魔王軍の幹部達が会議室を後にした後、マオさんが物凄く興奮した様子でガシッと僕の両肩を掴んでこう言った。
「凄いよ、ヒビキくん! ランズノッドを2度も地面に転がすなんて、魔王軍の将軍シガルスですら難しいんだよ!?」
「あ、やっぱりシガルスさんって将軍だったんだ。でも、その人でも難しいって、ランズノッドさんってそんなに強いんだ……」
「将軍に向いてないってだけで、強さで言えば魔王軍の中で一番強いからね。ボク程じゃないけど。それに、あんな柄の悪いのが将軍だと軍全体が悪くなるから、ランズノッドの次に強くてリーダー性のあるシガルスを将軍に置いてるんだ」
なるほど、それは納得のできる理由だ。
というか今、さらっと自分を引き合いに出してなかった?
実力が
という疑問を抱いていると、去っていったと思われたランズノッドさんが戻ってきた。
ずかずかと歩いて僕の前まで来たランズノッドさんが、真剣な顔つきでこう言ってきた。
「なあ、お前、名前なんだっけ」
「響ですけど……」
「ヒビキだな? ちょっと来い」
「ランズノッド、ヒビキになにをする気だ!」
「べつに取って食おうとかじゃねぇよ。ただ、試したいことがあんだよ」
そう言って僕の手を引き、会議室を出た。
そして連れてこられたのは、恐らく魔王軍の訓練場らしき場所で、装備を着けた魔人が十数人居た。
ここで何を試すんだろう……。そう考えていると、ランズノッドさんが十数人の魔人に向かってこう言った。
「今からお前ら全員でこいつにかかれ。遠慮はしなくていいが、殺すなよぉ? 魔王様に殺されるからなぁ」
ランズノッドさんがどこか脅すようにそう言った瞬間、十数人の魔人達から急に緊張感が漂ってきた。
しかし、ランズノッドさんからの命令であるので従わなければならない魔人達は、僕がランズノッドさんに押されて前に出ると、まず一人が襲い掛かってきた。
それを入り身投げで地面に転がす。
そんな光景を見た魔人達は、驚きのあまり静止してしまっていた。
「おい、固まってないでかかれ!」
ランズノッドさんの声に我に帰った魔人達が、次々に襲い掛かってきた。
それを入り身投げや四方投げや小手返しなどの技を使って地面に転がしていった。
倒れさせるだけでダメージは全く無いため、悔しがる魔人はすぐに起き上がって襲いかかってくる。
そのため、半ば終わりの見えないままずっと技をかけまくっていた。
すると、マオさんがやって来て止めてくれた。
「まったく、何をするかと思えば……。これではヒビキが疲れるではないか」
「いいじゃねぇか。ヒビキあんなに動いてたくせに、全く疲れる様子がねぇんだぜ?」
「確かに疲れてないですけど、止めてくれて助かりました。いつ終わるのかと不安になってたので」
「そうであろう。ヒビキは大事な客であるからな。ランズノッド、客人を我の目前で勝手に連れ回すとは、覚悟ができているのであろうな?」
そう言いながらランズノッドさんに詰め寄るマオさんからは、魔王としての覇気が放たれており物凄く圧を感じた。
それを
たぶん、何をされるかわかっていることから来る恐怖だろう。
そして次の瞬間、ランズノッドさんは訓練場の端まで飛ばされていた。
その現象を、疑うことはなかったけど驚きはしたので、一瞬だけ思考停止した。
一瞬すぎて、ランズノッドさんが何をされたのかは理解ができなかったけど、ランズノッドさんが飛ばされたのは理解できた。
飛ばした張本人は、僕に視線を向けるとすぐに踵を返して歩き出した。
付いて来いということだと解釈した僕は後へ付いていった。
着いた場所は、マオさんの部屋だった。
マオさんの後に続いて中に入ってドアを閉めて僕がマオさんの方へ向き直った途端、マオさんが泣きついてきた。
「ごべんなざい、ヒビギぐんっ。ランズノッドがご迷惑お掛げじまじだぁ。き、嫌いにならないでぇ」
なんの心配をしてるんだ、マオさんは……。
というか、泣きすぎで顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃで魔王としての風格が行方不明になってるんだけど……。
