城ヶ崎さんに甘えたい。   作:バナハロ

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事務所にて(4)

 翌日、美嘉が目を覚ますと目の前で玲が眠っていた。

 目の前で男の子が眠ってる状況に焦って、一瞬だけ顔が赤くなったが、玲であることを思い出してすぐに顔色が戻った。

 むしろ、可愛い生き物を見つけたような赤みに変色する。女の子のようなサラサラのショートヘア、閉じた瞼から生えてる長い睫毛、控えめに主張するような高い鼻、形の良い桜色の唇、全てが美嘉のお気に入りだった。

 そのお気に入りの頬をニヤニヤしながら突いた。

 

「……これで男の子なんだもんなぁ」

 

 意外と頬が柔らかい、もしかしたらムッツリさんなのかも、と思いながら写真をパシャパシャパシャパシャっと撮り、待ち受けに保存した。

 さて、そろそろ起きないとと思って身体を起こした。本当は玲が起きるまで横で寝たフリをしても良かったけど、それは流石にやりすぎな気もした。

 下で朝ご飯でも作ろうと思ったときだった。自分の身体に布団がかかってるのに気づいた。莉嘉が自分より早く起きるのはあり得ないし、両親も休日は眠っている。

 ……つまり、もしかしたら自分より長く起きていたかもしれない少年しかありえないわけだ。

 

「ふふ……優しくて可愛いなんて、本当に可愛いなぁ」

 

 玲の方を見ながら、頭を撫でてあげようとする美嘉の手が止まった。

 何故なら、身体を横にして眠っていたからだ。正確にはそこは別に問題ではない。しかし、身体を横にしてる、ということは大抵の場合が丸まるように眠っているということだ。

 

 それはつまり、お尻を突き出して寝ているように見えるわけだ。

 

 しかも、玲は自分に布団をかけていなかった。それで身体を曲げて寝てるということは、ほぼ確実に背中のパジャマは捲れてしまうわけで。

 

「はっ、はわわわっ……」

 

 美嘉の顔は徐々に赤く染まっていった。可愛すぎて。

 どうしよう、このままでは襲ってしまう。いや、強姦的な意味じゃなくて、膝枕して頭を撫でてあげてしまうと言う意味で。

 そんな美嘉の気も知らずに、玲は「すぅ、すぅ」と小さく寝息を立てて眠っている。無音じゃないのがまた美嘉のウィークポイントに突き刺さっていた。

 

「って、さ、流石にダメだって……!」

 

 手が勝手に出そうになって、美嘉は自分の腕をチョップした。どんなに愛でても、嫌われて仕舞えば元も子もない。

 ……元も子もないのだが、どうしてもお尻が気になってしまった。頭の中で自問自答を繰り返した結果、人差し指をピンッと立てた。

 

「……つ、突くくらいなら良い、よね……」

 

 ちょっと、ちょっとなぞるだけ……起きない適度に……そう言い聞かせて、人差し指を近づけた時だった。

 

「……え、何してんのお姉ちゃん」

「えっ」

 

 莉嘉が部屋の扉の前で立っていた。その顔色は赤くなったものから徐々に青ざめていく。

 で、口元に手を当てて恐る恐る呟くように言った。

 

「……痴漢、ショタコン……お母さんに、言う……!」

「リアルな反応やめて!」

「だって……人差し指で、ナニするつもりで……」

「待って、お願いだから待っ」

 

 待たれなかった。お母さんに言われてしまった。

 

 ×××

 

「そんなわけで、本当にやばいのあたし」

 

 相談したのは凛、卯月の二人。二人とも彼氏がいて、ノロケ話を聞いた感じだと可愛い系だと言うらしいので、これ以上にない適任者だと思ったのだ。

 しかし、その二人も表情を曇らせて、ジト目で美嘉を眺めた。

 

「……変態じゃん」

「流石に私もそれは……」

「ええっ⁉︎ な、なんで……! いや、ヤバイのはわかるけどそこまで言う⁉︎」

「言うよ、だってお友達同士でしょ?」

「彼氏ならもう所有物みたいなものですが……付き合ってもないのにお尻を突くのは……」

「セクハラだよね、電車の中のおっさんと一緒」

「はい。逆でも当然、捕まります」

 

 正論と猥褻容疑の一斉全射撃で美嘉の心はすでに蜂の巣だった。たしかに自分でも中々にぶっ飛んでると思うけど、歳下にそこまで言われると思ってなかった。

 

