ボウリングを終えた後は、二人でゲーセン。ラウ1という場所は、遊びに困ることがないのだ。まぁ、その前にもちろんお昼を食べたわけだが。
ラウ1のゲーセンは大きい。場所にもよるが、二人のいるラウ1はスポッチャ、ボウリング、カラオケ、ゲーセンとラウ1の親玉みたいなラウ1だ。そんな場所のゲーセンが狭いわけがなかった。
さて、まず僕がやりたいのはガンダムのゲーム。なんか人気で色々とシリーズが出てるらしい。あとコクピット型のゲームもあるらしく、そっちも僕の興味を引くのに十分だった。
そんなわけで、早速……と、そっちに向かうとする僕の襟を美嘉先輩は掴んだ。
「待って待って、すぐ面白そうなゲームのとこに行かない」
「へっ? で、でも……」
「いいから。男女でゲーセンに来たらまずこれでしょ」
美嘉先輩が僕を連行した先はプリクラの筐体だった。キラキラテラテラピカピカした如何にもビッチ臭い女の人の顔面がドアップでのれんになってる筐体。僕の顔がこんな風に使われてたら街を歩けないけど。この人、メンタル強い。
「……え、この中に入るんですか?」
「うん。嫌?」
「嫌ではない、ですけど……僕、男なんですけど……」
「あたしもいるし女の子に見えるから平気だって」
え、それ平気なの? 特に後者、そこまで女の子に見える?
お金を入れて筐体に入った。フレームとかは正直、よく分からないので美嘉先輩がパパッと決めて行く。なんかラブラブとかカップル用とか選んでるのが見えた気がしたんだけど気の所為ですよね?
で、撮影開始。最初のポーズは、いきなり頬にキスだった。
「って、頬にキスぅ⁉︎」
い、いきなりなんで……!
狼狽えてるうちに、美嘉先輩は俺の前に自分の頬を突き出す形で屈んだ。
「ほ、ほら、早く」
「へっ⁉︎ い、良いんですか⁉︎ そんな……!」
「い、良いに決まってんじゃん……。だから、言ってるんだし……」
「で、でも……!」
「早く!」
「は、はい……!」
怒られたので、美嘉先輩に顔を向けた。アイドルなだけあって可愛らしい横顔は若干、朱をさしていて、それでもカメラを意識してか、笑顔のままだ。
あの、綺麗な白い肌に……ぼ、僕のっ、口を……。い、嫌ってわけじゃない、けど……!
で、でも……やらないと、また怒られるかも……!
目を瞑って口を近付けた。美嘉先輩の逆側の頬と後頭部に両腕を回して、口を近づけ、くっ付けた。
柔らかい感触が唇に触れ、マシュマロにキスしてる気分になった。しかも、当たり前だが顔がかなり近い。美嘉先輩の吐息や震えが両手と唇を通して伝って来るのがわかった。
すると、カシャっとシャッター音がして、ようやく1枚目の撮影が終わった。
……な、長かった……ものの数秒のはずなのに、かなり長時間に感じた……。
美嘉先輩の頬から離れて、顔を慌てて背ける。胸に手を当てると、心臓は電動ドリルの如く小まめに速く動いていた。
しかし、機械とは無機質なもので、僕の心不全にも近いコンディションでも一切、気にすることなく次のポーズを指定する。
『次は〜、彼氏が彼女をお姫様抱っこしてみよう』
おい、まず彼女じゃないぞ、美嘉先輩は。というかなんつーこと抜かすんだこのポンコツめ。
「玲くん?」
あなたも乗らないでくださいよ……。
「無理ですよ……。僕、美嘉先輩を抱っこなんて出来ません」
「……重いって言いたいのかな?」
「い、いえっ、僕が非力なだけです!」
唐突に怖い笑顔でにっこりと微笑まれ、思わず背筋が伸びてしまった。女の子の笑顔は全部が全部、可愛いわけじゃないんだな……。
「大丈夫だよ、あたしがお姫様抱っこする方だから」
「……へっ?」
「ほら、おいで。玲ちゃん?」
ちゃんって……。
しかし、さっきの笑顔をもう一度、見せられると思うとゾッとする。仕方なく従った。
美嘉先輩の首に手を回し、膝と背中を抱えられて持ち上げられた。
「ーっ⁉︎」
あ、ダメだこれ。思っていた二億倍くらい恥ずかしい。一気に顔が、オーバーヒートしたのか、と錯覚するほどに熱くなった。
「み、美嘉先輩……!」
「はいはい、暴れないの」
「だ、ダメです! こんなの……!」
「いいから。ほら、カメラに顔向けで」
「いやー! 撮らないでー!」
「ほんとに女子かお前は!」
下ろしてもらえなさそうだったので、慌ててなんとかカメラから顔を背けた。
しかし、正面のカメラから顔を背けるということは、美嘉先輩の体の方に顔を背けるというわけで。
早い話が、美嘉先輩の胸の間に顔を埋めてしまった。
「〜〜〜っ⁉︎ むぎゅっ!」
慌てて離れようとしたが、美嘉先輩がそれをさせてくれなかった。
ちょっ、離してっ……! なんで押し付けっ……てか、死んじゃう……!
