七夜の幻想郷   作:在処彼方

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とうとうクロスオーバーを投稿します。
主に、東方Project&MELTY BLOODになります。

五年前に趣味で書いたモノ発掘してしまったので、少しリライトして投稿してます。



新月

 

 

 ────。

 

 ────────。

 

 ────────────。

 

 ────────────────…。

 

 ────────────────……ちっ。

 

 

「はぁ、全く最低最悪だ──何時になったらオレは最低最悪の亡者生活を満喫できるんだ。こんなに起こされるなんて、全くこうも"死にたがり"が多くちゃ、閻魔も死神も休む暇もないだろうに……ま、オレが目が覚めたって事は殺せって事だろう?」

 

 

『七つの夜の幻想郷』

 

01 新月

 

 

 幻想郷、人から忘れられた存在が集うこの小さな楽園に誰もが知る洋館がある。『紅魔館』と呼ばれるその洋館は、500年の歳月を生きた吸血鬼が住まう悪魔の館である。

「……その件はこちらが引き受けたはずよ?」

 その館、玉座さながらの椅子に背を持たれかけて座っている少女こそがレミリア・スカーレット。幼き少女の風貌でありながら、『永遠に赤い幼き月』の異名を持つこの館の主である。

「えぇ、その通り。確かに貴女が引き受けたけれど、一体アレをドウなさるのか……興味が尽きないわ」

 その対面に居るのは、金色の髪をした女性……彼女こそ『妖怪の賢者』と呼ばれる幻想卿の最重要人、八雲紫であった。

「それを、貴方に」

 少女の姿から発せられるとは到底思えぬ威を纏いった声をレミリアが発すると

「えぇ、確かに言う義務は全然ないわね」

 紫はさらりと、レミリアの言葉の先を紡いだ。

「……話はそれだけなのかしら?八雲紫」

「えぇ、それだけですわ。レミリア・スカーレット。ですが、客を前に早く帰れとばかりの仰い用は如何なものかと……」

「客なら客らしく、玄関から入りなさい。そうしたら紅茶とケーキくらいは出してあげるわ」

「成る程。それは確かに──」

 くすり、と笑いながらそういうと紫の半身に異界が侵食した──彼女の能力『境界を操る能力』による"スキマ"によるものである。

「──ですが、くれぐれも油断無きよう。アレは幻想卿にとっての"天敵"ですわ。排除する以外の選択肢は無いということを覚えておいてくださいね」

 柔らかに、だがその裏に十二分に脅しを含んだ物言いを残し、紫はスキマへと消えていった。

「……確かに、帰られたようです」

 いつの間にいたのか、まるで今はじめて表れたかのように出現したメイドが口を開いた。

「ご苦労様、咲夜」

 白髪の美しく瀟洒なメイドは、主人の声にうやうやしく礼をするとまるで最初からそこには存在しなかったかのように消えてしまった。

 

 

 紅魔館の門の前には一人の少女が居る。

 その事を幻想郷で知らぬものはあまり居ないだろう。

 だが、彼女の名前もまた、知る者は多くない。

 紅魔館の門番──中国服に身を包んだ彼女の名前は、紅美鈴という。

 人間と何も変わらないように見える彼女だが、妖怪である。

 "気"と呼ばれる中国拳法の奥義を自在に操り、各武術の達人でもあるという妖怪の彼女は、人間の腕試しの相手として格好の注目を浴びている。

 が、彼女が武術で人間に負けた事は未だ無い。

 勝負が終われば相手を称え合う、という武の礼により人を殺める事も無い彼女との"試合"は人間にとっては妖怪と自分の差を確認する良い目安となっているのだ。

 ……といっても、夜中に妖怪に挑む馬鹿な人間などそうはいない。

 夜中は夜中で別の心配事があるので、休めるわけでもないのだが……。

「あの魔法使い──今日は来るかしら──」

 思い起こすのは人間の少女。

 彼女はよく不法侵入を犯して、紅魔館の図書館に入る常習犯である。

「美鈴」

 瞬間、そこに瞬間移動したかのようにメイド長──十六夜咲夜が現れた。

「は、はいっ!!」

 条件反射で美鈴の背筋が伸びる。

「異常は?」

「は、はいっ! ありませんっ!!」

 どこか和やかな気を持つ美鈴は、咲夜の持つ厳かな気に弱かった。

「──そう。今日は新月ね」

 美鈴も釣られて空を見る。

「?」

 いつもの咲夜らしくない雰囲気を美鈴は感じた。

「──無理はしないのよ?」

「えっ!?」

(咲夜さんが優しい!? な、なんで?!)

