10月になった。文化祭まであと少し、うちのクラスのメイド喫茶も徐々に形になりつつある中、僕はあいも変わらず一人で教室の隅でボンヤリしていた。
最初は教室から出たり、仕事するフリをループさせてたんだが、どうにもそれにも限界があり、今ではどうしたら良いのか分からずにウロウロするしかなかった。
正直、今の僕は文化祭どころではない。美嘉先輩のことをネットで調べてたら、誕生日が11月頭であることを知ったので、プレゼントについて莉嘉さんに相談したら「断る! バカ!」と怒られてしまった。
何をそんなに怒る必要があったのかなぁ……。何故か美嘉先輩にまで怒られたし……。
「はぁ……」
ため息をついていると、クラスの男子が声をかけて来た。
「ねぇ、えーっと……み、宮村?」
「っ!」
宮崎です、とツッコミを入れる余裕もなかった。クラスメートに声を掛けられ、腰を抜かし、椅子から転げ落ち、お尻を床に強打して尾骶骨にジワジワと痛みが響いた。
「……何してんの?」
「す、すみません……」
「まぁいいや。お前、男のメイドだから」
「……はっ?」
「よろしく」
え、ま、待って。まずその男のメイドって……や、確かに男女でメイドになるって話だったけど……。
しかし、ここでコミュ障を発揮するのが僕だ。おそらく、初めてのクラスメイトの会話だったが、さっさと向こうが何処かに行ってしまい、代わりに机の上にメイド服を置いていかれた。
「……」
どうしよう、捨てて良いのかな、これ。いや、ダメだよね。でも捨てたい……こんなもん、着たくない……!
大体、男がメイド服って何? 全然意味わからないんだけど。バカじゃないのうちのクラス。
何とかしてボイコットしたいが、文化祭当日は美嘉先輩と1日だけ一緒に回れるから休めない。その日以外サボる、となるとその日にシフトを入れられてしまうかもしれないし。
「……はぁ」
困ったなぁ……。何とかして回避したい。こんな格好を美嘉先輩に見られるのだけは勘弁して欲しい。
……他の人ならなんとか相談に乗ってくれるかな。
とりあえず、スマホの上で指を走らせ、莉嘉さんに相談し……ようとしたところで指が止まった。この人、口軽そうなんだよなぁ……。
別のトークルームを選択し、まずは北条……さんもダメそうだよなぁ。特に神谷さんへのいじり方がたまにえぐいし。その神谷さんもいじられたら秒で吐きそうだし。
大槻さんもー……うん。無理そう。乙倉さんもまだ中学生で子供だし……。
……あれ? 僕、最近は知り合いも増えて来たって思ってたけど、相談出来る人はいない……?
「……」
覚悟を決めるしかない、のかな……。
教室内を見回すと、メイド服の男子と執事服の女子が何人か楽しそうに騒いでいる。
……ていうか、女子はメイド服着てないし、男子は執事服着てないんだけど。あれ? なんか僕の知ってるクラスの出し物じゃない……?
黒板を見ると、催しが変わっていた。男女逆転喫茶になっていた、どこの誰だか知らんけどホント余計なことしてくれたよ……。
大体、これ需要は何よ。執事女子は確かに可愛いけど、ゴリゴリの野球部やサッカー部やバスケ部が着てるメイド服なんて、サイズが合わなくてパッツンパッツンになってんじゃん。「あんなメイドは嫌だ」って大喜利があったら速攻で浮かぶようなメイドさんだよ。
さて、周りの人が着替えてるのを見たところ、僕もメイド服に着替えた方が良いのかな?
