ファフニール VS 神   作:サラザール

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この章にフードの男を出そうか迷ってます。しかし"神界"の神々は出します。お楽しみください。


ブラック・メネシス
二つの厄災


 目覚めるのは、二つの厄災。

 

 ドッ……ドッ……———。

 

 低く、重く、規則的な振動。

 

 暗く狭い研究室の空気が、不気味に震える。

 

 アスガル極東支部第一研究所地下四階———電気系統のダウンによって館内は闇に閉ざされ、空調や冷却設備なども完全に沈黙していた。

 

 だがドラゴン(・・・・)()死体(・・)が安置されている研究室内だけは、淡い紫色の光に照らし出されていた。

 

 光源は(ひつぎ)に納められたクラーケンの残骸。両端が千切れた銀色の触手は、中央部が不自然に膨らんでおり、その内側から紫色の光が漏れ出していた。

 

 棺を覗き込むのは、プラチナブロンドと金色の目を持つ男装の少女———ジャンヌ・オルテンシア。軍服姿の彼女は研究所の所長である宮沢健也に銃を向けたまま、棺の中身を凝視する。

 

 ドッ……ドッ……ドッ……———。

 

 響く重低音と共に、触手の内側から漏れる光も明滅していた。

 

 そこでようやく彼女は気づく。これは———鼓動(・・)なのだと。

 

 残骸の中に宿った新たな命。つがいとなったクラーケンの子。

 

 この光は生命の輝きであると、先ほど宮沢健也は語った。

 

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……———。

 

 鼓動が速まり、紫色の光が強さを増してゆく。

 

 それはあまりにも不吉な胎動。

 

 もはや加速する心拍を押し留めることは、誰にもできない。

 

 呼吸さえ忘れたジャンヌの前で、膨らんだ触手の表面が細く裂けた。

 

 内から覗いたのは、紫色の瞳。

 

 永い眠りを強いられていた怪物が———今目覚める。

 

 

 

 

 

 そして……もつ一つの厄災も時を置かず覚醒した。

 

 所は激戦を終えた富士の樹海。

 

 五千メートルもの大きさを誇ったユグドラシルの巨木は、上部が消し飛び———根元付近まで二つに裂けている。

 

 ティア・ライトニングによって中枢機能を奪われ、演算能力も失ったその残骸は、ただ朽ちるのを待つのみ。

 

 だが———変化はユグドラシルの()で起きていた。

 

 大地に食い込んだユグドラシルの根。その隙間から黒い泡のようなものが湧き出ている。

 

 それはまるで、黒色のシャボン玉。

 

 漆黒の泡は、次第に数を増しながら、ゆっくりと空へ昇っていく。

 

 しかし深い樹海の中で、その異常に気付く者はいない———いや、二人ほど気付いていた。

 

 一人はこの世界を五年以上も活動していた神。彼はこの世界のこれから起こる未来を知っている。

 

 そのため二つの厄災が目覚めることは分かっていた。

 

 もう一人は正義のため、自らの求めるあるべき世界を築こうとするフードの男。彼はかつてこの世界の神に敗れ去り、復讐を果たすために力を増した()世界(・・)()候補(・・)

 

 彼は違う世界からこの状況を一部始終を見ていた。

 

 そうして、二つ目の厄災も解き放たれる。

 

 根に縛られた大地から、自由な大空へと———。

 

 

 

 

 

◇ 

 

 

 

 

 

 ユグドラシルとの激戦を終えた俺たちは大型バンで研究所へと戻っていた。

 

「ユウ……ティアね、ユグドラシルの中で、色んなものを見たの。でも……ほとんど、思い出せない」

 

 ユグドラシルの中枢を乗っ取り、眠りから覚めたティアが夢の中にいるような表情で口を開く。

 

「それでいい。ティアは、ティアであることを覚えていればいいんだ。無理をして、思い出す必要はないさ」

 

 俺はティアのさらさらした髪を撫で、できるだけ優しい口調で言う。

 

 あんなにも巨大なユグドラシルの精神にハッキングを仕掛けたのだ。どれだけ膨大な情報がティアに流れ込んだのか、想像も付かない。そんなものを全て把握しようとしたら、脳は正常な機能を保てなくなってしまうだろう。

 

「けど……何か、言わなきゃって……伝えなきゃってことが、あった気がするの」

 