 という疑問で脳が凍っているうちに、咲夜はまた忽然と消えてしまった。

「あ、あぅ……」

 まぁ、あの広いお屋敷を一人で取り仕切っているのだから大変なのはわかるけど……。

 意味深なままで居なくなるのは止めてほしい……。

「新月、ねぇ」

 美鈴は再び空を見る。雲が星を覆い隠している為に灯りは皆無。

 人間には道を歩くことすらままならないであろう闇が広がっていた。

 ──

 

  「~ッ!?」

 

 刹那、程の時間があったかどうか。

 悪寒を感じた、というだけで身を翻した直感といままで培った武技が紙一重で、自身を救った。

「しかし、下手だね。ホントに」

 嘲る声。若い、人間の男。獲物は短刀。

 反射的に手に入る相手の情報を読み取った。

「何者ですかっ!!」

 凛、とその名の如くよく響き渡る声で美鈴は相手の名を問う。

「──はっ、全くね……こんな時代錯誤な名乗りを受けるなんて思っても見なかった……いったい此処が何処かすら識らないが、まったく笑えないよ、っと!!」

 敬意を払うべき相手の『問い』を投げ捨て奇襲に出てきた男。

 これは武芸者では、無い!

 腕試しではない!

 お嬢様に仇なす、賊ッ!!

 相手は、愚かにも短刀で一直線に向かって来ている。

 虚を突かれたといえ、まさか身体能力で遅れを取るはずも無い。

 常石(セオリー)通り、狙うは相手の足!

 鞭の様なしなやかさと速さの蹴りで美鈴は相手の機動力をまず殺ごうとした。

 いや、彼我の実力差なら距離を詰めて一撃を入れるという選択肢もなくはない。

 が、美鈴の直感が相手を近づかせてはまずい、と告げている。

 この敵はは得体が知れないヤツだ、と。

 だから、その為に足を狙う。

 だが、美鈴のその蹴りは空を切った。

 侵入者は、恐るべき反射速度でその蹴りに合わせ、身体を反転しながら跳んでいる。

 同時に美鈴の首を短刀が狙った。

「くっ!?」

 この真っ暗闇の中ですら、妖怪である美鈴は奇襲同然に襲い来る短刀を視認はしている。

 後は身体が動くか、どうか。

 体重移動、流れるように重心を変え、ナイフの円の軌道にあわせながら美鈴は目前まで迫ったナイフを紙一重で回避し、侵入者の隙だらけとなった背に逆蹴りを叩き込む。

 が、侵入者は短刀が回避されたと見るや、すぐに全身を捻らせ、カウンターで放たれた美鈴の蹴りをかわした。

 美鈴は強引な体重移動の為に一呼吸、侵入者は強引な捻りを戻すためにバク転をして距離をとり再び、門の前で対峙する。

「何者ですかっ!?」

 先ほどの様に澄みやかな闘志を言葉に乗せて、再度問う。

「──只の"死"さ」

 先ほどの、奇襲から一転短刀を横にした形で前に出し、"構え"らしき様子を取った男。

 対して、美鈴は深く腰を落し深く呼吸をした。

 目の前の敵の技は今まで見たことの無い技であった。

 慎重に、相手を確実に、ここで死止める──。

 美鈴が深呼した息が止まる。

 ひり付く様な、静寂。

 ──トッ。

 侵入者は、態勢を極端に低く──まるで二足の獣の如くに、急襲を仕掛ける。

 瞬間──美鈴の肉体が最善を反射する。

 達人同士の戦闘であればあるほど、思考の判断などを仰ぐ事は無い。

 その一瞬を思考に捉われれば、敗北を喫するのだ。

 美鈴の肉体の反射は、右膝で敵対者の顎をかち上げる事であった。

 が、その思考をも越えた最速の膝蹴りが、またもや空を切る。

(ありえな)

 思考する隙が、否応なしに生まれる。

 だが、身体は、武に捧げた美鈴の年月は、次の行動を思考より先に起こす──

 ──短刀は、真っ直ぐに、左胸を狙ってきている。

 ならば、肉を

 ──否、心を切らせ命を絶つ!!!

