玲とのデート後、美嘉は帰宅した。帰り道は、玲の余りの体力のなさに若干、情けなく思いつつも、やはり人は全部が全部、完璧じゃないし、気にしない事にした。
むしろ欠点だらけだ。自分の体調よりゲームだし、人とまともに会話も出来ないし、体力ないし。
そんな中でも、もちろん良い所があるから、好きになったわけだが。今日だってヘロヘロになったくせに、家まで自分のことを送ってくれた、底無しの優しさだ。
それを思うたびに、口元のニヤケが止まらない。
「にへっ、ぇへへっ……♪」
楽しそうに笑みをこぼしながら玄関を開けた。
「ただいまー♪」
弾んだ声で玄関に入り、靴を脱いでモコモコのスリッパに履き替えた。
楽しそうに居間を通り掛かると、気付いた莉嘉が大きく手を振って来ていた。
「……あ、お姉ちゃん! おかえりー!」
しかし、美嘉は気付かない。無言で居間を通り過ぎて自分の部屋に向かった。
部屋の扉を開けると、ベッドに飛び込んで寝転がった。手元にあるのはスマートフォンで、画面に映ってるのは玲が自分の頬にキスしてる写真だ。
「……んふっ、んふふふふっ♪」
その写真は早速、待ち受けにした。ロック画面である。ちなみにパスカードを解除すれば、玲をお姫様抱っこしてる写真に切り替わる。
これから先、自分はいつでも玲にキスされてる写真と、玲を抱っこしてる写真を見ることができる。
その画面を見るたびに頬が緩んでしまうのが分かった。しかし、それをやめようとは思わない、むしろそのニヤニヤしてしまう感じがまた心地良かった。
何度も写真を見て、その度にニヤついて、それでベッドの上でゴロゴロ転がって足をパタパタさせる、そんなことを何度も繰り返していた。
「ご機嫌だね、お姉ちゃん」
「そりゃそうっしょー」
「何かあったの?」
「超あった。玲くんとデートだったからねー」
「ふーん? 今日はお仕事じゃなかったんだ?」
「あんなの莉嘉にからかわれないように言った嘘に決まって……」
……いや、待て。自分の部屋で声をかけられてるということは、少なくとも自分の身内、或いは身内が呼んだ友達だということだ。
さらに、声をかけてきた子は、美嘉が莉嘉についたウソを知っていた。それはつまり……。
「……え、莉嘉?」
「私もいますよっ?」
乙倉悠貴が楽しそうな表情の顔を、ニヤニヤしてる莉嘉の後ろからひょこっと覗かせた。
「ゆ、悠貴ちゃんも……?」
「ふふ、幸せそうですね、美嘉さんっ?」
純粋にかつ元気に目を輝かせる悠貴と、純粋に意地悪く笑みを浮かべる莉嘉が、目の前で真っ赤になった自分を見下ろしていた。
「……説明してもらおうかな、お姉ちゃん」
「はい、美嘉さん♪」
「あ、あはっ……あははっ……」
自分の迂闊さを呪った。まさかの女子中学生二人にからかわれる女子高生という、何とも面白い絵が出来てしまっていた。
しかし、悠貴はともかく、こういう時の莉嘉は厄介だ。身内な上に口が軽い。最悪、両親にもバラされてしまうのだ。
いや、変に悪どい所もあるので、恐喝のネタにされるかもしれない。つまり、ここでは美嘉は素直になる他ないのだった。
「……えっと、何を聞きたいの?」
「「デートの様子っ!」」
だよね、知ってた、と言わんばかりに苦笑いを浮かべながら、ラウ1の話をした。まずはボウリングから。
「まぁ……まずはボウリングかな。玲くん、ボウリングやったことなくてさー。元々、器用な上にゲーマーだから、コツ掴むのは早かったから良かったけどね」
「それ、根拠になるのかな……?」
莉嘉がきょとんと首をひねったが、美嘉は気にせずに続けた。
「その時に色々あったんだけど……面白いことは特になかったから先に」
「何かあったんだ」
「何があったんですか?」
「……」
流石、姉妹。看破するのが秒単位だった。そして、悠貴の追撃のテンポもかなり早かった。
流してくれそうにないので、仕方なく額に手を当てて、頬を赤らめながら呟くように答えた。
「……まぁ、その……お手本を見せてあげたんだけど……その時、ストライク取れてはしゃいじゃって……で、転んで抱き抱えられちゃった」