……正直、恥ずかしいなんてものではないが、このクラスに友達はいないし、風評被害はない。何より、周りも着替えている環境なら僕が着替えても浮かないはずだ。
「……よしっ」
深呼吸してから覚悟を決めた。多分、サイズ合わせの意味もあるんだろうし。
なるべく周りの人に見られないように着てみた。ちゃんと、パンツ丸出しにならないようにスカートを履いてからズボンを脱いで。
カチューシャは……恥ずかしいからやめよ。いや今更感あるけど。
「……こう、かな」
着替え終わって、一人で窓を眺めた。メイド服を着た僕が映っている。
……これ、想像以上に恥ずかしいな。やっぱり文化祭の日は休もうかなぁ。というか、他の男子はパッツンパッツンなのに、僕のだけサイズピッタリなのはなんで? おかしくない?
まぁ、サイズがぴったりなら良いよね。ということで、さっさと着替えようと思った時だ。
「わっ、み、みー……宮川くんかわいい!」
「……へっ?」
クラスの女子に見つかってしまった。しかも、割と派手な女子に。それをきっかけに、ワラワラとクラスメートが集ってくる。
え、ちょっ……なんでっ……ていうか、退路を断たれてしまった……。
「本当だー。みや……宮内くん似合う!」
「サイズもピッタリだし、本物のメイドさんできちゃったね。みや……宮沢くん」
「おいおい、みや……宮山の男性ホルモンはどうなってんだ?」
「それな。みや……宮ノ上の田村麻呂って本当にキ○タマついてんの?」
ちょっ、あの……あまりこっち来ないで……てかなんで集まってくるのこっちに……!
人に囲まれ、顔が熱くなり、視界がグルグルと回って来た。
そんな中、一人の女子が鞄から化粧ポーチを取り出す。
「ね、せっかくだから本格的に改造してみない?」
こいつ何言ってんの?
「良いね。誰かー、詰め物持って来て」
詰め物⁉︎ 何に使う気⁉︎
しかし、僕に抵抗する術はない。頭にツッコミや悪口は浮かんでも、口に出来ないのだ。
しっかりとラグビー部の筋肉お化けに捕まり、女子生徒に化粧をされる。それから、中身はなんだか分からないが、メイド服の胸の部分に何かを詰められ、髪もいじられ、カチューシャを乗せられる。
ちょっ、やめっ……てか服の中はいじらないでっ……! ていうか、僕を捕らえてる人、逃げないので抱きしめないで!
「……宮倉ってアレな、なんか女子みたいな匂いするな」
「おい、村田お前ホモかよ」
嗅ぐな! 人の頭を! ていうか、さっきから誰一人名前合ってないから! 宮倉なんて苗字の人いんの⁉︎ 先に宮崎が浮かばない⁉︎
「よし、完成っ、と」
完成した時には、僕はもう別人だった。僕ですら「これ誰?」ってレベル。顔なんか恥ずかしさで真っ赤だ。「クッ、殺せ……!」ってこんな感じなのかな。
そんな僕を見たクラスメートは逆にさらに盛り上がってしまった。
「誰?」
「いや、もうこれ女の子でしょ……」
「結婚して下さい」
「お前本当にホモかよ。や、気持ちはわからんでもないけど」
……感想言うのはやめて下さい。自殺したくなります。
……というか、もう自殺待った無しだな。こんな格好してるとこを美嘉先輩に見られた暁には死にたくなる。
そんな事を思ってしまったのがフラグになったのだろうか、教室の扉が開いた。
「すみません、宮崎くんいま……」
美嘉先輩が顔を出した。僕もガッツリ目が合った。鼻血を出してぶっ倒れたため、僕のメイド服は結局、禁止になった。
×××
学生服に着替えた僕は、美嘉先輩を(引きずりながらも)なんとかおぶって保健室に運んだ。
先生に治療をしてもらい、あとは目が醒めるのを待つだけだ。その間、僕は退屈なのでゲームをやってることにした。
スマホを取り出してぽちぽちといじってると、ふと眠っている美嘉先輩が目に入った。
鼻の穴にティッシュが突っ込まれているとはいえ、やはりアイドルなだけあって綺麗な人だ。なんというか、男心をくすぐるというか、頭を撫でたくなるというか……まぁ、僕なんかが撫でるわけにもいかないが。
