世の中には、様々なゲームがある。ざっくり分けても戦闘、スポーツ、育成、冒険……さらに、例えば戦闘なら、それを格ゲー、シューティング、FPS、シュミレーション、RPG……あ、RPGは冒険かな?
とにかく、様々なゲームが存在し、ありとあらゆるゲームをしてきた。
何故、ゲームをするのか。僕が思うに、それは自分じゃ出来ないことをするためだ。銃や武器で人を殺すのも、実在しない化け物をハントするのも、軍のリーダーになって指揮を執るのも、ワールドカップに出て世界を制覇するのも、逆転サヨナラ満塁ホームランを打つのも、可愛いんだか可愛くないんだから分からないモンスターを育ててナンタラマスターを目指すのも、全て無理だ。
僕は当然、その中のどれも現実ですることは出来ない。だから、あらゆるゲームをやってきたのかもしれない……が、一つだけやらなかったゲームがあり、そのゲームをやらずに、今は全力で後悔している。
それは、恋愛ゲームだ。恋愛をしたい、と思わなかったから、一度も手をつけたことがなかった。
しかし、女の子とのデートについて学べるのはギャルゲーか乙女ゲーしかない。
だからと言って、大槻唯さんとのデートのためだけにギャルゲを買うお金はなかった。
「……はぁ」
それが、今の僕にとってかなり弱点になってしまっている。
何故なら、今日は大槻唯さんとのデートの日だからだ。駅前で集合し、神谷さんと一緒に選んだ服を着込んでのんびりと待機している。
いや、のんびりとはしてない。心臓がバックバクしてる。女の人と出掛けるのなんて初めてだし。
「……はぁ」
二発目のため息が漏れた。……しかし、こうして待ってる間の時間が嫌だよね……。歯医者さんで出番を待ってるのと同じ。
特に、大槻唯さんなんてあまり僕と仲良くしてたわけじゃないし……。一体全体、急に何のつもりで……。
一応、向こうから自転車で約束、とのことだったので今は駅前で自転車にまたがって待機している。
ボンヤリとうじうじ悩みながらバ○ドリエキスパートを完封してる時だ。待ち合わせ場所に見知った顔が見えた。
「……あっ」
「……お、おはよ……」
来たのは自転車にまたがっている美嘉先輩だった。もしかして、美嘉先輩も誰かと遊ぶのかな?
「……」
「……」
……あれ、なんで僕の前からいなくならないんだろ。ここで待ち合わせなのかな?
と、思ったら美嘉先輩は何故か深呼吸し、決心したような顔になると、唐突ににへらっといつも僕と話す時のような笑顔を浮かべた。
「えーっと……唯と遊ぶ予定、だったんだよね?」
「は、はい……」
……だった? どういうこと?
「実は、唯に急に仕事が入っちゃってさ……代わりに、あたしが来たんだけど……良い?」
……えーっと、つまり美嘉先輩と遊べるってこと? それはかなり嬉しいかもしれない。大槻唯さんよりも美嘉先輩の方が一緒にいて気まずくない。
「は、はい……! お願い、します……」
「いやいや、お願いしてるのこっちだから。ごめんね、急に変わって」
「い、いえ……」
むしろ助かったなんて言えない。実際、助かってるんだけど。
「じ、じゃあさ、今日行きたいとことかある? なかったら、あたしの行きたい場所行っても良い、かな?」
あ、行きたい場所あったのにわざわざ来てくれたんだ。それは少しありがたい。
僕も「ごめんね! 仕事が入って行けなくなっちゃった!」ってなられるのは少し朝早く起きたのが無駄になった気がして嫌だし。
「は、はい……! よろしくお願いします……」
「いやいや、お願いするのは私の方だから」
「でも……僕、ギャルゲーやったことないんですけど、大丈夫ですか?」
