幼馴染が彼氏作ったから俺も彼女作りたい 作:仮面
あー……めんどくせえ。
電車が止まって帰れない、という若干同情する不幸に見舞われたリン。何故か時間を潰すのに俺の家に来たいと言い出し、それを姉ちゃんがムカつく程快諾。俺も若干同情されていい不幸に見舞われている気がした。
とは言えど、やっぱりリンを一人で一時間以上待たせるのは可哀想な気もするので二人で俺の家まで帰ってきたのである。
「ただいま」
「おじゃましまーす」
何気に詩織以外の女子が俺の家に入るのは初めてな気がする。まあ俺友達少ないし、女子の友達とかいないし。……織田は友達か?悪友?まあどちらにせよ家に入れたことは無いけど。
「取り敢えず俺の部屋行くか」
「うん」
姉ちゃんにあんまり会わせたくない。絶対面倒なことになる。俺が。だって電話のテンションおかしかったし絶対ウザ絡みしてくるもん。俺に。とっとと俺の部屋に避難してしまおう。
二階に上がる階段をそそくさと上がり、早々に俺の部屋のドアを開ける。よし、これで取り敢えず大丈夫──
「おかえり〜」
──ドアを閉めた。
やりやがったな……!俺が面倒な気配を察知してリビングに顔を出さず真っ直ぐ俺の部屋に向かうことを完全に読んでいやがった……!あのクソ姉貴、俺の部屋に陣取ってやがる……!
「ハル君?どうしたの?」
「いやなんでもない。やっぱリビング行くか」
「えっなんで」
「なんでもないんだ、いやマジで」
早々に面倒事から逃げる為にリンを押して階段の方へ向かう。あの姉ちゃんの目はヤバい。俺を弄ぶ気満々だ。
俺の抵抗を嘲笑うかのように俺の部屋のドアが開く。そして中からニュルっとクソ姉貴のニヤニヤ顔が顔を出した。
「どうしたの?あんたの部屋にあるエロ本なら今あたしが隠してあげたよ」
「マジふざけんなよクソ姉貴」
持ってねえわ。エロ同人誌ならコバに返したわ。
「てかなんで俺の部屋にいるの」
「あんた絶対あたしを避けると思ったから」
その通りだよ、なんで見えてる地雷を踏みに行かなきゃならんのだ。
「そっちがお友達の子?可愛いじゃん」
「あっ、えっとお邪魔します。石黒凜香って言います」
「神崎雨です、こいつの姉。よろしくね、凜香ちゃん」
リンには至極真っ当で普通の返しをするのな、まあ当たり前か。流石に初対面で意味不明なことをする姉貴でも無い。その辺はまあ、しっかりしている……のかな。多分。
「ゆっくりしていくといいよ、電車動くの遅かったらごはんも一緒に食べていけばいいし。こいつの部屋意外と綺麗だから思う存分くつろぎな、部活大変でしょ?」
「あ、はい。ありがとうございます……あれ?私部活って言いましたっけ?」
「サッカー部でしょ?そういえば夏休みに晴人が女子サッカーの試合見に行くって言ってたから君かなって思っただけ」
「当たりだよ。よく覚えてたなそんなの」
「今度試合あったら教えてね、あたしもファイアトルネード見たい」
「出来ないです」
そりゃそうだろ。
〜〜〜
「面白いお姉さんだね」
「つまんない姉ではないな、まあ」
「ホントにエロ本あるの?」
「ねーよ」
「探していい?」
「見つけたらどうするんだよ」
いや無いけどもさ。
「うーん……引く」
無情にも程がないか?