「……」
でも、可愛いなぁ。美嘉先輩の寝顔なんか、この先に眺めるチャンスなんかないだろうし、ここしか見れないのは少し惜しい気がする。
……写真とか撮っても平気、かな……。だ、大丈夫だよね? 怒られたりしないよね? あ、ちょっとヨダレ出てる。普通の人なら汚いけど、美嘉先輩なら何故か可愛く見えるのホント不思議。
いや、そんなことよりもだ。ほんとに写真撮って良い、かな……。やっぱり勝手に撮られるのは美嘉先輩も嫌がるよね……。
……でも欲しい。知らぬが仏、撮ってしまおう。
一発でそう決意し、音を立てないようにそーっとスマホを構えた。
「……」
起きないでくださいよー……。
心の中で念じながら、スマホのボタンを押した。カシャっとシャッター音が鳴り響き渡り、上手く撮れてるか確認しようと画面を見た。画面の美嘉先輩は、眠たげに……それこそ起きた直後のように目を開いていた。
「……えっ」
「玲くん……?」
そう声を絞り出した美嘉の表情は、寝起きとは思えないほどにしっかりと目を開き、頬を真っ赤にして口元のヨダレを拭いながら僕を睨みつけていた。
……あ、ヤバい。消される。
「……何してるの?」
「い、いえ、その……」
「まさかとは思うけど……撮った?」
「……」
「……撮ったのね?」
ーーーヤバい、
脳にそんな文が浮かんだ時には遅かった。美嘉先輩は寝起きだというのに元気に僕に両手で襲い掛かり、右腕をクビに通して締め上げながら、左手のゲンコツでコメカミをグリグリと攻めてきた。
「い、いだだだだ⁉︎」
「女の子の寝顔を無断で撮るなんて……いつからそんな悪い子になったのかな〜?」
「す、すみませっ……!」
「すみません、じゃないよ! 昨日なんて莉嘉には告白紛いなことするし! 何なの君は⁉︎」
「え? こ、告白……?」
「付き合ってください、とか送って来てたじゃん!」
ええええっ⁉︎ ……いや、確かに文面的には告白以外の何者でもないけど……!
ま、まさか……莉嘉さんも怒ってたのってそういうのことで……。
「は、はわわわっ……!」
「え、本当に告白なの……?」
「ち、ちがいます! こ、告白なんてそんな……お、恐れ多い……」
「だ、だよね……って、ホッとしてる場合じゃなくて! とにかくダメだからね、そういう紛らわしいこと言うの!」
「は、はい……。す、すみませんでした……」
……あの、それよりも、頭グリグリが痛いし、何より柔らかい部分が当たってるので、離してくれると嬉しいのですが……。
「……言っとくけどまだ離さないからね」
「っ、な、なんでですか……?」
「一つは、そのー………い、痛そうにしながらも照れてる玲くんが……可愛いから……」
「……」
照れながらそんな風に言われても……というか、この人、胸が当たってるの分かっててやってるんだ。
自分の発言が完全に色んなことの告白になってることに気づいたのか、誤魔化すように二つ目の理由に移った。
「も、もう一つは! さっきなんで写真を撮られたのか知りたいから!」
「へっ……?」
「べ、別に……玲くんにとってあたしはゲーム友達みたいな感覚でしょ? それなのに、その……どうして、あたしの写真なんか、撮ろうとしたのかなって……」
「……」
「と、盗撮なんて、らしくない真似までして……」
いらんこと言わないでください。
しかし、そんな風に聞かれても僕にだって分からない。なんで僕は、美嘉先輩の寝顔をいつでも見れるようにしたい、なんて衝動に駆られてしまったのか。
いや、理由は大体、分かってる。美嘉先輩の寝顔がとても可愛かったからだ。
だけど、そんなことを口に出せば、最悪の場合「え、何こいつ。何勘違いして口説いてきてんの? キモい」となる。よって、そればっかりは避けなければならない。
しかし、他に理由なんて……。
顎に手を当てて考え込んでると、美嘉先輩が恐る恐る聞いてきた。
「……も、もしかして……あたしの寝顔が、欲しかったから……とか?」
「ーっ!」
ば、バレてる⁉︎ ダメだ、誤魔化さないと!