「だとしても、今すぐじゃなくていい。ゆっくり休んで、元気を取り戻してからにしよう」

 

「うん……」

 

 こくんと少し不安そうにティアは頷くが、突然はっとした表情を浮かべる。

 

「———あ、一つだけ思い出したの」

 

 そう呟いたティアの目から、涙が零れ落ちた。

 

「え? ど、どうしたんだ?」

 

 俺が慌てて問いかけると、ティアは俺の首に手を回し、ぎゅっと抱き付いてくる。

 

「ユグドラシルがユウにしたこと、ティア……見たの。たくさん、たくさん……大事な思い出を取られて、きっとユウは、苦しかったの……」

 

 耳元で(ささや)かれたティアの言葉に、俺は息を()んだ。

 

 イリスたちは、急に泣き出したティアに心配そうな眼差しを向けていた。

 

 亮は(まぶた)を閉じて夢の中にいると誰もが思うが、寝息を立てていないためティアとの会話は聞いているのだろう。

 

 そしてティアは俺にだけ届く囁き声で、こう続けた。

 

「大丈夫なの。ティアがユウに———思い出を返してあげるから」

 

 

 

 

 

 (いた)わるように悠を抱きしめ、ティアちゃんが耳元で囁く。思い出を奪われた悠の痛みに共感し、涙をぽろぽろと(こぼ)しながら———。

 

 ちなみに僕は眠気に任せて夢の中に入ろうしたが、二つの気を感じ取ったため気になって眠れなかった。

 

 仕方なく目を瞑ったまま悠とティアちゃんの会話を聞いていると、原作通りの展開へと発展した。

 

 失われた記憶がようやく戻ってくるのだと安堵(あんど)するのが、当然の反応だ。

 

 しかし悠は「頼む」という一言をティアちゃんに返せない。

 

 東京湾岸にあるアスガルの研究所へ戻る車の中、僕以外のブリュンヒルデ教室の生徒と担任の篠宮先生、そして勝手に同乗しているキーリが注目する中、悠は皆に聞こえないように、小声でティアちゃんの耳元に囁く。

 

「ありがとう、ティア。けど……少し時間をくれ」

 

「……いいの?」

 

「ああ、心の準備をしたいんだ」

 

「そっか———じゃあティア……もうちょっとだけ寝るの」

 

 彼女は悠のために頑張って一仕事しようとしてくれていたのだろう。ティアちゃんは悠に体を預け、すぐに寝息を立て始める。

 

 悠は様子を見ていた皆に向けて声を出す。

 

「心配しなくていい。落ち着いて、また眠った」

 

「———少し混乱していたのかもしれないわね。まあ、ユグドラシルを乗っ取った直後なんだから無理もないわ」

 

 キーリはまるで我が子を理解しているような口ぶりで呟いた。

 

「あれだけのことをして、負担がないはずありませんものね。ゆっくり眠らせてあげましょう」

 

 いつもティアちゃんの世話を焼いているリーザさんも言う。

 

 しばらくするとアリエラさんが大きな欠伸(あくび)を漏らした。

 

「ふわ……正直ボクたちもクタクタだし、研究所に着くまで休もうよ」

 

「ん」

 

 アリエラさんの隣に座っていたレンちゃんが、アリエラさんの言葉に同意する。

 

「そうだね……私も、眠い。本を読む気も起きない」

 

 薄眼を開けると、フィリルさんは眠たそうに目を擦りながら眠気を訴えていた。というか、車の中で本を読むのは完全に酔うため、彼女が気付かないように没収していた。後で返すとしよう。

 

 そんな皆の様子を見て、(りゅう)伐隊(ばつたい)の隊長である深月さんは口を開く。

 

「では、しばらく仮眠を取りましょう。篠宮先生、構いませんか?」

 

「構わん———今は休むといい。本当にご苦労だった」

 

 篠宮先生は皆を(ねぎら)ったが、僕は先に仮眠を取ろうとしていたので、許可を取らずに勝手に取ればいいのにと若干思う。

 

「おやすみ、モノノベ」

 

 窓の外から射し込む朝日に銀色の髪を輝かせ、イリスさんは悠に笑い掛ける。

 

「……おやすみ」

 

 悠は彼女に挨拶を返したが、彼は記憶が戻ることに恐怖感じてるいるのだろう。

 

