ここはどこだろう、夢の中か? 辺りは一面真っ暗で、何の影も見えない。
ブラックホールの中に吸い込まれたような感覚だ。身体は浮遊していてるように軽く、手や足で空気を蹴ればどこまでも進みそうだ。
ていうか、本当にここどこ? ……あ、もしかして、ゲームの世界にいよいよ入り込めたのかな?
だとしたら、神様には感謝せねばならない。神様のおかげで、僕はいよいよ次元をワープし、望む世界に行けたわけだ。今はゲームの世界を周りの環境に映し出すロード中なのだろう。
ギャルゲー、エロゲー、乙女ゲー以外ならどんなゲームでも構わないさ。僕が、トッププレイヤーを目指せる世界へ!
『……ん』
ん? なんだ? 何か聞こえたような……。
『……い、くん』
い、くん? 胃訓? 胃の教訓的な? そんなの食べ物溶かして栄養吸ってくれれば十分なんだけど。あれ? 確か胃ってそんなんじゃなかったっけ?
『……れい、くん……!』
違った、僕の名前だこれ。ははーん、さてはアレだな? ゲームが始まる前によくあるモノローグ。
つまり、僕は死にかけスタートってとこか? 死ぬほど痛いんだろうけど、その辺の痛みはシステム的な何かしらのバックアップで緩和してくれるだろう。
そうなると、僕の最初のセリフが肝心だな……。なんだろ、かっこよくいきたいよね。現実世界だとかっこよさのカケラもない人だったから。
例えばー、こう……「大丈夫だ……! まだ俺は戦え……!
「玲くん!」
「ーっ⁉︎」
大声が耳元で聞こえ、慌てて目を開いた。
場所は……何処かの駅かな? どんなスタートだろ。それどころか、美嘉先輩の泣き顔が目の前に見える。なんで泣いてんの?
ていうか、顔面が超痛い。泣きたいのはこっちの方なんだけど。システムのバックアップ仕事してよ。
「……みか、せんぱい……?」
「もう、バカ! 何、無茶苦茶してんの⁉︎」
「えっと……大丈夫、まだ俺は戦え……」
「いいからじっとしてて! もう直ぐ救急車来るから!」
え? 救急車? えらく現実的な夢なんだな。つまり異世界ではないってことだ。
現実のゲームも大好きですよ。来年、発売のス○イダーマン、超楽しみです。あれ現実って言って良いのか分からんけど。
そんなこと思ってると、ポタポタと水滴が僕の頬に垂れて来た。冷たくなく、むしろ暖かい水滴が美嘉先輩のぐちゃぐちゃになった顔から流れ落ちて来る。
……あれ、なんかヤケにリアリティあるな……。これ、ほんとにゲーム? てか、そもそも、なんでゲームに美嘉先輩がいんの?
いやいや、よくわからないけど安心してくださいよ。これから僕専用の固有BGMが流れて秘められた力が覚醒し……ていうかほんと顔痛い。泣きそう。
「……ぁ、あの……何が、どうなって……」
「黙ってて!」
えぇ〜……。現状について何も教えてもらえないまま、救急車に搬送された。
×××
僕は痴漢から美嘉先輩を守ったらしい、殴られたから記憶が飛んでるけど。
奇跡的に骨に異常はないそうだ。ただ、もちろん腫れ上がってしまってるため、軽く処置は施してあるが。
それでも、顔面を殴られたわけだから、脳に異常が出ないかーとかこれから何か起こることもありうるので、念の為、1日2日は入院しなければならない。お見舞いに来てくれた両親と会話した後には病院は閉館時間になり、そのまま就寝。
で、今はその翌日だ。警察と346事務所から感謝状をいただけることになった。あの犯人、割と常習犯だったそうだ。釈放された時が怖い。
いや、人に褒められるのは本当に慣れてないからずっと緊張してた。
特に、警察の事情聴取の時にいた、元ヤンだけど色々あって転校して来たっぽい僕を助けてくれた人の顔が怖かった。
……ていうかあの人、ゲームやってる僕にはかろうじて見えたけど、一秒間で16発叩き込んでたんだけど。ほんとに人間?
