オーバーロード ザ・二人旅!   作:膝関節

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ログイン・失敗!

 

 

 

『サービス終了の日、みなさんで集まって思い出話に花を咲かせませんか』──そんな、どこか寂しげな文面が自分たちの元に届いたのはつい先月のことだった。

 

 

 

 優しい我らがギルド長からのダイレクトメッセージ。その時こそ二つ返事で了承したものの、こうしていざログインしようと作業を始めたのはまさにユグドラシルのサービス最終日当日の夜であった。

 一度辞めたゲームというのは、こういう節目でもなければ触れる気が湧かないものなのだと……何処となく、他人事のように考えてしまう。

「長い付き合いだったわりに薄情なもんだろ」と呟けば、ボイスチャット越しの親友がからから笑った。

 

『仕方ないんじゃないの? そんなもんだって。俺もずいぶん久しぶりよ』

 

 彼──弐式炎雷と、自分──武人建御雷の付き合いは長い。

 ユグドラシルと距離を置くようになっても個人的なやりとりをかわし、他のゲームを遊んだりもする良き友人だ。

 

「それでも、まあ、最終日くらいはな」

『むしろモモンガさんもよく続けてたよ、本当に。最初めちゃめちゃびっくりしたもん。面白かったとはいえ、本当に今日まで続けてたのかってさ』

 

 それだけ続けていられたのは、執念か、執着か。はたまた……。あまり健康的な理由ではなさそうだが。

 

「今は何人残ってるんだろうな」

『多くて10人くらいじゃない? 俺がログインしなくなったのがちょうど一年前くらいだから、その頃からすればそんなもんだと思う』

 

 ユニットを首筋に接続したままログインのための作業を淡々とこなしながら、ぼんやりと41の思い出を浮かべていく。

異形種動物園──ギルド長のネーミングも、直球すぎるだけで決して間違いではなかったなぁ、などと。

 

 

 

 

 このご時世、アカウントを消してしまったゲームに再ログインするには通常、アカウントの復旧を運営に申請し、それが通って初めて手続きが行われる。当たり前だがかなりの時間がかかることだ。数日……場合によっては数週間かかることもある。そもそも申請が通らないことだってザラである。運営側からすれば手間でしかないのだから当然だ。

 だが、ユグドラシルはサービス終了を発表した段階で申請の有無に関わらず全プレイヤーのアカウントデータを再ログイン可能状態にしていた。終了するゲームでそこまで手厚いサービスをする必要があるか?とも思ったが、なにせ"元プレイヤー"が多いゲーム。最期を祝おうとする者どもによる申請の波状攻撃に苦しめられるよりは……ということなのだろうというのが掲示板での結論だった。

 ……だから、久々のログインに際しての更新に時間がかかるのはわかる。ナノマシンからデータの照合だのなんだの……兎角、それはそれとして。

 

『いくらなんでも時間かかりすぎじゃね?建やん、そっちまだログインできてないよな?』

「おう、まだまだだ」

 

 よりにもよって今日という日は仕事がズレ込み、2人して家に戻れたのが22時という体たらく。そこから1時間とんで23時18分の現在、視界は絶賛読み込みの真っ只中である。普段であればまぁ待てる時間だが、24時にサービスが終了するというこの時に。『これだから運営はクソ』『クソわかる』と愚痴をぶつけ合う。

 『どうせ今日はそこまで遅くならないだろうし夜にログインすりゃいいや』と午前中にタカを括っていたのが完全に裏目に出てしまった。

 

「この調子じゃ、入れたとして挨拶もままならねぇなぁ」

『モモンガさんに詫びメール入れておいたよ。今試してるんだけどなかなかログインできないから、間に合わなかったらごめんって』

「……いざ思い出してみると、みんなと話してェことも、いっぱいあったんだがな」

『……そだね』

 

 そんな2人の呟きは、消え入るように虚空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 ──楽しかったんだ。

 クランの立ち上げから、ギルドの最盛期。そして、衰退に向かうまで。

 それまでの全てを見てきた2人にとって、あの場所とあの時間と、あの仲間たちの存在はかけがえのないものになっていた。

 自身を鍛え、NPCを創り上げ、最強の仲間に勝つための武器を造る日々──事件が起こったのは、そんな日常の最中、突然だった。

 

