RECODE:Falsify_Become Human   作:宇宮 祐樹

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ねこあつめ に

 

 さく、と薄く積もった雪へと足を踏み下ろす。

 

「こちらB班、そっちの様子は?」

『こちらA班。うむ、ナガンとC96(マウザー)、共に無事じゃ。投下は問題なく――』

『問題だらけじゃないですかっ! こんなの聞いてませんよ!?』

『ほれほれ、そう吠えるでない。あとで甘いものでも買ってやるから』

『なんですかそれ! ぜったい釣り合いませんよ!』

「……それだけ叫べるなら元気だな」

 

 投下にあれだけ怯えていたからまさかとは思ったが、それは杞憂のようで安心した。

 未だにぎゃあぎゃあと聞こえてくる通信を閉ざすと、ちょうど周囲の捜索を行っていたUMP9(ナイン)が帰ってくるのが見える。労い替わりに手を上げると、それに気づいたように彼女は顔をあげて、とたとたとこちらへ駆け寄って来た。

 

「ご苦労、どうだった?」

「うん、誰もいないよ。色々戦闘の痕跡とかはあったけど、それもけっこう前みたいのものだし」

「……じゃあ本当に捜索だけ、ってことになるか」

 

 目的の地点は、一度鉄血に占領されてから、また取り返したという研究棟だった。

 なんでも人形の更なる発展を目的とした研究を行っていたらしく、その技術が鉄血の方へと漏れたのだとか。そこに鉄血の内通者がいるとの証拠はなく、また研究棟内の探索も未だ行われておらず、情報が奪取されたのかも判明していないらしい。

 明らかな職務怠慢である。それでいいのか16LAB。

 

「それにしても、こんなところに猫なんて本当にいるのかな?」

 

 だだっ広い平原を見渡しながら、UMP9がそう呟く。その先の二百メートルもない先には大きな建物が三つ連なっており、その中心にあるのが研究所B棟――α地点だった。

 作戦内の棟はそれぞれA棟、B棟、C棟と呼称。ナガンたちのA班はA棟から、俺達のB班はC棟から『ねこ』の捜索を始め、B棟で合流のち、俺達の今いる回収地点βにて撤退、という運びになる。

 ただのペット探しにそこまで取り繕う必要があるのか、と言われれば俺はおそらく首を横に振るだろう。しかしながら、資料にはきちんと研究棟内部の地図までもが詳細に記載されていた。

 

「……とりあえず、最後に確認されたのはB棟の908室だから、そこまで何としてでも行くぞ」

「りょーかいっ」

 

 棟へと歩く道すがら、苛立ちのままに考えが深くなっていく。

 そもそも最後に確認されたって何だ。研究棟全体でその猫を飼っていたのか。小学校のクラスじゃないんだから、そんなモノを回収するためにわざわざグリフィンに依頼するとはどういう心づもりなんだ。俺達は生き物係ではないことをヘリアンに説明しなければならないのか。

 いや、もしくはその猫の首輪に何かのチップが埋め込まれていて、それに先の機密データが入っていて、俺達はそれを回収するために動かされたと言う話も考えられなくて……。

 

「指揮官? 今から入るけど?」

「あ? ああ、うん。分かった。行ってくれ」

 

 唐突に駆けられた声に、そんな風に返してしまって、思わず頭を抱える。閉ざされたフェンスに手をかけるUMP9は不思議そうにこちらを覗きながら、首を傾げていた。

 ……考えすぎだろうか。でも、この任務がこれだけしか意味を持たないとは考えられない。

 

「あー、こちらB班。これより研究所C棟へと突入する」

『すまぬ、A班はもう少し後になりそうじゃ。先に行っといてくれんかの』

「後? どういうことだ」

 

 A地点とA棟からはそこまで距離はなかったはずだが。

 

『いやのう、おそらく鉄血の襲撃痕じゃろ。本来想定してある入口がほとんど崩れてしまっておる。新しい入口を探さぬといかん』

「了解した。また見つかったら連絡を寄越せ」

『うむ、心得て……っておい! C96、待つんじゃ! お主の脚とわしの脚では勝手が違うんじゃ! わしを置いていくでない!』

 

 ……大丈夫だろうか。

 

「すまん、待たせたな。行こうか」

「ん、おっけーっ!」

 

 そう意気込んだように声を上げると、UMP9が腕へと力を込める。閉ざされていたフェンスはまるで紙を破るように千切られて、すぐさま人が通れるほどの隙間が作られた。

 改めて見ても驚きの力である。鉄血が反逆されてすぐに落ちたのも納得がいく。

 

 建物の内部は、簡単に言えば地獄であった。

 

「……ひっどいね」

「ゴミ処理部隊、っていうのも強ち間違いでもないかもな」

 

