざだ。当然、アローラの一キャプテンでしかない彼女たちのポケモンが耐え切れるはずもなく、やがて両ポケモンは彼女たちの仲を示すようにほとんど同じタイミングにて、モーテルのフィールドに沈む運びとなった。

 

「……あれ? おかしいですね。何故ドラゴンのわざにクレッフィが?」

 

「『ねらいのまと』って、知っています?」

 

「ああ、『トリック』ですか。さっきのミミッキュはそういう………」

 

抜け目がないですね、と嫌味なく言い放ちつつ、マツリカさんは新しいポケモンを呼び出す。現れたのは、シェードジャングルでも良く見かけた草の王冠のようなポケモン、キュワワー。お世辞にも詳しいと言えるポケモンではないが、タイプくらいは知っている。となるとやはり、彼女はフェアリータイプ専門なのだろうか?

 

「お願い、ドデカバシ!」

 

(………ドデカバシ?)

 

──とはいえ、決めつけるのにはあまりに早計だ。

 

実際、くさタイプ専門だと勝手に思っていたマオのポケモンがさっきから予想外にも程がある鳥系統ばっかりだし、たかだか1・2匹を確認したところで判断すれば、どこか妙なところで足元を掬われかねない。

 

(………瀕死寸前だけど、今のジャラランガの力はほしぐもをさえ凌駕する。マツリカさんの倍率はマオと同じく6割前後。これなら十分──)

 

「ジャラランガ、『ドレインパンチ』!」

 

『ジャラジャンジャン!』

 

しかし、だからといってやることは変わらない。せっかく上がった能力、当然ながら捨てるには惜しい。そもそも先ほどの『フェアリーロック』とかいうわざで逃げることも不可能だから、攻撃と同時に体力を回復するこのわざで、あわよくば全抜きを決めて──

 

「回復わざ──ですが、いいので? そのわざは、こちらの方に分がありますよ?」

 

「え?」

 

瞬間、マツリカさんのキュワワーを中心に光が走る。

 

この光景には既視感がある。つい先ほど行われたフェアリーロックと同じ、気づけば既に終わってる、理不尽なまでの先制行動。ポケモン固有の敏捷性を特性によって凌駕する、人間にはあり得ない摩訶不思議な現象。

 

『ボ、ゥォーン………』

 

「なっ………!」

 

それが収まると同時、瀕死寸前なれどみなぎるパワーに満ちていたはずのジャラランガがゆっくりとフィールドに倒れていく。なんだこれは、どうしてこうなった、何が起きたら──などと思考が頭を巡る中、マツリカさんは手品の種明かしでもするように、得意げにこう発言した。

 

「こと回復わざに限るなら、わたしのキュワワーの早さに敵うポケモンはいません。『ドレインキッス』……ふふふ、ジャラランガの力、ご馳走さまでした」

 

「──。………」

 

あからさまな『ちょうはつ』に、一瞬だけ鈍い感情が動きかけるも、結局はいい感じの反応が思いつかずにひんしとなったジャラランガをボールに戻す。

 

そして新たなボールを手に取りながら僕は、ここで上手い言葉を返せたら、僕のコミュニケーション能力も多少はマシになるのかなぁ、などと割と意味不明ことを考えるのであった。










おかしいな……何故かマオよりマツリカさんのが目立ってる……。

あとやっぱり多人数のバトルはいいですね。デュエルとかでもそうでしたが、圧倒的な力持つ人相手でも違和感なく切迫できるのがいい。欠点は長引くことですが。さて、今度はいつ終わるかな……。

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