「……はぁ」

「とにかく、自制した方が良いよ。その方が、その可愛い子のためだから」

「私もそう思います。そう言うのは付き合ってからにしましょう」

 

 いや付き合ってからもどうかと思うが、付き合う前にやる事ではないのは確かだ。

 小さくため息をついて、スマホを取り出した。映ってるのは今朝の寝顔だ。可愛さナンバーワンだと思ってるが、今は罪悪感しかない。

 

「はぁ……」

「何見てるんですか?」

「ん、今朝の寝顔。可愛いよ、見る?」

「まぁ、うちのナルには負けるけどね」

「いえいえ、皐月くんの方が可愛いですから、名前も」

 

 二人ともそんなことを言いながら手元のスマホの画面を見ると、秒で固まった。可愛いとかそんな話じゃない、漏れた感想は一つだ。

 

「……え、女の子?」

「お友達ですか?」

「いや、男の子。玲くん」

「「男⁉︎」」

 

 二人して素っ頓狂な声を上げた。

 

「男の子だよ」

「ね、寝顔だけだと本当に分からない……!」

「男の子の面影が一切ない……!」

「でしょ? 可愛いでしょ? 目を開ければ少しは男の子のオーラあるんだけどね」

「……で、でも性格はナルの方が可愛いから」

「皐月くんの方が名前も女の子っぽいです」

「いや、あんたら何を競い合ってんの?」

 

 しかし、彼氏が出来て秒で襲った組がそう言うなら、もしかして自分の知り合った男の子は本当に可愛いのかもしれない、そんな風に思いながら寝顔を眺めた。

 

「ほら、これ目が開いてる時の玲くん」

「……あ、ホントだ。少し男の子になった」

「でも、やっぱり女の子みたいではありますよね……」

「これは愛でても仕方ないよねっ?」

「「いやでもお尻触るのはない」」

 

 声を揃えられ、肩を落とした。割と二人とも容赦なくて、さらにゴリゴリメンタルを削られていった。

 そんな美嘉を無視して、凛が美嘉に聞いた。

 

「ていうか、そのあとお母さんに怒られたの?」

「かなりね……。怒られた、というか悲しそうな顔された。あと、玲くん帰るときにお金渡されてた」

「お金で解決したんですか⁉︎」

「当の本人は何も知らないのにね」

 

 今でも「娘を嫌いにならないであげてください」「へ? あ、あの……」「これから迷惑をかけることも多いと思いますのでどうか……」「い、いえ……そんな……」「ところで近々、フォ○ルアウト発売されますよね」「いただきます」という会話が頭に残ってる。

 

「うん、まぁ知らない方が良いよね、多少アレな方法でも」

「そ、そうですか?」

「だって、例えば卯月が今になって彼氏に『実は寝てる間にイタズラしてた』みたいに言われたら?」

「……それはそれで嬉しいかもしれないですけど……」

 

 頬を赤らめながらそんなことを答える卯月にドン引きしながらも「自分でもそうかも……」と思った凛も大概だ。

 その様子をなんとなく察した美嘉は「なんかこの子達、あたしよりレベル高いかも」とか思い始めた。

 で、ちょうど良いタイミングで本田未央が顔を出した。

 

「おいーっす、3人の共なんの話してんの?」

「あ、未央」

「ちょうど良いや、未央ちゃんにも聞いてみませんか?」

「そうだね」

「お、なになに? 未央ちゃんのお力が必要な感じ?」

 

 この時、彼女は既にライオンの群れに放り込まれたシマウマになっていた。

 ニコニコと自然な笑みを浮かべた3人、美嘉、卯月、凛が順番に質問した。

 

「男の子のお尻を突くのって付き合ってからだと思う?」

「付き合う前にして良い事だと思います?」

「あ、男の子ってか男の娘ね」

「え……ほんとなんの話してんのみんな」

 

 文字通り一歩引いたがもう遅い。凛が無音で背後に移動し、未央の肩に手を置いていた。

 

「……え、ごめん。本当に待って。何の話?」

「聞いたままだけど?」

「そうですよ? 男の子のお尻の話です」

「卯月、その言い方はヤバイよ。お尻を触ることの話」

「いやしぶりんも大分ヤバイけど……」

 

