街に着いた僕と東条さんは、それなりに周囲の魔人に視線を向けつつ、半ば一方的に東条さんのガイドさんがするような説明を受けながら街を歩いていた。
「響さん、あちらに見えるのがカジノのお店です。おすすめはしませんが、ギャンブルがお好きならあそこへ行ってみるといいですよ」
「そうなんだ」
こんな感じで、東条さんの説明に僕は適当に「そうなんだ」とだけ返答をして街の中を歩いた。
僕的には、そんなことより見回りに専念した方がいいと思うんだけどな……。
「そうでしたか。これは失礼しました。以後、気をつけます」
「えっ、いや、謝るほどのことでもないんだけど……」
「いいえ、響さんの意思にそぐわないことをいたしました。申し訳ありません」
そう言って頭を下げて謝ってくる東条さん。
東条さんって、真面目だなぁ。そんなに堅く考えなくてもいいのに……。
そんなことを思いながら周囲の魔人に視線を向けながら歩いていると、とある屈強そうな男性の魔人に声をかけられた。
「おい、お前達、ローブなんて羽織ってフードで顔を隠して、どうした? それに、魔人にしては華奢だな?」
そんな言葉を無視して歩き始めると、肩を掴んで止められた。
そして肩をぐいっと引っ張られて振り向いた勢いで、フードが浮いて後ろへ流れてしまい顔が出してしまった。
「なっ、お前、人間だな!?」
そこそこ大きな声で言われたため、周りの魔人に丸聞こえだ。
それによってぞろぞろと集まってくる魔人達。
どうしようと思って東条さんの方を見ると、あれ? 居ない? といった感じで見捨てられたのかはわからないけど、いつの間にか居なくなっていた。
「おい、なんで人間のお前がここに居るんだ」
「なんでって言われても……」
返答に困る。本当のことを言っても信じてくれなさそうだし……。
「わかったぞ、そいつ、この国に攻めてきたんだ!」
集まった魔人の内の一人がそう言った。
いやいや、一人で攻めに来るって、ただのアホだよ? よく考えてものを言ってよ。
しかも、その言葉に他の魔人が賛同して「そうだそうだ! いっそのこと、殺られる前にやっちまえ!」とか言ってるし……。
そんな声を聞いても、僕が逃げないように肩を掴んだままの魔人は何をするでもなく質問をしてきた。
「正直に言え。なんでここに居る」
信じる信じないはさておき、ありのまま、僕がこの世界に来たところから簡潔に話した。
「……それが事実なら、魔王様に確認する必用があるが」
「それは無用です。ローグレス分隊長」
そこでやっと現れる東条さん、その手には一本の串焼きのようなものが握られている。
というかこの魔人、魔王軍に所属してる魔人だったのか。
「こ、これは、ハル様。ハル様がご一緒ということは……」
「そうです。この方は魔王様の大事な客人です手荒なことはしないようにしてください」
「しょ、承知しました……!」
東条さんって、意外に顔が広いんだ。
そう思っていると、東条さんが手にしていた串焼きを差し出してきた。
「響さん、どうぞ、串焼きです」
「その前に、なんで居なくなったの?」
「これくらいならば、響さんだけで対処できると思いまして。終わった後労いを込めて串焼きを奢ろうかと思い、買って参りました」
「まだ終わってない気がするけど」
そう、僕と東条さんと分隊長さんの3人が比較的小さな声で話していたため、周りの魔人にはなにがなんだかわかっていない状況だ。
ただ、東条さんのことは知っているようで、「ハル様だ」「なぜここに?」「あの人間とどんな関係なんだ?」とヒソヒソ話しているのが聞こえてきた。
そして、3人の魔人が僕のところまでやって来た。
「おい、お前、さっさとこの国から出てけよ」
「そうだそうだ、お前の居場所はここにはねぇよ」
そう言われるのは想定内だったけど、最後の一人が「おら、さっさと出てけよ」と言いながら殴りかかってきたことに驚いた。
いくらなんでも、それは気が早すぎると思うんだけど……。
マオさんが最近の魔人は血の気が多いと言っていた意味がわかった気がする。
「危ない!」
そう分隊長さんが言って僕の前に出ようとしたのを東条さんが止めた。
「な、なぜ止めるのです!?」
「見ていれば、魔王様がこの方にこの役目をお任せになった理由がわかります」
そんなやり取りがなされている間に、僕は殴りかかってきた魔人の右腕を取り、肘関節を可動限界まで伸ばして相手を腹這いにさせて抑えた。
ランズノッドさんを2回目に地面に抑えつけた技と同じ技だ。
そんな光景に、東条さんを除いたこの場に居るすべての魔人達が驚いたため、辺りが静寂に包まれた。
すると、東条さんが全員が見られる位置に立ってこう言った。
