教室で前の席に座る長谷部波瑠加(巨乳)の後ろ姿をぼーっと眺めている。
ここでも原作知識と差異はなく、わたしが振り分けられたのはやはり底辺の巣窟、Dクラスだった。
わたしが一方的に知っている顔ぶれがそれぞれ微妙な距離感で世間話をしていたりぼっちしていたりしているのが見える。教室の一番奥の隅っこという主人公専用の席を確保しているのはやはり綾小路くんで、ちらりちらりと彼を見るとやはりぼっちしていた。でもかっこいい。好き。で、その横には堀北とかいう孤高気取りの無能ぼっち。真ん中ちょい後ろの方の席に座るわたしも絶賛ぼっち進行形。
うーん、どうしようかな。
友達が欲しいっちゃ欲しいけど、無理してでも欲しいってわけじゃないんだよね。
わたしの前の席に座るのは長谷部さん(巨乳)、わたしの後ろの席は佐倉さん(巨乳)。
なんというぼっちエリア。そしてなんという巨乳サンドイッチ。
おっぱいとおっぱいの狭間にいる女、それがわたし。
どうせ友達を作るならこの二人のほうが気楽でいいかもしれない。無理に気を遣わないでも良さそうっていうか。おっぱい目当てじゃないよ?
後ろを見てみると、佐倉さんはわたしの顔を見て怯えたように目を逸らした……あかん、これはあかん。下手に話しかけようものならいじめと勘違いされちゃいそう。
というわけで佐倉さんは後回し。長谷部さんにツンツン攻撃。背中をツンツンすると長谷部さんの体がピクリと動き、怪訝そうな顔で振り返った。
「……?」
「わたし佐藤麻耶。よろしくね」
「……あ、よろしく」
長谷部さんは気だるそうな声で一言だけ言って前に向き直った。
……名前すら名乗ってもらえなかったんですけど。
長谷部さんはもういいや。
彼女だってわたしみたいな尻の軽そうなビッチ臭い女と関わりたくないだろうし。ぐすん。
気を取り直して。
長谷部さんの隣の席を見ると、一匹のデブがぽつんと座っている。
デブといってもそこまで太くはないんだけど……ポッチャリみたいな感じ。名前は忘れたけど、原作では博士とか呼ばれていたような気がする。あのデブに話しかけてみようかな?
ギャルはキモオタに優しいっていうし、そういうギャルにわたしはなりたい。
デブの脇腹にツンツン攻撃。
デブはビクンと体を仰け反らせて椅子からずり落ちそうになりながら振り返った。
「ファッ!? え、えっと……?」
「わたし佐藤麻耶。よろしくね」
「あ、え、ええと……? じ、自分は外村、です……」
「よろしくね、外村くん」
ニコリとスマイルをプレゼントすると、デブの顔が赤く染まった。……櫛田みたいなことやってんなー、わたし。
ていうかこのデブ原作では変な語尾つけてたような気がするんだけど、今は緊張しているのか普通に喋っている。
まあわたしみたいなのにいきなり話しかけられるとは思わないだろうし、そりゃ驚くよね。
と、ここで招かれざる闖入者がやってきた。
「俺俺、俺は山内春樹!」
「俺は池寛治! よろしくな、佐藤ちゃん!」
Dクラス内でも特に救いようのない三馬鹿の構成員の二人は、デブを押しのけるようにしてわたしの前にしゃしゃり出てきた。
こいつらとは仲良くしたくないなぁ。けどシカトするのも角が立つよね。
「……あ、よろしく」
長谷部さんの真似をして冷たく言い放ってそっぽを向く。
続けて二言三言話しかけられたけど適当に流していると、
「なんだよ、ノリ悪いな」
二人は舌打ちをして他の人の会話に混ざっていった。
ふぅとため息をつくと、前の席の長谷部さんが振り返った。
何事か。なんでわたしを見ているんだろう。じっと見つめ返していると、彼女は周りに聞こえないように声を潜めて心外なことを言ってきた。
「デブ専?」
「違うから」
わたしには綾小路くんがいるというのに。心外にも程がある。
「デブにだけ態度違ったから、そうなのかなって。優しいっていうか」
「ギャルはキモオタに優しいって都市伝説あるじゃん? あれを実践しようと思って」
