七夜の幻想郷   作:在処彼方

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大図書館

 紅魔館の一角に、図書室がある。

 いや、正確には図書室になってしまった部屋、というのが正しい。

 主が客に宛がった部屋を、その客が図書室にしてしまったというのが真相である。

 客の名は、パチュリー・ノーレッジ。

 彼女は今日も図書室に篭り、本を読んでいる。

 この図書室の主となって。

 

 

 

七つの夜の幻想郷

 

02 大図書館

 

 

 紅魔館に現れた新しい住人。

 七夜志貴──彼は館の主であるレミリアによって執事として雇われた。

「咲夜、どうかしら?アレは──」

 日中、レミリアは朝食の最中にそう尋ねた。

 吸血鬼である彼女は当然の事ながら、朝は眠りの中に居る。

 尤も、並大抵の吸血鬼にあらざる彼女はその自負としてこうして日中から活動をするのであるが。

「はっ──」

 隣で給仕をする咲夜は、レミリアの質問に数拍置いて。

「上出来かと──料理以外は一通り高水準でこなします」

 正直な評価を答えた。

「あら、料理はぜんぜん?」

「えぇ、教えようにも曰く『男が料理なんて出来るなんてのは、ペンギンが空を飛ぶようなものだ』と全くやる気が無いようです」

「ペンギンが空を?アハハ、おかしい──」

 レミリアは七夜のいい様が面白かったのか、楽しげに笑う。

「ならいいわ、料理はさせなくて。他の雑事は貴方が教えれば、数日でモノになるでしょう?そのようにね、咲夜」

「──はい」

「それで、今は何を?」

「パチュリー様のところへ、御茶を運んでいる所かと──」

 そう、とレミリアは頷いてフォークを進めた。

 

 

 とんとん、と慣れた調子で七夜は図書室(客室)の戸を叩く。 

 返事は無い。

「失礼します」

 と、静かに言い入室する。

「お茶をお持ちいたしました」

 と言っても、聞こえまい。

 なにせこの図書室は尋常な大きさではない。

 空間を操る十六夜咲夜の能力で、この部屋は大図書館と言う相応しい威厳を放っている。

 七夜の眼に映るのは、ひたすらに本と本棚、鼻に付くのは少量のインクの匂いと古本のかびたあの臭いである。

 といっても、本はすべて本棚に収まっており乱雑な印象は全く無い。

 大図書館を想起するのは止むを得ないというところであろう。

(さて、と──)

 七夜は、図書館の奥へと進む。

 直属の上司である咲夜が言うには、この図書室の主は魔女だという。

 雇われたのだから、顔見せも兼ねてという所か。

 あの主人──レミリア・スカーレットの盟友であるというのだから、並大抵のモノではないだろう。

 歩を進めるながら、思考をする七夜。

(それにしても──)

 大きい。と七夜は嫌でも思う。

 陽を嫌う本の為か窓も無い。部屋は、妖しい光が所々にある為、何も見えないと言うほどではないが。

 外から見た以上に巨大なのは、上司の咲夜の能力だと言う。

 なんでも、彼女は"時間と空間を操る程度の能力"を持つとか。

(──人間に許された力の許容を超えてるよ)

 よくもまぁ、そんな化け物を相手にしたものである。

 手加減されていなくては、勝つ見込みが全く無い。

「はっ、まぁ娑婆に未練なんざ──」

 頭を過ぎるのは、一匹の白い猫──

「馬鹿馬鹿しい──」

 七夜はそれを笑殺する。

 ふと、人の気配を感じ取った。

 本棚の間で、どうにも気配を殺そうとしているらしいが、七夜の前では児戯にも等しい。

(──おや?)

