ド一ノレズフ口ソトライソ 作:MIA
手にあるA4サイズのタブレットを眺めながら、俺はヘッドセットの位置を直す。
「G3、AKはウージーの制圧射撃が始まり次第迂回。左右から敵を挟みこめ」
右手の二本指を並べてタブレットに乗せ、V字に指を広げる。その操作に応じて、画面に表示されている地図が拡大された。拡大された地図の上には、二色に分けられた複数のアイコンが表示されている。
『了解』
『オーケー!』
ヘッドセットからはすぐ、二人の女性の声が帰ってきた。同時に不規則な銃声が耳に入るが、二人の言葉が終わると同時にそれは途切れる。
「
『了解です』
さらにもう一人、穏やかな女性の声音が耳に入った。
(あとはもう勝手に殲滅してくれるかな)
ふっと軽く息を吐いて背もたれに体重を預け、目の前の大きなマルチモニタを眺める。そこでは、複数のアングルや位置から、とある分隊が銃撃戦を繰り広げている様を映していた。
俺は今現在、戦術人形の戦闘訓練の指揮をしていた。とはいえ、それももうそろそろ終わりそうであるが。
PMCといえばピンキリですよねって感じではあるが、グリフィン&クルーガー民間軍事会社は比較的上位に位置するPMCと言えるだろう。戦術人形を多数保有し、支部にVR訓練施設まで存在しているのだ。
『ボス、全滅させたぜ』
『周囲にも敵影無し、オールクリアです』
AK-47とM4A1が無線越しに言う。
「オーケー、敵はもういない。今日の訓練はこれで終わりだ。みんなお疲れ様、解散して各自休息を取ってな」
分隊の返事を聞くと、ヘッドセットを外してテーブルに置いた。
「指揮官」
どこか透明感のある、凛々しさと優しさを内包したような声が、VR訓練場のコントロールルームに響く。声の方を振り返ると、髪の長い妙齢の女性がこちらへと近づいてきていた。
どうでもいいが脳内で亜麻色の髪の乙女が流れたが、目の前の女性は明るい茶髪であって別に亜麻色ではない。
妙齢の女性、と表現したが、目の前の彼女が生まれてからの年齢は、おそらくそこらへんにいる高校生よりも小さいかもしれない。
「あ、春田さん」
「もう。スプリングフィールドです」
ブラウンのロングブーツを鳴らしながら、白いロングスカートと青い軍服を着た女性が歩み寄ってくる。
彼女はスプリングフィールドM1903小銃を扱う戦術人形だ。自他共に彼女の事を"スプリングフィールド"と呼んでいる。だが俺はそう呼ばず、
M1ガーランドもM14もスプリングフィールドなのに彼女だけ社名と同じ呼び方。どうも違和感を感じてしまったので、分かりやすく差別化をしたかったのだ。中国語ではスプリングフィールドを春田と表記するので、日本語読みして"春田さん"と呼んでいる。
とはいえスプリングフィールド本人にとってはあまり好評ではなさそうである。
「戦闘訓練の指揮お疲れ様です。コーヒーをご用意いたしました。良かったらご一緒に頂いても?」
そう訊ねる彼女の手には、トレイに載せられたマグカップが二つ。
「ああ、ありがと。にしてもすげーピッタリなタイミングで来たな」
「そろそろかなと思ったので」
全てを受け入れてくれそうな品のある笑みを浮かべてスプリングフィールドは答える。
「ジャックポット。さ、座って座って」
コントロールルームの中央には丸テーブルと椅子がある。一息つくにはちょうどよい。スプリングフィールドに着席を促しつつ、自分も席に座る。
「はい。あったかいもの、どうぞ」
先に俺の分のコーヒーカップをテーブルに置くと、スプリングフィールドも椅子に腰を下ろした。
「あったかいもの、どうも」
置かれたコーヒーを早速手に取りつつ言葉を返した。
二人席に着き、ほぼ同じタイミングでコーヒーを啜る。
「ん、おいしい」
「ありがとうございます。……それで、訓練の方はどうでしたか」
「ん? ああ、やっぱみんな優秀だよ。三大アサルトライフル勢揃いさせてるし、P08もウージーも言わずもがなだし」
M4A1もといM16(まぁどっちもAR-15系列だから多少はね?)、AK-47の二つはともかく、三つ目に何が入るのかは論争が起きかねないところではあるが。
「銃の性能に関係なくとも、皆さん優秀ですよ」