さて、そろそろゆっくりゲームでもさせてもらおう。両親は仕事だし、もう僕に用がある人はみんな来ただろうし、僕は僕で集中しても問題ないだろう。
両親に持って来てもらった、家用のメガネを装備し、3○Sを開いた時だ。また病室の扉が開いた。顔を出したのは美嘉先輩だ。
「ーっ!」
「あっ……」
なんだろ。この気まずさ。わざわざ来てくれたんだし、お礼言わなきゃいけないのに……。
「……て」
「へっ?」
「……めがね、外して」
「は、はい……」
なんでそんな悔しそうな顔……。ていうか、なんで美嘉先輩は僕のメガネかけてる姿を嫌がるんだろ。
……もしかして、かなりブスになるのかな。それなら確かにかなり恥ずかしいし、メガネは本当に家用にしよう。
メガネを外し、美嘉先輩に顔を向けた。
「ど、どうも……」
「う、うん……。入るね」
さっき、感謝状の件の時に来てたんだけどな……。なんでわざわざ二回も来てくれたんだろう。
ベッドの隣に椅子を置いて、チョコンと座る美嘉先輩。珍しくしおらしい様子に何故かビビってしまった。
「……あ、あの……先輩? どう、しました……?」
「……うん、その……感謝状とかじゃなくて、とにかく謝りたくて……」
「へ? と、とにかくって……?」
「ごめんね」
「……何がですか?」
や、ほんとに何のこと? 謝られるような事されたっけ……?
しかし、美嘉先輩の謝罪は止まらない。涙目で俺を眺めたまま頭を下げた。
「だ、だから……その、色々あったでしょ。あたしの所為で、そんな目に遭って……」
あ、あー……そういうことか。別にそんな頭を下げられても困るだけなんだけど……。
「いえいえ、大丈夫ですよ。骨に異常はありませんから」
「で、でも……!」
「そんな謝らないで下さい。先輩が無事で良かったです」
よく、ゲーム攻略サイトの広告で電車の中の痴漢から強姦に発展するから気を付けましょうっていう漫画による広告が出てるからなぁ。あんな事態にならなくて良かった。
しかし、警察もなんでわざわざ漫画風にしてあんな広告を出すんだろう。あれじゃエロ漫画の広告じゃん。
「……で、でも……お医者さんが言うには、危なかったって……頬の、三カ月って急所に当たってたら、亡くなってたかもって……」
「えっ……そ、そうなの?」
それは初耳学……。
「だから、その……本当に、ごめんなさい……」
ショボンと肩を落とす美嘉先輩を眺めて、僕は心底思った。
……ああ、この人、莉嘉さんと凹んでる姿がとてもそっくりだな、と。
顔は何処と無く面影あるなーとか思っていたけど、相手に申し訳ないと思うと涙目になる所や、肩を落として無意識に頭を下ろす所とかそっくりだ。
だからだろうか、僕の手も無意識に動いて、美香先輩の頭に乗せられていた。
「そんなに、気になさる必要はありません。僕が、勝手にやった事ですから。それよりも、本当に先輩が無事で良かったです」
そう言いながら頭を撫でたところで、僕は目の前の女の子が莉嘉さんじゃないことを知った。
あ、やばい。顔を真っ赤にして震えてる……。というか、僕は先輩相手に何をしてんだ。こんな人の頭を撫でるなんてだけでも失礼なのに年上の人とあれば尚更でしょしかも今の僕のセリフの内容はなんだ何が勝手にやっただけだラノベのムカつく主人公か恥ずかしい消えたい。
ノンストップで後悔してると、美嘉先輩が顔を上げた。キッと真っ赤な顔で僕を睨んでいる。
「っ、す、すみません頭触ってごめんなさい訴えないで!」
慌てて左手で頭を庇うようにガードし、撫でてた右手を引っ込めようとすると、その手を美嘉先輩が掴んだ。
え、何? もしかして現行犯逮捕で通報するつもり? すみませんって謝ったのにそりゃないですよホント勘弁してください感謝状もらったその日に訴訟とかどういう奴だよ僕は……!
なんて涙目で心の中で弁解してると、美嘉先輩は僕の手を自分の頭の上に乗せた。
「……へっ?」
な、何してんの? と思ったのもつかの間、真っ赤になった顔で美嘉先輩は言った。
「……も、もう少しだけ」
「……何がですか?」
「も、もう少しだけ、このまま……」
「……?」
な、このままって……ゴッドフィンガー? そんなわけないよね。え、撫でてろって事? しかし、このままって言うなら僕もそうするしか……。
控えめに手を動かすと、美嘉先輩は少し嬉しそうに「えへへ」とはにかんだ。
……え、何この人。可愛い……って、だから上から目線で何を抜かしてるんだ僕は! ええい、死ね! 引っ込め僕! 今すぐ光の粒子となって地球の裏側まですっ飛べ!
