ようこそTSギャルが暴走する教室へ   作:饅頭屋ちゃん

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第5話

 夜。

 余程の健康ヲタでもない限り、一般的な高校生ならまだ起きているような時間。

 ポイントを送る際に交換した連絡先を使い、軽井沢にメールを送る。

 

『突然ごめん。軽井沢さん、いま一人?』

『うん。どうしたの?』

『ちょっと相談があって。いま軽井沢さんの部屋の前にいるんだけど、入れてくれないかな?』

 

 返事がない。

 しばらくすると部屋の扉が開いた。

 なんだか警戒しているような仕草だ。

 

「……どうしたの?」

「相談なんだけど、あまり人には聞かれたくない話で。ちょっと部屋に入れてくれない?」

「ごめん、あたしの部屋はちょっと」

「そうだよね、急に来られても困るよね。ならわたしの部屋に行こっか」

「いや、どこか違う場所にしない?」

 

 完全に警戒されている。

 わたしは今からやろうとしていることを誰にも話してはいない。

 なので他の誰かから軽井沢に伝わるということはあり得ない。

 過去の経験が軽井沢の中で警鐘を鳴らしているのかもしれない。

 

 周囲を窺う。

 誰もいない。

 が、監視カメラは設置されているため、今ここで強引な手段に訴えることはできない。

 

 想定内だけどね。

 入れてもらえない可能性くらい考えていた。

 なので前もって用意していた手段を使うことにする。

 

「じゃあここでいいよ。実は相談っていうのは軽井沢さんの話なんだけどね。軽井沢さんが中学時代にいじめられてたっていう話をCクラスの人から――」

「入って」

「いいの? お邪魔するね」

 

 軽井沢が扉を大きく開けてくれたので部屋に入る。

 わたしが口にした事のせいなのか普段からの癖なのかは知らないけど扉を閉めた軽井沢は鍵をかけ、わざわざチェーンロックまでかけてくれたので手間が省けた。

 

 玄関から離れて部屋の中央。

 こちらに向き直った軽井沢の顔からは血の気が引いていた。

 中学時代のことがバレてしまっていることが恐ろしいのだろう。

 

 先手必勝。

 軽井沢にそっと近づき、鳩尾に拳を叩き込んだ。

 

 わたしの脳内シミュレーションではこの時点で勝負は決していた。

 これで軽井沢は蹲って動けなくなる。

 そういう予定だった。

 

 が、わたしの拳を食らった軽井沢は突如もの凄い勢いで玄関に向けて駆け出した。

 効いてない。力が足りなかったようだ。

 

 わたしは弱い。

 今は勿論、前世でも格闘技の経験なんてないし、喧嘩に明け暮れていたわけでもない。

 Cクラスの不良共には間違いなく勝てない。

 それどころかその辺の男子にだって負けるだろう。

 

 けど、その辺の女子が相手ならあっさり制圧できるものと思っていた。

 甘かった。

 

 逃がしてはならない。

 慌てて軽井沢にタックル、ヤツは壁に背中を打ち付ける。

 軽井沢は腰の辺りを掴んでいるわたしの腕を引き剥がそうと抵抗する。

 

「なにすんのよ! 誰か、誰か助けて!」

 

 叫んでも無駄。

 この寮の部屋の防音性は高い。

 波瑠加と一緒にカラオケごっこで調査済みだ。

 

 殴れない。

 今わたしの両手は塞がっている。

 手がダメなら脚だ。

 軽井沢の鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ、……つもりだった。

 

 膝蹴りは空振り。

 届かなかった。わたしの脚が短かった……いや、違う。踏み込みが足りなかったのだ。体勢とかも悪いし。わたしの脚は短くない。

 

 ローキック。

 軽井沢の脚を連続で蹴りつける。

 あんまり効いているようには見えない。

 

「やめて! やめなさいよ!」

 

 軽井沢が突き飛ばしてくる。

 軽井沢にしがみついているわたしがバランスを崩すと、軽井沢は脚をもつれさせてわたしと一緒に床に倒れた。

 

 すかさず軽井沢の上に乗る。

 脱出しようとした軽井沢は勢いよく頭を上げ、顔と顔がぶつかった。

 

 唇と唇が接触した。わたしのファーストキス。

 いや、そんなこと言ってる場合じゃない。

 

 軽井沢の襟首を掴む。

 軽井沢はすかさずわたしの両手首の辺りを握る。

 腕力は軽井沢が上か。振りほどけない。

 