 苦悶の声が、両者から同時に漏れた。

 美鈴の右拳が侵入者の左胸に衝突し、

 侵入者の短刀が、美鈴の胸に突き刺ささっている。

 だが、妖怪である美鈴には心臓は絶対的な生命の維持装置では無い。

(だけど、凄まじく痛いっていうのは変わりないのよねぇ……)

 侵入者に叩き込んだのは、形意拳の一つ崩拳。

 叩く打撃という概念で放つ拳ではなく、拳を刃のように相手へ差し込む概念で放つ拳である。

 そうする事によって、拳は相手へ減り込む特質が生まれる。

 寸分たがいなくこの技で心臓を強打すれば、確実に鼓動を止めると言われている。

「──まったく」

 だが、侵入者は胸を抑えながらも立ち上がる。

「割に合わないな……心臓を刺されたら、死ぬのが礼儀ってもんだろう?」

 会心の一撃、というわけではなかった。

 向こうの短刀の長さの分だけ、こちらの拳が遅く、それが一撃必殺を逃すこととなった。

「非礼に対する礼無しッ!!」

 激痛──美鈴はそれを呼吸法で和らげる。

 侵入者に与えたダメージも決して、小さく無い。

「ハッ、ったく最高に最低最悪だ──さて、そろそろ幕と行こうか」

「えぇ、貴方は此処を通れずに終幕です──」

 ──無音。

 先に動いたのは三度、侵入者。

 不動の門番は己の誇りを胸に迎え撃つ。

 美鈴はこれまでの戦闘で、相手の戦闘体系を読んでいた。

 自己流──では無い。しかし、武術ではない。

 この"敵"の体系は、いかに虚を突くか、という答えに終始している。

 ならば──こちらは虚をつかせない。

 誘いに乗らず──大技を狙わず。

 手堅く必勝の基本技を、躊躇無く叩き込む。

 またも二足の獣は姿勢を低く、襲い来る。

 美鈴が注視するのは、短刀。

 向こうの得物さえ気をつければ、虚をつかれる事も無い。

「──"極死"」

 侵入者が確かにそう言った。

 と、同時に短刀が、右胸を狙って飛んでくる。

(大博打、ですか?)

 早い。だが、甘い。もしこれが初の攻撃であれば、虚は突かれたであろう。

 だが、"見切り"を行っていた美鈴には通じない。

 この短刀を、防げも出来れば、回避すことも美鈴には出来る。

(──いやっ!?)

 美鈴は気付いた。

 侵入者の異常な速度に。

 投擲したナイフと変わらぬ速度で駆けている。

 ──獣が、跳んだ。

(同時攻撃ッ!?)

 美鈴は最小の動作で短刀をかわし、上から襲いかかる獣を迎え撃とうとした。

「"七夜"」

 ──それは、果たして獣にすら可能な動きであったのか。

 ソレは()()()()()()()()()()()()()()()()()神速というべき速さで美鈴の首を掻き切った。

 誰が知ろう。

 この技こそ、対魔を生業として生き続けた一族の奥義であると。

"極死・七夜"