「ち、違うんです! そんな、そんな気は無いです! た、ただ……ちょっと、気が動転していたというか……つ、つい出来心というか……! べ、別に美嘉先輩が可愛かったとか、そんなんじゃ全然無くて……!」
って、何を言ってるんだ僕のバカ! そんな一昔前のツンデレみたいな事を言って……!
頭の中がしっちゃかめっちゃかになり、なんか色々と言い訳を模索してる時だ。ふと静かになった美嘉先輩に目を向けた。顔を真っ赤にしたまま、口をパクパクさせて俯いている。
「っ……っ……!」
っ、な、なんだろう……。美嘉先輩の反応が、なんか……こう、照れてると思うととても可愛らしくて……胸の奥がズキズキ痛いというか……。
……なんだこれ。……もしかして、これが……。
「あーもうっ! いつからそんな高等テクニック覚えた! この生意気な後輩め〜!」
「っ、な、なんでもっと締めるんですか⁉︎」
胸の痛みはいつの間にか消え去り、再びこめかみと締められてるクビに痛みが走る。
……なんだったんだろう。心不全かな? 最近、よく病院に運ばれることも増えてきたし、あながち間違いじゃない気がする。
が、割とマジの「グェッ」という断末魔が漏れたことによって、美嘉先輩も「あ、殺すかも」と思ったのか、首を離してくれた。
「さ、帰ろっか?」
「ぇふっ、ゲフッ……! は、はい……」
ふぅ……ようやく帰れる。まぁ、もう文化祭の会議も終わってるだろうしね。
美嘉先輩がベッドの上で座りながら髪を整えてる間に、僕はベッドの周りのカーテンの範囲内から出て外で待機した。
「そういえばさ、玲くん」
「? なんですか?」
「玲くんがメイドさんになってる夢を見たんだけど……」
「ブハァ⁉︎」
や、ヤバっ……! そういえばすっかり忘れてた……! ど、どうしよう、なんて誤魔化せば……!
「なんであんな夢見たんだろうねー」
「あ、あはは……ま、まぁ、夢は夢ですし」
「そう言われたらそうなんだけど……なんかやけにリアリティあったというか、そもそもどうしてあたし気絶したんだっけ?」
「さ、さぁ……?」
向こうが話してくれたので、こちらも上手く誤魔化すことができた。どうやら、本気で忘れてしまっているようだ。助かった。
そんな時だ。「妄想も大概にした方が良いのかな……」とかブツブツ言ってた美嘉先輩は「あっ」と、ふと何かに気付いたような声を上げた。
その後、カーテンから出て僕の顔を見た。それによって、頬を赤く染めながら、僕の両頬に手を当てた。
「れ、玲くん……!」
「っ、な、なんですか……?」
「……こ、このお顔は、一体……?」
「? か、顔? ……あっ」
……そういえば、着替えただけで化粧は落としてなかった。
「……まさか、とうとう女の子になろうと……?」
「ち、違います!」
「じゃあ何これ?」
「え、えっと……!」
ダメだ、どう足掻いてもあのメイド服の話をするしかない。
観念したようにその話をすると、意外なことに美嘉先輩はメイド服の方には食いつかなかった。美嘉先輩が食いついたのは僕の顔のメイクの方。真剣な目をしたあと、圧のある声で言った。
「……玲くん」
「っ、な、なんですか……?」
「あたしの部屋行こっか。こんな素人丸出しのメイクじゃなくて、カリスマギャルの本気のテクニックを見せてあげる」
「ええっ⁉︎ いや、あのっ……!」
その日、夜になるまで帰れなかった。