ファフニール VS 神   作:サラザール

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どうも、サラザールです。今回は結構長いです!それではどうぞ。


ドジっ娘

「よし、食堂に行くか」

 

神界での仕事を終えた僕は深月の宿舎に戻っていた。

 

神界と下界では時間の流れが違う。

 

下界での一分は神界では六時間である。つまり、一日で一年を過ごすことができる。ドラゴンボールの"精神と時の部屋"と同じである。

 

制服に着替え、洗面所で顔を洗い、三階の食堂に向かった。

 

時刻は午前六時四十五分。

 

僕がミッドガルに入学してから二週間が経とうとしていた。学園生活に徐々に慣れてきており、青春を過ごしている。

 

"D"ではないが、この五年間でヘカトンケイルを二回も倒し、クラーケンとリヴァイアサンを追い詰め、ミッドガルでは親友の物部悠と共につがいとなったイリス・フレイアを守るためにリヴァイアサンを倒した。

 

戦う前に生徒会長にして、悠の妹、物部深月とこの戦いが終わればミッドガルの監視下に置くことを条件に戦った。

 

奴を倒したあと、深月と共に学園の時計塔に行き、学園長シャルロット・B・ロードと秘書のマイカ・スチュアートに正体を明かした。

 

隔離されると思っていたが、学園側は僕をミッドガルの生徒として迎え入れてくれた。

 

お陰でこうして青春を謳歌している。六年ぶりに学園生活を送っているため、ワクワクしている。

 

クラスにも馴染んできて、みんな優しく接してくれる。

 

そうしているうちに三階の食堂についた。

 

深月個人の宿舎は、朝食、夕食とそれぞれ七時、十九時にオートメイドが三階の食堂に用意してくれる。

 

本来なら僕は神であるため、食事しなくても生きていけるが、それでも腹が空くので食事している。

 

ミッドガルの校舎一階から渡り廊下で繋がる食堂棟があり、そこに雑多な購買スペースと中庭に面したカフェテリアがあるのでよく利用している。

 

そんな事を考えながら食堂に入ると悠と深月の姿があった。

 

「おはよう!悠、深月さん」

 

「おはよう……」

 

「おはようございます……亮さん」

 

僕が挨拶をすると二人は存在に気づいて返してきた。

 

しかし、二人の様子が変だった。特に深月の顔が少し赤く、不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 

「なんかあったのか?」

 

「ああ、色々とな……」

 

僕が問うと悠はどこか言いたげな様子を見せる。

 

二人に何があったのか疑問が残るが、食事前ということもあってその事には触れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二十五年前、日本上空に突如として出現した巨大生物。

 

ただ移動するだけで甚大な被害を巻き起こしたその怪物は、物質を無から作り出すという異能を用い、人間側のあらゆる攻撃を無効化した。

 

必死に抵抗する人類を嘲笑うかのように、怪物は悠々と世界を一周し、何の前触れもなく姿を消す。

 

その後、人間の中に怪物と同様の力を持つ者が生まれ始めた。それが上位元素(ダークマター)生成能力者"D"、もしくはタイプ・ドラゴンと呼称される子供たち。

 

任意の物質を作れるという能力は、経済的価値が非常に高い。昔は"D"の奪い合いで戦争すら起こったという。

 

そして"D"の発生と同時期に、新たなる巨大生物が世界中に出現する。

 

人智を超越する力を持つその怪物たちを、世界はドラゴンと総称し、対ドラゴンの専門の国際機関アスガルを設立した。

 

アスガルは国連軍を再編し、超法規的に活動できる軍隊———ニブルを組織。ドラゴンが原因で発生した諸問題に、軍事力で介入、解決を図った。

 

さらに"D"もドラゴンによる問題の一つと位置付け、赤道に近い無人島に隔離施設を建造。それがミッドガルの雛形となる。

 

設立当初は収容所的な側面が強かったらしいが、"D"達が成長し、数が増えると共に発言力は増し、ついには人権と自治を得た。

 

