入院生活は思いの外、短いものだった。というのも、ベッドでゴロゴロしながら三食ついてゲームができる環境なので、時間が過ぎるのが早かった。
もちろん、学校には行ってない。入院初日は日曜日だったものの、その後の二日間は月曜日と火曜日なのでもうウハウハよ。
しかし、他の学生はそうもいかない。アイドルをしてる美嘉先輩なんか、かなり忙しいはずなのに毎日来てくれたのは嬉しさを飛び越えて少し申し訳なかった。
まぁ、それも終わってしまい、今日から学校なわけだ。
はぁ……これからあの地獄のような空間に戻るのか、そう思うだけで憂鬱だ。いや、美嘉先輩はいるけどさぁ、やっぱクラスも学年も違うのは大きいよね。
ため息をつきながら、街を歩いて出現したポケモンを捕まえるゲームをしながら、駅を出て学校までの道のりを歩き出すと、後ろから肩を叩かれた。
「おはよーっす、玲くーん」
「っ、あ、せ、先輩……。おはよう、ございます……」
「うん。相変わらず、いつでもゲームしてるんだね、玲くんは」
それはいつものことだけど……。
とりあえずどうしても気になった事があったので聞いてみた。
「……大丈夫でした?」
「? 何が?」
「いえ、電車に乗って……」
痴漢にあってるんだし、少なからずきつかった気がしないでもない。
案の定、美嘉先輩は頬をポリポリと掻きながら、へらっと力なく微笑んだ。
「あ、あはは……わ、分かっちゃう、かな……。実は、ここまで車で来たんだ。玲くん見つけたから、降りちゃったけど……」
「え、あの……なんで、ですか……?」
聞くと、頬をほんのりと赤く染めた美嘉先輩が目を逸らしながら呟くように小声でボヤいた。
「……玲くんと、いると……安心、するから……」
「……」
……え、そうかな。僕、二次元の戦闘力と三次元の戦闘力が反比例してるから……。
「あの……僕、喧嘩なんか、したことないですけど……。多分、先輩より弱いくらいで……」
「……」
いやほんとに。現実での僕のステは器用値に全振りしてるから、力も防御も敏捷も何一つ育ってない。
しかし、そんな風なことを言うと美嘉先輩は深いため息をついた。僕のことをジロリと睨また「そういうことじゃないんだよなぁ……」と心底呆れたようにボヤかれた。
「……ま、いっか。それより、早く学校行こ?」
「あ、は、はい……」
「ちゃーんと、あたしのこと守ってよね?」
「あ、あのっ……そう言われましても、だから……」
「もう、固いんだから。一緒に登校してくれればそれで良いの」
「……す、すみません……」
そんな会話をして、二人で学校に向かった。なんか……最近の美嘉先輩は異様にグイグイ来る。
まぁ、僕自身も嫌な気がするわけではないので構わないけど、ただ照れてしまうから勘弁して欲しい。
×××
学校が終わり、放課後。しかし、文化祭の準備期間なのですぐには帰れない。
そういえば、そろそろ文化祭だぁ。わぁ、やだなぁ。と、いつもの僕ならなってたが、今年は楽しみだ。1日だけとは言え、美嘉先輩と一緒にいられる。
今までとは全然違う学祭が過ごせそうで楽しみは反面、僕に普通の学祭が楽しめるか、少し怖い気もする。
何より、美嘉先輩は僕といて楽しいのだろうか。何処か、義務感を感じて僕といるんじゃないだろうか。だとしたら、なんだか申し訳ない気もする。
そんな事を思いながら、さりげなく教室から出て行った。うちのクラスはメイド喫茶をやるらしい。ただし、メイドは女の子とは限らない。
クラスメート全員が日替わりでメイドになるそうだ。ホント、高校生はバカばっかだ。
僕はその中のメンバーに入ってるのか分からないので……てか多分、間違いなく入っていない。存在すら認知されてない上に、ここ二日間、学校に顔も出してなかったし。
新聞には僕が助けたことより、アイドルの城ヶ崎美嘉が痴漢に遭いかけた事の方が多く載ってるから尚更だ。
それよりも、美嘉先輩とどのクラスを回るかの方が重要だ。配布されたパンフを持って屋上でめくった。
「……」
うーん……何が良いかな。なんていうか……どこも楽しそうだけど、どこも普通そう……。
大体、歳上の女の子とどんなことしたら良いのかなんて分かんないよ。体動かす系のことをして運動神経を見せれば良いのか? 反射神経以外死んでる僕には厳しい。
じゃあ、奢ってとにかく優しさアピール? なんで僕よりお金持ってる人に奢るの。おこがましいでしょ。誕生日みたいなお祝いする日はともかく。
……ダメだ、どんなに考えても分からない。普通の学生生活って難しいな……。
「はぁ……」
ダメだ、諦めては。それよりも、こういう時こそインターネットの力を借りる時だろう。
スマホを取り出し、みんな大好きGo○gle先生の力をお借りした。テキトーに文字を入力し、検索。
カチカチと眺めたが、なんかネット小説の一部とかばかり出てきてなんの参考にも……いや、むしろネットの小説ってすごい参考になるんじゃ……。
早い話が、僕の求めてる答えを物語風に出してくれるってことでしょ? 何それ最高か。
そう思って読み始めたのだが……。
「ナメてんの?」
そんな簡単に彼女ができるか。オタクはモテない生き物なのに、オタク文化教えたりゲーマーに染めたりすれば彼女が出来るわけじゃない。何こいつ、作者誰だよ。
でも、男の人ってどうやったらモテるんだろうな……。女の人は優しくて可愛ければそれだけで男をオトせるが、女の人に対してどんなに男が優しくしても、何処か下心があるように感じるのは何故かな。僕ってひねくれ者だったのか?