 人間でありながら、魔を屠る彼ら一族の名を冠とする必殺の技。

 その概要は、得物とさらに()()()()()()()することによる同時攻撃。

 ──そして、その攻撃を必殺たらしめるのは応用力の高さである。

 得物と自身を投擲することによって、確実に相手の急所を穿つ選択肢を選ぶことが出来るのだ。

 言うなれば確実に虚を突き殺せる技、と言える。

 得物で心の臓腑が抉れれば良し、防がれるなら自身が脳や首を狙えば良し、それも防がれるのなら今のように奇襲を仕掛けることも出来る。

「──運が良いよアンタ。大凶を曳くなんて選ばれた証だぜ」

 首をかき切って物言わぬ門番を一瞥し、侵入者は悪魔の館へと足を踏み入れる。

 

 

 十六夜咲夜は、紅魔館のメイド長であり『時間を操る程度の能力』を持つ。

 時間を操ることは、空間を操ることと同義であり──この館は彼女によって、大幅に空間を弄くってある。

「……来ました、か」

 故に彼女は屋敷内における全てを、掌握できる。

 門番である美鈴からは、何の連絡も無い。

「……無礼な来訪の代償は、その血で補ってもらいますよ」

 

 

 ──紅魔館へ入った侵入者……彼には特に目的は無い。

 いや、目的といえば存在して以来、殺す事以外において他は無い。

 つまり、此処が何処か分からぬまま、彼はただ殺すためだけに訪れている。

「さ、てと」

 だが、彼は一つ困惑していた。

 外観に比べ、あまりにも広すぎる。

「──困ったな、こいつは迷子になりそうだ」

 頭を掻く。

 そもそも、自身がなんでこんな館を訪れているのかすらも分からない。

 ただ、呼ばれている気がするのだ。

 ──ならば、彼はこう考える。

 その呼んでいるヤツを殺さないとな、と。

「お困りですか、お客様?」

 その刻、彼の目の前にメイド──十六夜咲夜が現れた。

「──メイドか」

「絶滅したと思っていましたか?」

「いやいや、メイドだけは良くない──本当に殺したくないんだ──だけど」

「だけど?」

「そんな眼をされちゃ、いけないなぁ──滾っちまう、よ」

 ふっ、と咲夜と七夜は跳躍する。

 互いに無粋な言葉は要らないだろう。

 咲夜は愛用の自分が一番信頼しているボウイナイフを、男は七夜の短刀を持ち交差する。

 ギン、と金属音が響き渡る。

 連続で、そして何回も──

 剣や槍では発しない、澄み切った音。

(──怪我、ですか)

 咲夜は迫り来るナイフを、切り払いながら相手を観察していた。

 速さ、体裁き、殺気、どれも凄まじい。

 だが、明らかに左腕が弱い。

 十中八九、美鈴の功績だろう。

(──それでも、瞬さを失ってまでいないのは驚嘆に値するけど)

 だが、咲夜とて素人ではない。

 ナイフ捌きにいたっては、幻想郷で誰にも負けないという自負がある。

 その彼女を前にしては、この弱みは致命的といえた。

 実際二人のナイフのワルツは、徐々に咲夜がリードしはじめている。

(お嬢様の思惑が外れることになるけど──)

 咲夜は早くも勝負を決めようと、ボウイナイフを強く繰り出す。

「チェック」

 咲夜のナイフは、七夜のナイフを弾き──

「──ッ!?」

 それよりも早く蹴り出された七夜の蹴り足が咲夜の眼の前で止まっていた。

「──当方、足癖が悪くなっておりますのでご注意ください」

 不敵に笑う男。

 すぐさま、距離を取り直し短刀を構える。

 虚をつかれた形の咲夜は、そのまま仕切り直しを許してしまう。

「とてもメイドとは思えぬナイフ捌きだ──何人殺したのかを問うのも馬鹿らしい。さて自己紹介は終わりとして、お楽しみの時間と行こうか──」

「えぇ、貴方を材料にお茶会と行きましょう」

 再度対峙した瞬間、咲夜が想起したのは蜘蛛であった。

 七夜の体術は、暗殺術──自然、遮蔽物の使い方に長がある。

 天井、壁を駆使した跳躍、三次元の交差はまさに蜘蛛の巣に相応しい。

「──ッ!?」

 縦横無尽。

 敏疾万変、動静虚実入り乱れた幻惑の巣。

 その凶猛な爪牙が、咲夜に襲い掛かる。

「甘いッ!!」

 ──それは相手が普通であれば必殺たりえたであろう。

 相手が、空間を使う十六夜咲夜でさえなければ。

 今までより一層大きい金属音が響き渡る。

 咲夜が、天井から迫り来る侵入者のナイフを防いだのだ。

「はっ!」

 だが、侵入者は止められた事を意にも解さずそのまま力を乗せて来ている。

(くっ!? 重さで叩き切るつもりか!?)