「どうしたの、急に。そんなに魔王らしくないところを見せて」
「ねぇ、ボク達って、友達だよね!?」
「友達じゃないの?」
「友達だけど……その……さっきのことで、ボクのこと嫌いになってない?」
「あれはランズノッドさんが悪いんであって、マオさんが悪いわけではないんだから、嫌いになるはずないよ」
「いや、そうじゃなくてね? ボクの威圧って【魔王の覇気】って言って結構強くて個人に向けてても周りも少しは感じるから、それで……」
あぁ、なるほど、そういう意味で言ってたのか。
「大丈夫。嫌いにならないよ」
そう言ってあげると、マオさんは安堵の表情を浮かべた。
そのすぐ後、自分が抱きついていたことに気づいて恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしながら離れた。
「そ、そうだ、この国のこと、教えておかないと!」
「そう言えば、まだ全く知らないんだった」
そう言ってマオさんにお願いすると、マオさんは張り切って魔神国ウェルノットについて教えてくれた。
よく考えたら、本来敵同士だけど僕が知っても大丈夫なんだろうか。
僕をこの国に関わらせることになってるらしいけど、詳しく知ってもいいんだろうか。
そんな疑問を頭の片隅で抱いている間に、マオさんの説明が始まった。
「魔神国ウェルノットは、人口4500万人。魔王軍所属はその内の500万人で、その上に立つのがシガルスを始めとする5人の幹部達。そして、それらを統括しこの国を治めているのがボクな訳だけど、最近の魔人は血の気が多くて……」
……ん? なんか急に愚痴っぽくなってきたような……?
「他の国を占領しようとは宣言してるけど、残虐的なことはしたくないわけで、そんなことしたら占領した後言うこと聞くどころか反発するでしょ? 最近の魔人はそういうことをしたがるからいけない」
なんか、愚痴ではあるけど、それよりも年寄り臭い言い方な気がする……。
「……おっと、話がそれたね。それから、観光名所とかは無いけど、お店なら幾らでもあるから今度一緒に行きたいな。そうそう、ヒビキくんには勇者達が迎えに来るまでこの国に蔓延っている血の気の多い魔人にお灸を据えてもらいたいんだ。幹部の誰かだとみんな警戒して問題を起こさないけど、ヒビキくんなら油断してボロを出すと思うんだ。やってくれないかな?」
魔神国ウェルノットの説明そこまでしてない気がするけど、まぁ、いいか。
「それはまあ、やってもいいけど。元からこんな格好で人間だとバレバレな状態で行くより、ローブみたいなのを着ておいた方がいいと思うんだけど」
「あぁ、それなら、この煤汚れた黄土色のローブなんてどう? フードが付いてるから深く被れば顔も隠せるよ」
「ありがとう。それにする」
マオさんからローブを受け取ると、マオさんがいやに嬉しそうな顔をしていた。
「どうかしたの?」
「あ、いや……実はそれ、ボクがお忍びで街に行くときに使ってたやつなんだ。だから、その、ヒビキくんに使ってもらえるのが嬉しくて……」
「へぇ、そうなんだ。大事に使うよ」
そう言って部屋を出ようとすると、マオさんが呼び止めた。
「やっぱりヒビキくんだけじゃ不安だから、誰か付けようか?」
「いや、いいよ。人間の僕と一緒に居たい魔人なんていないだろうし」
「ダメだよ! 万が一ヒビキくんが死んだら勇者達に会わせる顔がないでしょ!?」
「ならばその役目、私に任せてください」
どこからともなく声がしたかと思うと、部屋の中に誰かがサッと現れた。
その人物は、角が生えておらず、黒髪で黒い瞳をした14,15歳くらいの女の子だった。
も、もしかして……?
「ハルか。ハルなら問題ないな。ヒビキのことを頼むぞ」
「はい、お任せを。初めまして、響さん。私は、
思った通り、日本人だった。
でも、なんでこんなところに? いつこの世界に?
「その疑問は尤もです。私は、先代の勇者でしたが、魔王様に敗れ、服従を誓ったのです。かれこれ100年ぐらい前のことです。現在は、諜報部員のようなことをしています」
あれ? 思考読まれた?
