城ヶ崎さんに甘えたい。   作:バナハロ

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処女ヶ崎の恋愛(4)

「ぐるぁ!」

「ひぃっ⁉︎」

「オオおオおおおオオ!」

「ひゃあ!」

「がおー」

「ひうぅ⁉︎」

 

 頭の中がぐるぐる回ってパニックになりつつ、美嘉の腕にしがみついていた。普段なら気にするとこだけど、今はそんな余裕がない。

 もちろん、怖がってるのは「お化け」ではなく「なんか変な格好してる人」である。

 情けない話だが、ここにカリスマアイドルを痴漢から救った少年はいなかった。

 一方、美嘉の方は。

 

「は、はわっ、はわわわっ……!」

 

 玲とは別の意味でヤバかった。理由は単純明快、好きな男の子にしがみつかれ、ノックアウト寸前である、理性が。

 ここから先は、美嘉ねえの恥ずかしい心の葛藤をお楽しみ下さい。

 

 美嘉の心の声(地)『ダメダメダメダメ、落ち着いてアタシ。それはまずいって。いくら食べちゃいたいくらい可愛くても、やってイイことと悪い事があるから。大体、この子別にお化けにビビってるんじゃなくて、脅かしてくる人にビビってるだけだから。理由は全然可愛くないから』

 

 意外にも、玲がビビっている理由を見抜いていた。人が怖い、なんて可愛くない理由でビビってても可愛いと思えてしまうあたり、美嘉は相当だった。

 

 美嘉の心の声(悪魔)『ちょっと〜、何ビビってんの? ここはカリスマギャルらしく襲っちゃうとこでしょ。ちょうど暗いんだし、誰にも見られないから、唇の一つくらいもらっときなよ★』

 

 悪魔でも、襲うの定義が緩かった。

 しかし、美嘉の中ではそれでも一大決心しなければ出来ることではない。

 そして、悪魔が出てくれば天使も出てくるのである。

 

 美嘉の心の声(天使)『待ちなさい、美嘉』

 地『いや、あんたも美嘉じゃん』

 天使『茶化さないの。早まっちゃダメだから。ただでさえ人間耐性が低い玲くんが相手だよ? 暗闇の中、唐突にキスなんてされたら、どうなるか分かったものじゃないからマジで』

 地『それは、そうだよね……』

 悪魔『でも、この機を逃したら、あとは付き合うしかキスする場面なんかないけど?』

 地『そ、それは……うん』

 

 などと、会議は思いの外、熾烈を極めていた。

 

 天使『ちょっとあんた。人が話してんのに横から入って来ないでくれる? これはあくまで美嘉が決める事なんだから』

 悪魔『それを言うならこっちのセリフなんですけど? 何良い子ちゃんぶってるわけ? 性慾なんてみんなあるんだし、別にキスするくらい良くない?』

 天使『それを相手の気持ちも考えずにしてどうすんの。嫌われたら元も子もないでしょ』

 悪魔『リスクを恐れて何もしないのは臆病過ぎるでしょ』

 地『ちょ、あんたらうるさい。あたしの中で勝手に喧嘩しないで』

 天使&悪魔『『じゃあどうすんの?』』

 地『なんでそこだけ息ぴったりなわけ⁉︎』

 

 と、まぁ、頭の中で格闘していた。しかし、キスまでは行かなくとも、何かしたい。

 とりあえず、浮かんだ案を二人に口に出してみた。

 

 地『……手を繋ぐ?』

 天使『腕にしがみつかれてるじゃん』

 

 その通りだ。しかも、玲の胸が当たってる。いや男なのだし、当たってるからなんだという話だが。

 

 地『肩を抱き寄せる?』

 悪魔『それをするには腕を振りほどく必要があるけど?』

 

 それもそうだ。さっかく玲の胸を堪能してる真っ最中だ、なるべくならこのままでいたい。てか、だから玲は男だけど。

 

 地『声を掛けてあげる、とか……?』

 天使『今のこの子な、あんたの言葉が通ると思う?』

 

 たしかに、ビビりまくっている。隣から声なんてかけたら肩を震わせて何処かに飛んでいきそうだ。

 

 地『……え、えっと……お、お尻を触る?』

 天使&悪魔『……うわあ……』

 地『何なのあんたら⁉︎ さっきから人の案にケチつけて! あたしだって今のは言ってみただけだから!』

 天使&悪魔『無いわー』

 地『あああああああ‼︎』

 

 イライラが臨界点に到達する。自分とはいえ殴りたい。

 