 悠とイリスさんはお互い両思い。けれど、記憶を取り戻した時……その想いはどうなるのだろうと思っている。

 

 ティアちゃんの申し出をすぐき受け入れられなかったのは、そんなことを考えてしまったからだろう。

 

 今の想いと自分自身が消えてしまうのではないかという恐れ。

 

 悠はすぐき寝息を立て始めたイリスさんの顔を見つめ、次に深月さんへと視線を移した。

 

 深月さんはまだ眠っていないようで、悠の視線に気付いて薄目を開いた。

 

「兄さんら早く眠った方がいいですよ。研究所に着いて、すぐに休めるとは限らないんですから」

 

「———ああ、分かった」

 

 悠は深月さんに笑いかけて(まぶた)を閉じた。

 

 大型バンには皆の寝息が響き渡り、僕は二つの気を再び探る。

 

 

 

 

 

 途中、道が渋滞していたため、アスガルの研究所に帰り着いたのは正午を回った頃だった。

 

 渋滞の原因は、ユグドラシルが引き起こした電子機器の異常。ユグドラシルの中枢をティアちゃんが押さえたことで車は動くようになっていたが、停電時に起きた事故などによって塞がった道は多いらしい。

 

 だが、そうした道を避けてやっと到着した研究所は、原作と同じ展開へと進んでいた。

 

「何が、あったんだ……」

 

 眠っているティアちゃんをおんぶした悠が車から降りると、規制線が張られた研究所こ敷地を前に呆然(ぼうぜん)と呟く。

 

「煙が見えるけど……火事、なのかな?」

 

 イリスさんが研究所の建物から薄らと立ち昇る煙を見上げて不安そうに首を傾げた。

 

「停電してる時に事故か何かがあったんだろ」

 

 僕は眉を寄せて規制線の向こうを眺める。そして研究所の地下深くに気を探るが、僕が探していた生物はいなかった。

 

 施設周辺を固めているのは警察ではなく、武装した兵士たちだ。

 

「彼らはニブルの兵士ですね。とにかく、事情を聞いてみます」

 

 兵隊のエンブレムに目をやった深月さんは、篠宮先生と共に規制線の(そば)に立つ兵士の元へ向かった。

 

「……何だか厄介なことになっているわね。この分だとジャンヌちゃん———じゃなくて、ジャンと合流するのは難しいかも」

 

 車の窓からそっと顔を覗かせたキーリが、小さな声で呟く。

 

 災害指定されているキーリは、ニブルに追われている立場だ。ここで見つかれば面倒なことになるだろう。

 

「人が集まる前にここから離れた方がいい。今だけは———見ないふりをしてやる」

 

 悠は皆に聞こえないように抑えた声でキーリに告げた。ちなみに僕は悠の横にいるため聞こえている。

 

「あら、いいの?」

 

「今回は、まあ……色々と世話になったからな」

 

 ユグドラシルを倒すため、ティアちゃんを改造(・・)したキーリの行いは、人道的なものとは言えない。僕もユグドラシルを倒す方法を思いつかなかったため、彼女に協力した。そんな僕もその件には何も言えない。

 

 悠はキーリがいなければ、全員無事に帰ってこられなかったと思っているだろう。

 

「そ、ありがとう。じゃあね、悠———また会いましょう。あと、亮も」

 

 軽い口調で礼を言い、キーリは素早く車から降りる。

 

 近くにいたアリエラさんもキーリの動きには気付いていたが、特に止めようとはしなかった。

 

「次に会った時は敵かもしれないけど……仕方ないか」

 

 アリエラさんは苦笑を浮かべ、キーリを見送る。

 

「あ———深月たち、戻ってきた」

 

 フィリルさんの声が耳に届き、僕は研究所の方に視線を戻す。

 

 すると深月さんと篠宮先生が、研究所の所長である宮沢健也と共にこちらへ歩いてくるのが見えた。

 

「ん……」

 

 レンちゃんは僕と悠の傍に寄ってきて、両手でぎゅっと服の袖を握る。

 

 彼はレンちゃんの父親だ。正面からぶつかることでレンちゃんは彼と向き合うことができたが、やはりまだ複雑な想いがあるのだろう。

 

 よく見ると宮沢健也は腕にギプスを()めていた。負傷しているようだ。

 

 (奴にやられたのか……)

 

「やあ、全員無事のようで安心したよ。作戦通り、ユグドラシルを討伐できたんだね」

 