「御覧の通り、この方は魔王様が信頼を寄せるに値する実力を持っているのです。おいそれと襲いかかれば、返り討ちにあうので充分注意してください」
串焼きを持っていなければカッコついたのに、片手に串焼きを持って喋ったために、威厳が少し損なわれている気がする。
「私に威厳などなくていいのです。響さんの凄さが伝わればそれでいいのです」
そう言いながら、魔人を抑えつけたままの僕に串焼きを渡してくる東条さん。
受け取ってみると、串焼きはとうに冷めてしまっていた。
「冷めてしまいましたが、この串焼きは冷めても美味しいので、食べてみてください」
そう言われたので、一口食べてみるとこれが東条さんの言った通り美味しかった。
「えっ、なにこれ!? 冷めてるのにお肉が物凄くジューシーなんだけど!? しかも、柔らかい! これって、なんの肉?」
「これは、テンダーバードという日本でいう鶏みたいなものです。テンダーは柔らかいという意味で、その名の通り、お肉が柔らかく、焼くとジューシーに焼き上がるのはもちろん、先程言ったように冷めてもジューシーさが代わらないお肉です」
「へぇ、今度熱々のやつを食べてみたいな」
東条さんの説明を聞いた僕がそう言うと、東条さんが目の前から一瞬で消えた。
そして、その数秒後、湯気の立つ一本の串焼きを持った東条さんが現れた。
「どうぞ、お召し上がりください」
「今度って言ったのに……。まぁ、今食べられるならそれに越したことはないんだけどね」
「申し訳ありません、あまりに響さんの美味しかったというお顔が嬉しかったので、それ見たさについ買ってきてしまいました」
相変わらずの無表情だけど、嬉しかったと言われるとこちらも嬉しい。
串焼きを受け取って食べると、冷めた時とまた違って、ジューシーさは代わらないけど、やはり熱々だからか美味しさが、冷めた時のものより格段に美味しかった。
食べ終えた僕は、殴りかかってきた魔人をイス代わりにしていたことに気づき、謝りながら慌てて退いた。
その魔人は、立ち上がると僕のことをキッと睨みつけてから立ち去っていった。
うわぁ、あれは絶対根に持ったな……。
「大丈夫です。汚いことは考えていないようでした。次響さんを襲うとしたら、それは数で圧してくるようなやり方でしょう」
東条さんが言うなら間違いないけど、できれば、面倒だからあまりそういうことをやろうと思わないでほしいかな。
まぁ、とにかく、ここでの用事は終わったことだし、任務再開といきますか。
フードを被り直して、野次馬を突っ切って再び街の中を歩き始めた。
しばらく歩いていると、どこかの路地から微かに怒鳴り声らしきものが聞こえてきた。
東条さんに確認すると、やはり怒鳴り声だったらしく、すぐ近くのというか今僕が立っている場所の目の前の路地からだった。
その路地の奥へ入っていくと、路地裏に10歳くらいの魔人の少年が、二人の大人の魔人に追い込まれたような形で居た。
「嘘つくんじゃねぇよ! お前が盗ったんだろ!?」
「盗ってない! ほら、見てみろよ、どこにもないだろ?」
「いいや、どこかに隠してるはずだ。おい、お前、裸になれよ」
「はぁ!? なるわけないだろ!? なんでそんなことしないといけないんだよ!」
「いいから、裸になれよ!」
「いやだ! やめろ! くそっ、だれか!」
「はっ、助けが来るわけないだろ? こんな路地裏まで来るやつなんて……」
「居ますけど?」
僕がそう言うと、一気にバッとこちらを向く大人の魔人二人。
魔人の少年は、僕を見て不安と安堵が混じった顔をしながら僕を見た。
まぁ、ローブ着てフードを深く被ってるやつを信頼できるわけないよね……。
「なんだお前、怪しい奴だな」
「その子、見逃してあげてくれませんか。何を盗ったのかは知りませんが、その子が盗った証拠はないんでしょう?」
「あ? こいつが盗ったに決まってんだろ!」
「でも、盗まれたものをその子は持ってないんですよね? 濡れ衣としか思えないんですけど」
「お前に何がわかるってんだ? 急に出てきたくせによ!」
「そうだぞ、口出しすんじゃねぇ!」
どうしよう、このままだと長引く……。
東条さんは……またどこかに行っちゃってる……。
「口出しはしますよ。二人がよってたかって一人をいじめるのは見てられないですし」
「はっ、正義面しやがって!」
「そんな正義面ができねぇようにしてやるよ」
そう言ってまさかの殴りかかり。
気が早いにも程がある。もっと穏便に解決したかったのに……。
仕方なく、大人の魔人二人を合気道の技で地面に抑えつけようとしたその時、またフードが脱げて顔を出してしまった。
もうこれ、フードする意味ない気がしてきた……。
でも、一々人間だ人間だと絡まれるよりはいい……のかな?