マルチモニタの方を眺めつつ、スプリングフィールドは言った。どうやら戦術人形ではなく、銃の性能で評価したことを見抜かれたようだ。美しい横顔に、わずかだが憂いが見えた気がした。
「あぁまぁ、それはもちろんそうだけど。力は使う者次第ってね」
「ええ」
第一次世界大戦時代の銃を使う彼女の前で、銃の良し悪しにフォーカスした言及をするのはちょっと野暮だったかもしれない。
だがM1903は、第二次世界大戦時にも狙撃銃として使われていたほどに精度の高い銃だ。旧式の銃だろうと戦術人形が手にすれば、自動式にも負けず劣らずの性能を発揮することには違いない。拳銃弾や5.56mmNATO弾などの対人用に作られた弾薬よりも、ハイパワーなライフル弾を用いるボルトアクションライフルだ。カートリッジの燃焼ガスによるエネルギーを、弾丸を発射すること全てに注ぐ分、高い精度と威力が保証されている。故に鉄血の人形共にも十分通用する、"アメリカンクラシック"の一つだ。
「ま、だからこそどんな時代の銃を使ってようと、
クソザコフォローをしつつ、コーヒーを一口啜った。
「
「ならよかった」
お互い軽く微笑みつつ、穏やかな静寂が訪れる。
「そういやさぁスプリングフィールド……」
「なんです?」
「何で
「ぶっへっっっ!!」
説明しよう! クイックスコープとは、本来FPSゲームのスナイパーライフルで行うものであり、一瞬だけスコープを覗き、その瞬間に敵を撃つテクニックである。
そして360クイックスコープとは、ジャンプ又は高いところから飛び降りた際360度回転した後にクイックスコープを行うというものだ。
なお冷静に考えなくても成功率は低く、実用性などとは程遠いテクニックであり、マルチプレイなどでこれを多用していると味方からは当然嫌われる頭の悪いテクニックだ!
顔にほどよく温度の下がったコーヒー散弾によるヘッドショットを喰らったが、華麗に素早く胸ポケットから取り出したハンカチで顔を吹いてすっかり元通りになった。
「あぁ申し訳――ってリカバリはやっ……じゃなくてなん、なななななんでそれを……!」
口を押えつつ顔を真っ赤にしてスプリングフィールドは分かりやすく動揺していた。
「いやね、キミらには言ってなかったんだけどさ、制圧済みの区域には偵察用のドローン飛ばしてんだよね。こないだ春田さん出撃したの、制圧済み区域に出た鉄血の無力化のためだったじゃん? 俺指揮官だし、ドローンの操作権限もあるわけよ。ほんでちょっと時間もあったから、何気なく春田さんのいる部隊の戦闘眺めてたワケですわ。そしたらまぁー見てしまったワケよ」
「待って、待って言わないでください……!」
言葉と共に手をこちらに向けて待ったの意思を示すが、俺は止まんねぇからよ。
「じゃあこっち」
タブレットを操作し、無線でコントロールルームのマルチモニタと接続。そして一本の動画を開いた。
「なんで動画あるんですかぁーーーーーー!!!!!」
そして件の様相を映してある動画をマルチモニタの中でも一番おっきな画面で再生。キャプチャした動画は編集済みで今回のメインとなるシーンまでそう遠くはない。
「はい春田さん映った! いやぁやっぱいつ見ても美しいっすねこの立ち姿。見てホラもうロングスカートと茶髪が風になびいてとっても美しい! おまけに立射でM1903構えてもう最高っすね!」
「とっ止めてください! 動画止めてぇ!」
春田さんはがたっと立ち上がりこちらへ駆け寄る。
「おや春田さん銃を下ろしたぞ? 敵はまだいるのに一体どうしたんだろう。どうやら敵が移動して今の位置からは見えづらいようだ! 背伸びしてみるがどうも見えない! さぁ一体どうするんだろう。おっと体の重心が下がったぞ。まさか、まさか……?」
「画面ロックされてる……!!」
顔の赤い茶髪の乙女はタブレットをひったくり動画を止めようとしたが、あいにくと画面はロック済みでパスワードを入れない限り解除されることはない。
「飛んだぁ! 春田さん飛んだ! そしてなんと回転している! 空中でスカートとロングヘアを優雅に靡かせ回転している! この状況でそんなことをするタクティカルアドバンテージなんてほぼないのに回転しているぅ!」
