城ヶ崎さんに甘えたい。   作:バナハロ

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処女ヶ崎の恋愛(3)

 事務所にて。美嘉は一人でソワソワしていた。

 明日は文化祭、玲に告白する(予定の)日だ。告白の言葉は考えた、なので後は明日に備えるだけだ。

 同じユニットのメンバーが出て行ったレッスンルームで一人、鏡を見て深呼吸している。

 

「……」

 

 何となく気になり、前髪をいじる。どうせ、明日の朝はいつもより早く起きてセットするんだから、今、足掻いたって意味ないのに。

 そういえば、玲はどんな髪型が好きなのだろうか? あまり好きな女の子のタイプとか聞かなかった自分が悪いが、どんな髪型にしたら良いのかわからなかった。

 ……なんかそれだけで気が引けてきた。そもそも、彼は自分のことをどう思っているのか。

 従兄弟から聞いた「コミュ障の心得」によると、なるべくなら放っておいた方が向こうも助かるらしい。他人に気を使われることを嫌うからだ。

 でも、何となく玲のことは放っておけなかったし、美嘉自身も一緒に居たかったので割とベタベタくっついていた。

 ……だとしたら、それは向こうは迷惑に思ってたりしたのかもしれない。

 なんか悪い想像ばかり膨らんでいった。

 

「……う〜!」

 

 唸りながら、自分の頭をぽかぽかと叩く。大丈夫なはずだ。ここ最近、向こうも自分と一緒にいたがっていたし、少なくとも嫌われてはいないはずだ。

 パンパンと両頬を叩くと、とりあえず今は鏡を見た。それよりも、明日の告白だ。余計な事を考えないようにするために、今は告白の練習をすることにした。

 鏡を見て、小さく深呼吸。で、笑みを作って頬を赤らめながら言った。

 

「れ、玲くん……。実は、その……話があって……」

 

 ……練習でも少し恥ずかしかった。というか、恥ずかしくないわけがなかった。だって鏡見てるから。

 それでも続けるあたり、割とメンタルが強い。

 

「その……あたし、玲くんのことが……」

 

 そこまでいって、鏡の自分を半眼で睨んだ。なんか、恥ずかしそうに言うのは自分のキャラじゃない。

 コホン、と咳払いして改めて表情を作った。

 

「ね、ね、玲くんっ。実はね、大事な話があってー……あ、告白だと思ってる? その通りだよ。勘が良いね〜、というわけで付き合って?」

 

 ……いや、これもダメだ。軽いし本気にしてくれない。本気にしない癖に頬を赤らめて気絶しそう。

 もう一度、咳払いして練習を再開した。

 

「れ、い、くーん! 結婚して?」

 

 ……いや、だからダメだってば、と頭の中で反復する。徐々にボケに逃げてるのが自分でもわかったので、そろそろ真面目に考えた。

 そんな時だ。背後から声が掛かった。

 

「こんなのどう? 『あたし、実は玲くんとベロチューしたいんだ』って」

「いやそれはダメでしょ……。そんなんいきなり言ったらドン引きじゃ済まないから」

「にゃははは。だよね〜」

「じゃあじゃあ、こんなのは? 『今夜、うちに両親がいないんだ……。良かったら、泊まっていかないか?』」

「いや下心しかないじゃんそれ……。大体、万が一そんなシチュエーションになったら、玲くんが呼吸困難で死……」

 

 そこで、美嘉の口は止まった。眉間にしわを寄せて「てか、あたしだれと話してんの?」みたいな表情を浮かべる。

 ずっと見ていたはずの鏡には、いつのまにか一ノ瀬志希と宮本フレデリカの姿があった。

 

「……」

 

 ……徐々に、ではなかった。一発で最高潮に頬が真っ赤に染まり、首からゴキっと音が鳴る早さで振り返った。

 

「なっ……い、いつからここに⁉︎」

「ん、ほらアレだよ。『れ、玲くん……。実は、その……話があって……』って美嘉ちゃんがモジモジし始めた時から」

「ギャー!」

 

 志希に微笑みながら言われ、分かりやすい悲鳴をストレートに漏らす美嘉だった。声真似が見事に似てる所が腹立たしくて恥ずかしい。

 顔を真っ赤にしたまま、志希の胸倉を掴んでグワングワンと揺すって怒鳴った。

 

「わ、忘れてー! てか忘れなさい!」

「にゃはははー、無理無理ぃー。てか、フレちゃん録画済みだし」

「はっ⁉︎」

「録画、完了しました!」

「け、消せー! お願いだから消してー!」

 

 最高潮を超えた赤さで、今度はフレデリカに掴みかかったが、今度はぬるりと躱されてしまった。

 で、美嘉のことなんか一切無視して志希は唐突に真面目な声を作った。

 

