『———ごくろうだったね、物部少尉。やはり君を信じて良かったよ。先走った者達を君が止めてくれたお陰で、中途半端に問題を先送りする事なく“白”のリヴァイアサンを倒す事ができた。本当にありがとう』
リヴァイアサンと戦ってからだいぶ時間が経った。
ノート型端末の画面に映ったロキ・ヨツンハイム少佐が、爽やかな浮かべて言う。
場所は俺の自室。
リヴァイアサンと戦ってからだいぶ時間が経ち、ベッドで横になっていたところ、突然ロキ少佐から通信が入ったのだ。
彼に対する文句は山ほどあったのだが、最初にいきなり礼を言われて、そのタイミングを失ってしまう。
ロキ少佐はいつもこうだ。
決して相手のペースを掴ませない。
「はい……ありがとうございます」
どの口で言うのやらと思いながらも、俺は表面上神妙な表情を作って敬礼した。
きっとロキ少佐はどちらかの場合も想定していたのだろう。
俺が余計な手出しをしなけれあ、それで良し。
邪魔をすれば、後に引けなくなった俺は必ず仕事をやり遂げる。
その確信があったに違いない。
しかも恐らく後者の確率が高いと踏み、別の者が動くように仕向けたのだろう。
あの部隊を派遣したニブルの幹部は、ロキ少佐と利害が対立する相手かも知れない。今回の件は表沙汰にならなかったが、責任を取らされて失脚した可能性もある。
(仮に俺の想像通りなら、本物のスレイプニルが出てこなかったのも当然だな)
失敗前提の作戦に、ロキ少佐が自分の部隊を派遣するわけがない。
『私は結果が全てだと考えている。過程がどうであれ、結果が最善に近いものならば、君の取った行動は正しい。君が正しく居続ける限り、私は君を信じ、評価しよう。何か欲しいものがあるなら言いたまえ。どんなものでも用意するよ』
「いえ、……今は特に。少し、考えておきます」
『そうか、何か思いついたら教えてくれ。だが間もなく環状多重防衛機構(ミドガルズオルム)も復旧する。次に通信できる機会は、また非常時になってしまうだろうな。あと———』
「あと?」
ロキ少佐はさっきまでと違って真剣な表情を浮かべる。
『今回、あのドラゴンを圧倒する存在と出くわしたそうだね』
「……」
それは十中八九、亮のことだ。今回は亮のおかげでリヴァイアサンを倒せた。今は深月と一緒にミッドガルに居る。多分隔離されるだろう。
『まさか本当に現れるとは、実際は思ってもみなかった。彼が何者で、何をしでかすか分からん以上、彼の監視を頼む。それでは今後ともよろしく頼むよ———私の“悪竜(ファフニール)”』
要件を言って通話が切れる。
できれば二度と顔も見たくないが、そういうわけにもいかないのだろう。
亮のことは半年前から通信を取っているので監視は必要ないと思っている。
俺は重い息を吐いてベッドに横たわろうとする。その時、扉からノックをする音が聞こえた。
「深月か?」
俺は返事をした。すると扉が開いて入ってきたが、深月ではなかった。
「よっ!大丈夫か?」
「亮!?」
入ってきたのは亮だった。"D"でもない奴がここにいるのだから驚くのは無理もない。
「お前、どうしてここにいるんだ?」
「明後日からミッドガルの学生としてここに住むことになってね。今日は挨拶に来たんだ」
「そ、そうか……俺はてっきり隔離かと思った」
「いやいや、元々僕を捕まえたら学生として保護するみたいだったよ。それに他の学生からは君と同じ男の"D"として暮らすことになるから」
「な、なるほど」
俺は納得した。たしかに亮はアスガルに知られており、いつ他の組織に狙われてもおかしくない。
「まあ、これからよろしく」
「ああ、よろしくな」
俺は亮と握手をした。こうして親友として打ち解けあった。
◇
夕食を食べ終わった俺は部屋に戻った。すると、端末の画面にメール着信のアイコンが表示された。
「…………」
内容を確認し、俺は立ち上がる。
外へ行かなければならなくなったが、もう門限は近い。今日はちゃんと深月に直接断ってかは出かけよう。
俺は部屋を出て、二階への階段を上る。
深月が主に使っているという部屋の扉を開くと、ソファに座って本を読んでいた深月が顔をあげて、咎めるような眼差しを向ける。
「———鍵をかけていなかった私も不用心でしたが、兄さんも入るならノックぐらいしてください」
「いいじゃないか、別に。俺たちは兄妹なんだから、そんな気を遣わなくてもいいだろ?」
「……え?」
ひどく驚いた顔で俺を見る深月。
「ん?何か俺、おかしなことを言ったか?」
「いえ……別に。ただ、何となくいつもの兄さんらしくないような気がして……」
「そうか? ずっとこんなもんだったと思うけどな。ああ、深月———俺、これから少し出かけてくるから」
「構いませんが、門限は八時ですからね?」
「分かってるよ。それじゃあ行ってくる」
「……いってらっしゃい、兄さん」
深月が最後まで、何処か戸惑った表情をしていた。だが俺は、特に思い当たるところがなかったので首を捻る。
宿舎を出て頭上を見上げると、満天の星が夜空に広がっていた。
(何日か前の夜も、ちょうどこんな時間に外出したな)
そんなことを思いながら前に向き直った時、門の辺りで動く影が目に留まる。
「何だ……?」