 天使『大体、チキン過ぎるんだよ。もっとガッツリいけないの?』

 悪魔『そうそう。かといってセクハラ的なのも無し。キスとかそういうのも論外だから』

 地『それを言い出したのはあんたでしょうが!』

 悪魔『いいから。この機会を活かす方法を考えないと』

 

 言われて、美嘉は顎に手を当てた。もちろん、頭の中で。正直、腕をしがみつかれてる時点でやれる事なんて無い気もしたが……。

 すると、何か思い付いたのか、美嘉は行動に移すことにした。

 

「玲くんっ」

「ひえっ⁉︎」

 

 しがみつかれてる方と反対側の手で玲の頭に手を置いた。それによって、玲が肩を震わせ離れかけて少し名残惜しくなったが、我慢して両腕で肩を抱き寄せた。

 

「……落ち着いて。アタシがいれば大丈夫だから。怖いなら、手を握っててあげるから」

「ーっ……!」

 

 全部使った。効果はてきめんだった。顔を真っ赤にした玲は、俯いて美嘉の手を控えめに握った。

 

「……す、すみません……」

「ううん、行こっか」

「は、はい……」

 

 二人で手をつないで、ゴールに向かった。その手はやけに暖かく感じた。

 

 ×××

 

 お化け屋敷の後は、テキトーに何処かの喫茶店に入った。というか、玲も美嘉も全く違うベクトルに体力を使ったので、休憩も兼ねて。

 で、その後はまた色々な出店や出し物を回り、次に来たのは講堂だった。

 クラスごとにダンスとかしてるとこもあれば、部活の発表をするところもある。

 二人が今見てるのは、軽音部の演奏だった。

 

「……すごいね。よく楽器とか出来るよね」

「……そう、ですか?」

「ほら、複雑じゃん。音符とか記号とか覚えなきゃだし」

「そう言われると……そうですが」

「……え、玲くん楽器できるの?」

「ゲームでなら、なんとか……」

「ゲームじゃん、それ……」

 

 そう言われ「その通りですね」と少し肩をすくめる玲。まぁ、ゲームと現実が違うのは分かってた事なので何も言わなかった。

 

「ていうか、玲くんは好きな曲とかあるの?」

「……一応」

「へぇー、どんな?」

「え、えっと……も、モンハンの曲とか……」

「ああ、やっぱりゲームだよね……」

「あ、で、でも! この、曲知ってますよ」

 

 この曲、というのは今、演奏してる曲だ。

 

「ああ、まぁ有名だからね」

「……そ、そうなんですか?」

「うん。カラオケとかでよく歌われてるんじゃないの?」

 

 そんな話をしてる時だ。曲が変わった。美嘉にとっては、嫌に聞き慣れた曲。Lippsの曲だった。

 

「っ⁉︎」

 

 唐突の不意打ちに、頬が真っ赤に染まる。

 

「? 先輩……?」

「こ、これっ……あ、あたし達のっ……!」

 

 それを聞いて、玲は「ああ、自分の曲なのか」と察した。

 バンドのボーカルはヤケに渋い声で「CHU」を連呼する。面白いほど気持ち悪い。

 他人事なら笑えたのだろうが、思いっきり自分の事なので恥ずかしいばかりだった。

 美嘉が悶えてる間に、演奏が終わり、ステージ上で撤退が始まる。

 

「……あの、せ、先輩」

「……何」

「先輩も……『CHU』ってやるんですか……?」

「……」

 

 無言で頷かれ、何故か玲も顔を赤くした。

 すると、ステージ上は切り替えが完了し、軽音部が終わって、次は演劇部となった。

 内容はシンプルにシンデレラ。妹が姉と母親にいじめられ、なんやかんやで王子様と出会い、なんかお姫様になる話。

 やはり、主演の女の子は演劇部で一番可愛い女の子なのか、ゲーオタの玲から見ても可愛く見える。

 特に、衣装のドレスを着ているからか、なおさらだ。そんな中、ちらっと隣の美嘉を見た。この人がこういうドレスを着たら、さぞ可愛いんじゃないかな、みたいな。

 が、すぐに頭を横に振った。そんな事を想像すると、諦めきれなくなってしまう。

 

「……」

 

 ……でも気になる。そういえば、隣の女の子はアイドルだ。なら、衣装で他のドレスとかなら着たことあるんじゃないだろうか?

