「馬鹿か。ウォーミングアップをするのは貴様。坊やの相手をするのも貴様だ」
エヴァンジェリンの発言に全員が固まった。正確には事情を全く知らないで着いてきた裕奈、まき絵、亜子、アキラ以外が固まった。
「へー、士郎さんかー。図書館島の地下で助けてくれた時もすごかったよね。でもネギ君だって強くなってるし大丈夫だよね! ね、明日菜」
「ま、まきちゃん……はっきり伝えておくわ。無理よ」
「明日菜の言う通り無理アル。刹那はどう見るネ」
「勝てる要素が微塵もありません。どれだけネギ先生を贔屓したとしても、習いたての中国拳法で士郎さんに一撃など不可能です」
怒濤の無理宣言だが、ネギもネギで勝ち目がないのは理解していた。エヴァンジェリンがどれだけ自分を弟子にしたくないかも感じていた。それでもやらなくてはならない。ネギは無言で構えた。
エヴァンジェリンの言葉に困惑していた士郎だが、ネギの様子を見て同じく構える。とても構えには見えない自然体。そこに隙はない。
「双方準備は出来たようだな。坊やがくたばれば負けだ。大人しく帰ってもらおう。士郎、絶対に攻撃を当てられるなよ? 茶々丸、合図を」
「はい。始め!」
「契約執行90秒間! ネギ・スプリングフィールド!!」
自己流の魔力強化によって身体能力を向上させたネギは一気に距離を詰めると崩拳を繰り出す。士郎がそれを受け止めるとネギは止まる事なく連打に移る。流れるような攻撃はとても中国拳法を習って数日の人の動きではない。だが相手があまりにも悪い。
「てやあぁぁぁぁぁっ!!!」
どれだけ手数を出しても、何度フェイントをしても、どんな強い攻撃をしても、士郎という鉄壁を打ち破るには到らない。やがて契約執行が解け、ネギは距離を取る。90秒の全力運動。ネギは大きく息を乱しながら士郎を見据える。息が乱れるどころか汗の1つも掻いていない士郎に改めて実力差を感じてしまう。
「まだまだ! 契約執行180秒! ネギ・スプリングフィールド!!!」
再び魔力で強化し攻撃を再開する。なりふり構ってはいられない。中国拳法だけではなく、士郎を掴もうと手を伸ばしたり、地面を蹴り土による目潰しを行った。
「それでいいアル!! どんな手を使ってでも触るアルヨ!!」
「ちょ、ちょっとクー、あんなの拳法じゃないわよね」
「アキラ、これはもう拳法どうこう言っている状況じゃないネ。士郎さんをよく見るアルヨ」
ネギばかりに注目していた生徒達は士郎を見るが、何も変わったところは見られない。しかし明日菜が気が付いた。変わっていない事がおかしいのだと。
「もしかして、士郎さん動いてない?」
「そうアル。あれだけの猛攻。普通は回避するにも受け止めるにも動いて対処するネ。でも士郎さんはそんな事をせず全てその場で対処しているのヨ」
「一見すると手抜き、手加減のようですが、本気だからこそ成し得る事です。士郎さんは本気でネギ先生から一撃も受けるつもりはありません。だから攻めにも転じないのです」
「士郎さんが攻撃したら何がいかんの?」
「いいですか亜子さん。動きを変える瞬間には僅かなズレ、隙と呼ばれるものが生まれやすいです。無論士郎さんクラスになるとそれもほぼないのですが、それでも士郎さんは隙が生まれる可能性のある行動を一切するつもりがありません」
再び魔力強化が切れたネギは遂に膝をついた。麻帆良ではエヴァンジェリン、京都ではフェイトといった強敵と対峙してきた。それでもこれほどまでの絶望感はなかった。何をしても無駄なのだという気持ちが湧いてくる。
「ネギくーん!! 頑張ってー!!」
「負けないでー!!」
裕奈達の声援が飛ぶが、頑張ってどうにかなる相手ではない。だというのにネギは立ち上がった。士郎は依然として動かない。
「いきます!!」
気持ちを奮い立たせ、残り少ない体力を絞り出し立ち向かう。士郎はそれとただただ受け止め続けた。
ーーーーーー
試験開始から1時間は経過していた。ネギの体には傷らしい傷はない。しかしその心はほぼ折れていた。声援を送っていた生徒達もその姿を見ていられないという様子だ。
「おーい坊や、いい加減諦めろ。どれだけ無駄な時間を過ごせば気が済む」
エヴァンジェリンの言うように諦めれば楽になるだろう。心配する生徒達も安心するだろう。しかしネギはまだ立つ。まだ負けてはいないと心が叫ぶのだ。
「うあぁぁぁぁぁっ!」
声を張り上げ、なんとか心を繋ぎ止める。体は何も問題はない。体力はもう僅かだが、動く事に支障はない。前に前に進むネギの姿に明日菜が動いた。
「もう見てらんない!! 止めるわ!!」
