夢を見ていた。眼下に広がるは悪意によって焼かれている街。黒い太陽からは死の泥が流れ落ちている。その中を歩く一人の少年。周囲には黒焦げの死体に混じり、まだ生存している者もいた。しかし彼らは動けない。故に歩けている少年に助けを求める。ある者は自身を、ある者は家族を少年に助けてもらおうと呻く。少年はそれに応える事が出来ない。自分が生きるだけで精一杯なのだ。
ただただ謝りながら、生きる為に歩く少年。だが限界に到達する。倒れ、降り注ぐ雨をその身に浴び、生きる事を諦めかけた時、少年は男に命を救われた。男はまるで自分が救われたかのように泣きそうな表情をしながら、少年に生きていてくれてありがとうと伝えながら抱き締めていた。
私が初めて衛宮士郎の記憶を覗いてから幾度となく反芻した、士郎の原初の記憶。だが不思議な事にこの夢は記憶の反芻などという曖昧な形ではなく、しっかりとした、それこそ士郎の記憶を覗いている時と同じ感覚だ。
「……サーヴァントのシステムにはそういうものがあったな」
マスターは夢でサーヴァントの記憶を見る事があったのを思い出す。士郎もセイバーが王になる時の記憶を見ていたな。それと同じものならばこうも鮮明なのにも頷ける。
むっ、意識が浮上していく。肉体が目覚めようとしているのか。まあ抵抗する必要がある訳でもないし、素直に起きるとしよう。
ーーーーーー
「…スタ……マスター、起きて下さい」
「ふぁ~、どーした茶々丸」
わざわざ私を起こしたのは茶々丸か。何やら神妙な顔付きだな。ガイノイドなのに体調不良か?
「夢を、見ました……ガイノイドでありながら、夢としか形容出来ない映像を」
「ほう、そうかそうか。それはあれか? 燃え盛る街を子供が1人で歩く光景か?」
「!? 何故分かるのですか?」
「……ふむ、ついてこい」
私も見た、茶々丸も見た。となるともう1人、必ずあの記憶を覗き見た者がいる。近衛木乃香。昨晩士郎と仮契約を交わしたばかりのあの小娘も士郎の記憶を見た筈だ。さて、あいつの魔力は……士郎の部屋か?
「士郎、起きているか? 入るぞ」
「せめてこっちの返事を待ってからにしてくれよ」
「なんだガキに添い寝でもしてもらったか? もしくは手を」
「出していない。木乃香が怖い夢を見たからって来たんだよ」
怖い夢。確かにあれは何も知らなければ怖い夢と言っていいものだ。子供には荷が重い。今も近衛木乃香は士郎の布団の中でどこか不安そうな顔をしながら眠っている。
「私も茶々丸も、貴様の記憶を夢に見た」
「! そっか……ごめんな茶々丸、いい気分じゃないだろ」
「……」
士郎は近衛木乃香の頭を撫でながら言うが、茶々丸は何も言えずに沈黙している。生まれて2年ちょっとだ。どう返していいか分からんのだろう。
「んん……しろー、さん?」
「おっと、ごめん起こしちゃったか?」
「へーき、やけど。頭撫でててほしいわ。なんや落ち着くんよ」
「分かった」
「近衛木乃香。話がある。そのままでいいから聞け」
「エヴァちゃん? どないしたん?」
「貴様が見た夢は燃え盛る街を子供が1人で歩く光景だな?」
「!? う、うん」
やはりか。何故今士郎と契約している私達が同時に士郎の過去を覗き見たのかは不明だが、これからもこういう事はあるかもしれんな。
近衛木乃香は夢を思い出したのか顔が青ざめている。余程怖かったようだな。
「落ち着いて聞け。あれは士郎の過去だ」
「し、士郎さん、の?」
「そうだ。そしてこちらの世界に身を置くならああいった事が起こりうる可能性もある。それを頭の片隅に置いておけ」
「あんな風に、人がいっぱい、死んでまうの?」
「今回貴様を誘拐した主犯、天ヶ崎千草だったか。あれが今回の事件を起こした切っ掛けが先の大戦で両親が死んだ事と聞く。魔法は兵器だ。容易に人を殺せる。あのような惨状は滅多な事では起こらんだろうが、何人もの魔法使いが争えば1人や2人死んでもおかしくない。決しておとぎ話にあるようなものではないのだ」