取り敢えず俺のお気に入りのふかふかの座布団をリンに渡し、俺は適当にベッドの上にでも腰掛ける。客人だからね、リンは。そりゃ一応ちゃんとおもてなしするよ。俺だって腐ってもジャパニーズサムライボーイなのだ。
「お姉さんも言ってたけど、部屋綺麗だよね」
「そうか?……まああんまり自分の部屋にいないからな、必然的に散らからない」
テスト期間とか、勉強する時くらいしか自分の部屋に入り浸ることがない。あと姉ちゃんと喧嘩した時とか……?しかもテスト期間になったら部屋片付けたくなるし。
「それにしたって綺麗だよ……あ、高一の美術で作った課題だ。意外、こういうの飾るんだ」
リンが目ざとく見つけたのは彼女の仰る通り、高一の頃に美術の授業で作った作品である。アイスピックみたいな針で真っ黒な板をガリガリ削って、後ろから絵の具入れるやつ。名前なんだっけ……忘れた。月と兎を描いたのだが、割と出来が良かったのでなんとなくそのまま飾っている。確かにこういうものを俺が飾るのはあまりないかもしれない。
「こういうの捨てると思ってた」
「俺のことなんだと思ってんの?」
まあ基本的には捨てるけども。
「なんかこう、結構こういう思い出とか無駄!って言うタイプかと」
「マジで俺のことなんだと思ってんの……?あれだぞ、俺結構思い出とかは大事にする派だぞ?」
そうじゃなかったら姉ちゃんと詩織と撮った夏祭りの写真とか残してないし。なんだったら文化祭もいい思い出に出来たらなー、とか考えながら色々やってる訳だし。今んとこ大変な思いが多いけど。
「じゃあさ、私がハル君の家に来た記念で写真撮っとこうよ。これも思い出」
「は?どういう思い出だよ」
そう言いながらリンがスマホのカメラを起動させた。流石はイマドキ女子と言うべきか、ちゃんと盛れるアプリである。めちゃくちゃ美肌のリンと俺が内カメラに映る。
「いいじゃん、はい笑って〜……撮れた!」
少し肌が白いリンとめちゃくちゃ肌が白い俺の謎ツーショットが撮れた。いやすごいな今の盛れるカメラアプリ。日焼けゼロじゃんこれ。最早リンのアイデンティティ消えてね?鏡音リンみたいな白さになってる。
「美白効果いれすぎた!私これ私ってわかんないじゃん!」
「俺なんかこれ顔色カオナシじゃん」
リンの肌で鏡音リンみたいになっている、ということは元々日焼けしていない俺は更に白いわけで。なんかもうカオナシみたいになってる。まあ残念ながら俺は掌から砂金は出せないのだが。
……いや、まあこれはこれでありなのかもしれない。なんというか、ちょっと面白い。
「おいリン、その写真あとで俺にも送ってくれ。なんか笑えてきた」
「勿論!確かにちょっとこの写真面白いね」
俺が唐突な写真に驚いてちゃんと笑えていないから余計に面白い。なんかマジでカオナシに見えてきたぞ?
「なんかさ、私とハル君はあれだね。写真とか動画が多いね」
唐突にリンがそんなことを呟いた。言われてみればそうだな……そうか?最初に会った時にティックトック一緒にやったくらいなのでは?
「気のせいだろ」
「いやいやそうでもないって。お近づきの印に〜ってティックトックやったじゃん?それで、初めて家に来た今も写真を撮ってる。なんかこう、お近づきの印に写真とか動画多くない?」
「最初と今だけじゃねえか」
果たしてそれは多いと言えるのだろうか。
「というわけで今からやろ?ティックトック撮影」
「えっ」
なんで?今写真撮ったじゃん。
「まじかよ……何やる?」
すぐに乗り気になってしまう俺サイドにも問題がある気もする。まあ別にティックトック自体はやっても減るもんじゃないし。どうせ何かやることもないし。
俺が割とすぐにやる気概を見せたことにリンはご満悦なのか、ニコニコしながら俺にスマホの画面を見せてきた。あー、これね……これか……。
「これ!」
画面に映っているのはペットボトルを投げている男子高校生。投げられたペットボトルは空中でくるりと一回転し、蓋を底にして逆立ちして静止していた。割とよく見る、凄技系の動画だ。これを俺がやるの?
「これホントに出来るのか?」
「いいじゃん、私撮ってるからさ、チャレンジしようよ!」
「てかペットボトルは」
「はい、これ使って」
そう言ってリンに渡されたのは半分くらいまだ水が残っている天然水のペットボトル(500ミリリットル)。なんでこいつこんなに用意周到なんだ……?