「だ、だめ!! 明日菜止めないで!!」
「まきちゃん何を言っているのよ! 今はまだ大丈夫だけど、大怪我するかもしれないわよ!」
「でも、ネギ君があんなに頑張ってるのに、ここで止めちゃうのは酷い、と思うよ……」
「あんなの子供が意地張ってるだけよ!」
そんな明日菜の言葉にまき絵は首を横に振った。
「違うよ、ネギ君は大人だよ! 子供の意地であそこまでやれないよ! 上手く言えないけど、ネギ君には、カクゴがあると思う………」
「覚悟?」
「……うん。ネギ君には目標があって、そのために自分が全部頑張るって、そうやっているんだと思う。明日菜の周りに、そういう気持ちを持っている人っている? あやふやじゃなくて、ちゃんとした夢を持って生きている人!」
「……それは」
「うちはネギ君のは覚悟やないと思うなぁ。明日菜の言うように意地よ」
「そんなの違う!!」
突然の木乃香からの否定にまき絵は声をあらげるが、木乃香は気にする事なく言葉を紡ぐ。
「でも意地でええんよ。意地を張り続けなきっと目標には届かへん。意地を張るからやり続けられる事もある。死ぬまで意地を張るような人やから成し遂げられる事がある。覚悟なんてきっと後から着いてくるわ」
「木乃香……」
「それとまきちゃん、ちゃんとした夢を持っとる人ならウチらみーんな知っとるよ。なんたって今、ネギ君の目の前におるからな」
「士郎さんが、ネギ君と同じなの?」
「あれと坊やを同じにするな。方向性は似ているかもしれんが、本質は別物だ。木乃香、何度夢を見た?」
「都合5回や」
割り込んできたエヴァンジェリンの質問に木乃香はどこか困ったような顔をしながらもはっきりと答えた。5回の夢。それだけ士郎の記憶を覗き見たという事になる。
そんな時、ネギが倒れた。意識はあるが体が動かない。初めて士郎は動き、ネギの前にしゃがむとネギにしか聞こえないくらいの大きさで声を掛けた。
「俺に勝つ必要はないんだぞ」
何の事だか分からなかった。士郎に一撃を入れる事が今回の試験の合格条件だ。それは士郎の守りを突破する事。つまりは勝つ事に等しい。なのに勝つ必要がないとはどういう事なのか。ネギは今回の試験の事をとにかく考えた。体が動かない分、頭を回転させた。そしてとある可能性にぶち当たる。
「う、ぐぐ……」
おそらくこれで立てるのは最後。しっかりと士郎を見据えると、士郎はゆっくりと頷いた。これからやる事は士郎の協力無くしては成し得ない。ネギはゆっくり士郎に近付き、拳を突き出した。士郎はそれを掴むと、そのままネギを投げ飛ばす。受け身もまともに取れず、ネギは転がっていき、生徒達は悲鳴を上げる。そしてネギは茶々丸の足元で止まった。
「ネギ先生、ご無事ですか?」
茶々丸も心配になったのか声を掛けた。そんな中でエヴァンジェリンは何故士郎がここに来てネギを投げ飛ばしたのか考えていた。ここまで一切の攻撃をしなかった士郎が初めて明確に攻撃らしい事をした。その意味は何か。何故茶々丸の方向へと投げ飛ばしたのか。茶々丸に何があるのか。
「! 茶々丸! 逃げ」
ーーペチッ
ネギの手が茶々丸の足に当たった。弱々しい音。しかし拳は握られており攻撃だと分かる。
「エヴァ、ネギ君は合格だ」
「クッ、クハハハッ!! してやられたな。ああ、合格にしてやろう」
「えっ、えっ? エヴァちゃん、どういう事? この試験って士郎さんに一撃を入れたら合格じゃないの?」
「私がしくじったという事だ。貴様らを誤解させる為、わざと誰か明確にせず、私は『私の従者に一撃を入れる』事を条件とした。戦ったのは士郎だが茶々丸も私の従者だ。茶々丸に一撃を入れたとしてもそれは私の言った条件を満たしている。士郎の協力ありきとはいえ、よくやった。坊や、約束は守ってやる」
「や、た……」
「あっ! ネギ君大丈夫!?」
気を失い倒れるネギに生徒達が駆け寄った。ネギは彼女らに任せればいいだろう。
エヴァンジェリンは士郎に近付いていって、軽く小突いた。
「何を坊やに協力しておるか」
「意地悪したお前が悪い。あんな事するなら俺だって意地悪するさ。それにネギ君はあれだけ根性を見せたんだ。付き合ってやってもいいだろ」
「マスター、申し訳ありません」
「茶々丸は悪くない。悪いのはこの正義の味方だ。私のミスによく気が付き、よく坊やに伝え、そして坊やもよく応えた。ああ、なかなか気分がいいな。今日は酒が飲みたい。士郎、茶々丸、肴は頼むぞ」
「ああ、最高の肴を作ってやる」
「サポートはお任せ下さい」
士郎に一撃は流石に不可能ですので、こういう結果にさせてもらいました。