そうしてミッドガルは現在の学園となるのだが……"D"として生まれる者は何故か女性ばかり。必然的にミッドガルは女学校となった。

 

しかし俺は、そんな秘密の花園に通っている。

 

それは俺にも、上位元素生成能力があるからだ。

 

現在のところ世界でただ一人の、男の"D"。それが俺———物部悠。

 

だが、その人物とはまた特殊で、表沙汰ではもう一人の男の"D"とされている異質な者が加わっていた。

 

"D"でもないのに上位元素生成能力を持ち、自らを神と称していて、傍から見ればただの人間にしか見えないだろう。

 

しかし、彼の持つ特有の能力、"気"と呼ばれるエネルギーを使いこなし、数々のドラゴンを倒し、この世界では誰も見た事がない異能の力が備わっている男———大島亮。彼もこの学園に通っている。

 

俺の場合は三年前にニブルで身柄を拘束された時、彼はミッドガルには送られず、ニブルで兵士として育成されることになった。

 

けれど一月前、悠はいきなりミッドガルへ異動となる。

 

それはミッドガルで大きな権力を得た、妹の深月による計らい。

 

以降、俺は深月の"監視下"で学園生活を送っている。

 

それは亮とて、例外ではない。

 

様々な勢力による彼への狙いが無きにしも非ずだからだ。理由としては、単純に亮の異様な力の対象がある故に、亮はミッドガルに保護される形になった。

 

無論、他の勢力が狙いに来ようが、圧倒的な彼一人でも対処は出来るだろう。

 

何故なら彼は創造と破壊を司る神、"世界神"と呼ばれており、世界を管理する存在で、下手をすれば世界そのものを破壊する力を持っている。

 

そんな彼は自らミッドガルに保護を求めてきた。

 

勿論、学園側に迷惑を被ったら、相応の罰が下されるのは目に見えている。それを承知の上で、亮はミッドガルの生活を送っている。

 

こうして、学園で二人の男子である悠と亮が何か問題を起こさないよう、深月は一般寮から離れた自分の宿舎に二人を住まわせたのだ。

 

そういう訳で、深月と並んで登校するのは、最早毎朝の日常になりつつある。

 

時折、神の仕事で神界と呼ばれる場所に行くこともあり、亮個人で登校することもある。

 

「最近の兄さんは、少しおかしいです」

 

朝食を終え、三人一緒に宿舎を出て、学園へ向かう途中———深月は不機嫌そうな表情で呟く。

 

一般寮からの道と合流するのはまだ先なので、周囲には他の生徒の姿はない。

 

道は海岸の防波堤に沿って緩やかなカーブを描いている。防波堤の向こうには紺碧の海と白い砂浜が広がっていた。

 

聞こえるのは潮騒と、ヤシの木が風にそよぐ音。それに悠と亮、深月の靴音だけ。

 

「俺のどこがおかしいんだ?」

 

自分では思い当たる部分がなかったので、俺は率直に問い掛ける。

 

深月は落ち着かない様子で手にした鞄を何度も持ち替え、俺の顔を見上げる。

 

「亮さんがいる手前、話しづらいんですが、何というか……近頃、デリカシーのない行動が目立ちます。部屋にはノックなしで入ってくるし、その……私が裸なのに平然と近づいてくるし……少し、気安すぎると思うんです」

 

「……? 兄妹なら気安いのが普通だろ。深月は俺によそよそしくして欲しいのか?」

 

深月の指摘が理解できず、俺は眉を寄せた。

 

「そうではないんですが……」

 

もどかしそうに目を伏せる深月。上手く説明が出来ないという様子だ。

 

———俺がおかしい、か。

 

だがやはり彼が自分の行動を振り返ってみても、全くそんな風には思えない。

 

けれど……一つだけ、深月の違和感を説明出来る要因はあった。

 

二週間ほど前、ミッドガルに侵攻してきたホワイト・ドラゴン———"白"のリヴァイアサンとの戦いで、俺は少々無茶をした。

 

