RECODE:Falsify_Become Human   作:宇宮 祐樹

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真面目なタイトルが思いついたので初投稿です


ねこあつめ さん

 

 鉄を打つ音が、眼前から聞こえてくる。

 UMP9(ナイン)の拳から響くものだった。向かってくる鉄血の人形は四肢を暴れさせるようにしながらながらこちらへと駆けてくるもので、それに対しUMP9は身体を翻しながらその体を蹴り上げ、がら空きになった横腹へと自らの右拳を勢いよく振りぬいた。

 少女を模した体は壁へと強く打ちつけられ、けれどそれでも人形が止まることはない。すぐに鉄血の人形は体勢――やはり、四足歩行の猫を模したもの――を立て直すけれど、既にUMP9はナイフを逆手に抜き取って、その首へ目がけて刃を向かわせていた。

 がぃん、と鈍い音が響く。

 

「――ッ、浅い!」

 

 叫ぶ彼女の腕を弾きながら、鉄血の人形が両手を広げて襲い掛かる。そうして振りかざされた鉄の腕は空を切り、即座に腰を落としていたUMP9はその伸ばされた腕の片方を掴み、思いきり自らの後方へと引き抜いた。

 ぶち、と生体パーツが引き抜かれる。その勢いで鉄血の人形は前方へ前のめりになるように倒れ込み、その隣には何時の間にか姿勢を立て直していたUMP9が後ろ向きに脚をかざしており――

 

「やっ」

 

 ローリングソバット。

 回転力を伴って振りぬかれた右足は丁度突き刺したナイフの柄を捕らえ、そのまま人形の体をもう一つの壁へと縫い付ける。半身をコンクリートの壁へとめり込ませた鉄血の人形はぐったりとしたまま動くことはなく、そんな半ばアートのような人のかたちを見て、UMP9はこちらへと語り掛けてきた。

 

「これでいい?」

「充分だ」

 

 計7回目の接敵で、ようやくデータを入手に漕ぎ着けた。その内の六回はUMP9が人形の首を、まるで親の仇とも言わんばかりに落としているせいなのは特筆しないでおく。

 生きてるだけでマシなのだろう。おそらく通常の人形だったらすぐに死んでいた。

 逆に言えば、UMP9が通常ではない、ということになるが。

 

「しかし、見事だな。どう訓練すればそこまで素手で戦えるようになる?」

「え? 別に、何もしてないけど?」

 

 思わず放った言葉に返ってきたのは、そんな拍子抜けた声だった。

 

「……バカ言え。普通の人形だったら、あんな格闘戦なんてできるはずがない。明らかに何かの影響が現れてるぞ」

「そう言われても、本当に何もしてないもん。普通にやってるだけだよ」

「運動演算の書き換えもか? それとも、お前が普通だと思っているだけで、前の基地では格闘訓練があったとか」

アタマ(内部データ)をいじられた覚えは特にないし、私はこの基地が初配備になるんだけど……なんなんだろうね。こっちの方が性に合うっていうか、やりやすいっていうか」

 

 その答え方は、どうも人間臭く思えた。

 人形という存在は、慣れる。いくつもの戦闘を重ねていけば確実な経験値として人形の性能は上昇するし、それこそ数多もの戦場を経験した人形にしかできない特殊なルーティーンや、特殊技能も確認されている。だから彼女もその類いと同じ物かと思ったが、それも外れたみたいだった。

 まるで、生まれた時からそうした行動をとれたかのような。こうすることが常識だと疑わないような、そんな物言いのようにも思えた。

 

「…………いつか、お前の中身でも見てみたいよ」

「いつでもいいよ。それでさ、指揮官、どう? 結果出た?」

 

 なんてなことを考えていると、気が付けば基部の解析が終わっていて。

 手元にある小型のインターフェースに、その結果が算出され――

 

「は?」

「えっ? どうしたの?」

「いや、エラー吐いて……待て、違うな……あ? どういうことだ?」

 

 おかしい。明らかに、人形そのものを構成するデータが参照されない。それどころか、ほとんどの演算や領域、果てには運動機能がほとんど別物になっている。いや、それも違う。要所に元となったデータの残骸は残っていて、けれどそれはほとんど機能していない。その代わりに新しい行動パターンが隙間を埋めるようにして組み込まれていて、それが現在の演算と領域の肩代わりをしていて…………?