涙目になってる間に、再びシャッター音が鳴った。それによって、ようやく僕は地上に足をつけることができた。
「っ……せっ、せんぱい……? いきなり、何を……!」
「……」
美嘉先輩も今更になって自分が何をしたのか察したようで、顔を真っ赤にして俯いた。
お互い何も話さない。撮影とかそんなん関係ない、とにかくその場で俯くしかなかった。
が、そんな中、美嘉先輩は赤くなったままの顔をこちらに向けて、無理矢理にでも笑顔を作って聞いて来た。
「っ、ど、どうだった……?」
「……な、何が……?」
「あ、あっ……あたしの……む、むね……」
「……」
……え、何聞いてんのこの人? と思ったのはきっと僕だけじゃないはずだ。このシチュエーションになったら誰だってそう思う。
それは本人も同じのようで「何聞いてんのあたし⁉︎」といった顔になって頭から煙が出そうなほどに赤くなっていた。
しかし、訂正しようとしないのはおそらく僕の感想を待っているのだろう。聞いた以上は答えを聞きたいようだ。
この時の僕はとってもテンパっていた。だから「え、応えられるわけないじゃん」「てかどう答えたら良いの?」「どう応えてもセクハライオンだよね?」とか、考えるべきことは大量に浮かべるべきだったのに、今の僕は素直に感想を口から漏らしていた。
「っ……そ、その……柔らかくて……い、良い匂いが、しました……」
その直後だ。僕の頬にパチン、という音がして、視界には顔が真っ赤になった美嘉先輩のビンタが目に入った。
それと共に、カシャっという三度目の無機質なシャッター音が響いた。
×××
「ご、ごめんね……?」
美嘉先輩の照れ隠し全力ビンタが炸裂した僕の顔に、湿布を貼ってもらいながらゲーセンの席に座っている。
すごく痛かった。かなり腫れちゃってるし。まぁ、あの状況じゃ照れ隠しを食っても仕方ないとは思うが、にしても理不尽だよね。怒っちゃいないけど。
「……大丈夫です」
「怒ってる、よね?」
「いえ、怒ってはないです」
「ほんとに?」
「はい」
怒ってはない。ただ、理不尽だと思うだけで。大体、僕の感想にも問題があったとはいえ、そっちから聞いて来たくせに「恥ずかしい」という理由だけで人を引っ叩くのは如何なものか。別に怒ってないけど。
「うう……やっぱり怒ってる……」
「怒ってないです」
「……いつになく口調が荒いもん」
怒ってないったら怒ってない。湿布も買って貼ってくれたし、ちゃんと謝ってくれてるし、怒ってない。ただ、今は無性にゲームがしたい。
すると、美嘉先輩が「そ、そうだ」と声を上げた。
「良かったら、ゲームやらない? あたしがお金出すから」
「……別に、出してくれなくても良いです」
「いやいや、思いっきりビンタしちゃったし、奢らせてよ」
「……そこまで言うなら」
「よし、じゃあ何やる?」
……ふむ、この辺のガンダムのゲームもやってみたいが、美嘉先輩はこういうのあんま得意じゃないだろうしなぁ……。
とりあえず、二人で遊べる奴に……と、思ったら、良い感じにジュラシックパ○クのゲームがあった。恐竜を撃ちながら逃げる奴だ。
「あの……これを」
「あ、撃っていく奴? 良いね」
「ゾンビの方でも良いんですけど……」
「嫌」
「ですよね」
知ってた。そんなわけで、二人で車の形をした筐体に入った。美嘉先輩がお金を入れて、ゲーム開始。
ストーリーはいきなりクライマックスだった。車に乗ってデイノニクスに追われている。
「わー! ち、ちょっと、もう⁉︎」
「遅いですね」
「へっ?」
まぁ、こういうスタートはよくある。この程度の襲撃、僕に取ってはむしろ当たり前だ。
近いやつから順番に確実に仕留めていった。すると、道中に黄色いブロックが光ってるのが見えた。それを撃ち抜くとこっちの攻撃は電撃ビームになった。
「おお、これは便利」
「何それ⁉︎ って、死ぬ死ぬ死ぬって!」
「一匹ずつ倒して下さい。ピンチになったらグレネード使えば一撃で蹴散らせますよ」
「あ、ありがと……! ……相変わらずゲームになると頼り甲斐が出るんだから」
何かボソボソ言っていたが、今の僕の神経は画面に向いている。