 目標(最強)が、消えてしまった。

 何よりも強さを追い求め、熱い闘いを願っていた自分にとっては、その喪失感が他の何よりも耐え難かった。

 クランに入るきっかけだった男。最強のプレイヤー。彼を倒すために鍛えた装備も、キャラクターも。振るう相手がいなければ、それは何の意味も為さない無用の長物だ。

 そう気づいてしまった時点で、目指していた遥か頂が空虚になったように霧散してしまった。

 

 ──だから、辞めた。

 

 ボイスチャット越しの彼がログインしなくなったのは、自分よりかなり後のことだ。その時の彼にはやりたいことがまだあって、その時の俺には失くなった。それだけの差だった。

 高尚な理由だったのだと言い訳をするつもりは微塵もない。

 ただ、武人建御雷という男はそういう選択をした──それだけの、ことだった。

 

 

 

 

 時計は23時53分を指していた。2人の間にはさすがに諦めムードがムンムンに漂っていたが、しかし2人ともキャンセルコマンドには手を伸ばさない。

 行こう、と約束していた待ち合わせに間に合わなかったからと言って、それを反故にできるほど……2人とも、適当な人間ではなかった。

 

「日付変わったらどうすっか」

『俺はもう少し起きてるよ』

「アーベラージか?」

『そーそー。もうすぐランク戦の更新だから色々準備がね、隙間時間に少しでも進めとかないと』

 

 他愛のない話が続く。

 できることならば円卓で、かつての仲間たちとしたかった話ばかり。諦めたくはなかったが、時間だけは刻一刻と過ぎていく。終わりの時はもうすぐそこだ。

 

(……さよならだな、モモンガさん。……コキュートス。ナザリック。……俺たちの、遊び場)

 

 時計の針が、淡々と時を刻み続ける。

 

『読み込みが終了しました』

 

 23時59分59秒に刻まれたその文字を、二人は視認できない。

 瞼が閉じ、眠るように意識が落ちていたからだ。

 ――そして、世界は白転する。

 

 

 

 

 

 

「ん──」

 

 自身の腹の上に異物感を覚えて、建御雷は目を覚ました。

 暖かさと同時に視界に飛び込んだ鮮やかな緑色に目を瞬かせながら、ゆっくりと身体を起こす。緩慢な意識で頭を掻けば、ずるりと腹の上から重めのなにかがずり落ちた。

 よくよく見れば、それは先程までボイスチャット越しに会話していた友人"弐式炎雷"……のの、ユグドラシルでのゲーム内アバターそのものだった。

 重力にされるがまま地面に落ちた異形種は、うぅんと一つ唸って上体を起こす。

 

「何やってんだお前。起きろ起きろ」

「うーん……ぁれ、おはよー建やん」

「おうおはよう。時間が時間だったとは言え、あぶねーからゲーム中に寝たりすんなよな。耳タコだろうけど」

 

 寝落ちは危険だ。技術的に減ってきているとはいえ、長時間未操作からの強制ログアウトによる人体への影響は未だに社会問題になっている。同じく友人のヘロヘロがよくやらかしてたので、そのたび口酸っぱく言ったものだ。

 注意された弐式炎雷は未だ半覚醒の様子で、後頭部をかきながら辺りを見回す。

 

「え? 俺寝てた? のか?」

「あ? そらそうだろ。俺が起きたら腹の上で寝てたぞ」

「いや……おかしいだろ、それ。なんでログアウトされてねーの」

「……あ?」

 

 言われ、建御雷は自身の掌を見つめる。

 そこに在ったのは、半魔巨人と呼ばれる種族のアバターがもつ、怪物らしく大きく筋肉のついた手だ。手に限らず、脚も、カラダもバケモノそのもの。よく見慣れている、しかしどこか懐かしさも覚えるカタチ。

 間違いなく建御雷はユグドラシルの中にいる。……はずだ。

 

 そも、ユグドラシルにログインした瞬間の感覚というのは、眠りからの覚醒とは多少異なる。意識は明瞭なまま、目の前の景色が変わるだけというのが近い。少しばかりの朦朧感があるにはあるが、所詮その程度でほとんど気になりはしない。

 だが、建御雷自身も、弐式炎雷も。つい先程間違いなく『眠りから目を覚ました』。

 

「そもそも……ここどこだよ。円卓じゃないし」

 