「つまり、美嘉ちゃんは告白するのね? その玲って子に」

「っ、う、うん……」

 

 滅多に聞かない志希の真面目な声に飲まれて、美嘉もつい録画を奪おうとするのを辞めてしまった。非常にちょろい。

 

「そういう事なら、フレちゃんと志希ちゃんにお任せ〜♪」

「いや、一番信じられないんだけどあんたら」

「じゃーん、そんな時こそこれ!」

「志希にゃん印のきびだんご〜」

 

 そう言ってフレデリカから出されたのは白い粉がまぶされている薄いピンク色のだんごだった。袋に入っていて、志希のハンコが押されている。

 何故、フレデリカから出されたのか、とかはこの際、気にしないで、こればっかりは素直に褒めておいた。

 

「へぇ〜、美味しそうじゃん。おやつと一緒に告白って事?」

「そーそー」

「きびだんごって面白いね。何これ、ピーチ味なの?」

「違うよー? 媚薬味」

「へぇ〜! ……はっ?」

 

 およそ食べ物に使う味ではない言葉が聞こえ、思わず耳を疑ってしまった。

 

「……び、やく……?」

「そう!」

「……きびだんごって、そういう?」

「そういう!」

「却下よ、却下! 告白の時に媚薬渡す女の子って何⁉︎ ビッチじゃん、ただの!」

「それで襲われちゃえば向こうも責任取らざるを得ないでしょ?」

「なんてこった、目的は上手くいっちゃうんだ!」

 

 しかし、すぐに美嘉はだんごを叩きつけた。

 

「そんな性的な桃太郎みたいなのダメに決まってるじゃん! 何をさせようとしてるわけ⁉︎」

「あー……せっかく、作ったのに……」

「アタシも手伝って……一生懸命作ったから、味だけは保証できるのに……」

「うぐっ……!」

 

 唐突に肩を落とす二人。演技なことは美嘉にも分かっていた。しかし、だとしても目の前で肩を落とされると、脳裏に浮かぶのはすぐにネガティヴになる自分の思い人なわけであって。

 それに、製作者の前で食べ物を叩きつけたことには変わりない、と徐々に反省してしまった。非常にチョロい(2回目)。

 

「わ、悪かったわよ……。とにかく、もらっておくから……」

「じゃ、使ったら感想聞かせてね!」

「味と効能、両方ともね!」

「あ、やっぱり……!」

 

 すぐにレッスンルームから出て行ってしまった。苛立ちながらも、とりあえず媚薬だんごを手に取った。いや、媚薬味だと知らなければ絶対に美味しそうなのがまた腹立つ。

 ……でも、これをもし玲に使ったら……や、ダメだってば。と、己を自制させる。もし、使うなら付き合ってからだ。

 とにかく、こんなの持ってるところを見られるのはマズい、さっさと帰ろうと思い、出て行こうとすると、その前に誰かが入ってきてしまった。

 

「あ、美嘉ちゃん」

「みっ、美波ちゃん⁉︎」

 

 慌てて自分の背中にだんごを隠した。が、そんな事をすれば相手が気にしてしまうのはもはや必然であって。

 

「? 何持ってるの?」

「うえっ? な、なんでもないよ! あはは……」

 

 作り笑顔を浮かべたが、もはや疑ってくれと言ってるようなものだった。

 しかし、相手は女神の呼び名を欲しいままにしている新田美波だ。敢えて言及はしなかった。別に、自分はそれよりも重たい秘密を隠してるとかそんなんじゃない。

 

「もう上がるの?」

「あ、う、うん……」

 

 言及されなかったことにホッとしつつ、ふと美嘉は気になった。目の前の女性は女神だ。ヴィーナスだ。ヴィーナス・ラ・セイントマザーだ。元々の悩みを聞いてくれるかもしれない。

 

「ね、ねぇ、美波ちゃん」

「? 何?」

「あの……少し、時間ある?」

「あるよ。どうしたの?」

 

 こういう時、美波がいてくれるのはありがたい。奈緒も頼りになるが、加蓮と凛を筆頭に囲まれて小突かれれば秒で吐いてしまうのはいただけないから。

 

「実は……その、好きな人がいるんだけど……明日、その人に告白しようと思ってて……」

「へぇー! 美嘉ちゃんにも?」

「う、うん……。それで、その……告白の練習を……。確か、彼氏いたよね?」

「あー……うん、まぁ」

 

 目を逸らしながら、美波は自分の頬を掻いた。

 

「えーっと……なんていうか、私は告白された側だったから……まぁ、私も相手の子のことが好きだったんだけどね」

「そ、そうなんだ?」

「でも、告白の練習なんて考えなくて良いと思うよ? 自分の思ったことを、伝えたいことを正直に言ってあげれば、気持ちは伝わると思うな」

「……」

 