「「おお〜!」」
抱き抱えられた、というだけでJC二人は目を輝かせて興味津々になるんだから、とても厄介だ。
「どんな感じ? どんな感じに?」
「ぎゅーって? それはもうぎゅーって感じですかっ?」
「そ、そんなんじゃないって……! てかもういいでしょ? それより続きを……」
「「良くないっ!」」
良くなかった。目を逸らしながら乾いた苦笑いを浮かべながら、若干、頬を赤らめて仕方なさそうに説明し始めた。
「その……正面から、ガバッと……」
「「きゃー☆」」
「何の悲鳴よそれは!」
二人して頬を赤く染めてはしゃがれて、美嘉が一番、顔を真っ赤にしてツッコんだ。
「もうラブラブじゃん」
「そうですよっ。いつお付き合いするんですかっ?」
「し、しないよ! しないから!」
「「えっ、しないのっ?」」
「い、いや……いつかは、するけど……」
「「おお〜!」」
「何が『おお〜』よ!」
見事にいじられまくっていた。歳上としての威厳などゼロである。
「で、次は?」
莉嘉に続きを催促された。少しくらい休ませろよ、と思ったが、まぁ休ませてくれそうにないので、仕方なくその後の話に移る。
「その後はムーンライトストライクゲームがあってさ〜」
全く思い出そうとする事なく続きがスラスラと出てくる辺り、なんだかんだ言ってかなり楽しかったんだろうな、と悠貴はにこにこしながら察した。
「その時に、玲くんがストライクとって、それでボウリングのピン貰っちゃったよ〜。ほらこれ」
言いながら美嘉は先程もらった箱を開けた。中からは木製のピンが顔を出す。
それを見て「へぇ〜」と好奇心旺盛に手を伸ばした莉嘉の手から逃れるように箱を避けた。
「……」
「……」
再びトライするも、それも避けられる。
「……見せてよ!」
「嫌だよ。玲くんにもらったもの、壊されたくないもん」
「良いじゃん! 少しだけ!」
「嫌。そう言って昔、どれだけ壊したか覚えてないの? 千秋のおもちゃ」
「あ、あれは千秋くんのおもちゃが脆いのが悪いんだよ!」
「り、莉嘉ちゃん……その言い分は流石に」
悠貴にも呆れられ、それは少しショックだったのか莉嘉もウッと言葉を詰まらせる。
それに追撃するように、美嘉が自慢げに語った。
「あたしのリコーダーだって莉嘉のおさがりになった直後に壊れたし、鍵盤ハーモニカもそうだよね」
「〜〜〜っ! い、良いじゃん! 少しだから!」
「いーやっ」
「分かったよ、事務所でお姉ちゃんが玲くんを襲ったって言っちゃうから!」
「少しだけだからね」
妙にリアルな嘘に、あっさり負けた美嘉はピンを差し出した。悠貴は一人「襲う……?」と小首をキョトンを傾けていたが、二人とも説明する様子なく、莉嘉が箱からピンを出した。
「わー……結構、重いんだ」
「まぁね」
「あ、莉嘉ちゃん。私にも貸して下さいっ」
「良いよー。はい」
手渡され、今度は悠貴がピンを持った。
「ホントだ……重いんですね、割と」
「よく玲くんがストライク取れたね……」
「もちろん、あたしの指導があっての結果だからね」
「玲くんの覚えが良かったんだろうなー」
「莉嘉?」
微笑みながら睨まれて、莉嘉は小さく萎縮した。まぁ、萎縮するだろう。たまに勉強を教わってる身としては黙るしかない。
悠貴が箱の中にボウリングのピンを戻している間に、莉嘉は誤魔化すように尋ねた。
「そ、その後は?」
「その後はー……まぁ、普通にボウリングやってたよ。……ちょっと、あたしの調子が悪くなったけど」
「照れちゃって?」
「ち、違うから! てかなんでそういう解釈になるわけ⁉︎」
「ふふ、お姉ちゃん可愛い」
「〜〜〜っ、り、莉嘉!」
顔を真っ赤にしてポカポカ拳を振るう姉ヶ崎と、それをニヤニヤしながら受け止める妹ヶ崎、普通は逆じゃないだろうか、と思う悠貴は、ニコニコしたまま二人の様子を眺めていた。
「ふふ、姉妹ってなんだか羨ましいです」
「どの辺が⁉︎」
もちろん、妹にからかわれてる情けない姉の構図になってる美嘉は思いっきり反応したが、悠貴は特に説明しようとしなかった。