まだ青い顔のままフラフラと立ち上がった近衛木乃香は、大きく息を吸い、吐き出し、両手を広げると自分の顔をおもいっきり叩いた。パーンっとなかなか大きな音が響く。
「い、痛い……」
「大丈夫ですか木乃香さん」
「へ、平気よ茶々丸さん。気合い入れたかっただけやし。エヴァちゃん、ウチかて二度誘拐されたんよ。魔法の世界が優しいもんやないのは分かっとるつもりだったよ。でもこうして改めて教えてくれておおきに。気持ち改めるわ。士郎さん。士郎さんの過去を怖がってごめんなさい。ウチ、何も知らんかったとはいえ失礼な事してしまったわ」
「木乃香は悪くないさ。あんなの見たら、誰でも怖がる」
「ありがとさん。よーし! ちょっと顔洗ってさっぱりしてくるわぁ」
元気な娘だな。下手に落ち込まれて修学旅行中空気を悪くされるよりかはよっぽどいいが。
「なんか今日のエヴァ、無関係な人に優しくないか?」
「何を言う。貴様の従者だぞ。従者の従者は私の従者も同じ。無関係なものか。それよりも、おい桜咲刹那。いつまで隠れている」
「気が付いておられましたか。士郎さんにお願いがあります」
近衛木乃香がいなくなるまで待っていた桜咲刹那は、士郎に対して深々と頭を下げた。
「お嬢様をこれからお願いします」
「それはどういう意味だ?」
「そのままです。人ならざる姿をお嬢様に見せてしまった以上、もう私は傍にはいられません。これからは士郎さんがお嬢様を守って下さいませんか?」
「断る。そんな大事な事は自分から直接言え、馬鹿」
なんだ、まるで断られると思っていなかったような顔をしているな。士郎はお人好しだが、何でもかんでもやってくれるほど優しくはないぞ。
「で、ですが」
「大方木乃香に見つかる前にいなくなろうとしているんだろ。だからこんなこそこそとする。刹那は木乃香が嫌いなのか?」
「そんな事はありません!!」
「なら離れる必要なんてないだろ。人じゃない? そんなのを理由にするな。一緒にいたいならいればいい」
「……いいのでしょうか……私のようなものが、お嬢様の隣に立っても」
「ウチはええよ」
「お嬢様!?」
帰ってきた近衛木乃香にも気が付かないとは随分と抜けているな。しかも抱き付かれるとは、護衛としてはこれほど頼りない者もいない。だが、友としてはこれでいいのだろう。
「ウチはせっちゃんとずっと一緒にいたいわぁ。だってせっちゃんが大好きやもん」
「……ウチかて、このちゃんは好きよ。でも……」
「なら昔みたいに一緒にいよ。もう離れた場所におるんはイヤや」
「このちゃん……」
「さっき木乃香を守ってほしいって言っていたな。いいぞ、守ってやる。ついでに今のその関係もな」
「士郎さん……」
「なぁにを臭い事を言っているか。そろそろ朝飯だろう。行くぞ」
「流石ですマスター。時間ピッタリ。見事な腹時計です」
「五月蝿いぞ茶々丸」
ーーーーーー
昼頃にネギ一行が向かったのは、京都にある昔ナギ・スプリングフィールドが拠点としていた場所だった。何かナギに繋がる手懸かりがあるのではと探索が行われたが、何も見つからない。
「ふん、つまらん場所だな」
「そんな事言わずに一緒に探して下さいよエヴァンジェリンさん。あれ、この写真」
「懐かしいな。紅き翼の集合写真か。こいつらには苦戦させられたものだ」
「これが、お父さんとその仲間……」
「ナギを探すならいずれ出逢う相手かもしれんな。精々覚えておくといい坊や」
悠久の風と呼ばれる魔法団体、そこに所属していた紅き翼(アラルブラ)はとてつもない強さを誇り、その人気は今でも絶大だ。エヴァンジェリンも何度か対峙している。ネギは詠春の許可を貰い、その写真を持ち帰る事とした。
主犯の千草が捕まった事もあり、残り修学旅行の期間は平穏無事に過ぎていった。ただ月詠は重傷を負ったまま姿を消し、フェイトは偽の経歴しか見つからなかった。一抹の不安を残しつつも、事件は幕を閉じた。
なんだか微妙な終わりになった気もしますが、とりあえず終わりは終わりです。