 考えれば考えるほどドツボに嵌っていく

 そんな満タンの頭の代わりに、かろうじて動く眼が捕らえたのは、

 

「……ねこ」

「んー?」

 

 思わずつぶやいたその言葉に、UMP9も興味を持ったのか、手の内にある画面をのぞき込む。

 液晶の片隅に小さく表示されている、頭の上に三角の耳を生やし、髭を数本生やした生物をデフォルメしたもの。ぴこぴこと動くそれはまるでこちらのことを嘲笑っているかのようで、間の抜けた声を放ちそうな、その見慣れた生き物は。

 

「これ……『ねこ』だよね?」

「確かに猫だが」

 

 どうしてそんなものがこの人形のデータに紛れ込んでいるのか。どうして鉄血の人形が軒並み、猫のような四足歩行をするようになったのか。

 どうしてこのデータが、これ程までに異様な改ざんを受けているのか。

 

「もしかして、さ」

「なんだ」

「『ねこ』ってさ」

「ああ」

「猫じゃないんじゃない?」 

 

 そんなはずが無い、と。

 否定できないのが正直つらい所だった。

 

「……完全な、それもアテに成り得ない推測になるが」

「うん」

 

 建前としてそんな事を言いながら、溜め息を一つ。

 

「おそらくこのデータは、塗り替えられている」

「塗り替え? 書き換えじゃなくて?」

「ああ。書き換えるのなら、それなりにデータの調整だったり、領域や演算式の拡張だけで済む。けれどこれはこの猫……いや、『ねこ』のデータを、既存のデータをそのままにして上から強引に被せたんだ。元々データの中にない、猫みたいな動きや発音をするようにな」

 

 行動どころか、あの間抜けた声を発している様子から見て、おそらく言語体系までにその影響は及んでいる。しかしながらその運動演算や発音には既存のものが使われており、元のデータには一切の干渉が無い。

 

「……つまり、この人形のデータを塗り替えた誰かが居るってことでしょ?」

「ああ。それも、戦闘態勢の鉄血の人形に、これといった損傷をさせずにな」

 

 さらにそれを七回繰り返し、全て成功させたと言えば、この異常性が分かるだろうか。

 

「……それで、どうするの?」

「どうもこうも、あいつ(ペルシカ)に言われた通りにするしかない」

 

 俺達には拒否権も、意見をする口すらも無かった。この『ねこ』が既存のものを超越するような違法データだとしても、数多の人間を殺すことになるきっかけだとしても、俺達がそれに何か干渉できることはない。

 ただ下された命令のとおり、それを何としても回収し、依頼人へと献上しなければいけないのだから。

 

「……とにかく、合流地点まで向かうぞ」

「はーい」

 

 荒く吐き出された溜め息に、そんな軽い返事が重なる。

 振り返った俺達が歩いた道には、血に塗れた足跡がふたつ、白い床に刻まれていた。

 

 

「という事があった」

「なるほどのう」

 

 廊下の先を歩くナガンは、頭の後ろに両手を抱えながら、そう呟いた。

 

「しかし、奇妙なものに出くわしたのう。生きてて何よりじゃ」

「変ですね、こっちは敵影どころか、鉄血の人形がいた痕跡すらもなかったのに……」

 

 ナガンの隣を歩くC96(マウザー)は不思議そうに、両手で抱えた黒の小さな猫を見下ろす。少女の小さな手に包まれた小さな猫は、俺達の抱え込んでいる不安など知る由もなく、C96の顔をのぞいてはまた、間抜けた声を上げるのであった。

 

「なぁー」

「じゃあ、その子もおいて行かないとダメ?」

「んなワケあるか。まだ『ねこ』が何かは分かっていないんだ。拾える可能性は全て拾っておく」

 

 そのために鉄血のデータを持ち帰って来たのだ。そうでなければ、任務の遂行ができなくなる。

 果たして、B棟はC棟とは違い、鉄血の人形の気配もなければ、戦闘の痕跡も見つかることは無かった。所々の壁は剥がれ落ち、要所要所に老朽化によって引き起こされた崩壊も確認されているが、それでもC棟のような人為的な破壊が無いだけでマシでもあった。

 廊下を曲がった先にある階段へと脚をかけながら、ナガンへと言葉をかける。

 

「A棟の様子はどうだったんだ?」

「確かにお主らのところと同じ様な襲撃の痕跡はあったが、鉄血の人形は見かけなんだな。襲撃の痕も聴くところによれば、こちらの方が少ないみたいじゃし」

 

 不思議そうに呟くナガンの隣を歩きながら、ふと自分でも考え込む。

 A棟とC棟には襲撃した痕跡があり、しかしながらB棟にはそれが見受けられない。その事から考えられるのは、鉄血の進行が何らかの要因によって、B棟の直前までに抑えられたということ。しかもそれが、同時か連続かは知らないが、二方向からの襲撃をそれぞれ迎撃した、ということになる。

