ファフニール VS 神   作:サラザール

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おまたせしました。今回は悠の元上官が登場します。お楽しみ下さい。


元上官

学園近くにある共同宿舎へ向かうイリスとは途中で別れ、俺は深月の個人宿舎へと戻って来る。

 

「深月、いるかー?」

 

吹き抜けのエントランスで呼びかけてみるが返事はない。深月は竜伐隊の隊長らしいので、もう出動してしまったのだろう。

 

状況がどうなっているのかは気になるが、メールで訊ねて仕事の邪魔になってはいけない。俺は大人しく待機しておくことにして、自室へ戻った。

 

落ち着かないので勉強でもしていようかとノート型端末に触れた瞬間、プルルルという着信音が鳴り響く。

 

深月かと思ったが、画面には相手の番号が表示されていない。着信音はいくら待っても鳴り止まず、俺は躊躇いながら応答ボタンを押した。

 

すると画面にノイズ混じりの映像が映し出される。軍服を着た若い男が画面の中で口元を歪めた。

 

その笑みが、俺の心を凍りつかせる。

 

『———やあ、久しぶりだな。物部少尉』

 

「ロキ、少佐……何で———」

 

俺は掠れた声で彼の名を口にする。

 

ロキ・ヨツンハイム少佐。ついこの前まで直属の上司だった人物。

 

ニブルにおける暗部そのものとも言える男が何故———。

 

『いやあ、本来ならもう少し早く連絡を取るつもりでいたんだが……環状多重防衛機構(ミドガルズオルム)の防壁は電子的にも堅牢でね。迎撃モードに移行している今でなければ、ミッドガル側に気づかれず通信することはできなかったんだ。遅れてすまなかった』

 

「遅れてって……俺はあんたの連絡を待ってなんか———」

 

『あんた?物部少尉はたった一週間ほどで、かつての上官に対する口の利き方を忘れてしまったのかな?』

 

切れ長の目が画面の向こうから俺を射る。それだけで感覚が引き戻される。彼の部下だった長く暗い日々へと。

 

「……すみませんでした、ロキ少佐」

 

『それでいい。だがまあ緩んでしまうのも無理はない。ミッドガルはニブルに比べれば楽園のようなところだろう。まだ未完成の君が影響を受けるのは必然だ。全く……最後まで仕上げることができなかったのは、本当に残念だよ。』

 

「用件は……何ですか」

 

『ああ、そうだったな。話が脱線してしまうところだった。いやね、私は君に一つ頼み事をしたいんだよ』

 

「頼み事?」

 

『私はもう君に命令できる立場ではない。だから頼み事だ。物部少尉は"D"のドラゴン化については既に知っているかな?ニブルにおいては機密事項だったが、ミッドガルでは生徒全員に周知されているはずだ』

 

表面上だけの笑顔を作って、ロキ少佐は問いかけてくる。

 

「……はい。竜紋が変色した"D"がドラゴンと接触すると、同種のドラゴンになるという現象ですよね?」

 

『その通りだ。何とも恐ろしい話だね。あんな化け物どもが増えると考えるだけでゾッとする。何としてでも防がねばならない事態だ。君もそう思うだろう?』

 

「は、はあ……それはもちろん」

 

何となく嫌な予感がしながらも、俺は肯定する。

 

『しかし、だ。肝心のミッドガルはその対応について最善を尽くしてはいない。竜紋の変色が確認された場合は地下深くのシェルターへ当人を隔離し、他の"D"でドラゴンの迎撃に当たるという作戦を立てている』

 

「それのどこが……まずいんですか?」

 

『惚けているのかな?君にも分かってるはずだ。最も効率的な対応策は———竜紋の変色を起こした"D"の処分だと』

 

ロキ少佐の冷え切った眼差しは、俺の心さえも凍てつかせたくるようだった。

 

「……そんなことは人道的にも、"D"の社会価値からも認められません。一人の"D"が死ぬことは、世界にとって大きな損失です」

 

第一、誰がそんなことを提案できるというのか。

 

ドラゴンの脅威に晒されながらも、世界は緩やかに発展し、一定の平和を維持してきた。それは"D"たちがエネルギー資源を補っているからに他ならない。

 

『増えたドラゴンがまき散らす経済的、人的被害の方が遥かに大きいと、私は思うがね。だが君の言う通り、この方法が公に承認されないのも事実だ。世界は"D"の機嫌を損ねることを恐れているし、"D"は同胞を見捨てない。何しろ明日は我が身なのだから』

 

「なら———」

 

『ゆえに、裏で動く者が必要なのだ』

 

こちらの言葉を遮って、ロキ少佐は俺を見据える。

 

「まさか、俺にそれをやれと言うんですか?」

 