……あれ、ちょっと待って? じゃあもしかして、僕ってこの前に美嘉先輩を助けたのって下心だと思われちゃうんじゃ……。
ドッと嫌な汗が顔に浮かび、心臓が高鳴りを始める。だって、仮にそう思われてたら美嘉先輩にもそう思われてるわけで……何それ死にたい。
「……はぁ」
なんか、自分の今までの行動とか言動が全部恥ずかしく思えてきた……。また新たなトラウマを生み出してしまった……。
「死にたい……」
「なんで⁉︎」
「ふえっ⁉︎」
何⁉︎ 誰⁉︎ 聞かれた今の⁉︎
大慌てで振り返ると、美嘉先輩がかなり心配そうな顔で僕の後ろにいた。
すぐに座ってる僕の前にしゃがみ込み、僕の両手を握って、心底心配そうな顔で聞いてきた。
「ど、どうしたの? いじめられてるの? もしそうなら、美嘉お姉ちゃんか助けてあげる! 名前は分かる?」
「あ、ああっ、あの……違くて……!」
「何? 脅されて庇ってるの? 大丈夫、うちの事務所には色んな人がいるから、その人達の力を借りれば……」
「ち、違いますから本当に!」
慌てて止めると、ようやく考え直してくれた。一瞬だけホッとしたものの、すぐに心配そうな表情に戻り「じゃあ何?」と言った顔になる。
しかし、あんなネガティブなこと考えてたなんて言えるはずない。仮に美嘉先輩にそんな気がなかったとしたらかなり失礼だからだ。
ですが、美嘉先輩はかなり心配してくれている。相談してホッとさせてあげた方が良いのかな……。
……ただでさえ、この前のことで少なからず責任を感じてるみたいだし、やっぱ言った方が良いかな。
「……いえ、あの……周りの人に僕がしたことが、下心があってしてた、と思われるのが何か嫌で……でも、思われてる気がして……」
「いや、流石に考え過ぎだと思うけど……少なくとも、あたしはそうは思ってないよ」
「……そ、そう、ですか……?」
「うん。大体、計算だとしても玲くんにそんな行動力ないでしょ?」
仰る通りです。すみません、情けなくて。
「他人にどう思われようかなんて関係ないよ。玲くんはそんな恥ずかしい子じゃないから、堂々としてなよ」
「……は、はぁ」
そう、なのかな……。いや、恥ずかしい存在だなんて思っていないけど、どうしても堂々とするのは難しい。というか、そもそも堂々とするってなんだろう。
どうにも、外に出ると周りの視線が気になってキョドッてしまう僕には厳しい。
「で、なんでここにいるの? 玲くん」
「へっ?」
「今、文化祭の準備時間じゃん」
「あ、あー……あはは」
「笑って誤魔化さない」
……あー、流石、根は真面目な人だ。サボりは許さない、のかな?