 ごろごろと転がっている人影はすべて人形で、けれどどこからから腐臭が漂ってくる。そこに人間が混じっている事など考えたくもなくて、ただただ血に塗れた廊下を歩くだけしかできなかった。

 やがて足音が一つになったことに気が付いて、振り向いたそこには、ある人影へしゃがみ込むUMP9の姿があった。

 

「何、してる」

「この人形、まだ生きてるから」

「なに?」

 

 呟かれた言葉に、思わずそんな声で返して、水音と共にそこへと駆け寄る。

 最早何の型かも分からない状態だった。顔面は半分が焼け爛れていて、基部がほとんど露出してしまっている。四肢も半分がもがれていて、胴体に開いたいくつもの穴からは生態パーツが零れ落ちていた。

 

「……なるほどな。メモリはまだ生きてるか」

「どうしよ、指揮官」

「ちょっと待ってろ」

 

 もたれかかったその身体を床にうつ伏せに倒し、服を背中からナイフで破いていく。そうして脊髄に添う様にいくつも露出した基部へとナイフをあてがうと、そこに開かれた隙間へとナイフの刃の部分を突き刺した。

 力を込めると、ころん、と円柱状の基部が転がる。

 

「なにそれ」

「人形のメモリ部分だ。UMP9、ちょっと背中向けてみろ」

「ん? いいけど」

 

 くるん、と振り返った彼女の上着を少し上げて、そこへ手に持った基部をあてがう。少しだけ彼女の身体が震えたかと思うと、すぐにそれは収まって、何かをぼそぼそと呟き始めた。

 

「あー……なるほどね」

「どうだ? 何か分かりそうか?」

「んーと、駄目だ。すぐにやられちゃってるね。あ、でも待って…………」

「何があった?」

 

 うわ言のようなその言葉に、ゆっくりと促す。

 

「……人形? だけど、なんか違う……」

「どう違う?」

「髪が……白くて、なんだろ……? 剣? なのかな。 眼帯、つけてて……」

 

 白の髪。剣。眼帯。

 どうしてか、見覚えがあった。

 

「あ、何も見えなくなった。終わっちゃったよ」

「……まあ、終了直前の三分間だけだからな。でもそれだけ収穫があるなら十分だ」

 

 そう答えて基部の接続を解除し、取り外した円柱を腰のポーチへ。杞憂ではあるが、後で綿密な調査を続ける必要が出てきたので、一応回収しておくことに。

 

「何はともあれ、とりあえずはここの捜索だな。行くぞ」

「はーい」

 

 右腕を上げて元気に返事をする彼女に、呆れながらも笑みが零れる。

 案外、退屈はしなさそうだった。

 

 

 全九階の一階、二階の探索を終え、三階へ上がろうとする踊場にて。

 当たり前というか、収穫はゼロだった。あるのは人形か人間かも分からないような死体だらけで、入り口にあったようなメモリが生きているものも該当なし。その時点で、鉄血の人形がよっぽど自分達の侵入を気づかれたくないと言う事が見て取れた。

 出来がいい。おそらく、核となる人形が優秀なのだろう。

 脳裏に、雪の降る日に見たあの黒い人形が思い出された。

 

『あー、こちらA班、聞こえるかの?』

 

 なんてことを考えていると、ふと耳元からそんな声が聞こえてくる。

 

「こちらB班。どうした」

『いや、A棟への侵入経路が見つかってな……入ろうと思うんじゃが……』

『……ねこ、見つけました。A棟のすぐそばで』

 

 なに?

 

「本当か」

『ああ。正真正銘、紛れも無い猫じゃ。ほれC96、ちょっとこっち寄ってみぃ』

『にゃー』

 

 聞こえてくるのは本当に猫の鳴き声で、それが彼女たちの冗談でもないことを示していた。

 

「最終確認地点はB棟だと聞いていたが」

『まあ、猫じゃしのう。別にここまで来るのもおかしいことではないじゃろ』

「確かにそうだが……うむ……」

 

 これで本当に終了なのだろうか。いやまあ、確かに『ねこ』の捜索は終わったが。

 

「……分かった。ひとまずα地点に向かえ。そこでまた確認し合おう」

『ん、了解じゃ』

『ねこじゃらしとか用意した方がよかったんですかね? それとも鈴とか』

「基地に着いてペルシカに報告するまでな。今は集合することを考えろ」

 

 随分と浮ついたような声にそう返して、通信を切断する。

 思わず漏れた溜め息に応えたのは、階段の上を確認してきたUMP9だった。

 

「指揮官、終わった?」

「ああ。そっちは?」

「それがねー……ちょっと変なのがいて」

 

 困り顔で答える彼女に、思わずこちらも首を傾げる。

 

「変なのってなんだ。抽象的だな」

「伝えようにも変なのは変なのだもん。指揮官にも見て貰ったほうが早いって」

 