『やれ、ではない。やってくらないかと頼んでいるのだ。君がミッドガルへ異動になったのは全くの予定外だが、元々そちらに息の掛かった者を送り込む準備はしていた。その役割を君が担ってくれると、手間が省ける。なに、いざという時が来たら"D"を一人殺してくれるだけで構わない』

 

「簡単に……言わないでください」

 

奥歯を噛み締めて、俺はロキ少佐を睨む。

 

『簡単だよ。私が育て上げた物部少尉にとってはね。"D"であろうと何であろうと、相手が人間である限り君は負けない。君は我がスレイプニル最強の"悪竜(ファフニール)"なのだから』

 

「…………」

 

俺は何も言えなかった。ロキ少佐の言葉は称賛ではない。ただの呪いだった。

 

『まあ、今すぐ答えを出さなくても構わない。ただ、もし君の協力が得られなかった場合に、多少非効率な手段を使うことになるだろう。余計な損害を出してしまうかもしれないそのことは———よく考えておくことだ。あともう一つ……』

 

「?」

 

『もしかすれば奴も現れるかもしれないからね』

 

「奴?誰ですか?それは」

 

俺は誰の事だか分からなかった。

 

『君も知っているはずだよ。ドラゴンを圧倒する存在を』

 

「!!!」

 

俺には心当たりがあった。ドラゴンを圧倒する存在———間違いなく亮の事だ。

 

『奴は五年前からヘカトンケイルやクラーケン、そしてリヴァイアサンと戦っていると聞いている。私も映像を見たのが初めてだが驚いたよ。彼は間違いなくドラゴンを凌駕する力を持っている。我々の脅威となる存在だ。』

 

「話は聞いています。何でも手からレーザーのようなものを放つだとか……」

 

『そうだ……それに何やら髪の毛を金色に輝かせることでパワーが上がるみたいだ。しかし、さっきも言ったが君は人間相手である限り君は負けない。その時は頼むよ。』

 

プツンと通話が途切れ、画面が消える。

 

俺は椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰いだ。

 

サイレンは、まだ鳴り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、第11世界では、この世界の"世界神"小早川恵と第12世界の"世界神"大島亮が仕事で来ていた。

 

今回は人間の文明レベルを調査していた。

 

「恵さん、こっちは終わりました」

 

「ありがとう、わたくしももうすぐで終わりますわ」

 

僕達は資料をまとめていた。普段は"天井塔"で作業をするが、恵さんは外でやるのが捗ると言う。

 

そして地面には沢山の人が倒れていた。彼らはバルド人という民族で気性が荒く、敵を見つけると襲いかかる野蛮人らしく、僕が付いた時には全員を蹴散らしていた。

 

「それより亮さん、聞きましたよ。八重さんの胸を触ったらしいですわね」

 

「なっ」

 

僕は頬を赤くして驚いた。何で恵さんがその事を知っているかの分からなかった。

 

「八重さん自身から相談されましてね、またやらかしたしたわね」

 

「ちっ、違いますよ!あれは事故ですよ。それにまたって何ですか?それも事故です」

 

僕は首をブンブン振って否定した。僕の意思でやったわけではなく、本当に事故でそうなっただけだ。

 

「本当にですの?」

 

恵さんはジド目で言ってくる。普段から八重さんが僕に抱きついてくるので僕が平常心を保てず、襲いかかったと思っているようだ。

 

「本当です。僕はそんな変態ではありません。大体、八重さんが大胆なのがいけないんです。あんな事されたら誰だって……」

 

嫌だとは言えなかった。何故かそれを言おうとすると口に出さなくなる。

 

八重さんとはただの仕事仲間で恋愛感情は抱いていないはずが、何故か最近はドキドキする。

 

「顔が真っ赤ですわ。本当は好きじゃありませんの?」

 

「そっ、そんな事……無いかもしれません」

 

「それは……抱きつくのはやめて欲しいですけど……嫌いじゃありませんよ。むしろ優しくて助けてくれる時もありますし、笑顔が可愛くてその……何と言いますか……はっ!僕ったら一体何を言って……」

 

何故か無意識に思ってしまった事を言った。

 

八重さんとは本当に仕事仲間なはずなのに否定できない。

 

すると恵さんの顔がニヤけていた。

 

「そうですか……では仕事も終わりましたので戻りますわよ」

 

「あっ、はい」

 

恵さんは資料手に杖で僕達を囲み、光となって神界に戻った。

 

恵さんの手にはボイスレコーダーを持っていることに気づかなかった。

 

その翌日、八重さんは僕を見るなり顔を赤くして走り出すことが多々あった。他の神達は「やるな〜」とか「少しは素直になったな〜」と言われた。




どうでしたか?次も楽しみにして下さい。

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