次の日の朝になると、バンッと大きな音を立てながら僕が使わせてもらっている部屋のドアが開く。
その音に目が覚めてドアの方を見ると、マオさんが仁王立ちしていた。
「おはよー! ヒビキくん!」
昨日も思ったけど、マオさんの声の大きさは、寝起きの人に接するには声が大きすぎる。
「はいはい。おはよう、マオさん」
「なんでそんなに冷たい反応!?」
「声が大きいんだよ……。まぁ、それで起きないのも居るけどね」
僕はそう言いながらチラッと隣を見れば、まだ起きないルウェルがスースーと寝息を立てながら寝ている。
こうやって見ると、年相応な可愛い寝顔なんだけどな……。
それが喋るとなんであんなに口が悪いんだろうか。
そんなことを思いながらルウェルを見ていると、東条さんがやって来た。
「おはようございます、響さん」
「おはよう、東条さん」
東条さんが挨拶してきたので、僕が微笑んで返すとマオさんが文句を言ってきた。
「ボクとハルで対応の差がある……!?」
「そうなんですか?」
「マオさん寝起きに対する声が大きすぎるんだよ。その点、東条さんは普通に挨拶してくれるからね」
「以後気を付けるから、ハルと同じように接して!」
僕の言葉を聞いて、涙目で必死に懇願してくるマオさんに、小さくため息をついてからマオさんの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「べつに気にしなくてもいいよ。元気なのがマオさんのいいところだし、よく考えたら神奈に起こされるときと同じだしね」
僕がそう言うこと、マオさんは安心したのか笑顔になった。
あ、よく考えたら、魔王の頭をぽんぽんするのはよくなかったかな……。
そんな心配をしていると、いつの間にか近寄ってきていた東条さんが僕の学生服の裾をギュッと握ってこう聞いてきた。
「神奈というのはどなたですか?」
「あ、そう言えば言ってなかったね。神奈は僕の双子の妹だよ」
「響さん、双子だったんですね」
「えっ、そうだったの!? やけに心配してたから、彼女だと思ってた!」
東条さんの反応は普通だけど、マオさんの反応はなんかちょっとズレてる気がする。
そんなやり取りをしていると、ようやくルウェルが起きた。
「ったく、うるさいなぁ。人が寝てるのに」
「響さんの好意に漬け込んでいる人がなに言ってるんですか? 殺しますよ?」
「東条さん、決断が早いよ……! その手に持ってるナイフ仕舞って!」
「だいたい、ここは響さんの部屋なんですよ? なのに、なぜ貴方はここで寝ているんですか? そんなの羨ま……許されることではありません。ええ、断じて許されることではありません」
話を聞いてくれない!? ……相当ご立腹なようだ。
東条さんは、相変わらずの無表情でルウェルに詰め寄っている。
ルウェルはというと、恐怖からか顔を青ざめさせながら謝った。
「ごめんなさいっ! 2度と偉そうなことは言いません!」
「わかればいいんですよ」
ルウェルが素直に謝ったことで、東条さんはあっさりと
この一連の流れを見たマオさんが、こう言ってきた。
「また怒った……。けど、ヒビキくんの為だとしても、なんでここまで怒るんだろうね?」
その意見には同意する。
僕の為に代わりに怒ってくれるのはいいんだけど、なぜ僕が気にしないと言っても怒るのを止めてくれないのか、理解できない。
そう思った途端に東条さんがバッと僕のことを見て何かを呟いた。
「そうですか、これではわかってもらえないのですか。他の手を考えるべきでしょうか」
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません。お気になさらず」
確かに何か言った気がするんだけど、聞いても答えてくれないので気にしないことにした。
それから、朝食を食べに食堂へ行き食事を終えると、見回りのようなものをしに、東条さんとルウェルを連れて街へ向かった。
◆◇◆◇◆
昨日と同じようにローブを着て街に入ると、僕のことが見覚えのある魔人からは、「おい見ろ、あれ、昨日の人間だろ……?」などの話をしているのが聞こえてきた。
昨日は城の近くしか回っていなかったため、城から遠いところに住んでいる魔人は僕のことは初見だ。
そのため、訝しげに僕のことを見てくる。
気にせず歩いていると、ルウェルが話し掛けてきた。
「なあ、俺までローブ着る必用あんのか?」
「特にないよ」
「じゃあなんで着せたんだよ!?」
「仲間外れは可哀想かなと思って」
「そ、そうか。ならいい」
なぜかあっさりと納得してそっぽを向くルウェル。
斜め後ろから見える顔が若干赤く見える気がするのは気のせいだろうか。
ルウェルの様子を窺っていると、「おぉ、いたいた」という声が聞こえてきた。
そちらを見ると、昨日椅子代わりにしてしまった魔人が、何十人もの荒くれ者の魔人を引き連れてやって来た。
「昨日ぶりだな、人間。昨日の借りを、今日ここできっちり返させてもらうぜ!」