 などと頬を膨らませながら言うものだから、俺も彼女の後ろについて、階段を上がっていく。そうして彼女が昇り切ろうとした瞬間、UMP9は手でこちらを制しながら壁の向こうを覗いて、やれやれといったように肩をすくめた。

 思わず眉間に皺が寄って、俺も壁の向こうを覗いてみる。

 

「…………なんだアレ」

「ね? 変なのでしょ?」

 

 その言葉も、強ち間違いではなかった。

 それは人形のように見えた。鉄血の部隊でよく見るような、あの紫のバイザーを装備したような、女型の人のかたち。けれどそれはどうしてか四つん這いになっていて、血の溜まっている道をうろうろと徘徊しているのだった。

 その小さな口が開かれる。

 

「なぁーお」

 

「……なんだ、アレ」

「私がわかるわけないよ」

 

 ごもっともな返答に、口を閉ざす。

 

「今、猫の鳴き真似しなかったか」

「聞こえたけど」

「…………アレ、『ねこ』だと思うか?」

「思いたくないなー」

「…………」

「…………」

 

 かちゃ。

 

「やれ」

「りょーかい」

 

 怪しきは殺せ。昔の人も言っていたこの世の摂理である。

 手にしたUMP9を構えながら、UMP9(ナイン)が壁から覗く。狙いをつけようにも件の人形は思ったよりもトロいらしく、構えてから数秒もしないうちに、彼女が引き金へと指をかけるのが分かった。

 少しの静寂を置いて、たん、と軽い音が響く。

 

 返ってきたのは、弾を躱しながら飛び掛かってくる鉄血の人形だった。

 

「うおあああぁぁっ!?」

「し、指揮官どいてっ! 後ろ下がれないよっ!」

 

 わちゃわちゃとこちらが騒ごうにも、すぐに鉄血の人形は目の前に迫っていて。

 どん、と身体を押されたかと思えば、こちらを突き落としていたUMP9の体が、鉄血の人形に巻き込まれるようにして弾かれるのが見えた。

 

「UMP9ッ!」

「もごおごもごっごごがごがもごご」

「にゃーッ! に”ゃ”ーッ!!」

 

 間抜けな鳴き声に見合わず、UMP9が発する悲鳴は本物だった。

 思わず小銃を構えるけれど鉄血の人形と彼女の距離はほとんど密着していて、狙いをつけようにも思わず躊躇ってしまう。サイトの先の人形はとどまる所を知らなくて、けれどそこで、UMP9が思いっきり脚を上へと振り上げているのが見えた。

 

「むぐー! むごごーっ!」

 

 そうして勢いよく振り下ろされた両足が、床が揺れるほどの衝撃を放つ。

 仰向けに倒れていたUMP9の体はそれによって宙に浮かび、まるで後方宙返りをするようにして、鉄血の人形を下敷きに地面へと着地する。先程とは逆の体勢になった彼女は悶える鉄血の人形の頭へ一発拳を入れながら、立ち上がってその身体を蹴り飛ばした。

 地面を転がる人型は、その刹那に体を起こしながら再びUMP9へと襲い掛かる。

 

「この……、っ!」

 

 ナイフを取り出したと同時、それを宙に放り投げながら、彼女は向かってくる人形を体を捻って躱す。そうして顔を横切る鉄血の人形の脚を両手でつかんだかと思うと、それを思いっきり引いて、地面へと叩きつけた。

 びだん、と鉄が撃ちつけられる音がする。ひゅんひゅん、と宙で円を描く様に飛ぶナイフは、横たわる鉄血の首元へと堕ちていき――

 

「らッ!」

 

 宙に浮かぶナイフの柄をそのまま踵で踏みつけ、UMP9が勢いよく息を吐く。

 深く突き立てられたナイフの刃は鉄血の首と身体を完全に絶ち、その本体が二度と動くことはなかった。

 

「……見事だ」

「そう?」

 

 普通、浮かんでいるナイフに脚を立て、そのままの勢いで標的に突き刺すなどできるわけがない。それこそ、特別な認識や領域の拡張を施さなければ、難しいだろう。

 けれど彼女は何でも無しに座り込むこちらへ、手を差し伸べるのだった。

 

「でも危なかったね、指揮官。だいじょうぶ?」

「ああ……こちらは、何とも」

「けど本当に何だったんだろうね。結局正体もわからずに倒しちゃった」

 

 ごぼごぼと生体パーツを零す鉄血の人形に、UMP9が頭を掻く。これほどの損傷になると、内部のデータを確認は不可能だろう。仕方のないことではあるが、少し残念だった。

 

「まあいい。とにかく、この棟の探索を終わらせるぞ」

「了解ーっ」

 

 先程と同じように右腕をぴん、と上げながらUMP9が答える。

 けれど、どこかに潜む不安を拭う事は出来なかった。

 

 




ねこです よろしくおねがいします
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