 ペルシカからの資料は、ここにはただの研究所と書かれており、内部をざっとみても戦闘用の施設などはない。護衛の人形も当然配備されていたはずだが、C棟の痕跡を見れば分かる通り、それくらいの人形であれば今回の鉄血の人形は難なく突破しているはず。

 いつの間にか足並みのそろっているナガンは、何か分かっているようにこちらへ目をやって、

 

「お主は、ここに何がおると思う?」

 

 その問いかけに返す言葉は。

 

「…………『ねこ』じゃないのか」 

 

 それだけ答えた後に、にゃー、という間抜けな鳴き声が、前を行く二人の腕から聞こえてきた。

 

「猫って初めて見たけど、とってもかわいいね」

「そうなんですか? 前の基地だと、たまに宿舎とかに迷い込むことがあって……何度か、お世話したことあるんです」

 

 どこか寂しそうにC96は語りながら、猫の頭を指先で撫でる。そんな彼女の様子を隣にいるUMP9は穴の空きそうなほどにじっと見つめており、そんな彼女へ苦笑を浮かべながら、C96はUMP9へと口を開いた。

 

「UMP9ちゃんも抱っこしてみますか?」

「えっ! いいの?」

「もちろん。ほら」

 

 そう差し出された子猫を、UMP9が両手で掴む。すると彼女はきらきらと目を輝かせたまま、両手に持った猫を真上へと思い切り掲げていた。

 

「にゃっ」

「猫だ、猫! 猫って…………猫って、暖かいんだね!」

 

 猫を掲げてくるくると回りながら、気が付けばもう上の階層へ着いていたらしく、ぼろぼろになった廊下を、UMP9が上機嫌になって歩いていく。そんな彼女を少し遠くに見ながら、俺とナガンは同時に最後の階段へと脚をつけた。

 ぜぇ、と同じように、息を吐く。

 

「指揮官も、ナガンちゃんも大丈夫ですか?」

「問題ない。少し歩き疲れてただけだ」

「なんでここにはエレベーターがないんじゃ……」

 

 たとえエレベーターがあったとしても、各階層を回るから関係ないとは思うが。

 そうしてやっとの思いで辿り着いたのは、B棟の最上階のようであった。ここも各階と同じく老朽化が進んでおり、窓の外にはぼろぼろになったA棟とC棟が逆の位置に見えるけれど、それ以外に特筆して気にかかるようなものは見られなかった。

 けれど最終確認地点は確かにここで、ここの他の階層には『ねこ』どころか研究資料らしきものも見つからない。

 となると、最後に残ったのはこの階層だけなわけで。

 

「あ、熱源反応」

 

 何気ないように呟いたUMP9の言葉に、ナガンとC96が同時に自らの得物を取り出した。

 

「廊下の突き当りより、少し前の部屋じゃな」

「一人ですね。武装は……ここからだと分かりません」

「……敵、ではないな?」

 

 確認するように問いかけると、ナガンの首肯が返って来た。

 

「こうして感知できる故、間違いなくわしらと同じ様な人形じゃ。指揮官を撃つことはないように思える」

「けれど、こんなところに、しかも一人で人形がいる人形だぞ。明らかに只者じゃない。それに……」

 

 奇妙な動きをする鉄血の人形を、思い出す。

 

「……とにかく、警戒だけは解くな。何があるか分からん」

「りょーかい」

「了解ですっ」

「心得た」

 

 手に握ったARXのトリガーへ指をかけながら、思わずそうぼやく。

 該当する部屋は、それなりに大きな空間を持つ場所だった。かろうじて読める看板には神経制御演算という文字が刻まれていて、その閉ざされた扉の向こうには、この建物の中でも特に廃れた研究施設が見える。

 

「……この中か?」

「そうみたいですね」

「なら行くぞ。まずは俺とC96、その後にUMP9とナガンが援護。いいな?」

 

 三つ指を立てて、ドアを挟んだ向かいへと並ぶ二人へ示す。

 呼吸を一つ置いて、指先へ力を込めると、静かに鳴る自らの鼓動の音が感じられた。

 

 ひとつ。

 ふたつ。

 みっつ――

 

「行け!」

 

 どん、と扉が強く開かれる。

 中はそれほど暗くはなく、外の曇天から差し込む鈍い光が、ぼんやりと辺りを照らしていた。けれど壁や床は想像以上にぼろぼろに剥がれていて、なにより目が先についたのは、床にいくつも転がっている、鉄血の人形だった。