 そうと決まれば善は急げだ。検索してみた。ウエディングドレスが出てきた。

 

「ーっ⁉︎」

 

 え、結婚してんの? てことはバツイチ? と、大きく狼狽えた。そして、それは当然隣に座ってる張本人も不審に思う行動だった。

 

「どうしたの? 玲く……んっ⁉︎」

 

 スマホの画面が目に入り、美嘉も大きく目を見開いて頬を赤く染める。

 

「な、何見てんの勝手に⁉︎」

 

 反射的に大声で叫んでしまい、周りの視線を集めてしまう。それになおさら顔を赤くしながら、肩を縮こまらせつつ、隣のたまに生意気になる後輩の首に手を回して締め上げた。

 

「ちょっ、何してんの?」

「い、いえ、その……」

「それ、撮影の時の奴じゃん……!」

「へ? さ、撮影、ですか……?」

「なんだと思ったの逆に?」

「い、いえ、その……既に、ご結婚されてたのかと……」

「……バツイチって言いたいわけ? この年で?」

「……」

「……」

 

 ギリギリギリギリッと両腕が締められる。さっきの美嘉のように全員の視線を集めてしまうかもしれないので悲鳴はあげなかったが、それでも周囲の視線は集めてしまってるのは否めない。

 それでも、美嘉は構わず……というか気付かずに締め上げる。

 

「うぐっ……ご、ごめんなざい……!」

「絶対に嫌!」

「い、嫌⁉︎」

 

 流石に許されなかった。失礼どころの騒ぎではない。

 が、その騒がしい制裁は少なくとも出し物の見学中にやるものではなかった。

 

『そこの女子二人。騒がしくするなら出て行ってください』

 

 ナレーターのアナウンスではなく、文化祭実行委員会のアナウンスに怒られ、美嘉はさらに顔を赤くして腕を離した。

 文化祭の出し物の一環で、男装してる女子生徒と思われたのだろうか? 不可解な表情をしてスピーカーの方を睨んでる玲に、美嘉がジト目で言った。

 

「……後で覚えてなさいよ」

「ううっ……す、すみません……」

「嫌」

 

 反応は思いの外、冷たかった。

 

 ×××

 

 演劇部が終わり、居づらくなった講堂を出た二人は、校舎の中を歩いていた。

 並んで歩く事はなく、美嘉が前を歩き、そのあとを玲が付いて行っていた。

 玲は相変わらず弱々しい情けない表情で俯いている。

 美嘉は、意外にも困った顔をしていた。好きな人にバツイチとか抜かされた時はホント、気刃大回転斬ものだったが、演劇を見てるうちにその怒りは冷めていったからだ。

 しかし「絶対許さん」と言ってしまった以上、許し難くなってしまったのだ。

 もし、喧嘩の相手が莉嘉なら、テキトーに笑って済ませられるだろう。莉嘉もそれで許してくれるだろうし、簡単な話だったはずだ。

 玲の場合はそうもいかない。端的に言えば、好きな人に「何この人、情緒不安定?」と思われたくないのだ。

 何かきっかけはないだろうか……そう思って顎に手を当てて辺りを見回す。

 そんな時だった。

 

「お姉ちゃんっ」

 

 正面からお腹を抱きつかれた。可愛い妹が自分を見つけたみたいだ。

 

「あ、莉嘉。来てたんだ」

「うん。みんなと一緒に」

 

 そう言う通り、あとから見覚えのある顔がぞろぞろとやってきた。加蓮、奈緒、悠貴、唯、未央などと、美嘉と玲のことを知る人物たちだ。

 

「り、莉嘉ちゃん。待ってください……!」

「勝手に走るなっつったろー」

「まぁまぁ、良いじゃん。奈緒。お姉ちゃんに会えて嬉しいんだよ」

「いや、でも万が一、迷子になられたら困るからね……」

 

 正直、莉嘉までなら良かった。きっかけには十分だから、むしろナイスと思ったまである。

 しかし、加蓮やら唯やらに来られると、今後、からかいのレパートリーにされるのが目に見えていたので正直、勘弁してほしかった。

 

「みんなお揃いで……」

 

 冷や汗を流しながら言うと、唯が聞いてきた。

 

「そういう美嘉ちゃんは一人?」

「いやいや、玲くんといるから」

 

 苦笑いを浮かべながら、胸前で手を振って答えた。さすがに一人で文化祭をまわったりはしない。

 しかし、何故か唯の表情に「?」といった色が浮かぶ。

 

「え? どこに?」

「後ろ」

「……見当たらないけど」

「……は?」

 

 美嘉が後ろを見ると、玲の姿が無かった。

 

 


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