大人の魔人二人を抑えつけたタイミングで、東条さんが兵士を連れてやって来た。
「どこに行ったのかと思ったら、兵士を呼びに行ってたんだね」
「はい。響さんなら必ず解決してくださると思いまして。あとは兵士に任せてください」
そう言われたので、兵士に任せて、僕は少年の魔人のところへ向かった。
「大丈夫? 怪我してない?」
「な、なんで、人間がこんなところに……! 人間に助けを求めたつもりはない!」
「……そっか。まぁ、怪我してないみたいだし、気をつけて帰ってね」
ニコッと笑いながらそう言って少年の魔人に背を向けて去ろうとすると、後ろからローブを引っ張られた。
振り向くと、少年の魔人が「まだ礼をしてない……それに、名前も聞いてない」と口を尖らせ目を逸らしつつそう言ってきた。
名前を聞くならまず自分から、というのは難しそうだったので、僕から自己紹介をした。
「僕は響、16歳。見ての通り人間だよ」
「俺はルウェル、10歳。ヒビキ、助かった、ありがとう」
「どういたしまして」
「人間にも、優しい奴は居るんだな……」
「なにか言った?」
「なんでもねぇよ!」
残念、聞こえてたよ。でも、なんか言い方が引っ掛かるな。
今まで人間には恐ろしい奴しか居ないと思ってたような言い方だった……。
まぁ、戦争してる最中で敵同士だし、そういうのがあるのも必然だよね。
「じゃあ僕は行くね。行こうか、東条さん」
「はい。ですが、そろそろ夕食の時間ですので、城へ戻った方がよろしいかと」
「えっ、早くない? まだ夕日の時間にもなってないよ?」
「こちらの世界では、太陽が沈むのに20時間かかりますので、今は地球での午後6時だと思ってください」
「そうなんだ。それなら夕食の時間と言われても納得だね」
そんな会話をしつつこの場を去ろうと歩き始めると、再び後ろからローブを引っ張られた。
振り向くと、ルウェルが神妙な顔つきでこう聞いてきた。
「ヒビキ、お前……勇者なのか?」
あまりに突拍子のないことを聞かれたため、すぐに答えることができなかった。
うん、あれだね。今の僕と東条さんの話から異世界人だと察したんだろうけど、仮に僕が勇者だったとしたら、こんなところで魔人助けなんてしてないし、だいたい人数が……そう言えば、東条さんの代のもう二人の勇者はどうなったんだろう?
「他の二人ですか? 真っ先に死にましたよ。ランズノッドの手によって」
この人、とんでもないことをサラッと言った!?
「おい、ヒビキ、答えろよ!」
「えっ、あぁ、僕は勇者じゃないよ。昨日この世界に巻き込まれて召喚された上に、今日の朝起きたらこの国に居たんだよ……。原因は魔王だったんだけどね」
「魔王様なに考えてんだ? 人間なんて連れてきて……」
「貴方には関係のないことです。さあ、自分の家へ帰りなさい」
東条さんが、相変わらずの無表情のままルウェルにそう告げた。
するとルウェルは、なぜか僕のことをジッと見たまま動かない。
「どうしたの? 帰らないの?」
「……ない」
「何がないの?」
「家だよ……! 父ちゃんも母ちゃんも戦争で死んじゃったからな……」
なんか、悪いこと聞いちゃったな……。
「なんかごめんね。嫌なこと思い出させて」
「バッ、馬鹿っ! ヒビキが謝ることじゃねぇよ!」
なぜか目を逸らしつつ照れ臭そうに怒るルウェル。
イマイチ理解ができないけど、フォローされたのは理解できた。
すると、東条さんが急にルウェルに向かってこう言った。
「それで、どうしたいんですか? 響さんに家がないと教えて何がしたいんですか?」
「東条さん、その言い方はちょっと厳しいよ」
「いいえ、この子は響さんの優しさに甘えようとしています。それは羨ま……許しがたいことです」
「えっと……どういうこと?」
「つまり、この子は響さんに付いていきたいと思っているのです。どうしますか、響さん? 追い払いますか、それとも追い払いますか?」
「追い払うしか選択肢がないよ!? というかなんで詰め寄ってきてるの!?」
どうしたんだろう、東条さん……。相変わらず無表情だけど、なんとなく怒ってる気がする。
何がそんなに気にくわなかったんだろうか。
その後、なんとか東条さんを宥めて説得し、ルウェルを城へ連れていくことになった。
帰ったら、先程の東条さんの言動についてマオさんに相談してみよう。