 それからすぐ目を離して、サイト越しに周囲の状況を確認する。

 

「あっ」

 

 声が漏らしたC96の方に、反射的に体が向けられる。そうして彼女が向けた銃口の先にあったのは、一つの人のかたちだった。

 10よりも少し上くらいの身体つきに、けれど無骨な機械へとすげ替えられている、両腕と左足。座り込んでいる床まで伸びた金髪はぼろぼろに汚れていて、その真上には、まるであの時の液晶に映っていた動物のような、三角形の形をした耳が力無く垂れていた。

 

「…………」

 

 静寂。音の一つもなく、俺とC96の先にある人形は、ゆっくりとその首をこちらへと向けて――

 

「来ないでっ!!」

 

 耳鳴りのするほどに甲高い声と共に、勢いよくその右腕を俺達へと向けた。

 明らかな拒絶であった。掲げられたその手はふるふると怯えるように震えていて、向けられた青と赤の双眸は、恐怖に駆られるようにしてじっとこちらを覗いている。

 武装は確認していない。爆発物も持っていないように思えて、ただ今の彼女は、俺達へと敵意を向けているだけの、何もできない人形だといういことが理解できた。

 やがて、構えた武器を下ろすのにそう時間はかからなかった。

 

「安心しろ、敵じゃない」

「…………」

 

 右手をこちらへと構えたまま、少女は黙ってこちらを睨んでいる。

 

「16LABから派遣された部隊だ。『ねこ』という対象の確保を目的にしている」

「…………」

「そちらからの攻撃さえなければ、こちらも危害を加えるつもりはない。どうか安心してほしい」

「…………」

「そちらが望めば、武器もちゃんと捨てる。敵対する必要はないから」

「…………」

「なあC96、お前からも何か……」

 

「にゃーっ!!」

 

 は?

 

「は?」

「に”ゃっ! にゃ、にゃぅ…………! にゃっ! にゃ、にゃっ!」

「C96!? おいC96ッ! どうしたんだ!? 何して……っ、待て! 飛びついてくるな! おいッ!」「にゃーーっ!!」

 

 どすん、と飛び掛かってくるC96に、思わず体が地面へ叩きつけられる。俺の上へ馬乗りになった彼女はそのまま両手を真上に上げたかと思うと、すぐさま俺の顔へとその拳を振り下ろしてきた。

 骨の軋む音がして、右腕に痛みが走る。眼前に近づいた彼女の瞳は瞳孔が定まっておらず、ふらふらとした瞳はどこか遠くを見つめているような気がした。

 

「C96、何があった!? なんでもいいから答えろ!」

「にゃにゃんにゃ、にゃにゃにゃん! にゃんにゃ! にゃにゃにゃにゃんにゃんにゃ!!」

「あーいい悪かった俺が悪かった! そのクソみたいな言葉以外を発してみろ!」

「にゃーにゃーにゃーにゃっ!」

 

 今度は殴るではなく体へぎちりと密着したまま、頬をずりずりと擦り付けてくる。そんな猫を模倣した行動は人形の運動能力のうえで行われていて、それから簡単に抜け出す事はできなかった。

 そうやってじたばたとしている音を聴きつけたのか、外で待機していた二人が、ドアを蹴破って部屋の内部へと入ってくる。

 

「指揮官!? C96ちゃ……ん……?」

「何をしとるんじゃ貴様等はァ!」

「俺にも分からんわ! とにかくあの人形だ! それさえ確保できたら全部解決する!」

 

 もみくちゃになりながらなんとか向こうの方へと指を差すと、視界の先に、金色の髪が揺れて部屋から消えていくのが見えた。それでも視界はすぐさま体の上のC96へと引き戻されて、また謎の言語が耳へと流れてくる。

 

「にゃっ! にゃ、にゃんにゃにゃんにゃ!」

「お、おおう、お主もC96も大丈夫なのか!? それに人形って……今のか?」

「ああそうだ! こいつは俺の方で何とかする! いいからお前らはあの人形をなんとしてでも確保しろ! おそらくアレが『ねこ』だ、絶対に逃がすんじゃないぞ!」

「りょ、了解っ!」

 

 弾かれるようにナガンとUMP9が部屋を出てゆき、足音がだんだんと遠のいていく。

 

「にゃにゃんにゃにゃにゃにゃ!」

「…………何なんだよ、これ……!」

 

 絞り出すように呟いた言葉も、間抜けた鳴き声の中に掠れて消えていった。

 

 




祝ARX-160日本版実装
このままLynxも実装して♡

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