幼馴染が彼氏作ったから俺も彼女作りたい   作:仮面

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時間を潰したい。

 世間一般では七月、そして八月が所謂「真夏」に分類され、九月にもなれば月が綺麗ですねだの言われだして「秋」の訪れを感じさせてくれるもんだと思う。

 そんな九月なら夕方にもなれば幾分かは涼しくなってくれるもんだろ……と思いながら帰る準備をしている俺の額にはアホみたいな汗が浮かんでいた。ふざけんな、クソ暑いわボケが。

 

 放課後の学校は部活生のメッカとなり、グラウンドは様々な運動部が叫びながら必死こいて練習、文化部も各々の文化を高めたり喋ったりしてるんだろう。万年帰宅部の俺には一切関係無ければ興味も無いのだが、文化祭の実行委員となってからはこれが関係の無いものでは無くなってしまった。

 

「暑っつい……死ぬ」

 

 誰もいない教室で文句を言っても、返してくれる人はいない。詩織は多目的室にて演劇のまとめと指導。俺は模擬店の予算等々の計算。とは言っても最終的には担任の皆川ちゃんに「これでいっすか」って聞いて細かい部分は色々やってくれるらしいからそこまで煮詰めなくてもいい……という訳では無い。ポテトを安く売っている業務用スーパーをめちゃくちゃ探した。安いもんを沢山高く売るのが正義なのだ。お陰で目がしょぼしょぼする。こういうスキルは姉ちゃんに習ったのだが、姉ちゃんは何処からこういうスキルを手に入れたのか……疑問である。

 

 今まで暗くなる前には確実に家に帰っていた俺が、暗くなるまで学校にいる。なんだか変な気分だ。お化けや七不思議なんて噂も無いクソみたいな学校だが、古いだけあって少し暗いとかなり怖い。部活生すげえな、いつもこんな黄昏乙女アムネジアと戦ってんのかよ。階段降りる時のギシギシ音がいつもより三割増で聞こえるわ。

 昔姉ちゃんが観てたのを隣で観ててトラウマになってしまった地獄少女の主題歌が脳内に流れながら靴に履き替え、校舎を出る。気分はさながらいっぺん死んでみて妖怪退治を終えた異能者の気分だ。安いポテト探してただけだけど。

 

 流石に日が傾いて空が暗くなると暑さは若干和らぎ、額の汗を手のひらで拭いながら校門をくぐったその時だった。

 

 

「あれっ、ハル君?」

 

 

 聞き覚えのある声で声をかけられた。というか、この学校で俺のことをそう呼ぶ奴って一人しかいない気がする。

 振り返ると、首からタオルを掛けて髪の毛を後ろで縛った日焼けサッカー少女、石黒凜花の姿がそこにあった。

 

「帰宅部じゃなかったっけ? 珍しいね」

 

「文化祭の実行委員だよ。リンはいつもこの時間に帰ってんのか」

 

「そだよー。いつもこの時間」

 

 相変わらず笑った時の白い歯が眩しい。

 

「あれ、リンの彼氏じゃん!」

「ホントだ、じゃああたしら先帰るねっ」

「凛花先輩彼氏いたんですか!?」

「こらっヒトちゃん! 邪魔しないの、帰るよ」

「リン、また明日ね! ごゆっくり〜♪」

 

 周りの女子サッカー部が俺に気付いた瞬間にもんのすごいニヤニヤした顔で手を振りながらそそくさと帰って行った。あー、なんか既視感あるなこれ。ちょっと前まで詩織といたらこんな感じになってたな俺。

 

「あえっ!? ちょ、皆!? あー! もう! 違うって! ……はぁ、行っちゃった」

 

 リンが顔を真っ赤にして叫ぶも、女子サッカー部の皆さんはその持ち前の脚力で逃げていった。うーん、女三人で姦しいとはよく言ったもんだよな。三人以上いるけど。

 

「はぁー……なんかごめんね、ハル君」

 

「いや別に慣れてるからいいけど」

 

「……追いかけるのもめんどくさいなー。一緒に帰ろっか」

 

「そうだな」

 

 流れでリンと帰ることになった。まあ一人よりはよっぽどいいよな。こいつと喋るのは嫌いじゃないし。また噂が立ったらこいつには悪いような気もするが……まあ、今更みたいな所はある。あの感じだとサッカー部では結構言われてそうだし。

