ファフニール VS 神   作:サラザール

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今回はちょっと短めです。お楽しみください。


小さな命

 時を少し(さかのぼ)り———(ところ)は宮沢健也が所長を務めるアスガルの研究所。

 

 ユグドラシルの干渉圏内に()()まへ、電気系統が全てダウンした施設の中は、暗闇に包まれていた。

 

 だが地下四階———窓からの星明かりも射し込まない区画に、何故か薄らとした淡い光が満ちていた。

 

 その光源は研究室の奥、開いた隔壁の向こう。

 

 冷却装置も止まった室内中央にある、開かれた(・・・・)()

 

 宮沢健也はその前に(たたず)み、じっと(ひつぎ)の中を見つめていた。

 

 だが静まり返った研究室に、かつんと足音が響く。

 

 そしてさらに、カシャリ———と銃を構える音。

 

「動くな」

 

 (りん)とした声が、停滞した空気を震わせた。

 

「……ああ、そういえば警備システムがダウンしていたんだったな。招かれざる客が来るのも仕方ないか。君は誰だい?」

 

 宮沢健也は振り返らないまま、気だるげな声で(たず)ねる。

 

「余計な詮索はしないのが身のためだ。命が惜しければ、オレの質問に答えろ」

 

 鋭い口調で告げるのは、ジャンヌ・オルテンシア。ユグドラシルが電気的なシステムを全てダウンさせた隙を突き、(ひそ)かに研究所へ潜入していた元スレイプニルの少女。

 

 一度は撤退を余儀なくされた研究所の秘密を(つか)むため、ジャンヌはキーリと別行動を選んだ。

 

 その彼女は元隊長である悠とは会えないと若干悲しんだが、それでも一番慕っている彼の脅威となる情報があるだろうと思い、こうして研究所に来た。

 

「はいはい、どうぞ何でも聞いてくれ。どんな質問にでも答えるよ。死んでしまったら研究を続けられないからね」

 

 命の危機だというのに、宮沢健也は全く恐れた様子もない。

 

 彼女は金色の瞳で宮沢健也の背中と発光する(ひつぎ)を交互に見て、言葉を続ける。

 

「フレイズマルに関係する何かを、お前は知っているか?」

 

 ジャンヌはキーリと共に調べていた情報を口にするが、宮沢健也は何のことか分からない表情を浮かべた。

 

「……フレイズマル? 初めて聞く名だね」

 

「では、"悪竜(ファフニール )"については?」

 

 重ねてジャンヌが問いかけると、宮沢健也は少し考える素振りを見せた。

 

「ファフニール ……そういえば、ニブルでファフニール 計画なるものが動いていると(うわさ)を聞いたことがある。確か、廃棄権能(コード・ロスト)の仮説に基づいた計画だったか……」

 

「廃棄権能?」

 

「ドラゴンが特殊な能力を持っているように、人間にも何か失われた特別な力があるかもしれない———そんな期待から生まれた眉唾な仮説のことさ。実は私もその仮説に興味はあったが、ファフニール計画にあるものとは別の力を調べている」

 

「別の力だと?」

 

 ジャンヌは宮沢健也の言葉に反応し、彼は言葉を続けた。

 

「君も知っていると思うが、五年くらい前から"青"のヘカトンケイルや"紫"のクラーケンといったドラゴンを倒している少年の力だ」

 

「っ!?」

 

 ジャンヌはその少年のことを知っていた。五年前、数々のドラゴンを圧倒し、今は悠たち"D"のいるミッドガルに住んでいる存在……大島亮だ。

 

 彼は世界の創造と破壊を(つかさど)る神、"世界神"という存在である。

 

 ジャンヌはその少年を全くと言っていいほど信用していない。単独でドラゴンを倒す存在が何故悠たちと協力しているのかが疑問で、もしかしたら悠の脅威となるだろうと思っているからだ。

 

「その少年の力は我々人間の発するエネルギーに関係しているようだが、私はまだ詳しく調べてはいないのだ。だからそれ以上は何も言えないよ」

 

「ファフニール計画については知らないのか?」

 

「さっきも言っただろう。私は大島亮について調べていると。だから"悪竜(ファフニール )"には何も知らない」

 

 彼の返事を聞き、ジャンヌは口元に手を当てて呟く。

 

「やはりこの件に関して詳細を知るには、アスガルではなくニブルの施設を当たる必要があるか……」

 