「それ今日の練習の時に買い足した水なんだ」
「あー、なるほどな。暑いもんな」
「よし、じゃあ早速チャレンジしよー!」
「おー」
ベッドから立ち上がり、割と綺麗な俺の部屋の床に向かってペットボトルを投げる時間が始まった。
〜〜〜
「ああああああ!今のめっちゃ惜しくね!?今めっちゃいい感じだったくね!?」
「今惜しかった!かなり惜しかった!いけるよハル君!これいける!」
ペットボトルを投げ続け、格闘すること約三十分。俺はめちゃくちゃガチになっていた。なんというか、たまにめちゃくちゃ惜しいのがあるのだ。出来そうな気がしてくるのだ。でも出来ない。ムカついてくる。何がなんでも成功させたくなる。ガチになる。当然だよな?俺だって腐ってもジャパニーズサムライボーイなのである。
そしてその俺のガチさに当てられてか知らずか、同じようにガチで熱くなって撮影しているのがリンだ。グラビアアイドルの撮影でめちゃくちゃおだてるタイプのカメラマンかってくらい俺と同じ熱量になっている。多分今この部屋の暑苦しさは外を超えている。
しかし。男にはやらねばならん時があるのだ。それはペットボトルを逆立ちさせる時。リンは女だけど、やらねばならん時があるのだ。
「よーし落ち着け……いくぞ……これ何回目だ」
「覚えてない。何回目とかそういう雑念は消してねハル君……もう撮ってるよ……」
「よーし……ていっ」
手首のスナップを効かせて、軽くペットボトルを放り投げる。くるくると回転しながら宙を舞うペットボトルはそのままゆっくりと落下し……そのままガランガランと地面をのたうち回った。失敗である。
「うっわ今の惜しくも何ともねえ」
「集中だよハル君!」
なんかもう二人とも変なテンションになっている。二人ともその自覚はあるのだが……このテンションめちゃくちゃ楽しいのでどちらも口には出さない。ある種のトランス状態、或いはマジックだ。てかこれ本当に出来るのか?
転がったペットボトルを拾い、再度集中。そのまま手首を使ってまた軽く放り投げる。またペットボトルは回転しながら宙を舞い、そして今度は……蓋と地面がコツンと音を立て、そのままバウンドして地面に転がった。
「あっ今のも結構惜しいっ!」
「だああ、今のは成功するやつだろうがよ!くっそこれだんだんムカついてきたぞ」
こういうニアミス的な失敗が結構増えてきた。まあそりゃ三十分もあれば上手くなるわな。もう何回投げたか忘れたし。
「なんか後輩のフリーキックの練習見てる気分になってきた」
「流石にフリーキックの練習とこれを一緒にしたらダメだろ……おいリンお前目がマジだぞ」
この子本当にサッカーしてる時はガチの目だよね。ちょっとゾクッとするくらいの集中力に見える。
後輩の真剣な練習とこのティックトックを同じレベルにするのは少しその後輩ちゃんに申し訳ない気もするが、俺も実際ガチでやってるし、リンの目もかなりガチなので気合いを入れ直す。ふぅー、と息を大きく吐き、ペットボトルを拾い直す。そしてポン、とペットボトルを放り投げ──
──綺麗に回転したペットボトルはそのまま蓋を真下に落下し、そのまま地面に着地した。転がっていることもない、完璧な着地である。これがオリンピックの体操の床部門であれば、たった今オーディエンスが沸き立ち、黄金に輝くメダルを手にしていただろう、という程に。
「「やったぁぁぁぁあ!!!!」」
マジで!?これマジで立つんだな!?すごくね!?俺凄くね!?
「おいリン、ちゃんと撮れてるか!?」
「撮れてる!やったやった、成功したよ!ハル君最高じゃん!!」
二人でぴょんぴょん飛び跳ねながら直立不動のペットボトルに狂喜乱舞である。いや、ホントもう、なんだろう。マジで嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。なんだこれ。めっちゃ嬉しい。
ひとしきり飛び跳ねて、疲れてきたので二人してその場に座り込む。しかしまだ成功の熱は冷めず、二人とも謎の達成感と笑顔に満ちていた。
「ハル君のそんな顔初めて見たな」
「そうか?」
「うん。楽しそう」
わかる。今めちゃくちゃ楽しい。楽しさレベルで言うなら姉ちゃんと初めて学校サボった時くらい楽しい。ベクトルは違うけど。
「……でもあれだな、はしゃいだから喉乾いたわ。水貰っていい?」
「いいよ、それどうぞ」
「サンキュ」
あれだけはしゃげば喉も渇くのだ、直立不動しているペットボトルを再度拾い、今度はちゃんと蓋を開けて、中の水を口に含むべく口を付けた。うん、これが一応本来のペットボトルの使い方である。
「温いな、当たり前だけど」
「そりゃそうだよ、買ったのだいぶ前だし……あっ」
「んあ?」
リンが何かに気がついたような表情になった。なんだ、何かあったか?
「あー……いや、まあ別にいいんだけどさ。その……間接、キス」
「………………あ。…………えっと、その……ごめん」
めちゃくちゃ暑苦しかった空気が、急に素に戻った……いや、これ素か?
「晴人、入るよー。凛花ちゃん、ご飯食べていく?……えっ何この空気、晴人アンタ何かした?」
今このタイミングで入ってきてしまった姉ちゃんは何も悪くない。悪いのは無意識にペットボトルに口を付けてしまった俺である。多分。