それよりも、と付け加えて目を輝かせた。
「それで、その後は何かあったんですかっ?」
「へ? う、うん。まぁ……色々、ね……」
「さっきスマホ見ながらニヤニヤして転がってたのは何か関係があるんですか?」
「オーバーキルやめて!」
「あ、そうだよ、お姉ちゃん。スマホのこと何も聞いてないんだけど!」
莉嘉も参加し、二人はさっきからずーっとキラキラさせている眼差しで美嘉を見つめていた。
逃げられない、なんて今更思うことではないし、美嘉もどの道全部話す羽目になるんだろうな、と察していたので、さっさと話を続けた。
「まぁ……そのあとは二人でプリクラ撮ったんだけど」
「「ほうほう」」
その相槌にイラっとしたが、堪えて続けた。
「その時に……その、間違えてカップル用のフレームを選んじゃって……」
「進んでカップル用のフレームを選んだんだ?」
そこもあっさりと莉嘉に看破され、尚更イラァっとしたが、それも耐えた。ここで怒っては愚妹の思うツボだ。
「……それで、その……その時の一枚目がこれ」
写真を二人に見せた。美嘉の頬にキスしている玲の写真だ。二人とも顔を真っ赤にしてるが、美嘉の方はなんとか笑顔を見せている。
「ひゃー! ち、ちゅーしてる! 宮崎さんが!」
「実はスタッフの方に『美嘉ちゃんって絶対、処女だよな』って百点満点の噂をされてるお姉ちゃんがちゅーさせてる!」
「ふ、二人ともうるさいよ! てか、莉嘉のはそれどういう意味⁉︎」
微妙なニュアンスの違いにもしっかりと反応する美嘉だったが、莉嘉は若干、真顔寄りの興奮した様子で答えた。
「だ、だって! 普段のお姉ちゃんなら絶対にチキるじゃん。最初だけ威勢が良いタイプじゃん」
「うぐっ……!」
「いつだっけ? 中学の時に初めて好きな人が出来た時も、ちょっかいばかり出してまともに会話も出来ないで卒業しちゃってたじゃん」
「え、そうなんですかっ?」
「うん。『文化祭で告白する!』『やっぱ体育祭で!』『いや本当の勝負は修学旅行でしょ!』って徐々に延ばした挙句、結局は告白出来なかったんだよ」
「り、莉嘉! それは言わない約束で……!」
「わー! 美嘉さん可愛いですね!」
「う、うん……」
悠貴の悪気のない追撃がまた辛かった。
「でも、なんだか意外です。美嘉さんってもっとこう……男の人とも気兼ねなく話せるタイプだと思ってましたが……」
「あははっ、それはないよ悠貴ちゃん。ほんとは純情でどうしようもない人だから」
「り、莉嘉〜! あんたいい加減にしなさいよ!」
腹をたてる美嘉だが、そこで腹を立てれば図星だと自分で言うようなものだ。悠貴の視線はなおさら、微笑ましくなった。
しかし、これでも美嘉はまだ怒っていない。セリフでこそ喧嘩に聞こえるが、二人のやり取りはやはりじゃれ合いに見えた。
本当に姉妹というものが少し羨ましく思えて来たときだ。莉嘉のスマホが鳴り響いた。
ニンマリと美嘉は微笑むと、莉嘉のスマホの画面を覗き込んだ。
「何々、男の子?」
「ざんねーん、あたし別に玲くんとPくん以外に男の子の友達はいませーん」
「ちぇーっ」
しかし、美嘉の質問は正解だったし、莉嘉も嘘はついていなかった。
ーーーつまり、そういうことである。
「あ、玲くんからだ」
ポツリと莉嘉の口から漏れた言葉が、今までイラっとしても受け流していた美嘉の沸点を激減させた。
「……は? 玲くんから? 莉嘉に? なんで?」
「え、み、美嘉さん?」
「ごめん、悠貴ちゃん黙ってて。莉嘉、どういうこと?」
「ちょっと待ってよ。えーっと……」
とりあえず、美嘉が怒るに値する内容なのかを判断するため、メッセージを開いた。
宮崎玲『こんばんは、宮崎です。突然、ご連絡を入れさせていただいたことをお許し下さい』
へりくだりすぎている上に、微妙に正しいのか分からない敬語の文が送られて来ていた。ちなみに玲は高二で、莉嘉は中一である。
その分に既読をつけた直後、次のメッセージが送られて来た。
宮崎玲『付き合って下さい』
世界が静止した。