 手が使えないのなら。

 目を瞑る。軽井沢の顔面に、思いっきり頭を振り下ろす。

 

 激痛。

 おでこが痛い。涙が出た。

 でも鼻血を出してる軽井沢のほうが痛いはず。

 

 女は根性、もっかい頭突き。

 痛い。おでこ痛い。さっきよりも痛い。もうやだ。

 でも軽井沢はもっと痛そう。

 やつは顔を両手で押さえて蹲った。

 

 立ち上がる。

 おでこの痛みに耐えながら、軽井沢を見下ろす。

 軽井沢の体を蹴る。

 脇腹のあたりを蹴る。

 もう一度蹴る。

 もう一度蹴る。

 今度は頭を蹴る。

 踏みつけるように蹴る。

 じっと耐えている軽井沢の髪を掴んで持ち上げた。

 

「痛い! 痛い! いや、いやぁぁぁあああああっ! 誰か、誰か来てよッ!」

「うるさい」

 

 左手で髪を掴んだまま、右の拳を振り抜いた。

 

 軽井沢の顔面に直撃。

 でも、殴った右手が痛くてまた涙が出そうになる。

 もぅマヂ無理。左手で殴ろ。

 いや、それより顔を殴るのは良くない。顔以外を狙わないと。

 

 顔面を涙と鼻水と鼻血でぐちゃぐちゃに汚した軽井沢が叫ぶ。

 

「なんで!? ねえ、なんで!? 中学の人になにか言われたの!? 誰なのよ、Cクラスの人って!」

「そんなのどうでもいいよ。てかさ、波瑠加にカツアゲしといてなんではないよね」

「返す、返すから……やめてよ……」

 

 軽井沢の前で屈み、着ているシャツの裾に手をかける。

 すると、軽井沢は猛烈に抵抗した。

 やはり例の傷を見せることには抵抗があるらしい。

 

 なら、まだ終われない。

 顔だけは避けるように。

 しばらく暴行を続けた。

 

「やめて、やめて、もう、許して」

 

 抵抗する気力を失ったのか、軽井沢はされるがままになった。

 そろそろかな。

 

 軽井沢の着ているシャツに手をかける。

 今度は抵抗しなかった。

 

 軽井沢が必死に隠してきたものが露わになる。

 刃物で切り裂かれたような脇腹の傷痕。

 

 パシャリ、パシャリ。

 携帯のカメラで撮影する。

 軽井沢の顔もちゃんと入るように。

 

「やっぱり、知ってたんだ、これのこと」

 

 軽井沢の顔は絶望に染まっている。

 目の焦点は定まっておらず、その声は震えている。

 

「あたし、あたし、変わったのに、なんで、なんで」

「脱ぎなよ」

 

 命令する。

 軽井沢は一瞬躊躇いを見せたけど、上を脱いだ。

 下着を残して、傷は手で隠すように。

 

「手、邪魔」

 

 傷を隠していた手をどけた。

 パシャリ、パシャリ。

 軽井沢は俯いたまま抵抗を見せない。

 

 今、どんな命令でも聞くんだろうか。

 気になったわたしは部屋にあったキャスター付きの椅子を軽井沢の目の前まで転がし、それに腰掛けた。

 靴下を脱いで、軽井沢の顔の前に右足を突きつける。

 

「舐めてよ」

 

 顔を上げた軽井沢は虚ろな目でわたしのスカートの中に一瞬だけ目を向けて、それからわたしの右足の小指の方から舌先で触れた。躊躇は見えなかった。過去に経験でもあって慣れていたりするのだろうか。

 

 下から上にゆっくりと顔を動かし、わたしの足の指を根元から一本一本舐め上げる。

 あ、ヤバい、これヤバい。でも、やっぱり辞めてとは言いづらい雰囲気。あ、あ、やだ、やだ、

 

「か、軽井沢。やめて」

 

 やっぱ無理。

 わたしの足を解放した軽井沢は虚ろな目でわたしのスカートの中に一瞬だけ目を向けて、それからわたしの顔を見上げる。その姿はまるで犬のようだった。

 

 大丈夫なんだろうか。

 あまり大丈夫そうには見えないけど。

 

「ねえ、軽井沢。今まで通りの生活したい?」

 

 反応がない。

 諦めているのか。諦めてもらっては困るんだけど。

 今まで通り、ちゃんと学校に通ってもらわないと。

 

「軽井沢の中学時代のこと。知ってる人なんていないよ」

 

