城ヶ崎さんに甘えたい。   作:バナハロ

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事務所にて(3)

 最近、美嘉に悩みが出来た。以前なら大して気にならなかったのだが、日が進むに連れてその悩みは大きくなり、やがて自分の胸を締め付けるような痛みで支配していた。

 誰かに相談したい、しかし余りの恥ずかしさに誰かに話すのは気が引けた。

 何より、自分でも初体験のことなのでどう相談すれば良いのか分からなかった。上手く説明できる気がしない。

 しかし、このままでは間違いなく仕事にも支障をきたす。誰かに相談するしかないが、相談するセリフも相手もまるで分からない。

 そんな事を考えながら、一人で事務所のラウンジのソファーに腰を下ろして前屈みになっていた。

 そんな様子を見かけた莉嘉が声を掛けた。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「あ、ああ、莉嘉……。ううん、なんでもない。あんたに一番無縁な『悩み』って奴だから」

「お姉ちゃん酷い⁉︎ あたしだって人並みに悩みはあるんだからね!」

「どんな?」

「ど、どんなって……!」

 

 直球で聞かれ、莉嘉は必死こいて考えた結果、苦笑いで目をそらしながら答えた。

 

「え、えーっと……クラスの男子の視線がキモい、とか?」

「悩みってか愚痴じゃんそれ」

「お姉ちゃんいつにも増して辛辣じゃない⁉︎」

「今ホント悩んでんの……。あたしの沽券にかかわる事なんだから」

「ねーえー、相談してよー。あたしだってお姉ちゃんの家族じゃーん」

「無理。莉嘉相手は尚更」

「じゃあいいもん! 加蓮ちゃんに『お姉ちゃんが恋とかオッパイとかカリスマとか性癖について悩んでる!』って言っ……」

「よし分かった! 話すから勘弁して!」

 

 最悪のジョーカーを忍ばせていた。とにかく面白い話が大好きな加蓮が相手に有る事無い事言われるとどうなるか分かったものではない。

 仕方なくため息をつくと、疲労感を吐き出すように尚且つ、慎重に言葉を選びながら呟くように言った。

 

「……玲くんがね」

「玲くんが?」

「可愛過ぎて生きるのが辛い」

「……何言ってんの?」

 

 まさかの真顔だった。美嘉なりに割と一大決心して相談したのに。というか相談させられたのに。

 

「ほらぁ、だから相談したくなかったのに……」

「ごめん、ホントに何言ってるか分かんなかったの」

「だから、玲くんが可愛いの。バカみたいに」

「可愛いのに……バカ?」

 

 なんだか伝わらなかったので、全部洗いざらいぶちまけることにした。小出し小出しに相談するより、一気に話した方が自分がスッキリすると思ったからだ。

 

「だから、すぐに恥ずかしがる所とか、その癖ゲームの時は謙虚に自信家な事とか、女の子に優しく出来るとこと、あ、あと割と甘えん坊なとことか、もう全部が全部可愛いの」

「……へ、へー……そうなんだ……」

「あーホント好き。膝の上に乗せて頭ナデナデしたいって思うレベルで」

「お姉ちゃん……ちょっと気持ち悪いよ……」

 

 気がつけば莉嘉が盛大に引いていたので、正気に戻ってコホンと咳払いしてから弁解するように言った。

 

「も、もちろん、ダメだと思うとこもあるよ? 自分の身体よりゲームなとことか。まぁ、そういう考えは持たないって約束はしたけど……」

 

 正直、信用に値しなかった。ゲームしてなきゃ落ち着かない子だから尚更。

 

「他にはないの?」

「他はー……ないね」

 

 ある、あるが余りにも子供っぽい内容なので言いたくなかった。しかし、その表情を見逃さないのが流石、姉妹だ。

 隠そうとした事実を察し、目を輝かせた莉嘉は爛々としながら聞いた。

 

「あるんだ! やっぱり!」

「な、ないって……」

「何々?」

「あんた、ひとが苦手としてる部分聞きたがってるって事に気付いてる?」

「良いじゃん、教えてよ!」

「……はぁ」

 

 しつこいので言うことにした。自分の押しの弱さをつくづく情けなく思いながらも、頬を赤らめながら返した。

 

「……メガネかけたら無闇にイケメンなとこ」

「……へっ?」

「あんなの卑怯でしょ。思わず萌え対象にときめいちゃったもん」

「……え、イケメンなのに悪いの?」

「だって、可愛さとはまるで別の方向にときめいたんだよ? 悔しいでしょなんか」

「いやアイドルが男の子に可愛さで萌えてる方が悔しがるべきだと思うけど……」

 

 そう言われても、現にカッコよかった事で悔しがってるんだから仕方ない。

 

「ていうか、あれイケメンなの?」

「ああ、莉嘉も見たんだっけ? カッコよかったじゃん」

「あー……あたしの時は帽子被ってたし、なんか一人で器用に転んでたりしてたからかな……」

「ふーん? とにかく見れば分かるよ。カッコよかったから。ムカつくほど」

「だからカッコ良いのにムカつくって……大体、お姉ちゃん少し前はイケメン大好きじゃなかった?」

「それは高一の時でしょ。人間は外じゃなくて中身なの。いくらイケメンでも性格悪かったら最悪じゃん」

「それはそうだけど……」

 

 まぁ、それでも女にとってイケメンは夢である所があるから、メガネをかけた玲にときめいてしまったわけだが。

 

「ま、でもそっちも大丈夫。メガネ禁止令出しておいたから」

「め、メガネ禁止令……?」

「とにかく、玲くんが可愛過ぎて、玲くんのことを考える度にもう心臓の動悸がすごくて、にやけるのが止まらなくて……も、もう、とにかくダメなの!」

「恋?」

「全然違う」

 