そんなことを思ってる時だった。病室の扉が開いた。
「玲くーん! お見舞いに来たよー!」
「大丈夫ー? 生きてるー?」
「おい、二人とも病院で大きな声はよせって……!」
「そうだよ。ていうか、かれんは『生きてる?』はないでしょ」
「お見舞いにリンゴ買って来てあげたよー」
莉嘉さん、北条さん、神谷さん、本田未央さん、大槻唯さんが顔を出しにきた。歳下の手を掴んで、自分の頭を撫でさせてる美嘉先輩と僕の病室に。
一発で顔が真っ赤になった美嘉先輩と僕は思わず固まってしまった。
「……えっ」
「あっ」
「「「「「……んっ?」」」」」
しはらくフリーズ、僕含めて思考が停止した。
こういう時、基本的に復活が早いのは人をからかうのが好きなタイプだ。つまり、現状で言えば北条さんと大槻唯さんの二人。
唐突に目を輝かせて、ニンマリととても楽しそうな笑みを浮かべる。あ、まずい。通報されるこれ。
大慌てで僕は手を引っ込めた。
「ち、違……!」
「つ、通報しないでください!」
美嘉先輩の弁解を遮って僕の声が大声で病室に響いた。内容は違えど、同じ行動をとった僕と美嘉先輩を見て、今度は莉嘉さんと本田未央さんもニヤニヤし始める。唯一、気の毒そうな顔をしてるのは神谷さんだけだ。
「ほほう? これはどっちがどっちなのかな?」
「これはあっちからそっちにじゃないですかね?」
「そっちからあっちかもしれませんよ?」
「そっちもあっちも行った可能性もありますよ?」
あっちそっち地○ジとか言い出しそうな会話を遠目から見てると、美嘉先輩が大慌てで五人に怒鳴った。
「ち、違うからね⁉︎」
「何が?」
「そういうんじゃないから! 別になんでもないから!」
「なんでもって何?」
「だ、だから! みんなが思ってるようなことじゃないって言ってるの!」
「あたし達が思ってることって何?」
「や、だから……! ……〜〜〜っ‼︎ と、とにかく違う!」
「とにかくとか言われても……だから何が違うの?」
「あ、あんた達ィ〜……‼︎」
「美嘉さん、何も言わない方が良いと思うぞ……。喋れば喋るほどになってるから」
神谷さんに止められて、美嘉先輩は悔しそうにしながらもようやく黙った。
一体、何に焦ってるのかイマイチ分からない僕は一人、話に置いてけぼりになってしまっているが、とりあえず周りの方達に声をかけた。
「あ、あのっ……あまり、先輩をからかう、のは……」
何の話だか分からないが、あまり良い気はしない。恥ずかしい思いをするのは僕だけで良い。他人に対してそんな気になれたのは生まれて初めてだ。
すると、大槻唯さんが美嘉先輩の肩に手を置いて小声で何か囁いた。
「……愛されてるね。もうお尻触るなんて真似しないようにね」
「っ、ゆ、唯〜!」
だからあまりからかわないでと……何を言ったのか知らないけど。
「はいはい、とにかく私達は邪魔しないよう退散しよう」
「だなー。残っても良いことなさそうだし。じゃ、宮崎、お大事になー」
どこにそんな要素があるのか分からないが、なんか手慣れた様子で北条さんと神谷さんが全員を誘導して、買ってきてくれたお見舞いの品を置いて出て行った。
残されたのは僕と美嘉先輩の二人。何となく気まずくなりながらも、美嘉先輩はどこかホッとした様子で胸に手を置いてため息をついた。
その美嘉先輩に、何と無く気になったので聞いた。
「あの、先輩……」
「んっ、何?」
「先輩は、お仕事は……」
「あたしは今日はもうオフ。というか、痴漢されそうになって一般人の男の子にケガさせちゃったから、しばらく仕事とかないかも」
「えっ⁉︎」
な、なんで? おかしくないそれ?
「そ、そんな……!」
「テレビってそういうもんだから。大丈夫、こっちが痴漢したわけじゃないから、すぐに復帰できるよ」
「……すみません、僕の所為、ですよね……」
どうやって助けたのかイマイチ覚えていないが、僕が助けようとしたという時点でかなり勇気を振り絞ったのだろう。考えが足りなかったか……。
そんな僕の頭に、美嘉先輩が手を置いた。
「ううん、でもあのまま触られてる方が嫌だったから、玲くんが助けてくれて本当に良かったよ」
「み、美嘉先輩……」
「だから、そんな風に思わないで」
……この人、本当に良い人なんだなぁ。こうしてると、本当に勇気を出して良かったと思えた。覚えてないが、多分殴られた直後は後悔してたと思うし。
なんだか頭を撫でてもらえるのが嬉しくておっとりしてると、せっかくなので、さっきのことを聞いてみた。
「……あの、ところで大槻唯さんとは何を」
「教えない」
教えてもらえなかった。