 自らも気配を殺し、様子を伺うと人間の少女がホシらしい。

 黒い帽子はいかにも魔女と言う有り様だが、咲夜の言った特徴とは一致していない。

 七夜は一考したが、ここは素直に声をかけることを選んだ。

「おや、お客様とは気付きませんでした。どちら様でしょうか?」

「げっ!?」

 なんとも分かりやすい、素直な少女だ。

「気配が全くしなかったぜ……」

「恐れ入ります」

 物腰柔らかく、頭を垂れる七夜。

「……その格好。執事ってやつか」

「はい」

 七夜は支給された燕尾服を着ているのだが。あつらえた様によく似合う。

「まさか、メイドの他に執事までいるとは思わなかったぜ。いよいよ此処も万国吃驚ショウ染みてきたなぁ」

「失礼ね」

 図書館中に響く、声。

 声帯によるものではなく、恐らく魔法という力の一種であろうと七夜は推測した。

「お、なんだ。聴いてたのか。」

 少女は足取り軽く、置いてあった竹箒を手に奥へと進んでいく。

 七夜は、その後ろをついていくことにした。

 自分よりもこの少女に任せたほうが早いと確信するほどに、彼女の足には迷いが感じられなかったからである。

 そこから、歩くこと数分。

 いかにも格調高そうな椅子に座り、こちらを見向きもせずに本を読んでいる少女がいた。

 彼女こそ、この異郷の主に違いないであろう。

 紫色の長い髪と、骨まで透けているかのような白い皮膚という外見も咲夜に聞いていた特徴と一致していた。

「──何しに来たの」

 小さな声は、その主から発せられた。

 七夜は自身に向けられた問いかと思ったが、少女が答える。

「何かしに、な」

 シシシ、と笑いながら隣の椅子に少女は腰を下ろした。

「はぁ……」

 ため息と同時にバタン、と紫髪の少女は手にしていた大きな本を閉じた。

「──あなたは?」

 そして、今度こそ七夜に向けて尋ねる。

「お嬢様に雇われました。七夜志貴と申します。」

 それを受け七夜は丁寧に挨拶をする。

「レミィが?……そう。お茶はそこに。」

 机を指差す彼女の前で、七夜は指示通りにそこにカップをおいた。

「なんだ。新人だったのか」

 その最中、横に座る少女が喋る。

「はい。先ほどは失礼しました」

 主の客の客であろう、と推察した七夜は彼女にも丁寧に頭を下げる。

「お、おう……」

 大人の、こういう態度に慣れていないのであろう。

 少女は若干照れた様に、頬を掻いた。

「そういう態度を取ることはないのよ、コレは客じゃないのだから」

「おいおいパチュリー、私には魔理沙っていう立派な名前があるんだぜ?」

「……図書館を荒らす鼠を見つけてくれたのは感謝するわ、猫としては有能みたいね」

 魔理沙の言う事を無視して、一応は自身を労う言葉をかけてくれたらしい。

「ありがとうございます」

「なぁ、パチュリー面白い本何か貸してくれよ」

 そんな扱いにも慣れているのか、魔理沙は気にした様子は無く話を進めた。

「……はい。これでも読んでなさい」

「お、珍しいな素直に貸してくれるなんて」

 パチュリーは机に置いてある古書の一つを手に取りを魔理沙に渡した。

「って中身は真っ白じゃないか!!ノートか?」

「魔力で書いてあるのよ。その本の文字は満月の夜にしか浮かび上がってこないわ」

「へぇ、面白いな……めんどくさいけど」

「貴方の研究に役立ちそうな事も書いてあったわよ?」

「それはそれは──ま、死ぬまでには返すぜ」

「期待もしてないし、別に待ってないわ」

 パチュリーはカップに口につけ、一層小さな声で呟いた。

「この味は生姜茶……ね……まったく、咲夜ったら」

 一方の魔理沙は、渡された本を仕舞い込みながら

「じゃ、これ借りてくぜ。サンキュー」

 図書館を出る準備をしている。

 慌しい少女である。

 席を立つと、パチュリーの返事も聞かずにパタパタと走り出していった。

 埃が舞った為か、少し苦しそうにパチュリーは数回咳をした。

「……大丈夫ですか?」

「えぇ……まったく、アレは何度言っても直らないわ」

 少し憎憎しげに言うも、口調には何処か穏やかさが感じられる。

「仲が良いのですね」

「──そう見える?」

「恐れながら」

「そう……それより、ナナヤ」

 魔理沙すら見ていなかった瞳が、初めて七夜の眼を捉えた。

「どうかしら?この館は」

「大変に華美で豪奢かと」

「趣味じゃない?」

「えぇ、実は」

「そう、わたしもよ……ところで、ナナヤ」

「は?」

 七夜はコレが単にただの会話では無いと言うことは分かっていたが、意図は全く読めない。

 そもそも、魔法を使うというこの人を前にしては、正直に答え続けるしかないだろう。

(まさかいきなり蛙にはされないだろう)という開き直りでもある。

「──どうかしら、此処の感想は?」

「感想、ねぇ……」

 感想も何も無い。

 そう……この身は元より『あり得ないもの』。

 秋に満開になる桜。

 或いは、夏に降る雪。

 湖水に映る月に等しい。

 であるならば、現存するのは何かの間違いであるのであろう。

 しかし、間違いは正される。

 自分という存在は、いずれ千切れて消えるのが必然である。

 そんな存在が、感想など抱く事はない。

「いい場所ですね」

「──随分捻くれているのね?」

「いやいや、弁えているのですよ」

「幻想卿は『あり得ないモノ』が集う郷。貴方は此処なら消える事はないかもしれないわ」

「……」

「有体だけど、全ての現象には意味があるのよ。わたしが此処にいるのも、貴方が此処に来たことも。」

 淡々と喋るパチュリーに七夜は軽口を挟めない。

「ま、頑張りなさい。執事」

 パチュリーはそう言うと再び視線を本に向け、その眼は七夜に向くことは無かった。

 

 

 図書館を出た七夜はその後、咲夜と共に通常の業務をこなしていく。

 何をやらせても如才ない七夜をしても咲夜の仕事ぶりはまさに完璧と言うに相応しかった。

「七夜、貴方は今日はこれで自由時間です」

 七夜が仕事から開放されたのは、夕方になってからであった。

 咲夜は事務的に、注意事項を伝達すると、目の前から消えてしまった。

「……時間を操れるんなら、オレはいらないんじゃないか?」

 七夜は少し大きく息を吐いた。

 慣れない行動で、思った以上に疲労しているようだ。

 もともと、この身体は体力に乏しいのだが。

 七夜は宛がわれた自室へ向かう。

 そこには生活に最低限必要な家具があるだけの、素朴で小さな部屋ではあったがみすぼらしさは無い。

 従者に質の悪い備えをさせては、主の格に関わるということだろう。

 いかにも、あのお嬢様らしい。

 ベッドに腰を下ろして、頭の下で両手を組みながら眠りに落ちる。

(まぁ、こういうのもたまには悪くない──)