「用事はもう終わったかい?」

 

 宮沢健也が問いかけると、ジャンヌは顔を上げた。

 

「いや、まだだ。ここで行われている研究についても話せ。他の施設に比べ、この研究所には不審な点が多すぎる」

 

「……ここはドラゴン対策国際機関アスガルの研究所だ。行われているのは当然、ドラゴンの研究さ」

 

 肩を(すく)め、答える宮沢健也。

 

「なら、その光る箱には何が入っている?」

 

 ジャンヌは淡い光を放っている棺を見ながら訊ねた。

 

「死体だよ」

 

「……死体? いったい何の死体だ?」

 

「ドラゴンの研究をしているのだから、ドラゴン(・・・・)()死体(・・)()決まって(・・・・)いるだろう(・・・・・)?」

 

「な———」

 

 息を()み、ジャンヌはゆっくり(ひつぎ)へ近づいて行く。

 

「確かめさせてもらうぞ。お前は動くな」

 

 宮沢健也に警戒しつつ、棺の中が見える位置に移動するジャンヌ。

 

 棺の中に納まっていたのは、太く、中央が膨らんだ銀色の触手。人間大の大きさで、両端は千切れた断面を(さら)している。そして紫色の淡い光が、触手の内側から溢れ出していた。

 

「これ、は……」

 

「パープル・ドラゴン———"紫"のクラーケンの残骸だよ。二年前、二体のクラーケンが討伐された時、触手の残骸が大量に海へ漂流した。ミスリル製の触手は資源として有用で、貴重なサンプルでもあったから、アスガルは可能な限りその残骸を回収したのさ」

 

 宮沢健也は淡々と説明しながら、下を指差す。

 

「研究所の最下層は巨大なプールになっていてね。そこにはクラーケンの触手が大量に保管されている。その中には三年前に大島亮がカリブ海のセントマーティン島というところでクラーケンと戦った時に引き裂かれた物もある。けれど、その中でもこの残骸は特別なんだ」

 

 瞳にぎらぎらとした探究の光を(とも)し、彼は棺を示した。

 

「特別?」

 

 緊張した声でジャンヌは問いかける。

 

「これは確かに死体さ。クラーケンと化した"D"———篠宮(・・)()()残骸(・・)()。けれど、この触手は死体でありながら、命がある」

 

「何を言っている? 命があるのなら、死体ではないだろう」

 

 眉を寄せるジャンヌに、彼は苦笑を返した。

 

「分からないかい? 言葉が足りなかったかな。私はね、死体(・・)()中に(・・)命が(・・)宿っている(・・・・・)と言っているんだよ。触手の内に見える光……それこそが新たな命の輝きだ」

 

「新たな命……? まさか———」

 

 ジャンヌは絶句し、不自然に膨らんだ触手を凝視する。

 

 驚愕(きょうがく)する彼女へ頷き返し、宮沢健也は厳かに告げた。

 

「そう、この残骸には———つがいとなったクラーケンの子が宿っているのさ」

 

 

 

 

 

◇ 

 

 

 

 

 

 朝焼けの光が射す車の地平に向かって、僕たちを乗せた大型バンは走る。

 

 車を運転するのはアスガルの職員である中年女性で、助手席に座るのは篠宮先生。

 

 僕たちブリュンヒルデ教室の生徒たちは、広い後部座席に並んで腰を下ろしていた。

 

「ティアちゃん、なかなか起きないね」

 

 悠に寄りかかつて眠るティアちゃんを眺め、イリスさんが心配そうに言う。

 

 ユグドラシルの中枢を乗っ取ったティアちゃんは、僕たちの元に戻ってくると同時に気を失ってしまった。

 

 それから僕たちは、ティアちゃんを連れて篠宮先生の元まで戻り、車で研究所へと引き返している。

 

「大丈夫よ。私たちのところへ戻って来た時、ティアはちゃんと自我を保っていた。ハッキング時の負荷も耐えられたんだから、じきに目を覚ますわ」

 

 イリスさんの隣に座るキーリが静かに告げた。

 

「———というか、何であなたまで車に乗っているんですの?」

 

 キーリのせいで少し窮屈(きゅうくつ)になった座席を見渡し、リーザさんが(たず)ねる。

 