 軽井沢の瞳が揺れた。

 

「知ってるのはわたしだけ」

「どういう、こと?」

 

 さて、どういうことにしようかな。

 原作知識を話すなんてのは論外。

 Cクラスの人から聞いたことにしてるんだっけ。その方向でいってみる。

 

「Cクラスの人たちってね、他クラスの弱みを握るためにいろんなことしてるの。それであいつらがどこかから仕入れた情報のひとつが、かつて酷いいじめを受けていた女の子がこの学校にやってきたこと。脇腹の傷がトレードマークなんだって」

「……一体、どこから、どうして、あたしの」

「それが軽井沢だってことはバレてない」

 

 そんな情報の出所はどこなのか、軽井沢の名前はどうして伝わっていないのか。

 突っ込みどころは多いけど、突っ込ませなければどうということはない。

 これだけ弱っている軽井沢を押し切ることはそう難しくない。

 

「なら、あんたは、どうしてあたしを」

「わたしの目を欺けるとは思わないほうがいいよ」

 

 わたしは解放された右足を床について、左足を上にして足を組んだ。

 軽井沢は一瞬だけわたしのスカートの中に目を向けて、それからわたしの左足を手に取った。

 

 軽井沢はまずわたしの足先に鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、小さく口を開けてわたしの左足の親指を口に含み、根元まで咥えた。

 

 いや、あんた、何してんの。

 ていうか、なんで嗅いだ?

 

 わたしは軽井沢の口からそっと足を引き抜いて、軽井沢から椅子ごと少し距離を取った。

 

「知ってるのは、佐藤さんだけ?」

「うん。だから誰にも言わないであげる」

 

 軽井沢の目に少し光が戻った。

 

「なにが、目的なの」

「あんたが波瑠加にカツアゲしたから。ああいうの、もうしないで」

「……あ、お金、返さないと」

「わたしには返さなくていいよ」

 

 もし、万が一の話だけど。

 わたしが軽井沢にやったことが学校にバレた場合、ポイントを返してもらっているのかいないのかで処分の重さが変わってくるかもしれない。

 

 ポイントを返してもらっているにも関わらず暴行を加えた。

 ポイントを返してくれない相手に暴行を加えた。

 

 この二つでは大きく印象が変わってくる。

 軽井沢がカツアゲしている場面は学校のカメラに映っているし、ポイントの移動ログなんかも学校は把握できるだろう。

 

「どうして?」

「うるさい。波瑠加にだけは返してね。他の連中には返さなくていいし、これからもカツアゲでもなんでも好き勝手すればいいよ」

「……わかった」

 

 本当にわかっているのだろうか。

 この状態の軽井沢が今まで通りに振る舞えるような気がしない。

 こいつが突然佐倉さんのような大人しいキャラに変貌してしまえば、この先の未来がどう変わってしまうのか想像もつかない。

 

 もう一押し、必要か。

 床を蹴って、キャスター付きの椅子を軽井沢の目の前まで滑らせる。

 軽井沢は一瞬だけわたしのスカートの中に目を向けて、それからわたしの顔を見上げてくる。

 

「Cクラスの連中はあんたを探してる」

 

 軽井沢の体が震えた。

 

「でも、大丈夫。連中はあんたに辿り着けない。わたしがいるから」

 

 椅子から降りる。

 床に膝をつき、軽井沢と目線を合わせた。

 

「連中の探している、謎の人物X。いじめられっ子のことね。これを堀北ということにして情報を流す」

「……堀北さんを?」

「うん。堀北は中学時代にいじめられていたせいで性格が歪んだ。それで今みたいにどうしようもないやつになってしまった。そういうことにする。あいつなら他人を寄せ付けないし、易々と他人に脇腹を見せたりしない。身体能力も高いから暴力に任せてくる人間だって撃退できる。これ以上ない人選でしょ?」

 

 軽井沢は小さく息を呑んだ。

 こいつは平気で他人を傷つけることのできる人間だ。

 元々印象のよくない堀北を餌にすることに躊躇いなどあるはずもない。

 

「軽井沢。あんたのことはわたしが守ってあげる」

 

 軽井沢の目が大きく見開かれる。

 

「あたしのことも、長谷部さんみたいに守ってくれるの?」

「守るよ。三年間、ずっとね」

 

 軽井沢の目から涙がこぼれ落ちた。

 

 嘘だよ。

 ま、あんたのこれから次第かな。

 

 

 

 

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