 そう震声を口にした弐式炎雷に倣い、周囲を見渡してみる。

 緑色がざわざわと騒めいている。樹々のくすんだ茶色い幹がずらりと、しかし不規則に立ち並ぶ。

 

「森……だな?」

 

 それ以外の呼称を知らなかった。ゲーム内であればそれほど珍しい地形でもないし、2人とも見覚えはある。拠点たるナザリック地下大墳墓にもあった場所だ。

 だが、この森はそこにあったものとは間違いなく異なると断言できた。枝葉の合間から降り注ぐ木漏れ日は暖かく、頰を撫でる風はあまりに心地よい。さらにどことなく漂ってくる、生命の薫り。

 これではまるで、現実に存在していたという森そのもののような──。

 慌てた様子で、弐式炎雷は自身の額にあたる部分に手を当て首を横に振る。

 

「待て待て待て待て。大丈夫だよな? 俺は弐式炎雷でお前は武人建御雷だよな? そこはまず間違い無いよな?」

「お、おう。そうだな、そのはずだ」

「俺たちはユグドラシル最後の日にゲームにログインしようとしてた。かなり時間はギリギリだった。建やん、お前その後どこまで覚えてる?」

「最後に読み込みが完了したとこだ」

「だよな。俺もそうだ。そこから……そこからどうなったんだ? 目が覚めたらここにいた。そこまでの間だよ! 寝て起きたらここに、こんなとこにこの格好でいるってのがおかしいんだよ!」

 

 異形種のアバターは間違いなく自分たちが使っていたもので、アカウントを消す直前の装備を身に着けた姿だ。実際に建御雷は弐式炎雷の最後の装備を見ていたわけではないが、ずいぶん昔、彼が装備を吟味するときに一旦着込んでいたのをよく憶えている。

 その彼がここまで狼狽しているのを目にしたのは、建御雷にとって初めての経験だった。だから、声をかけるのに一瞬遅れてしまう。

 

「時間がわからない……けど、どう考えたってもうサービス終了の時間は過ぎてるんだ。どうなってんだ」

「……まぁ、落ち着けよ」

「落ち着いてられるかよ! ここは間違いなくゲームの中じゃないんだぞ!」

「だから落ち着けっての」

「へぶっ!」

 

 普段の冷静な彼を知っている身からすればあり得ないほど、まくし立てるように慌てふためく弐式炎雷。とりあえず、そんな彼を一発ぶん殴ってみた。

 別に暴力衝動があったわけではない。落ち着かせるための行動だ、と自分を擁護しておく。それとちょっとした実験的意味合いもある。

 突如殴られ数メートル吹き飛んだ弐式炎雷は、直線軌道上に生えていた木に受け身も取れず激突する。ガサガサと葉が擦れ合う音がして、鳥が数羽飛び立って行く。

 その頭上にゲーム内のようなヒットエフェクトやダメージ表示が起きないことを確かめ、建御雷はうんうんと満足げに頷いた。

 

「──いってぇ!」

「ほー、しっかり痛いのか。やっぱゲームじゃねえなこれ」

「今俺そう言ったよな!? な!」

 

 弐式炎雷というプレイヤーは、防御力を切り捨て攻撃力に特化するこだわりを持った男であった。そこまで強く殴ったわけではなかったのだが、思ったより威力が出たらしいのはそのためか、はたまた建御雷のパンチ力のせいか。

 身振りで抗議する親友をまあまあと繰り返しごまかす。

 

「頭に血ィ上ったままじゃ動けなくなんぞ。そうなったやつがどうなるかなんて、お前もよく知ってんだろ?」

「……それもそうだ」

「な? 受け身も取り損ねるなんてお前らしくもない。いいから落ち着け」

 

 その言葉の後に逡巡。

 立ち直った弐式炎雷は改めて、建御雷と向かい合って大地に座りこみ、指先で中空を叩いた。

 

「コンソールが出ねえな。そもそもログアウト操作はできない、か」

「《伝言/メッセージ》は?」

「……ダメだな、誰に送っても通じねえ。いや、そもそも連絡先がリセットされてるっぽいなこりゃ……建やん宛てしか使えねえ」

「しょっぺぇなぁ!あ?待て、コンソール出ないのにどう確認したんだよ」

「ん?そうだな……なんつーかこう、ぐぁーっと……いや、使おうとしてみろ。そうすりゃわかる」

「あー?……あ、あー、なるほどな?わかったわかった」

 