眉を寄せて近づくと、言い争うような囁き声が聞こえてきた。
「……ちょ、ちょっと押さないでくださいませんか? ここにいるのがバレてしまいますわ!」
「……別に隠れる必要、ないと思う」
そっと門の外を覗き込むと、そこには押し合いへし合いしている悠のクラスメイト達の姿があった。
リーザ、フィリル、レン、アリエラの四人だ。本日の授業は全て休講なのだが、みな制服を着ている。
「もしかして、深月に何か用か?」
学園や生徒会関係の用件かと思い、悠は声を掛ける。
「ち、違います! た、単なる偶然ですわ! 皆さんとちょっと夜の散歩をしていて、近くを通りがかっただけです! それだけですからね!」
リーザはやけに慌てた様子で悠を睨む。
「……違う。私達、あなたの様子を見に来た。リーザが行こうって、皆を誘ったの」
フィリルが静かにリーザの言葉を訂正した。
「俺の……?」
驚いた俺は確認するようにリーザを見るが、彼女は顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
「ん」
レンは俺の服を引っ張って、端末の画面を突きつける。
『今日のリヴァイアサン戦について聞きたいことがある』
「聞きたいこと?」
「黒い光と青い光でリヴァイアサンを倒したのは物部クンかってことだよ」
アリエラがリヴァイアサン戦で倒した力について聞いてきた。
「あー……まあ、そうだな。黒い光は俺だが、青い光はアイツがやったぞ」
俺は質問されたので答えた。亮のことを話すのはやめようかと思ったが、リーザたちに嘘はつけないので正直に言った。
「アイツ、ですか?」
「ああ、みんなも知ってるドラゴンを圧倒する存在のことだ」
俺が正直に述べてるとアリエラが納得したように言った。
「ああ、五年前からたくさんのドラゴンを倒してる人のことか」
「そうだ。なんでもリヴァイアサンがこっちに向かってると聞いて俺に協力してくれたんだ」
「その言い方だと、前から知ってる感じですわね」
「……半年前に知り合ってから連絡してたんだ。今は深月の宿舎に泊まっていて、そいつも"D"だから明後日から学生として学園に通うそうだ」
「なっ!?それは本当ですの!」
「ああ」
リーザは驚いた表情で俺を睨む。
「言っておきますが、わたくしはその方を認めるわけにはいきませんわ!何処の誰かも知らない殿方を迎え入れることは許しません!ですが……」
リーザは言葉を止めると、ため息をする。
「ですが、話を聞く限り悪い人ではなさそうなようです。それにその方も、イリスさんを守るために頑張ってくれました。それは貴方も同じことですわ、モノノベ・ユウ」
リーザはそう言って前で腕を組んだ。
「よって貴方もその方を"クラスメイト見習い"にしますわ」
リーザはそんなことを宣言した。
「見習って……」
「そう簡単にクラスメイトになれると思ったら大間違いです。せいぜい努力してくださいな。ドラゴンを倒した方にも言っておいてください」
そう言うと、リーザはフィリルたちの方に顔を向ける。
「皆さんもよろしいですわね」
「ボクも賛成かな、彼の力を見て見たいし」
「私も……」
「ん」
アリエラ、フィリル、レンも賛成のようだ。
「さあ皆さん、もう帰りますわよ。早く戻らないと寮長さんに怒られてしまいますわ」
「うん……それじゃあ、また明日」
ぺこりと頭を下げるフィリル。
レンはぷいと顔を背け、アリエラは小さく手を振って歩き去った。
四人の後ろ姿を見送った後、悠は彼女達とは逆方向に歩き出した。
認められるというのは、悪い気分ではない。
自然と心が軽くなっているのを感じながら、足を動かす。
以前と同じ道筋を辿り、初めて彼女と会った砂浜にやってくる。
俺は呼び出した銀髪の少女は、やはり波打ち際で足を海水に浸していた。
防衛堤から少女のところまで、ずっと足跡が続いている。
「———イリス」
俺は少女———イリスよりも大きな歩幅で砂浜を歩き、声を掛ける。
「モノノベ……また、呼び出してごめんね」
「別にいいさ。今度は何の用事だ?」
「前と、同じ用事だよ」
イリスは微笑み、俺に近づいてくる。
「同じ?」
「うん……この前、最後まで言えなかったこと」
イリスは頷き、俺の目をまっすぐに見上げ———言葉を続けた。
「あのね……あたし、モノノベの友達に、なれる……かな?」
その問いに俺はぽかんと口を開ける。
「何言ってるんだ?イリスとは、もうとっくに友達だろ」
「え?嘘!あたし、いつモノノベと友達になったの?」
「いや、いつと聞かれても困るが……俺は結構前からそのつもりだったな」
俺の言葉を聞いたイリスは大きく息を吐いた。
「モノノベは……いつも、あたしが一番欲しいって思ってるものをくれるんだね。だからきっと……」
「え?」
あまりに声が小さくて、言葉の後半が上手く聞き取れない。
「ううん、何でもないよ。それより、今度こそ何かお礼をしないとね」
頬を染めたイリスはさらに俺と距離を詰め、柔らかく微笑んだ。
「……ありがとう、モノノベ」
背伸びをしたイリスが俺に顔を近づける。
その時———ほんの一瞬だけ触れ合った唇の柔らかさは、俺が人生で初めて知るものだった。
いかがでしょうか?次回もお楽しみに!