 知らない間にニュージェネは文字通り新たな世代に入ってしまっていた事にショックを受けた。「この人達、私の知ってる人じゃない」的な。

 しかし、そうも言っていられない。三人の目は笑ってても真剣だからだ。

 

「あ、あー……まぁ、流石にそういうスキンシップは付き合ってから、かな……?」

 

 目を逸らしながら上手い言葉選びでそう回避した。すると、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がったのは美嘉だった。

 

「なんで⁉︎」

「なんでって……普通にセクハラだしそれ……」

「だって相手可愛い男の娘だよ⁉︎」

「いやだから?」

「あんな風にお尻突き出して寝てたら気になるって!」

「いやあんな風とか言われても……」

 

 見てない未央には分からない。なので、美嘉も切り札を出すことにした。

 自分の待ち受け以外の写真を見せた。顔のどアップではなく、寝てる全体写真だ。

 

「えっ……本当にお尻出してる……」

「てかなんでこんなにお尻が強調されて見えるんだろう……」

「丸まってるだけなのにね……」

「でしょ? つつきたくなるでしょ?」

「「「いやそれはないけど」」」

 

 ハッキリと否定されて普通に凹む美嘉に、未央は続けて聞いた。

 

「ていうか、美嘉ねえはその子が好きなの?」

「は? うん。超好き」

「や、そういうんじゃなくて、彼氏にしたいとか」

「いやいや、それは勿体無いよ。弟にしたいの」

「彼氏より弟が上なんだ……。そんなにどストライクなんだ、この子の寝顔」

「もちろん、外見だけで決めたわけじゃないからね? ゲームは教えてくれるし、雨降ってるのに傘貸してくれるし、優しくて良い子だからほんとに」

 

 そう言われ、未央も卯月も凛も顔を見合わせた。

 

「……え、結局どっち?」

「だから好きだよ?」

「いやそういうんじゃなくて……」

「恋人にしたいとか……」

「や、だからそれは無いってー」

 

 笑いながら反論したものの、三人とも何処か納得いかなさそうな顔を浮かべる。

 

「……何?」

「や、なんでもない」

「一線は超えないようにしてくださいね」

「せめて付き合ってからするようにね」

「本当に違うから。大体、あたしの彼氏にするならもっとこう……守ってくれそうな漢らしさがないと」

「「「へー」」」

 

 三人が「はいはい、フラグ乙」とか思ってると、仕事とかレッスンの時間になったので動き始めた。

 

 ×××

 

 仕事が終わった帰り道、美嘉は電車に乗っていた。帰宅してる時だ。

 さわっ、と太ももの当たりを触られる感触がスカート越しに伝わって来た。

 

「っ……?」

 

 たまたま当たっただけ? なら冤罪だから騒げない……と、思ったが明らかに触って来ている。

 痴漢だ、なんて一発で分かった。だが、叫べない。恐怖で唇が震えてしまう。普段、莉嘉には何かあったらとにかく叫べ、と言ってるが、そんな簡単な話ではなかった。

 震えてる間に、手はスカートの中に入り、下着とお尻の間に侵入しようとする……そんな時だった。

 その手が急に引き剥がれた。

 

「っ、ち、痴漢です……!」

 

 聞き慣れた声が背後から聞こえた。反射的に痴漢の手から逃げるように距離を取ると、宮崎玲が左手で男の手を握っていた。

 

「バッ……違ぇよ!」

「し、写真撮りました! ほんとに! ほ、ほら、ほら!」

 

 右手でスマホの画面を見せる玲。そんな事をすれば男はイラっとするに決まってる。

 周りの客から「え? 痴漢?」「うわ、ほんとにする奴いるんだ」「通報する?」などと注目が集まる。

 その直後だ。パニックになったのか、それとも玲の騒ぎ方がイラっとしたのか、顔を真っ赤にした男が拳を玲に振るった。

 顔面に直撃し、満員電車の中で後方にぶっ飛ばされた。

 

「うあっ……⁉︎」

「このクソガキ……‼︎」

 

 頭に血が上って、今にも追撃が来そうな時だ。他の乗客が男を取り押さえた。

 そんな中、美嘉が慌てて鼻血が垂れてる玲を抱き起こした。

 

「れ、玲くん⁉︎ 大丈夫⁉︎」

「……」

「玲くん……! 玲くん! き、救急車……!」

 

 ワンパンで意識を失い、搬送された。

 

 

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