 この時、美嘉の精神状態は普通ではなかった。普段なら、その意見を聞き入れ、早めに帰って明日の髪型を模索していたことだろう。

 しかし、現状は志希フレに言い様にいじられ、告白の練習を録画され、しかもそれを消させるのを忘れ(ここは今思い出した)、終いにはレッスンルームで妄想しかけ、機嫌は決して良くなかった。

 その上「お前告白されたんか」「こっちはそんな気配ないのに」「告白の苦労も知らないでなんでアドバイスしてんの?」と捻くれた感情がフツフツと湧き上がる。

 だからと言って、美嘉もわがままではなかった。微笑みながら頭を下げた。

 

「ありがと、美波ちゃん」

「ううん、気持ちは分かるから」

「お礼にこれあげる」

「? 何それ」

「ん、桃のおだんごみたい。彼氏と一緒に食べて」

「ありがと」

 

 そう言ってきびだんごを渡し、レッスンルームを出て行った。

 

 ×××

 

 事務所を出て駅に向かった。のんびり歩いてると、ゲーセンの前を通った。

 すると、タイミングの良いことに見覚えのある少年が小学生と一緒に出てきた。

 

「あ、あの……どうぞ、莉嘉さん」

「ありがと、玲くん♪」

 

 袋から取り出し、手渡しているのはぬいぐるみ。みんな大好きラッピーのぬいぐるみだ。あくまで個人的な意見だけど、ナヴラッピーやリリーパ族よりもラッピーのが可愛いと思う。さらにその上にウォパル族がいるけど。

 袋の中にはまだ何か四角いものが入っているようだったが、あまり気にならなかった。

 

「……あ、あの……これで、先程の件は……」

「分かってるって。内緒にしておくから」

「ほ、ほんとうに、フィギュアが欲しかったのではなく……その、難しそうだから、取ってみたかったってだけで……」

「分かったってば」

 

 なんの話をしてるのか分からないが、要するに莉嘉と内緒事を共有してるのだろう。自分を差し置いて。

 ーーー気に食わない。妹に嫉妬なんて情けないかもだけど、それでも気に食わないものは仕方ない。

 

「ふーん? 何を内緒にしてるの?」

「っ」

「げっ……お、お姉ちゃん……!」

 

 狼狽えられ、尚更だった。特に玲が。

 

「何、あたしに見られて困ることしてたの?」

「え、えっと……」

「それとも、人の妹に色目使ってたんだ? ロリコンって犯罪だからね?」

「えっ……あ、あの……怒ってます……?」

「怒ってない」

 

 怒ってる。誰が見ても分かった。どうしたものか悩んだが、莉嘉はここは正直に話した方が良いと思い、背伸びして玲の耳元でボソボソと話した。

 

「……これはもう、言っちゃった方が良いよ」

「……へっ?」

「元々、偶然出会っただけなんだし、後ろめたいことなんて玲くんの手元の景品だけなんだから」

「うう……でも」

 

 なんてやってるのが、美嘉にはさらに気に食わない。イライラしてきたため、ズカズカと詰め寄って玲の胸ぐらん掴んだ。

 

「……何、人の妹とイチャイチャしてんの?」

「ひうっ……!」

「あーもう……待って、お姉ちゃん。偶々、あたしがゲーセンで美少女フィギュア取ってる玲くんを見掛けたから、口止め料にぬいぐるみ取ってもらっただけなの」

「ちょっ、莉嘉さ……!」

「……ふーん」

 

 内心、ホッとしながらも、美嘉はジト目をやめない。玲の手元の袋に目を落とした。

 

「じゃ、それ見せて」

「……へっ?」

「中身」

「……え、あの……」

「何、見せられないの?」

「い、いえ、その……あまり、見せたくないというか……」

「いいから見せて!」

「ちょっ、先ぱ……!」

 

 引っ張られ、袋を取られてしまった。中を見ると、入っていたのは、FGOのナイチンゲールのフィギュアだった。片目に包帯していないのに髪を下ろしている、所謂、最終再臨絵のナイチンゲール。

 

「……これは?」

「うう……な、ナイチンゲールです」

「こういう子が好みなの?」

「い、いえ! あの……フィギュアをクレーンゲームでとってみたかっただけで……! その……」

「……でも、好みに近いからこれにしたんでしょ?」

「うっ……は、はい……」

 

 顔を真っ赤にして俯く玲。美嘉は顎に手を当てて小さく「なるほど……」と呟きを漏らすと、フィギュアを返した。

 で、急に機嫌が良くなり、玲の手を引いた。

 

「さ、帰ろっか」

「へ? ……あ、は、はい……」

「ほら、莉嘉も」

「あ、う、うん……?」

 

 鼻歌を歌われ、莉嘉は呆れたようにため息をつき、玲は何も分かっていなかった。

 

 


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