1時間おきに鳴る電話を無視して、軽く夜の広島をドライブした後、ゆっくりと大湊警備府へ帰った。高速道路を抜ける前に陽は昇り、より一層電話の音はうるさくなった。
警備府につき、門番に門を開けさせると、ピリッとした空気が流れていた。なんて言ったって艦娘も警備府に務める憲兵も皆手に武器を取り、 綺麗に整列し、臨戦態勢に入っていた。だが、軽く私が手を振ると、敬礼し、すぐに私と警備府本館入口をつなぐ道をつくった。お勤めを終え帰ってきた組長の気分だった。
悠々と歩いていくと、目の前に秘書艦の吹雪が少し怒り気味で立っていた。
「もー、司令官遅かったじゃ無いですかぁ」
「ゴメンゴメン、ちょっと広島を観光しててさ」
「いつもの事なのでもういいですけど。次からは連絡くらい入れてくださいね。あと1時間で捜索隊がでる所でしたからね!」
「ははっ」
「もー、笑い事じゃ無いんですからね!」
「今度から気をつけるさ」
私が再び歩き始めると、その後をつけてくる。遠くでガングートが「今作戦は中止である!散開しろ、散開だ!」と叫んでいる。私を探すためにそこまでしなくてもと思わず苦笑する。
執務室に脚を踏み入れ、二人っきりの状態になった時、私は吹雪に聞く。
「ねぇ、あの男はいつ落ちるの?もう4日はあの中でしょ?」
「今、白雪ちゃんが拷問中です。モニター御覧になったらいかがです?」
「そうだね。朝飯のおかずくらいにはなるでしょ?」
「・・・悪趣味ですよ」
「ん?そうかなぁ?フフッ」
私はモニターをつける。そこに映るのは灰色の薄暗い部屋と、その中に向かい合って座る少女と痩せ気味の男が2人。
現在モニターが映しているのは大湊警備府の地下に特別に作られた不法入国者拘束室。防衛省、国土交通省、海上保安庁公認のこの施設は深海棲艦の出現により各北西方面の国家から来訪する火事場泥棒を抑圧するために作られたモノである。そのために作られたはずのモノである。
入口から事務室を一直線につなぐ廊下を挟むように取調室が2部屋と拘置室が6部屋とが配置された地下空間は、カビと血の臭いが漂っている。死臭漂う拘置室からは時折どこぞのお化け屋敷を彷彿させる呻き声が響く。事務室に入ると、そこは別空間。事務室には豪勢かつ清潔な執務机と椅子がある。椅子に座るとその背後から威圧感を後押しするかのように壮麗な肖像画が3枚飾られている。右は「ニコライ・エジョフ」、左は「ミハイル・カリーニン」、中央には「ヨシフ・スターリン」が赤と金の額に収まっている。そして、彼らを護るように飾られたソ連製の小火器や機銃達。もはやこの空間は日本といっていいのか、それどころか、現代といっていいのかさえも分からなくなる異様な空間であった。
北丸提督に見られているとも知らずに取り調べは進む。
「大本営にリークするに当たって外部にもお仲間がいるのではないですか?」
「ふざけるのもいい加減にしたまえ。私があなた方の事をリークしてなんになるのか?確かにこの警備府は異常だ。最近ではロシア人やら朝鮮人がこの施設を訪問してくることも増えた。だが、どうせまた銃でも買うんだろ?いつものことだ。いつもあの中将殿に振り回されている。海自界の問題児だよ。今度は何を企んでいるのやら・・・」
「シラをきるおつもりですね?」
「そんなことよりも私をはやく解放した方がいい。君達のような対深海棲艦組織みたいな特殊な立場でなく、私はただの海自隊員。定期交流会から姿を消したら怪しまれるだろ?」
「時々来るんです。定期交流会の際に私達の警備府を調査しようとする内閣や海保、陸自の犬が。それに、交流会は明日の0700まであるじゃないですか!ゆっくりお話しましょ」
「訴えてもよいのだぞ?」
「殺してもいいんですよ?」
「私を誰だと思っておるのだ!」
「海上自衛隊2等海尉、野村庄司さんですよね?」
「へ?おい、待て!私は北山康平だ!野村なんて知らん!」
「偽名を使いすぎて本名を忘れてしまったのですか?それと、汗凄いですよ。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。それより水をくれるか?」
「えぇ、いいですよ」
モニターから白雪の姿が消える。その空間には貧乏ゆすりの音が響く。再び白雪がモニターに現れると、貧乏ゆすりはピタリと止んだ。
「はい、水です」
「ありがとう」
「それと、もう取り調べは終わりです。ご協力ありがとうございました」
「そうか。良かったよ」
白雪は取調室から出る。
男は鍵をしない姿を見た安堵の笑みを浮かべよろめく足をゆっくりと持ち上げて扉から覗く光を目指す。扉までの長い長い道のりをゆっくりと走る。やっとの思いでノブに手をのばす。震える指先がノブに触れ、軽く咳をする。のばした腕に赤い唾液が付着する。力尽き糸の切れたあやつり人形のように倒れ込んでしまう。荒い息が響く。必死に腕を扉にのばす。声にならない声を上げ、助けを求める。寒い。寒い。寒い。さ、さ、さむ、、い。
男は永遠の眠りについた。
執務室をノックする音。北丸が返事をすると白雪が入ってくる。
「すみましたよ。衰弱死です」
「面白いこと言うねぇ。完全に毒殺じゃない」
「どちらも司令官にとっては変わらないのでは?」
「言うねぇ、確かにそうだけど」
大きな笑い声がタバコの煙とともに広がる。
「他の仲間は?」
「彼の携帯にひっきりなしに連絡している組織がひとつ」
「どこ?」
「海保です。私たちを疑っているようで。海保と彼は直接繋がっていると思われます。間には誰もいないかと」
「そう」
「白雪ちゃんお手柄だよ!」
「お役に立てて何よりです」
「死体は吹雪に任せたよ。私は眠いから寝る!」
「いや、司令官、働いて下さいよぉ」
こうして大湊警備府は朝を迎えた。