 怪我で力が乗せられないのなら、身体ごと重さにする、という戦法か。

 いくら咲夜が強いといっても、所詮は女──筋力で押し切られれば、彼女といえでも能力無しでは拮抗できない。

 しかし──

「ハッ!!」

 気合一閃、咲夜は侵入者の腹に蹴りを叩き込んだ。

「ぐっ、てて──なんてメイドだよ、まったく」

 けられた腹を押さえながらも、侵入者はすぐに立ち上がる。

「そちらだけが蹴り技が有効というわけでは、ありません」

「確かにな」

 にらみ合う両者──実力は伯仲している。

 怪我の分だけ咲夜が有利といえたが、先ほどのデタラメな動きを見る限り負傷をしても身体を動かす分には支障が無いようだ。

 つまり、勝負の天秤はどちらにでも、傾きうる。

「──なぁ、アンタ」

 不意に、侵入者が発語した。

「見逃してやるからさ、此処を通してくれないか? なに、メイドは殺人鬼を追っ払うのが職務でも無いだろう? おとなしく掃除したりサンドイッチでも作ってればいい」

「──お嬢様こそが、わたしにとって絶対なのよ」

「はぁ……よりにもよってお嬢様と来たか。中国拳法娘にメイドにお嬢様、ねぇ……まさかと思うが割烹着で働くアンタの姉なんかいないよな?」

「さて──どうでしょうか、ね!」

 言うと同時に今度は咲夜から仕掛けた。

 隠し持っていたナイフの投擲である。

「っと!?」

 咲夜はナイフの腕前は幻想卿随一だと自負しているが、ことナイフ投げに至っては最早誰と比肩されても負ける気がしないほどの達人であった。

 ナイフのスローイング──これは基本として、回転しながら相手に向かっていくのが常識である。しかし、時折──そう、例えば先ほどの"極死・七夜"の様に矢の様に放つ絶技もある。

 だが、効果の割りに難易度は桁外れに難しく実用的ではない。

 

「おいおいおいおいおいッ!」

 侵入者が慌てたのは無理も無い。

 彼が見たそれは、直線的に飛んで来るナイフの乱れ撃ちであった。

 眼・喉・心臓あるいは、肩・腿へと狙い済まして飛んで来る──もし刺されば、勝敗は決する。

 魔技という他に無い。

 更には、通常の常識通り回転して飛んで来るナイフも幻惑効果を生み出している。

 咲夜の腿にある無数のホルスターから、一つまた一つとナイフが飛んで来る。

 それを彼は、叩き落しあるいはかわし、また避けてと紙一重で致命傷を免れている。

「──ちっ」

 このままでは窮地を脱せないのは明白だった。

 彼は意を決すると、低く地面に構える。

(甘いっ!!)

 咲夜はそれだけで、侵入者の思考を読んだ。

 ナイフを集中させてなげさせれば、避ける空間が出来る。

(しかし──)