すると、なんとか凌ぎきってムービーが入った。そこでようやく、美嘉先輩は深呼吸をする。
「ふぅ……助かった」
「あ、これ飲んでください。さっき買っていただいたものですが」
鞄からコーラを取り出し、差し出した。
「へっ? で、でもこれ……」
「飲まないんですか?」
「……うう、い、いただきます……。……ゲームモードの玲くんホントに……」
美嘉先輩がコーラを飲んでる間、いつ始まっても良いように僕は神経を張り詰める。
すると、何を思ったのか画面のチームメンバーは車から降りて走って逃げ始めた。
「……え、なんで降りるの?」
「やばい、始まる!」
この登場人物達がどういうつもりなのか困惑する僕と、慌ててコーラの蓋を閉めてグリップを握る美嘉先輩。
再び激戦を開始した。逃げながら恐竜達に乱射する。一撃も撃ち漏らさないように射撃しながらジリジリと下がる。
そんな中だ。何処からか虫の大群が出て来て一斉に襲いかかって来た。
「ギャー! 虫キモい! ある意味ゾンビゲームより怖い!」
「……なんでジュラシックで虫なの?」
三葉虫のつもり? 何にせよ全く意味が分からない。
僕にとってはただの動く的だけど、美嘉先輩にとっては違うようでさっきから狙いが定まってない。
そうこうしてると、青のキューブが画面端に落ちてるのが見えた。
「美嘉先輩、キューブ!」
「へ? あ、あれ」
撃つと、美嘉先輩の銃弾は氷の冷気のようなものに切り替わる。それで片っ端から虫を撃退していった。
「わわ! 何これ楽しい!」
よしよし、これで少しは戦力になる。
そのまま虫を撃退すると、今度は再び恐竜を倒す番になった。
×××
僕も美嘉先輩も肩で息をしていた。僕は一度もリスポーンされることはなかったが、美嘉先輩はかなりの百円玉を使っていたはずだ。
僕自身も、それなりに危ない場面はあったし、何より軽いとはいえボタンではなく実在する銃をうまく操る必要があったからか、かなり疲れている。どこまで体力がないんだ僕は。
そんな僕達の目の前の画面では、ティーレックスが罠に掛けられ、確保されていた。
いつのまに捕獲作戦に切り替わったのだろうか? なんて問いは出なかった。ただ単純に、疲れ、達成感に満ちていた。
僕と美嘉先輩は顔を見合わせると、両手でハイタッチした。
「「いよっしゃー! クリアー!」」
疲れた……それに長かった……。こういう銃ゲームは体力使うからぼく一人じゃ厳しかったかもしれない。
しかし、久々に達成感のあるゲームをやったな。二人でゲームの筐体から出て大きく伸びをする。
「んー……つっかれたぁ……」
「はい……。でも、楽しかったです」
こうして、二人でゲームをやるのはもう当たり前になって来ているが、少し前まででは考えられないことだった。
ゲームやる時は常にソロ、自分より上手い奴なんか存在しないと心の何処かで思ってたし、それ故に自分しか信じられなかった。自分より下手な奴を信用して協力なんか出来るはずがない。
そんな僕が、歳上の異性を直々に鍛え、ゲームは違えどいつのまにか肩を並べて戦って楽しんでいる。
今まで味わったことのない、不思議な感覚に覆われてるからだろうか。普段の僕からは有り得ない素直な言葉が漏れた。
「二人でゲームするのは、楽しいですね。美嘉先輩」
「ーっ……!」
にこっと微笑むと、ミカ先輩の頬は赤く染まり、僕から目をそらす。
が、すぐに笑顔に切り替えた美嘉先輩は、目の前にツカツカと歩み寄って来て、僕の鼻に人差し指を当ててニヒッとイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「生意気」
「ーっ……!」
その仕草が、その笑顔が、その声が。
何もかもが可愛く思えて、僕も頬を赤らめて目を逸らした。
気恥ずかしくて、むず痒くて、でも……何処かやっぱり楽しくて。なんだこれ、何だろう、この感じ。
そんな僕の手を美嘉先輩は取った。手をつないで、そのまま先を走って引っ張った。
「ね、もう少し遊んでいかない?」
「……そうですね」
その後、僕と美嘉先輩は二人でゲーセンで遊び尽くし、自転車での帰宅は二時間掛かるハメになった。