「なんでスローモーション編集加えてるんですか! そのふざけた実況に合わせるためですかッ!?」
コントロールルームの大きなディスプレイ。そこにはスプリングフィールドがスローモーションで優雅に回転している様が、デッド・オア・アライヴの"You Spin Me Round"をBGMに映し出されていた。
「ハッハッハイェーーーース」
五代雄介にも負けない笑顔とサムズアップを向けた後、再び実況再開。
「さぁ360度無駄に優雅な回転を終え落下中! 敵に向き直る。ようやくライフルを構えた! そして撃った! 一瞬! あまりにも一瞬の出来事! 一体何が起きたのか!? 再びスローモーションでVTRをご覧いただこう」
「ご覧いただかなくていいですぅ!」
とうとう手段がなくなったのか冷静な判断能力がなくなったのか、こちらの目を両手で塞いできた。
だが気づいてほしい。編集済みな時点で既に何度かフル再生済みであると言うことに。そしてこの実況をするためにセリフとタイミングを覚えてきたということに。
「一回転を終え、その鋭い眼光で敵を捉える! 普段の淑やかさの手本みたいな雰囲気とはえらい違いだ! 凛々しくてかっこいいぞ春田さん! さぁストックを肩にあて銃口を持ち上げていく! そしてアイアンサイトと視線が一直線に……撃った! もう撃った! スローモーションで見てもなお速い! 数フレームでエイムを終え撃った! 360クイックスコープだァ!」
「あああああっ!」
マクミラン大尉のお馴染みの褒め言葉がVTRから流れ出すや否や、何かに耐えきれない春田さんが後ろで悶えていた。
人に近すぎるのも困りものと言うかなんというか。恥ずかしいという感情を戦術人形にインプットしているのは果たして正しかったのだろうか。
かわいいので正しい、次。
「さぁ動画は360クイックスコープカームショットをキメた直後に戻ろう。春田さんは着地するなり敵の様子をうかがっている……おっとガッツポーズだ! 脇を閉め拳を作り控えめにガッツポーズをしている! これはポイントが高い! どうやらしっかり命中したようだ流石俺たちの春田さんだぜ!」
「わ、私が何をしたって言うんですかぁ……!」
かわいくてかっこいいことしたんだゾ。
「さぁ戦闘も終わり、春田さんは何事もなかったかのように前衛の味方に向けてお馴染みのポーズ! 淑やか! 美しい! 春田さん味方と合流すべく歩み出した! さぁ視聴者のみんなこの背中をよく目に焼き付けろ、これがベストクイックスコーパー春田さんだ!」
動画はようやく終わりを迎える。実況が終わる頃には少しばかり体温の高い春田さんが、俺の右肩に頭をもたれさせ顔を隠していた。
「二週間ぐらい前、社内の一部でクイックスコープがちょっと流行ってたね」
「……はい」
「春田さん任務出たの一昨日ぐらいだったね」
「……はい」
「その頃流行りもほどよく落ち着いてあんまり話題見なくなってたね」
「……はい」
「みんな飽きてるし、いつも後方にいるキミはあんまり戦闘中誰かに見られることはないね」
「……はい」
「自律作戦だから指揮官にも見られないね」
「……はい」
「普段しっかり者だからアレだけど、1回やってみたかったんだね」
「……」
「360クイックスコープやってみたかったんだね?」
「はいぃ……」
再び席についた春田さんは顔を真っ赤にして俯き、ひたすら俺の言葉に対しイエスで反応していた。
御覧、これが尊いって奴だ。
「まぁほらいいじゃない。見たでしょ? あんな綺麗に動画映えしてるんだから誰も笑わないって」
「そういうはなしじゃないぃ……」
「訊いてみるけど
「だめに決まってるじゃないですかっ!」
「そっかぁ……じゃあ個人で楽しむように留めとくわ……」
「ここ一番にガッカリした顔をよくも私の前で見せられますね……」
「じゃあ次360ノースコープやってm――」
「やりませんっ!!!!」
お嬢様キャラが深夜にカップラーメン食べるのに挑戦するみたいな、そういうギャップというかなんというかそういうアレをね、こう……。
ちょっと海外memeが幅利かせすぎなんでそろそろ方向転換してみたいですね。