 脳裏で何かが繋がる感覚。これもまた、ユグドラシルとは異なるものだった。

 ふぅ、と弐式炎雷が大きく息を吐く。

 

「……確認してくごとにここがゲームじゃないことがわかってすげー元気なくなるんだけど」

「気落ちしたっていいことねぇぞ?」

「そうなんだけどさあ。建やんも口動いてるし……それどうなってんの……?」

「ん、ん?本当だ。でもまぁその方が自然ってもんだろ」

「いや不自然だって」

「ほら、《伝言/メッセージ》がこんな風になるってことはよ、もしかしたら他のスキルも使えるんじゃねえの。やってみろって」

「んん」

 

 言うが早いか、明らかに気落ちしていた様相の弐式炎雷は身動ぎひとつと共に建御雷の視界から姿を消した。存在そのものが揺らぎ──そもそも、最初からその場所には何もなかったかのように。

 建御雷がその光景に瞬く──その瞬間、ガキィンと鋭い金属音と共に、建御雷の首元で刃同士が火花を散らし合っていた。

 瞬きひとつの間に死角から仕掛けられた攻撃を紙一重で受け止めて見せた建御雷に、弐式炎雷は肩を竦める。

 

「げぇ、これ止めんのかよ。鈍ってなさすぎだろ」

「いや結構ギリギリだったぞ。ビビったビビった。マジで狙ってきやがってこの野郎」

「もちろん寸止めするつもりだったけどね。マジだよ、マジマジ」

 

 建御雷が振った太刀に弾かれた弐式炎雷は、勢いそのまま軽快に距離を取り、再び建御雷の相向かいに座り直した。

 

「なるほど、アサシンのスキルは問題なく使えそうだな。むしろ動き方がゲームよりダイレクトなぶん速いかも。武器の瞬間取り出しもオーケーオーケー」

 

 武器の瞬間取り出し……つまり装備の変更。本来、装備を変えるにはコンソールからの変更操作が必要だ。ただし、素手の状態からひとつの武器を握る、と言うだけならば話は変わる。これは近接系プレイヤーならばほぼ全員が行える動作短縮の一つで、あらかじめ登録した装備をワンモーションで持ち外しできるようになるものだった。ここからさらに武器を『持ち替える』ならさらに別の課金要素が必要になる。

 

「アイテムボックスの中身は?」

「最後の時のまんまだ。まぁほぼ全盛期の絞りカスみたいなもん」

「ほとんど宝物殿に置いてきたからなぁ」

 

 現状の2人が持つ武器や身にまとった防具は、全盛期のころから比べれば随分と性能もレアリティもグッと下がったものばかり、いわゆる型落ちだ。きっちり身を整えているユグドラシルプレイヤーを想定するなら……85レベルくらいとならタイマンで渡り合えるだろうか。

 つまり、この世界で強い敵──例えばカンストプレイヤーとか──と出遭った場合、間違いなく苦戦する。

 そのことに少しばかりワクワクする自分がいないでもないが、弐式炎雷が不安を抱くのはそういう面も含んでいるからこそだろう。

 自分たちのことながら、本当に災難なことだ。

 

 しかしいちばんの問題は、これから自分たちがどうするか、だ。

 

(慌てたってしかたがない。ゲームじゃない世界に閉じ込められたとして、自分たちが慌ててどうにかなるか?)

 

 ──ならないだろう。ここに関しては弐式炎雷も素直に首肯する。

 ここがどこなのか、どうしてここに来たのか。……そして、どうすれば元の世界に戻れるのか。

 わからないことばかりだ。まあ、当面は判断材料不足な課題ばかり。わざわざ考える意味はないだろう。

 

「あーあ、モモンガさんかぷにっと萌えさん(もう少し頭のいい人)が居てくれたら助かったんだがなぁ」

 

 弐式炎雷が伸びをしながらそう呟く。「そりゃお互い言いっこなしだぜ」と返してやれば、けらけらとどちらともなく笑いが漏れた。

 

「なんだ、元気そうじゃねえか」

「どうしようもないんだもん、考えてたってしょーがないっしょ? 運営から救助の手があるか、自力でログアウトできるか……わかんねえけどさ」

「そういうこったな。思いがけず運命共同体だ、よろしく頼むぜ。親友」

「おうともよ。よろしくな、親友」

 

 

 

 

 

 

 

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