真夜中にガタンと音がした。最近よくあるのだが、木乃香が起きたらしい。突然起きた木乃香の息はいつも荒く、何かに怯えているようにも感じた。
「木乃香、大丈夫?」
「あっ!? お、起こしちゃったかぁ。ごめんなぁ明日菜」
「いいわよ別に気にしてないわ。それよりも木乃香は大丈夫なの?」
「平気よ。ちょっと、夢見が悪いんや」
ちょっとなんてものじゃない筈。だって物凄い冷や汗を流しているもの。でも木乃香は何も教えてくれない。
「木乃香が気付いているか知らないけれど、アタシいつも木乃香が起きてるの知ってるんだからね」
「! ……そっかぁ、いつもごめんなぁ。でも何でもないんよ」
「そんな嘘つかないでよ!」
「落ち着いて明日菜。ネギ君が起きてまう」
「大丈夫よ。こいつ昼間は先生、夕方は鍛練で疲れて、いっつも朝まで起きないから」
「そうなんや。ウチも頑張らなあかんな」
「頑張ってるでしょ。こうやって起きたらずっと魔法の練習しているのだって知ってるのよ」
「あ、ははは……そこまで気付かれてたんやね。ちょっと外で話さへん?」
外は真っ暗。街灯の光はあるけど、それでも周囲が見渡せないくらいには暗く、そして虫の鳴き声しか聞こえないくらいに静かだ。そこで木乃香はポツリポツリと語り始めた。
「ごめんなぁ、夢の内容は話せんのよ」
「覚えていない訳じゃないでしょ?」
「うん。でもこれは勝手に話せん事やから。大雑把に言えば、士郎さんの記憶なんよ」
「士郎さんの、記憶?」
そんなの木乃香が知る筈がない。いえ、そもそも人の記憶を夢で見るなんて聞いた事もない。でもそれが本当なら言いたくないのも無理はないと思う。人の記憶をその人に無断で話すなんて、私だってやらない。
「でも士郎さんの記憶でそんなにうなされるの?」
「うん……下手な事言えば記憶の事話してしまうかも分からんし、これで終わりにしてくれへん?」
「駄目よ。まだ魔法の練習をしている理由が聞けてないわ。夢が関係しているんでしょうけど、可能な限り教えて」
「……ウチ、修学旅行くらいから士郎さんに惚れとるんや」
突然の告白に少し驚いたけれど、最近の木乃香の行動を見ればそれも分からなくはない。そんな好きになった士郎さんの為に魔法を練習している?
「強い士郎さんに近付きたいの? 従者だからって無理しなくても」
「ちゃうよ……士郎さんを止めたいんや」
「止めたい?」
「士郎さんはほっといたら、どっか行ってまう。それは絶対に止めないかん。腕に抱き付いてでも、手を折ってでも、足を砕いてでも、士郎さんは止めないかん」
木乃香らしくもない物騒な物言いに言葉を失ってしまう。でもアタシが驚かされるのはここからだった。
「そうせな……士郎さん……死んでまう……ヒック」
「士郎さんが死ぬ!? あんなに強いのよ!」
「がんげいあらへん!! じろうざん、は! ヒック、ほっどぐど、ヒック……ぜがいに、ごろざれるんや!! あんな、あんなに、ひどのだめにがんばっどるのに!! だれ、も! じろうざんを、だずげてくれへん!! だずげても、みんな、でぎになる!! ヒック、ズズッ……ウヂ、が、どめな、ヒック……ウヂがだずげな、いがんのや!!」
士郎さんが死ぬ? 世界に殺される? アタシには木乃香の言う意味が理解できない。でもこんなに泣く木乃香を見るのは初めてで、何も口出し出来なかった。
「づよぐ、づよぐならな……じろうざんを、ヒック、どめられんのや!! じろうざんは、ズビッ、ウヂが、まもっであげな……ぞばに、ズズッ、いであげな……ヒック」
「だから、起きたら朝まで魔法の練習を……ごめんね木乃香。アタシ、木乃香の言う事が全然分からないけれど、木乃香の気持ち考えてなかったかも」
「ズズッ、ズビッ、ふぅ、ふぅ……ごめんな明日菜。怒鳴ってもうた」
「いいの。こんなに感情的な木乃香初めて見れたし」
「なんや恥ずかしいわぁ」
「でも木乃香がちょっと羨ましいかも。好きな人の為にそこまでの気持ちになれるなんてなかなかないと思うわよ。あーあ、私も高畑先生の為に一生懸命にならないと駄目ね。でもちょっとは休んでよ。心配になるからね」
「せやね。今日は寝るわ。ありがとう明日菜。おやすみ」
「おやすみ、木乃香」
木乃香は先に部屋に戻り、アタシは1人で今の出来事を考えていた。人の為に頑張ったのに誰も助けてくれない。助けた人が敵になる。そんな事あるんだろうか。アタシには理解できない。アタシが馬鹿だからかな。
よくよく考えれば士郎さんについて何も知らない。優しくて、何でも話を聞いてくれて、料理が上手な強い用務員さん。きっとそれは表面的なものだけれど、これは間違いなく士郎さんの一面。京都で見た人殺しの姿もきっと士郎さんの一面。でももっと奥を知らない。木乃香はアタシ達の知らない士郎さんの奥を知ってしまったんだ。士郎さん、貴方は一体何者なの? 麻帆良に来る前には何をしていたの?
人が泣くのを文字で表現するのは難しい