ビシッと僕を指差しながらそう宣う魔人。
自分で撒いた種とはいえ、物凄く面倒臭いなと思う。
そんな思いが顔に出ていたのか、昨日の魔人が怒鳴ってきた。
「なに面倒臭そうな顔してんだ! 自分で撒いた種だろうが!」
「わかってますよ、そんなこと。でもですよ? こんなに大勢連れてこられる僕の身にもなってくださいよ……」
「ハッ! 昨日は一対一だったからな。これだけ居れば腰が退けるのも仕方ねぇよな。おし、お前ら、かかれ!」
昨日の魔人の号令で「おぉぉぉぉぉ!」と雄叫びを上げながら僕へ突っ込んでくる魔人達。
「ヒビキ、逃げよう!」
慌てた様子でそう言ってくるルウェルに、東条さんが優しく諭した。
「大丈夫ですよ。響さんの使う合気道という武術は、対多人数にも通用するものなので」
「そう、なのか?」
それを聞いたルウェルは、半信半疑ではあるが見守ることにしたのか、それ以上は何も言わなかった。
僕はというと、次々に襲い掛かってくる魔人達を技を使い、地面に転がして転がして転がした。
途中、後ろから首に腕を回されそのまま絞められた。
「ヒビキ!?」
「響さん……!」
二人の心配する声が聞こえてきた。
しかし、なんの問題もない。
首に回されている右腕の手首に左手をかけ、右手で相手の右肘を上げながら左へ体を傾けつつ拘束から脱け出し、左手と右手はそのまま右腕を抑えつけて前傾姿勢にさせながら後退して地面に伏せさせればいいだけだ。
これには、僕が拘束されたことで「しめた!」と思っていた魔人達は、目の前で起こった出来事が理解できずに唖然呆然と立ち尽くすしかなく、僕を拘束して地面に伏せさせられた張本人は特に、何が起きたのか理解できていない様子だった。
それはそうだろう。抜け出せないと思っていたのに、一瞬の迷いもなく鮮やかな動きで脱け出された上に地面に伏せさせられたのだから。
自分で鮮やかと言うのも難だけど。
「そろそろやめてもらえないですかね? 二人を待たせるのも
「そ、そんなこと聞けるかボケぇ! こうなりゃ仕方ねぇ。魔法で倒してやらぁ!」
そう言ってから掌を僕に向けて「【
僕は、慌てず焦らず冷静に掌を炎の球に向けて【
すると、掌を中心に僕を覆うぐらいの半透明のバリアのようなものが現れ炎の球が当たると、バシィッという音を立てた後、炎の球の方が消滅した。
「なっ、お前、無属性使いだったのか!?」
「そうですけど、それがなにか?」
「分が悪いな。今回はこれで勘弁しといてやる! 次会ったら覚えとけよ!」
そう言い残した後、全員を連れて去っていった。
やっと帰ってくれたか。けど、分が悪いって、魔人族は色んな魔法が使えるんじゃなかったっけ?
そんなことを思いながら二人のところへ戻った。
「お待たせ、二人とも……って、どうしたの、ルウェル? そんなに目をキラキラさせて」
「俺もヒビキみたいになりたい! その技教えてくれ!」
「う~ん、これでも結構難しいんだよ? 僕は10年間やってるからさっきみたいにやれたけど、相手の呼吸に合わせてリラックスしてやらないと抵抗されて綺麗に技が決まらないし……」
「それに、響さんは貴方に構ってる時間は無いんです。諦めてください」
僕が説明していると、急に東条さんがそう言って諦めさせようとした。
僕は、ルウェルにやる気があるのかどうか見るために言ったんだけど、東条さんは諦めさせる気満々だ。
しかも、朝のことがあるためルウェルは東条さんに恐怖心を抱いている。
そんな状態で「それでもやる」とは言えないルウェルはあっさりと退いてしまった。
まぁ、べつに特別教えたいという訳でもないので、また言い出すのを待つことにした。
なんか、2度と言わなさそうな気がするけど……。
「そうそう、響さん。先程響さんが思っていたことですけど、確かに魔人族は色んな魔法を使えますが、それは軍人までの話であって、一般人には属性魔法くらいしか公開されてないんです」
「なるほど。確かに、一般人までそんなに魔法が使えたら、統治するのに苦労するもんね」
「さすが響さん。理解が早いですね。まさにその通りなんです」
「そう言えば、東条さんの属性って?」
「私ですか? 私は……嬉しいことに、響さんと同じなんです」
「あぁ、だから急に居なくなったり現れたりするんだね。もしかして、【
「そうです。行きたい場所の景色を思い浮かべながら唱えることで、その場所へ転移することができます」
なるほど。あっ、もしかして、王国で使ってた僕の部屋を思い浮かべながら【
まぁ、しないけどね。神奈には来るまで待つって言ったし。
訓練、頑張ってるだろうか……。でも、神奈の場合、僕のためならどんな苦労も厭わないところがあるから、寧ろ倒れたりしてないかの方が心配なんだよね……。
僕はただ倒れたりしないことを祈るしかないけど、できれば早くここまで来て元気な顔を見せてほしい。
それまでは、僕もここでの仕事を全うするから。
そんな、東条さんに聞かれたかもしれない思いを胸に、僕は東条さんとルウェルと共に再び街の中を歩き始めた。