 一睡の夢、みたいなものだ。

 もとより存在しない、夏の雪のようなモノ。

 その在り方が捻じ曲がったところで誰も気にはするまい。

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 その部屋に控えめにノックが叩かれた。

「──どちらさまで?」

 扉越しに声をかける。

「わたしです。すこし、よろしいですか?」

 咲夜の声では無い。

 ──あぁ、あの門番の声か。

「意趣返し、か?」

 彼女には、そうされる権利がある。

 首を薙いだ一閃、それは確かに明確なる殺意で放った業であり今彼女が此処に存在しているのは彼女自身の体力によるものなのだから。

「いえ、そんなわけでは……」

 七夜は学生服を着て、部屋を出る。

 部屋の前にはあの夜と同じ服と帽子を着た美鈴がいた。

 あの夜と違うのは──その首には生々しさが残る包帯を巻いていた。

「月でも見ますか」

「え?あぁ、そうですね」

 女性を部屋に入れさせない為のエチケットではあったのだが、七夜は屋敷の事などまだ要領を得ていないため、結局玄関──あの時干戈を交えた所に来る事になった。

「──繊月ですね」

 夜空には薄い曲線の小さな月が浮かんでる。

「で、話とは?」

「あの日──私は持てる武技を駆使して貴方に挑みました。それでも、わたしは貴方には勝てなかった……正直、人間に接近戦で負けるたのはショックでした。でも、お嬢様も咲夜さんも、そんな役立たずな私に何も言いませんでした」

 美鈴はその頼りない光を放つ月を見ながら言葉を紡いだ。

「──ですから、わたしはもっと強くなりたいんです。貴方の技……我流に近いとは思うのですが、どうか」

 向き直り、七夜の目を鋭く見つめる美鈴。

「わたしにあの技を教えてくれませんか?」

 真摯な目。

 どうも、彼女は根が真面目な気質らしい。

「あんなのは、邪道もいいところでね。アンタが使うようなものじゃない……それにアンタは十分強い。これより強くなってどうするんだ?仮面ライダーとでも戦うのか?」

「でもっ」

「アンタの武道が並大抵の結晶じゃ無いのはオレにも分かる──理由あって八極拳を少し齧ってね。中国武術なんていうのは修練が気の遠くなるような果てに、たどり着くのが非常に難しくてその合理には思想を伴う──アンタほどの使い手に合うのは稀だ」

 七夜が何を言いたいのか、美鈴にはまだ分からない。

「対してオレの技は、お察しの通り武術なんてとても呼べない。思想も何もあったもんじゃない。あるのは『どうやって殺すか』それのみだ」

「それでもっ!」

 強く、なりたい。

 お嬢様や、咲夜さんの為に。妹様の為に。

 なにより、自分の為に。

「今までの自分を殺してもか?」

「えっ?」

 どくん、と心音が跳ね上がった。

「いっただろ、中国武術は思想を伴う。これは一体化されたものだ。中国武術っていうのは、身体と精神の合一が究極目標だろ?それにオレの邪道を迎えるっていうのなら、功夫は治まることはない。アンタ、今までの努力を無にするのか?」

 ──いつからだっただろうか。

 いつかのわたしも『強くなりたい』そう願い、中国武術を始めたのだ。

 ──いつまで続くのだろうか。

 そう思う日もあった。果てしなく長く続く修練と功夫の日々。

 ──いつでも共に合った。

 毎日の修練はかかなさかった。強くなりたい。それだけを思い続けたのだ。

 その自分を──裏切るのか?

 功夫が足りない事を、負けたからなどと尤もらしい理由で正当化して逃げるのか?

 ──目の前の男は、そう言っているのだ。

「……申し訳ありません、浅はかでした。わたしはやっぱりこの道を修めます」

「はっ、それに優劣なんて初めから決まってたのさ。殺すことしか出来ない技が、守ることができる技に勝るはずが無い」

 そう──そもそも悪魔の巣である紅魔館に、門番など必要ではない。

 如何なる侵入者が現れようと、咲夜やましてレミリアの敵ではない。

 もし、彼女達以上の実力を持った者が侵入者であったら、逆に美鈴では役には立つまい。

 ならば──レミリアが彼女を門番として置いている意味は最早、明白ではないか。

「?。なにを笑っているんです?」

「いや、なに。」

 だが、それをこの輝かしい門番に言う事はないだろう。

「あんたが人間だったら、蕩けるほどに殺したかったと思ったんだよ」

 屋敷の主の意図は、それこそ言わぬが花というものであろう。

 あの図書館の魔女の言葉を借りるまでもない。

 美鈴が存在する意味は、確かにあるのだ。

 


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