 彼は満面の笑みで僕たちの帰還を喜んでみせる。だが僕たちは彼が研究にしか興味のない人間だと知っている。なのでこれは、単なる社交辞令だ。

 

「はい、まあ……何とか」

 

 悠は皆と視線を交わし合い、曖昧に返事をする。

 

 ユグドラシルは滅んだわけでなく、ティアちゃんが中枢を支配した状態ではあるが———それを彼に教えるつもりはない。そんなことをすれば、ティアちゃんは新たな研究材料として扱われてしまうからだ。少なくともミッドガルに戻り、保護の態勢が整うまではこの事実は明かさない。

 

 この方針については車内で篠宮先生も了承している。"D"の安全と人権を第一に考えるのが、ミッドガルの方針なのだ。

 

「観測機器が一切使えず、君たちの戦いを見ることができなくて本当に残念だ。報告書を(まと)める祭には、ぜひ詳細なものを頼みたい」

 

 宮沢健也は研究者の顔で僕と悠に詰め寄るが、その前にレンちゃんが歩み出した。

 

「———そんなことより、あれ」

 

 レンちゃんは立ち入り禁止になっている研究所を指差して状況の説明を求めた。

 

「ああ、そうか……まずは研究所の現状を伝えておかないとね。戻ってきて、驚いただろう?」

 

「はい、いったい何が?」

 

 悠は厳重に封鎖された研究所へ視線を向けて事情を問いかけた。

 

「電子系統がダウンしたことで、設備が不具合を起こしたんだ。地下で爆発が起きて、私も巻き込まれてしまった」

 

 ギプスの()められた腕を見せて彼は()をつく。

 

「爆発事故、ですか……」

 

「ああ、なので研究所はしばらく立ち入り禁止だ。君たちの荷物は職員に運び出されるから、どこか他に宿を探して欲しい」

 

 彼の言葉を聞いたリーザさんは、難しそうな表情を浮かべた。

 

「宿を探すと言っても、交通網が混乱している現状ではどこのホテルも満室だと思いますわ。篠宮先生、このままミッドガルへ帰るわけにはいかないんですの?」

 

「まだ色々と事後処理がある。今すぐに戻るわけにはいかない。それに異常を(きた)した電子機器のチェックが終わるまで、航空機やヘリは使えないそうだ。少なくともあと二、三日は日本に滞在しなければならないだろう」

 

 篠宮先生は腕組みをしながら問いに答える。すると深月さんが控えめに手を挙げた。

 

「あの……でしたら、私と兄さんの実家に来てはいかがでしょう」

 

「え? ミツキちゃんとモノノベの家?」

 

 イリスさんが驚きの声を上げ、フィリルさんは胸前で手を叩く。

 

「私……行きたい。物部くんの家、見てみたいな」

 

「わ、わたくしも興味はありますが———いきなりお邪魔して大丈夫なんですの?」

 

 そわそわした様子で深月さんに問いかけるリーザさん。

 

「元々、時間があれば実家に顔を出そうと思っていたので問題ありません。篠宮先生、構わないでしょうか?」

 

 深月さんはリーザさんに返事をした後ら篠宮先生に問いかける。

 

「そうだな……私は事後処理のため東京に残らねばならないが、君たちはミッドガル帰還の準備が整うまで羽を伸ばしてくるといい。ちょっとした休暇だ」

 

「ありがとうございます!」

 

 嬉しそうに深月さんは頭を下げた。しかし悠は、いきなりの帰郷に呆然(ぼうぜん)としていた。

 

 僕は学園祭で悠と深月さんの両親に挨拶をしたが、悠はユグドラシルのウイルスで気絶したため顔を合わせてはいない。

 

「兄さん、よかったですね!」

 

 深月さんに笑顔で同意を求められてぎこちなく頷く悠。

 

「あ、ああ……」

 

 そう言うが、本人はまだ記憶を取り戻すつもりはないだろう。彼はイリスさんに視線を向ける。

 

「モノノベ?」

 

 イリスさんは悠の視線に気付き、きょとんと首を傾げる。

 

 もし記憶を取り戻せば彼女との恋も終わると思っているのだろう。しかしこの後、悠の予想もしなかったことが起こることは僕だけが知っていた。

 




次回は悠と深月の両親が登場します。お楽しみ下さい。
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