「いきなりなんの話?」
不思議な顔をされながらも、美嘉先輩は自転車から垂らしてる足で地面を蹴って、僕の方に接近して、ジロジロと僕を見詰めた。あれ、な、なんだろ……なんか、変だったかな……。神谷さんは似合うって言ってくれてたんだけど……。
僕の心境など知る由もなく、美嘉先輩はニヤリと微笑んだ。
「その服、似合うね」
「ーっ」
「さ、行こっか」
あまりの言葉に心臓を射抜かれ、半ば放心状態になった僕を捨て置いて、美嘉先輩は自転車のペダルに足をかけた。
×××
行き先はラウ1。美嘉先輩を先頭にして、二人で自転車を漕いでいる。ラウ1は地元にあるけど遠いんだよな。だから自転車で移動するしかない。……体力を犠牲にして。
「……ぜぇ、ひぃ……み、水……」
「もう、玲くん。情けないぞー」
「し、死ぬ……」
自転車で30分、ゲーマーにはきつい距離だ。特に引きこもりには。
移動の間だけで、もう休憩3回目だ。ペットボトル一本潰しちゃったし。
「ごめんなさい……」
「いや、いいけど……」
……あれ、許してくれるんだ。ていうか、最近の美嘉先輩は優しいなぁ。この前もバカして倒れて搬送された時にお見舞いに来てくれたし……。怒られたけど。
公園のベンチに座り、水分補給を済ませた僕に美嘉先輩が肩を叩いて言った。
「さ、もう少しがんばろ!」
「は、はい……!」
この人にそう言ってもらえるとやる気が出る。よし、頑張ろう……!
自転車漕ぎを再開し、再びラウ1を目指した。
通常、30分ほどで到着できる場所に一時間かけて到着し、自転車を駐輪場に止めた。
「やっと着いたね……」
「……す、すみませっ……ヒィ、ふぅ……!」
「……大丈夫?」
「だ、大丈夫でっ……」
「とりあえず、中に入ろう。中なら椅子あると思うから」
言われるがまま、中に入った。流石に肩を借りるようなことはなかったが、何にしても情けないなこれ……。ゲームで大体のことはなんでも出来るとはいえ、現実の体力も必要かな、なんて感じてしまった。
ラウ1に来た以上、やる事はボウリングだ。スポッチャとかもあるけどそれは無理。体力的に。ゲーセン、なんて言えば美嘉先輩は多分怒るし。
で、美嘉先輩が手続きとか全部してくれて、僕は学生証だけ預けて椅子の上で待機中。僕も一緒にいるには体力が無さすぎた。
体力回復のためにFGOをしてると、美嘉先輩が戻ってきた。飲み物を一本持って。
「お待たせ〜」
「あ、す、すみません……。僕だけ休んでて……」
「ううん、玲くんの体力の無さは知ってるから気にしないで」
それは慰めてるんですかね……。
何となく貶されたわけでないとしても、からかわれた気分になり、少しげんなりしてると頬に冷たい何かが不意に当てられた。
「ひやっ⁉︎」
「はい、一口あげる」
当てられたのはコーラだった。運動して消耗した体力に炭酸のシュワシュワ感が喉を伝るのはかなり助かりそう……だが、それならこちらもお金を出さなければならない。
「す、すみません……えっと、160円ですか?」
「ううん、お金はいいよ」
「……へっ?」
「勝手に買って来ただけだから。それより、早く行こ?」
「ええっ⁉︎ で、ですが……!」
「先輩が頑張った後輩にものを奢るのなんて当たり前だから。ね?」
そ、そういうもん、なのかな……? でも、頑張ったと言っても普通の人なら息を乱さず出来る事に手間取っていただけだし……。
「す、すみません……ありがとう、ございます……」
「はいはい」
にっこり微笑まれ、その笑顔に少しドキッと心臓が飛び跳ねた。もう、何度も美嘉先輩の笑顔を見て来てるはずなのに。なんだろ、心不全かな?