「バカじゃないの?」
辛辣な言葉とは裏腹に長谷部さんの目に嘲りの色はなく、その綺麗な顔にはうっすらと笑みを浮かべていた。
「長谷部波瑠加。よろしく」
「お、おう、よろしく……」
なんだろう、若干フレンドリーになってるような気がするんだけど。ここで名乗り返してくるとはね。
とか思っていたら長谷部さんの顔が若干不機嫌になり、
「そっちは名前教えてくれないわけ?」
言ってる意味がわかんなかった。
先に名乗ったのはわたしのはずである。
「……さっき言ったんだけど? 佐藤麻耶って名乗ったんだけど?」
「……あ、ごめん。聞いてなかった」
「酷くない!?」
「ウザそうなのに絡まれたと思ったんだけど、思ったのと違ったっていうか」
ウザそう……わたしってウザそうなんだ……。
「ちょっと、泣かないでよ。悪かったって」
「泣いてないし」
目尻に溜まっていた雫を指で掬い取る。
わたしは思いのほかショックを受けているらしい。
「ねえ、麻耶って呼んでいい? 私のことは波瑠加でいいよ」
「だめ。呼ばない。話しかけないでくれないかな長谷部さん」
「ちょっと、機嫌直してよ麻耶」
「わたしってウザそう?」
「うん。……ああ、もう、ごめんって」
ウザそうって顔のことだよね……他に材料ないし……。
顔には自信あったのに……。
「楽しそうだねっ」
馴れ馴れしくて失礼な長谷部さんをあしらっていると、お前の目は節穴か、と言いたくなるような台詞を引っさげてやってきた女を見てわたしの身に緊張が走った。
ダメだ。顔に出してはいけない。この女は人をよく見ている。敵意や警戒心を見せたらどんな逆恨みをされるかわかったもんじゃない。
櫛田桔梗。
同じ中学だったというだけの理由で堀北を執拗に狙い退学させようとするとんでもない女。
堀北を狙うだけならまだしもこいつはDクラスそのものの情報をCクラスに流し、Dクラスに損害を与えまくる。
ただし普段は猫を被りまくっており、周りには天使だと思われている厄介な女だ。
一部の通の間では糞田桔梗などと呼ばれるほどのクソな女である。
「私は櫛田桔梗。よろしくねっ」
「長谷部波瑠加、よろしく。こっちは佐藤麻耶ね」
わたしと似たような挨拶をかます櫛田、それに対してあっさりと名乗り返す長谷部さん。なんで普通に名乗り返してるんだろう。わたしとの対応の差が酷いんだけど。わたしがウザそうだからか。泣きそう。
櫛田はわたしの顔をのぞき込んで言った。
「あのね、佐藤さんは気づいてなかったかもだけど、私も同じバスに乗ってたんだよ」
「……へ、へえ。そういえば見覚えがあるような」
ということは、わたしがオバサンをからかってたところを見られていたわけだ。
櫛田がバスに乗ってたことは当然知ってたけど、あのときは綾小路くんのせいでパンツがビショビショになりそうだったから櫛田の存在にまで気が回らなかったんだよね。綾小路くんのせいだ。
恨みを込めて綾小路くんを見ると、彼は堀北と何か喋っていた。
嫉妬嫉妬嫉妬。堀北死ね。
「あのときの佐藤さん凄かったなー。長谷部さんは知ってる?」
「ちょ、ちょっとやめてよ櫛田さん! あのときのアレは……!」
「へえ、なになに? 気になるんだけど」
「んー。……秘密、かな?」
櫛田はわたしの顔を見て微笑んだ。
こいつ……わたしの秘密を握ってやったとでも思っているのだろうか。
それとも、ただ軽々しく人の嫌がることを口にしないようなキャラを心がけているのかもしれない。
「辛そうなお婆さんがいたんだけど、優先席に座ってる高校生に説教してたOLにお前が四つん這いになって椅子になれよって言っただけだよ」
お前の思い通りになると思うなよバカめ。
わたしは自分の口から言ってやった。
わたしとしてはそこまで大したことでもないしね。
これを聞いた長谷部さんが腹を抱えて笑っていたのは、あのときのことを面白おかしそうに話す櫛田のおかげかどうかはわからなかった。