「……やっぱいじめられてるの?」
あ、心配になってるのはそっちか。
「そ、それはないですよ。……いじめられるほど存在を認知してもらってないですから」
「うん、それはそれで……。まぁ良いや。で、なんで?」
「それはー……その、クラスにいづらくて……」
だってみんな仲良ししかいないんだもん。僕だけ浮いてて正直、いてもすることがない。
すると、美嘉先輩は微笑みながら僕の隣に座った。
「じゃ、それなら一緒にサボろっか?」
「……へっ?」
「あたしのクラスも同じでさぁ、あたしは進路決まってるけど、他の子達は受験勉強で忙しくてはしゃぐにはしゃげないんだよね。いづらいんだ」
「な、なるほど……」
それは大変だな……。てか、僕も来年は受験か……。まあ、成績は悪くないから推薦でいけるかな。受験勉強なんて真っ平だ。
「で、ここで何してたの?」
「あ、あー……えっと、せ、先輩と文化祭を一緒に回るので、その……何処を回れば良いのか、考えてて……」
「ああ、そんな約束してたっけ……」
忘れてたのか……地味にショックだな、それ。まぁ、美嘉先輩にとって僕はそんなものなんだろう。別に思い上がってないさ。
「じゃ、今、一緒に決めよっか」
「え、い、一緒に……ですか?」
「嫌?」
「い、いえ……」
あ、そっか。この人も暇なんだ。それに、僕一人で美嘉先輩が楽しめるプランを考えられるとは思えない。
それに美嘉先輩の意見を直接聞けるのは良い機会だ。
「……では、その……お願いします」
「ううん、こちらこそ」
そう言って、ルートを決めた。
×××
今度こそ放課後、登校するだけでも美嘉先輩は怯えた様子だったので、下校時もおそらく同じ……と思い、僕の方から三年生の教室に上がった。
荷物を持って階段を上がり、踊り場に出て少し深呼吸した。上級生の階に来るのは緊張するな……。
しかし、多分だけど前に痴漢に撃退された時ほどじゃないはずだ。
勇気を振り絞って歩みを進めた。サクサクと美嘉先輩の教室に向かい、扉の前に立った。
そこでもう一度、深呼吸してからノックした。すると、ガラッと扉が開き、女の先輩が出てきた。茶髪で派手な女の人、ギャルって奴だろうか、早い話が僕が苦手な人種だ。
「およ? どうしたの?」
しかし、今は圧倒されてる場合じゃない。美嘉先輩のためだ。要件を言わないと。
「あ、あのっ……美」
「なにこの子、超可愛い! え、でもズボンってことは男の子でしょ? 何、誰に用あるの?」
話を聞いてもらえなかった。僕の頭に勝手に手を置いて、撫でながら教室内の女子に声を掛ける。
「みんなー、この子誰の子? めっちゃ可愛い子来たけど!」
誰の子? ってなんだ。僕は息子かよ。
てか、そんな事より話を……と、思ってる間に女子生徒は集まって来る。
僕を取り囲み「わー、ほんとだー」「可愛いー」「え、こんな清楚な子と知り合いの人いんの?」「弟とか?」と話がドンドン広がっていく。
あ、あの……お願いだから話を……と、思ってる時だ。先輩方の群れをかぎ分けて、ようやく見覚えのある人が顔を出した。
「ちょーっ、退いて退いて。あんたらその子に触んなし」
「あっ、せ、先輩……!」
助かった、みたいな顔を出してしまい、周りからさらに「おおおお⁉︎」と声が上がる。
「何、美嘉の子?」
「あー確かに純情カップル的にお似合いかも」
「ね、ね、君。美嘉って実は処女だからよろしくね?」
いやそんな性経験なんか言われても……!
思わず顔を赤くすると、僕なんかよりもっと顔を真っ赤にした美嘉先輩が手を掴んだ。
ちょっ、異性と手を繋ぐなんてふしだらな……!
「あーもー! うるさーい! ほら、玲くん帰るよ!」
「玲くんって言うんだー? あたし達と遊ばない?」
「キョーミ持つなー!」
と、さらに騒がしくなりながらも、僕はいつの間にか美嘉先輩によって連れ出された。
大慌てで校舎を出て、美嘉先輩は疲れた表情で肩で息をしていた。一方、僕自身も緊張状態から唐突に手を掴まれて連行され、少し心臓がドキドキしている。
そんな僕に対し、美嘉先輩はキッと睨んだ。
「玲くん!」
「は、はいっ!」
「なんで来たの⁉︎」
「へっ? い、いえ、あの……今朝は登校するのに車で送ってもらっていたようでしたので、帰りもせめて一緒にいてさし上げられたらと思いまして……!」
「なっ……!」
な、なんでそこで更に顔を赤くするの⁉︎ そんなムカつくこと言ったかな僕⁉︎
「っ……! れ、玲くんの癖に……!」
「え、な、なんですか?」
「今日は一緒に帰らない! ママが迎えに来てくれるから!」
「あ、あのっ、なんで、怒ってるんですか? 僕、何か悪いこと……」
「じゃあね!」
帰られてしまった。
……あれ、もしかしてこれ……僕、嫌われた……?