「というか、100年? それにしては僕より年下に見えるんですけど」
「敬語は不要です。貴方は魔王様の友人なのですから」
「ハルが年老いてないのは、ボクの不老魔法のお陰だよ。人間は5つの属性しか使えないけど、ボク達魔人は様々な魔法や古から伝わる魔法が使えるからね。不老魔法はまだまだ序の口だよ」
魔法まで優れてるということは、人間では魔人に勝つことは難しいということになる。
勇者である3人はマオさんと相対して無事に生き残れるのだろうか……。
というか、本当に僕はこんなところに居て大丈夫なんだろうか。
「その心配は無用です。魔王様は、心の底から貴方を友人だと思っています。貴方が普通の生活を送ることは、こちら側の責務です。ですので、安心してこの国でお過ごしください」
……また思考読まれた。そういう能力でも持っているのだろうか。
「ヒビキくん、ハルの言う通り、ヒビキくんの生活はボクが保証するから、疑わないで? ね?」
「マオさんのことは疑ってないよ。ただ、他の魔人が僕という存在を知ってどういう行動に出るかが心配なだけで」
「そのための私です。正々堂々な輩は響さんなら対応できるでしょう。ですが、それ以外の汚い手を使ってくるような輩も居ます。そのような輩は私が響さんに被害が及ぶ前に排除するので、安心してください」
東条さんはそう言うけど、女性に護られるというのは男性的には屈辱の極みな訳で。
でも、僕は合気道しか戦う術がない上に、無属性はどんな魔法が使えるのかとか詳しく聞いてないんだよね……。
「そうですか。響さんは無属性の使い手なんですか。それは
「えっ!? ヒビキくん、無属性なの!?」
えっ、なになに? 無属性がどうかしたの?
というか、また東条さんに思考読まれた……。
「無属性は色々できるよ! 回復や状態異常の回復なんてのは序の口で、本来無属性は何者にも染まらないという意味だから、全ての属性魔法や状態異常系の魔法,再生魔法などなど、魔人族程じゃないけど様々な魔法を使える属性なんだよ。まぁ、今の人間はそれすら知らないんだけどね」
「へぇ、ということは、僕にも魔法での攻撃ができるってことなんだ」
「そういうことです」
無属性にそんな事実があったとは、知らなかったのは当たり前だけど、なんかあの3人には申し訳ない気がしてきた。
これ、下手したら勇者よりも強いかもしれないってことだし……。
そんなことを思っていると、マオさんの表情が急に暗くなった。
「マオさん、どうかしたの?」
「これでもうしばらくヒビキくんと会えないと思うと、今後の職務にやる気がでなくて……」
「えっ? 戻ってきたらダメなの?」
「えっ!? 戻ってきてくれるの!?」
なんかイマイチ噛み合ってない気がするな……。
「響さん、魔王様は響さんが街に住むと考えているのです」
「えっ、僕が決めるの? そっちが決めるんじゃなくて?」
「だって、ヒビキくんの意見を尊重したいから……」
「はぁ……。いい? 自分で言うのも難だけど、僕はマオさんに連れてこられた謂わば人質みたいなもので、その上敵対してる勇者の仲間なんだよ? そんな奴を自由にさせるのはどうかと思う。それに、生活を保証するって言ったのはそっちなんだから、住む場所はそっちが決めるのが筋だよ」
そんな説教染みたことを言うと、マオさんは目を丸くしていた。
出会った時から思ってたんだけど、東条さんって無表情だから喜怒哀楽がわからない。
「それは申し訳ありません。ですが、今まで感情は表に出たことがないので、どうかご容赦を」
まぁ、無表情は無表情で凛とした感じでいいと思う。東条さん美人だし。
「美人、ですか? 私」
「さっきから僕の思考を読みすぎだよ……。それは読んでほしくなかった」
「これは読んでるのではなく、聞こえてくるんです。私、耳が特別いいので」
「ねぇ、ボクは? ボクは美人?」
「マオさんは、僕は美人だと思うけど、他人からしたら女性とも男性ともとれる顔立ちだから難しいかな。でも、女性からも男性からもモテそうだよ」
「えへへ、そうかなぁ? そうかなぁ?」
僕の返答に、マオさんはなぜか上機嫌で嬉しそうにした。
それから結局、僕の住むところは城の一室となった。
しかも、マオさんの部屋の隣に……。
理由を聞くと、僕にすぐ会えるからだそうだ。
正直、僕とすぐ会えることになんの意味があるのかと思ったけど、口にはしなかった。
その後、一旦マオさんと別れて街へ向かうことになった僕と東条さんは、それぞれローブを着てから街に向かった。