 彼女にも懸念は一つある。

 今回に至っては、ナイフの回収が出来ない──つまり、残弾の数である。

 両の腿の専用のホルスターに入れてあった24のナイフは既に残り4つ。

「しっ──」

 彼女は、一気にその4つを放った。狙うは──自らが投げたナイフ。

 自身の最速の速度で投擲した最後の4つのナイフはそれぞれが、ナイフに命中し──

 当然の結果として、軌道がずれる。

「ありえねぇっ!?」

 侵入者の驚嘆は、この魔技だけに非ず。

 この場面にて"切札"を躊躇無く披露するその精神。

「くっ!?」

 侵入者は直前に軌道が変わった4つのナイフに反応する事が能ず。

 そのうち2つは掠めるだけに留まったが残る2つは、右腕に小さくない傷を付け、右足の腿へと突き刺さった。

「チェックッ!!」

 だが、それだけに終わらないが故の"完全で瀟洒なメイド"。

 彼女はこれだけでは仕留め切れない事を承知しており、最後のナイフを投擲した後に侵入者に止めを刺すべく忍び寄っていた。

 背後から、逡巡すること無く首を狙うボウイナイフ。

 ところが、それをも侵入者の短刀がなお防ぐ。

 殺気と殺意の共鳴が、刃物を通して館内に鳴動する。

 仕留め損なった、とメイドは再び距離を取ろうとした。

 最早彼我のダメージ量の差は、大きな戦力差を開くに至っている。

 

 ──十六夜咲夜の思考は概ね正しい。

 

 されど、間違いがあるとするのならば──

 

 侵入者の右腕が咲夜の襟を掴む。

 

 ならば──()()()()()()()()()()()()()()

 

 相手は人間。時間と共に出血し戦力の低下は最早、決定的であった。

 

 侵入者は、腕力を使わずに身体ごと回転し──

 

 だが、咲夜は恐れた。この侵入者の技では無く殺意では無く、在り方を。

 

 ──十六夜咲夜を組み伏せた。

 

 故に、早い排除を望んだ。それが仇となったのだ。

 

「──"詰み"だ」

 首にナイフをあてがえ、チェック・メイトを宣言する侵入者。

 彼女は、侵入者を見る事無く、穏やかに眼を閉じる。その口の端には、苦笑がにじみ出ていた。

(──結局、お嬢様の言うとおりになってしまったわね)

 須臾──そのメイドはまるでそこには居なかったかのように姿を消した。

 ──廊下に錯乱していた筈のナイフと、刺さっていたナイフまで消えていた。

「ハ──いよいよ狂ってやがる──」

 ゆらり、と侵入者はそれでも足を止めることはない。

 

 

 ギィ、と扉は音を立てて開く。

 これからの狂夢の始まりをつげるかのように。

「ようこそ、紅魔館へ」

 玉座に座るのは、その椅子に埋もれてしまいそうな幼い少女──レミリア・スカーレットである。

「──無礼な訪問、失礼いたしました」

 うやうやしく、男は膝をつき礼を示す。

「あら、わたしはそそらないかしら? 殺人貴」

「いやいや、淑女としては十分に魅力的ですが──片思いほど辛い恋はないでしょう?」

「──貴方にとって、最大の愛情表現は"殺すこと"一点。貴方では殺せないわたしは、愛せない、と?」

 クスクスと笑う少女姿の何か。

「左様です。お嬢様──」

「でも、残念ではあるわ。貴方がわたしをどう殺そうとするか、見てみたかったのに」

「──それで私をお呼びになられたのですか?」

「あら、勘が鋭いのね。わたしが招いたことが分かるの?」

「粗末な身ですのがね。察しだけはいい方なのですよ」

 クスリ、と姿に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべてレミリアは立ち上がった。

「貴方がなぜ"幻想郷"に呼ばれたのはわたしの知るよしでは無いけれど──その運命には意味があるはずよ。わたしは、貴方の"それ"がみたい──」

「運命、ね」

「あら、殺人貴には胡散臭い言葉に感じるかしら?」

 膝を立てる侵入者にゆっくりと近づいていく。

「でも──それは確かにある。貴方がこの幻想郷で何を為すか、私にそれを見せるまで貴方を紅魔館で雇ってあげるわ」

 レミリアの歩みは、侵入者の目の前で止まる。

「──わかりました。お仕え致します。お嬢様」

 かしずく侵入者にレミリア・スカーレットは愉しげに笑みを浮かべた。

「では、貴方の名前を教えていただけるかしら?」

 主人の問いに新しい従者は答える。

「七夜志貴、と申します」




・五年前の自分の文章
・クロスオーバー
・七夜

と闇に葬ってしかるべきSSをこうして投稿する蛮勇、嫌いじゃない(好きでもない)

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