 当然のような顔をしてキーリは車に乗り込んだため、ここまで誰もつっこむ者がいなかったのだ。

 

「私も研究所に用があるのよ。ジャンヌちゃん……じゃなくて、ジャンが持っているはずだから」

 

 そう、男装女子のジャンヌは悠の前ではジャンという偽名を使って男のフリをしている。

 

 そして彼女が宮沢健也のいる研究所に潜入していることは気を探っていたので分かっていた。

 

「ジャンが?」

 

 悠は驚いてキーリに問いかけた。

 

「ええ、だからそこまで運んでちょうだい。協力してあげたんだし、少しぐらい楽させてもらっていいでしょう?」

 

 肩を(すく)め、キーリは皆に問いかけた。

 

「……確かに、キーリさんのおかげで助かったのは事実ですからね。研究所まではお送りしましょう」

 

 深月は不本意そうな表情ながらも、キーリの願いを聞き入れる。

 

「でも———このまま戻っていいのかな。ユグドラシルの本体も、根っこの辺りがまだ残ってるし……」

 

 心配そうに後ろの窓———西の空を見ながら言うフィリルさん。

 

 アリエラさんもフィリルさんに同意して頷いた。

 

「ボクも心配だな。そもそも、いまいち状況が分からない。ティアがユグドラシルの中枢を乗っ取ったって言うけど、この後いったいどうなるんだろう……」

 

 それを聞いたキーリは、肩を竦める。

 

「ティアは、ユグドラシルっていう大きなシステムの管理者になったのよ。その能力をどこまで扱い切れるかは分からないけど……少なくとも悠が乗っ取られる心配は、もうないと思うわ」

 

 その言葉を聞いて、レンちゃんが安堵(あんど)の表情を浮かべた。

 

「……よかった」

 

 小さな声で(つぶや)き、レンちゃんは悠の顔を見つめる。

 

「悠お兄ちゃん、もう大丈夫そう?」

 

「———ああ、左腕にも感覚が戻ってる。ギプスを外せば、問題なく動かせそうだ」

 

 悠はレンちゃんに頷きを返し、左腕をぐるぐると回して見せた。

 

「んん……」

 

 その動きが寄りかかるティアちゃんに伝わったのか、彼女が(かす)かに(うめ)く。

 

「ティア?」

 

 悠が呼びかけると、ティアちゃんは薄らと(まぶた)を開けた。

 

「ユウ……?」

 

 悠の顔をぼうっと見つめるティアちゃん。

 

「ああ、俺だ」

 

 悠が頷くと、彼女はまだ夢の中にいるような表情で口を開く。

 

「ユウ……ティアね、ユグドラシルの中で、色んなものを見たの。でも……ほとんど思い出せない」

 

「それでいい。ティアは、ティアであることを覚えていればいいんだ。無理をして、思い出す必要はないさ」

 

 悠はティアちゃんのさらさらした髪を()で、できるだけ優しい口調で言い聞かせた。

 

 あんなにも巨大なユグドラシルの精神にハッキングを仕掛けたのだ。どれだけ膨大な情報が彼女の頭の中に流れ込んだのか、想像も付かない。そんなものを把握しようとしたら、脳は正常な機能を保てなくなってしまう。神の僕でもそれは同じことだ。

 

 僕は少し目を閉じてこの世界に空間の歪みが無いか神の気を探る。今のところは発生してないようだ。

 

 いつ歪みが発生するのかは分からないが、ここ最近で空間の歪みを浄化しているフードの男が現れてもおかしくないため、周りに気を張り巡らせている。

 

 すると悠とティアちゃんの会話が聞こえていた。皆に届かないほど小さな声で話している。

 

 原作を知っている僕はその内容を知っている。もうすぐ悠の記憶が戻ることは分かっていた。しかしこれから起こるのはある少女二人の恋愛模様だ。

 

 そうなると更に先に起こる事態もあるため、関わると面倒なことになる。その間にフードの男の件が入ってくると苦労する自分が目を映る。

 

 (さて、どうなるかは知ってるけども……面倒なことにならないように)

 

 そう願いを込めて眠気に身を任せて僕は静かに眠りについた。

 

 しかし一ヶ月前から動き出していた(うね)りが関わってくることは無いと予想していたが、それが大きな事態になっていることに今の自分が気づくことはなかった。

 




今回で百話です。多分この作品は二百話以上だと思います。
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