 

「委員とか、めんどくさいからやらないタイプだと思ってた」

 

「やらないタイプだぞ。部活生じゃない男子が殆どいないからしょうがなく受け持っただけで」

 

「あっ、そっか。そういえば部活生は出来ないんだったね。演劇どんなことするの?」

 

「秘密。そこそこ面白いと思うぞ……そっちのクラスは何するんだよ」

 

「ひみつー。そこそこ面白いと思うよ」

 

 俺が何するか教えなくて、向こうから教えて貰えるはずも無かったな。まあそりゃそうか。あんまりネタバレするのもアレだし、どうせそのうち情報なんぞ出回るだろうし。

 

「ハル君は出るの?」

 

「出ない。脚本と演出をちょっと口出すだけだな」

 

「えー、出たらいいじゃん。ハル君名演技出来るよ」

 

「何を見てそう思ってんだよ」

 

「ティックトックとか真剣にやるじゃん? 演劇も出るならガチでやるでしょ? ほら、割と皆恥ずかしいから七割くらいでやるじゃん」

 

 あー、確かにな。演劇コンクールなんぞ、観る相手は同学年や後輩、知ってるやつばかりだ。なんとなく恥ずかしいから全力演技をする奴はほとんどいない。……いや、多分俺も流石に日和そうだけどな。実際はそうした方が恥ずかしいんだけどなぁ、解っていても出来ないことってのはある。

 

「お前は出ないのか?」

 

「出るよー。チョイ役だけど」

 

「名演技見せてくれるのか?」

 

「うーん……恥ずかしいから七割かな」

 

 恥ずかしそうに笑うリン。さっき自分で言ってたそのまんまらしい。

 

「全部全力でやるもんだと思ってたけどな」

 

「出来ないものは出来ないのー。というか悪役だから余計恥ずかしいんだよね」

 

「なんでだよ、お前バイキンマンの人気知らないのか?」

 

「バイキンマンみたいな可愛い悪役ならいいけど、あんまり可愛くないの」

 

「シンデレラのお姉様とか?」

 

「あれだよ、オズの魔法使い」

 

 オズの魔法使いに悪役なんかいたっけ? 西の魔女だっけか? でもこいつ魔女って感じしないしなー……あれか、改変してるのか。俺らのクラスみたいに。

 

「魔女の手下やるんだ」

 

「あー、そういう」

 

 魔女の手下なんて役あったっけ? ……改変か。

 

「ほら、私ちょっと肌黒いじゃん、日焼けしてて。もう一人めちゃめちゃ肌白い子がいるから、黒白で魔女の手下やるの」

 

「オセロみたいだな。洗脳には気を付けろよ」

 

「へ? なんのこと?」

 

 このネタ通じる同期にここ最近出会ったことがない。まあそりゃ旬はとっくに過ぎてるからなぁ。

 ある意味文化祭も洗脳の一種だと思う。文化祭マジックなんて言葉もあるくらいだからな。特別な空気に流されて、遅くまで文化祭の準備をしているうちにあまり喋らなかった異性と喋るようになり、「あれ? こいつ可愛くね?」となって付き合う……みたいなあれの総称だ。彼女が欲しい俺としては是非ともそのマジックにかかりたい所なのだが、俺が一番このシーズンに関わるであろう異性というと、あまり喋らなかったどころか昔から喋り倒してきた幼馴染であるし、更に言うなら彼氏持ちである。はー、クソじゃねえか文化祭マジック。どつき回してやろうかこの野郎。俺にご利益がない魔法なんてクソだー! ……このままだと三十になって魔法が使えるようになってしまう。

 

「あっ、電話だ。ごめん出るね」

 

「どうぞ」

 

 リンの鞄のポケットが震える。こいつ絶対学校出る前から電源オンにしてただろ。いや俺もあんまり人のこと言えない……というか大概の奴がオンにしてるけど。というか一回こいつと学校の中で思いっきりティックトック撮ったことあったわ、今更だった。

 

「もしもし〜、うん今帰ってるとこ……えっ嘘!? え〜、どうしよ〜! ……うん、うん。わかった、ありがと。また連絡するね、じゃ」

 

 通話時間は数十秒。なんだかやけに驚いた声を出した後にテンションが下がっていたが……? 

