レーベレヒト・マースは私をここの提督、村上成城という男のいる司令室に案内してくれた。私をここに一時的に住まわせてもらうための交渉らしい。まぁ、私は乗っ取るつもりだが、前段階としては申し分無いだろう。
彼女はノックして提督の返事を待った。中から気だるそうな声が少ししてからかえってきた。
扉を開けると、室内は煙草臭い灰色の空気が充満していた。とてつもなく身体に悪そうだ。いくら艦娘だといっても、こんな少女が入るような部屋がこうであってはひたすらに胸が痛む。
「あ゙ぁ?誰だそのヒトラーみたいな格好した汚いおっさんは」
「彼は正真正銘、ヒトラー総統だよ!」
「何寝言言ってんだ?伍長閣下はとっくの昔に死んでんだろ?」
「そ、そうだったんだけど・・・」
「兎にも角にも、ヒトラーだろうがなんだろうがはやく追い出せ。鎮守府の品格に関わる。それとも、俺の夜の相手をしてでも置いてやってほしいかな?ん?」
「そ、それでも!」
「なんだよ、やけに引かねぇな。こんなジジイのどこがいいんだか」
「彼がヒトラーだからだよ!」
「はぁ、ドイツを滅ぼした張本人で、大量虐殺の首謀者。もはや悪魔。そんな美大落ちのクズのどこがいいんだか。」
「いくらAdmiralでもそんな言い方は酷いんじゃないかな!」
「チッ。なんて言った貴様。上官に向かって」
「今までずっとAdmiralの命令をどんな辛い事でもきいてきた。だけど僕は本当の上官と再会したんだ!もうAdmiralの、いや、お前の言うことはきかない!」
「テメェ!ふざけるな!」
おっと、私を睨みつけてきた。完全にとばっちりか。日本語はわからないが、きっと彼女は上官に刃向かって、上官はその怒りを原因である私に向けたというところか。なんと短絡的な野蛮人か。刃を向く相手を間違えている。きっと艦娘に手をあげることが怖いのだろう。ホモ・サピエンスとして、名誉アーリアの血を引くものとして、より合理的かつ誇り高き思考を持つべきだな。
ため息をつくと、まるでくるみ割り人形のように口をパクパクと開閉しながら怒鳴ってきた。
「Beruhige dich.Ich bin ein ehemaliger Chef von ihr.Das ist es.」
「お、おい、レーベ。こいつなんて?」
「えーっと、落ち着け。私は彼女の元上司なだけだ。ただ、それだけだ。って言ってます」
「なら、伝えてくれ。消えろってな」
「Er sagt verschwinde.」
なるほど。話を聞く気も話をする気もないということか。だが、私は決めたのだ。ここを拠点にして、再び闘争を始めると。であるならば、彼は邪魔だ。
「Leberecht,Kann ich ihn töten?(レーベレヒト、彼を殺していいか?)」
「Was! Was?(なんで!?)」
「Das ist, weil es das Hindernis meines Kampfes ist.(私の闘争の障害だからだ。)」
「俺を差し置いて何の話だ!」
なんと、机を蹴り倒し、殴りかかってきた。血の気の多い奴め。軍人にはもってこいだが、司令官としては最悪だな。私だって人間である。痛いのは嫌だ。少女は机とともに倒されている。私は護身のために懐からワルサーPPKを取り出し、迫りくる怒りの化身に突きつけた。
「Beruhige dich.(落ち着け。)」
一瞬取り乱したが、今の世は銃を持っていることは珍しいらしく、偽物だと思ったのか、すぐにまた殴りかかった。
『バンッ!』
殴られたくないし。まぁ、仕方の無いことだろう。たいして拳銃の訓練なんてしていない私の銃弾は彼の振り上げた右腕を支える肩にめり込んだ。彼は足がもつれて前のめりになって顔面から倒れ込み、右肩を押さえて悶絶した。鼻血を垂らした彼の顔は憎悪と恐怖が同時に混在するなんとも懐かしいモノだった。あぁ、WW1のフランス兵を思い出す。あぁ、帝国水晶の夜を思い出す。あぁ、赤色作戦を思い出す。
「verschwinde.(消えろ。)」
流石に提督になったほどである。多少なりとも頭はあるようだ。さっき自らが発した、通訳させた語くらいは覚えているようだ。彼は右肩を左手で庇ったまま前傾姿勢で扉から逃げていった。閉まった扉の外から「ケンペーケンペー」と聞こえてきたが、これは降参の日本語だろうか。
机と床の間からはいでてきた彼女は焦っていて、私の手を引き「Wegrennen!(逃げて!)」と叫んだ。
私は逃げたくなかったが、艦娘の力に圧倒され司令室を後にした。
村上成城:深海棲艦対策本部大将。呉鎮守府の元提督。ヘビースモーカーで、怒りっぽい。
名誉アーリア:日本人。ナチスにより定められた。
ワルサーPPK:ヒトラー愛用の小型セミオートマチック拳銃
WW1のフランス兵:軍人時代のヒトラーの対戦相手
帝国水晶の夜:突撃隊による反ユダヤ主義暴動
赤色作戦:WW2時代の対仏侵略作戦