 真顔の返答に、若干だが玲に同情してしまった。

 

「はぁ……どうしたら玲くんを弟にできるのかな」

 

 そんなアホな悩みを打ち明けられた莉嘉は少しムッとした。弟ではないが、下の子なら既に自分がいる。なんか自分より可愛がられてる気がした。

 

「お姉ちゃん! あたしがいるじゃん!」

「いや、あんたじゃなくて、もっとこう……大人しくて観察日記とかつけたくなる子が良いの」

「あたしもしおらしくするから!」

「無理無理無理無理」

「なんで⁉︎」

「だって落ち着きないじゃん」

 

 ガーン! と言わんばかりに莉嘉の胸に槍が突き刺さった。それをまったく意に返す事なく、美嘉はスマホをいじった。

 

「とにかく、このままじゃあたしヤバイの。なんか一線超えそうで。だからなんとかしたいんだけど……」

「知らないっ」

「いや莉嘉が相談しろって言ったんだけど……」

「知らないったら知らないもん! あたしも今悩みが出来たんだから!」

 

 そう言って勝手に走り去ってしまった莉嘉を後ろで見ながら「ま、いいか」と言わんばかりに美嘉はため息をついた。

 さて、そろそろ本気で相談しなくてはならないが、相談する相手がいない。とにかく口が固そうな人を探さなければならない。

 神谷奈緒は口は硬そうだが、二人でいるところを見られるだけで加蓮あたりに「何の話ししてたの?」と足の裏をくすぐられれば秒で吐きそうだ。

 北条加蓮は歩くスピーカー。

 本田未央も同様。

 大槻唯は、言うな、と言えば言わないかもしれないが、あの子も可愛い子好きだから取られるかもしれない。

 島村卯月、乙倉悠貴はなんかダメそう。

 

「……はぁ」

 

 みんな使えねーと思ってると「美嘉」と後ろから声がかかった。立っていたのは幸せ満点な顔をした速水奏だった。

 

「何ため息ついてるの? 何かあった?」

 

 速水奏、その時に美嘉はハッとした。年下とはいえ真面目で大人びてる彼女なら人に言いふらすような事はしないだろうし、まともなアドバイスをくれる。

 何より、彼女には最近、好きな子がいる。突け入る弱みがある。

 

「あの、奏! 実は、相談したいことが……!」

「何よ、珍しいわね」

「奏しかいないの。他はなんかまたみんなダメで」

「酷い言い草ね……。何、どうしたの?」

「男子高校生が可愛過ぎて生きるのが辛い!」

「通報案件?」

「言葉を間違えただけだからスマホしまって!」

 

 危うく通報されるところだったが、なんとかされずに済んだ。

 大体の事情を説明すると、奏ですら一歩引いてやばい人を見る目で美嘉を眺めた。

 

「……あんた、大丈夫?」

「どういう意味⁉︎」

「いや、バカなのかなって。もしくは変態なのかなって」

「そうならないために相談してるんですけど⁉︎」

「手遅れ感が見え隠れしてるんだけど……」

 

 まぁ良いか、と思うことにして、何とか助言をひねり出すことにした。

 頭を捻った。可愛い男の子への愛を自制する方法……自分だったらどうするか。可愛い、といえば男ではないが文香だった。

 自分の中では保護対象である文香が何をするにも可愛い生き物だった場合……。

 一時間ほど脳内検索とシュミレーションを繰り返し、結論が出た。

 

「そう、保護。保護よ」

「は? ほ、保護……? 何言ってんの?」

「だから、その子を自分のお姫様だと思えば良いのよ。可愛いが自分より他の何かを優先し、見ていて危なっかしい子でしょ? つまり、自分がいないとダメな子。その子を愛でる、と思わないで護ると思えば変態的行為に出ないで済むと思うわ」

 

 流石、最近おかしくなって来た奏だ、中々の返事をしてくれた。

 

「ありがとう、奏! あたし頑張るよ!」

「ええ、頑張りなさい」

「で、奏もあるんでしょ? 惚気。今日は聞いたげる」

「ふふ、良いの? じゃあお言葉に甘えるわね」

 

 との事で、奏の惚気を聞くことになった。

 

 ×××

 

 その頃、城ヶ崎莉嘉は。

 美嘉の元を駆け出し、机の下に潜り込んだ。そこには自分が必要としている知識があるからだ。

 

「……と、いうわけで、お姉ちゃんに忍び寄る毒牙を追い払いたいんだけど、みんな何かない?」

 

 と、相談された相手は白坂小梅、佐久間まゆ、輿水幸子の三人だった。

 何事かな急に? といった表情をする三人に、莉嘉は引き続き言った。

 

「……なんで私?」

「まゆも相談されるような怖い体験はしていませんが……」

「何言ってんの? 二人ともトップクラスに怖いじゃん」

「あの……ボクは関係ありませんよね……?」

「近くにいたから! 知恵は多い方が良いからね!」

「……嫌な予感しかしないんですが」

 

 そんなわけで、会議が始まった。

 

「どうやってやっつける?」

「男の子を幻滅させるには、やっぱりホラーでは?」

「……だったら、怖い映画とか……?」

「そうですね。男の人はやはり頼り甲斐ですから。でも頼り甲斐のない人をいっそダメにして依存させるのも……」

「あの……ボクやっぱり関係ないような……」

 

 そんな会議を繰り広げられてるのを眺めながら、千川ちひろは「問題だけは起こさないでね」と切に思った。

 

 


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