コーラを一口飲んでから、キャップを閉めて立ち上がった。
「あたしも喉乾いちゃった」
その僕の手元のコーラを美嘉先輩は取り、階段に向かいながらペットボトルの蓋を緩める。その背中をぼんやり眺める僕は、何か魚の小骨が喉に詰まった感覚を覚えた。
なんだろ……あれ、僕にくれたコーラなんだよね? いや、あげたくないとかそんなんじゃなくて……もっと、こう……美嘉先輩に何かが近付いてるような……。
「って、先輩、危ない!」
「へっ? ひゃっ⁉︎」
結論に至った時には体が動いていた。慌ててコーラを美嘉先輩の口から離した。
「な、何すんのいきなり⁉︎」
「そ、それ僕が口つけたやつです!」
「はぁ⁉︎」
「そ、そのまま飲んでたらっ……!」
か、間接キ……! と、とにかくだめだ、そんなの。周りから見たらただの恋人同士だから。
しかし、美嘉先輩はそんな僕の行動が気に入らなかったようで、ジト目で睨んで来た。
「……いいよ、そんなの気にしないで」
「えっ? で、でも、被害を受けるのは先輩の方で……!」
僕は飲まれる側だが、美嘉先輩は飲む側だ。そんなのは美嘉先輩が一番わかってると思うんだけど……でも、美嘉先輩はなおさら機嫌が悪そうな顔にした。
「被害なんかないよ」
「で、ですが……ぼ、僕が、口つけたもの、を……!」
「……だから! それくらい別に構わないの! 分かってて一口もらってるんだから!」
「……へっ?」
そ、それって……間接キスを承知の上でコーラを飲むってこと……?
……あ、女子高生も高校三年生にもなるとそんな事一々、気にしないってことか。なんか僕ばかり意識して馬鹿みたいだな……。
少しショックを受けてると、美嘉先輩が僕の手元からコーラを取り返して、階段の方に向き直ってコーラを飲み始めた。
……ほら、普通にコーラ飲んじゃってるし。なんか頬が赤くなってるようにら見えるけど、美嘉先輩の斜め後ろからじゃよく見えないし、多分見間違いだろう。
でも、そっか……。結局、僕は美嘉先輩にとって男ではないわけだ。別に、過去にそんなことを気にしたことはないのに……こう、なんでだろう。苛立ち? それとも悲壮感? そんな感覚が胸を支配した。
「……玲くん、早く」
僕について来られてない事に気付いたのか、そんな声をかけてきたので、慌てて後を追った。
階段を上がり、美嘉先輩が予約した席に向かった。その途中で美嘉先輩がボールを持って行ったので、僕も同じようにボールを持っ……。
「重っ⁉︎」
「どうかし……何やってんの?」
ボールを持ち上げたものの、ズシっとして両手で抱えるように持ってしまった。え、ボウリングって初体験なんだけど、こんなに重いの?
「……大丈夫?」
「は、はい……。あの、もう少し軽いのありませんか?」
「え、これ8ポンドだけど……」
「ポンド?」
「いや、あたしもその意味は知らないけど……数字が小さいほど軽いから」
そう言って、美嘉先輩は席に向かった。僕も6ポンドのボールを持って合流する。
ふと上のモニターを見ると「レイ」と「ミカ」の文字が表示され、野球のスコアボードみたいにマスが置かれていた。
「あ、玲くん。先手は玲くんからだよ」
「……は、はい」
よりによって僕からか……。やったことないんだけど……まぁ、事前に言わなかった僕が悪いのかな。とにかくやるしかない。
鞄を椅子において、レーンの上に立つ僕の肩に美嘉先輩が手を置いた。
「ちょっ、待って何する気?」
「へ?」
「もしかして……玲くん、ボウリング初めて?」
「は、はい……」
すると、少し黙り込んだ後に美嘉先輩はため息をついて仕方なさそうに僕の手元からボールを取った。
「教えてあげるから、とりあえず待って」
「……す、すみません」
「ううん」
……なんだかすごい面倒をかけさせてしまってるかもしれないと思った。