 

「なんかあったのか?」

 

「うん、お母さんからだったんだけどね。電車、人身事故で止まってるんだって。現場検証がどーだこーだであと一時間は動かないって教えてくれた」

 

「まじかよ……最悪じゃねえか」

 

 俺にはびっくりするほど無縁な話だが、リンに取っては相当な死活問題である。今から電車に乗って帰ろうにもその電車が一時間以上動かないとなれば、駅でひたすら待ちぼうけだ。ただでさえそこそこな暑さでうだってしまいそうだってのに。

 

「どこかで時間潰そうかなー……」

 

「まあ、それが妥当だろうな」

 

 俺がリンの立場でもそうする。丁度ちょっと歩けば、二人で勉強していたサイゼもあるわけだし。ドリンクバーで時間を潰すには最適だと思う。

 まあ、一人で長々とサイゼで時間潰すのも暇だろうし、俺もついて行ってやるか──

 

 

 

「……あ、そうだ。私ハル君の家行きたい」

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

 

 ──何言ってんのこの子。アホなの? 

 

「ハル君、家近いよね?」

 

「ま、まあ一応な」

 

「じゃあ私、ハル君の家で時間潰したい! ……あ、勿論迷惑だったら断ってくれていいよ」

 

 いや、決して迷惑とかそういう訳じゃない。そういう訳じゃないんだが、そう来たかー……いきなり豪速球でフォークボール投げられた気分だ。ホント、メジャーリーグに行ったとは言え、あんな速いフォークボール誰が打てるんだよって話だよな。……じゃなくて。

 別に家に来る分は嫌とか、そういう訳じゃない。けど、逆にリンがそれでいいのか? って思ってしまう。今の陽キャって皆そうなの? やだ、俺陰キャだから解らないわ。

 

「……いや、迷惑じゃねえんだけど、俺ん家でいいのか? 何もないぞ?」

 

「うん、どうせサイゼ混んでるだろうし。ほら、詩織ちゃんも入ったことあるんでしょ?」

 

 そりゃあるけど。何回もあるけど。

 

「……ちょっとタンマな。姉ちゃんに一応聞いてみる」

 

 俺は迷惑じゃないにしても、俺の家の全権を握っているのはあの女帝なのである。姉ちゃんがノーと言ったら申し訳ないがリンには諦めて頂かないといけないし、無許可で入れたり何も話さずにリンと一緒にヨネスケもびっくりな突撃隣の晩ご飯をやってしまうともれなく半殺しだ。今日はもう家に帰っているはずなので、とりあえずスマホで通話を掛けてみる。

 

『……もしもし? どしたの』

 

 数コールすると、間延びした姉ちゃんの声が聞こえてきた。

 

「あ、もしもし? 俺。あのさ、友達が電車止まってて家帰れないっていうから電車動くまで家にあげていい?」

 

『別にいいけど。どうする? スマブラでも起動しとく?』

 

 なんでこの人当然のようにスマブラ起動させようとしてるんだ? いやまあ確かに友達と家に集まったらマリカかスマブラみたいな風潮はあるけどもさ。

 

「いや別にいい。女子だし」

 

『え? あんた女の子の友達いたの!? 詩織ちゃん以外に!?』

 

 ぶっ飛ばしてやりてえ。

 

『いいよいいよ、早く帰っておいで! 今日はお赤飯だね』

 

 ぶっ殺してやりてえ。なんなの? めちゃくちゃムカつくお母さんみたいなノリしやがって。絶対ふざけてるよアレ。剣持刀也に母絡みする月ノ美兎かよ。

 

「いらんことしなくていいからな、もしもし? おい? おいクソ姉貴! ……切りやがった」

 

「……もしかしてダメだった?」

 

 いや快諾です。腹立つレベルで快諾です。

 

「……案内するわ。めちゃくちゃムカつく姉貴がいるけど、なんかもう、いないものだと思ってくれていいから」

 

「……?? う、うんわかった……?」

 

 少し形は違うが、小さな小さな文化祭マジックが掛けられた気がした。







 思い出したように更新しました。エタっていて本当に申し訳ありません。ちゃんと完結までは持っていきます。

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