事態を打開するため、自らの人格と記憶を食い荒らす"力の情報"を受け入れたのだ。

 

しかし今の悠にとって重要な情報———ミッドガルに来てからの出来事は、何一つ損なわれていないはずだ。妹の深月の事もちゃんと覚えている。ニブル時代の記憶も鮮明だ。

 

けれど自覚出来ていないだけで、彼はまた変質したのかもしれない。

 

三年前、深月に関する記憶以外が虫食いだらけになり、恐怖という感情が酷く薄くなった時のように、物部悠という人格から更に遠ざかってしまったのかも———。

 

「悠。どうかしたか?」

 

考え込んでいると亮が心配して聞いてくる。ちなみに亮は俺が記憶を失っていることは知っている。記憶を取り戻すことはできないらしいが、体への負担を和らげてくれるようで、助けてもらっている。

 

見ると、深月も不安げな表情で悠の顔を下から覗き込んでいた。

 

———ダメだ。深月を心配させてはいけない。深月にだけは悟られてはいけない。

 

俺が代償として失ったものを知れば、深月は必ず責任を感じてしまうから。

 

俺はは意識を切り替え、明るい口調で話題を変える。

 

「ん?ああ、ちょっと今朝の事を思い出してたんだよ。深月も三年間で色々と成長したんだってなーってさ」

 

「ほう、ちなみにどの辺りが?」

 

亮も思春期なのでその言葉を聞くと反応してきた。

 

男子トークをしていると深月は、途端に顔を赤くした。

 

「お、思い出さないで下さい!あと亮さんも反応しないで下さい!も、もし校内で同じ事を言ったり聞こうとしたらセクシャルハラスメント行為として処罰しますからね!反省文です!」

 

「う……反省文はもう懲り懲りだ。勘弁してくれ」

 

「わっ、分かった。もう聞かないから」

 

先の戦いで俺は命令違反をしてしまい、百枚近い反省文を書かされたのだ。正直あれは、ニブルの訓練より辛かった。

 

「でしたら、もう少し考えてから発言するように」

 

「……了解しました、生徒会長。けど、今朝のは深月らしくない失敗だったよな。下着とか、よく使う物はもうちょっと取りやすい場所に入れた方がいいぞ?」

 

深月が落とした引き出しはタンスの一番上———背伸びしてようやく届くかという高さだった。あれではひっくり返るのも無理はない。

 

「あれは……普段は使わない、少し特別な下着を入れている引き出しなんです」

 

「特別?勝負下着ってやつか?」

 

俺の問いに亮が呆れた顔で見る。

 

「悠、それセクハラになってるぞ。あと僕もいるんだからもう少し周りを見て発言してくれよ」

 

「わっ、悪い」

 

「はあ、全く兄さんは……素直に頷くのは抵抗がありますが、ニュアンスとしては近いかもしれませんね。ある意味、戦闘用ですから」

 

「戦闘って、何と戦うんだ?」

 

不思議に思って訊ねると、深月は少し真面目な表情になって答えた。

 

「一般生徒への連絡はまだですが、今日、臨時の健康診断が行われるんです。それで服を脱いだ時に生徒会長としての威厳を損ねぬよう、下着にも気を使っていたわけです」

 

深月の密かな努力を知り、俺は息を吐く。

 

「……生徒会長も大変だな。でも、抜き打ちで健康診断なんて……ミッドガルじゃあ、よくあることなのか?」

 

まだミッドガルの常識を把握していない俺は、深月に質問した。

 

「いえ、今回ぎが初めててすよ」

 

「じゃあ、何か理由が?」

 

重ねて問うと、深月は頷く。

 

「———ありますが、今はまだ言えません」

 

生徒会長の顔で言い切られると、それ以上追及するのは難しい。

 

俺は理由を聞き出すのは諦め、視線を前に向けた。

 

生い茂る木々の向こうに、学園のシンボルである時計塔の先端が少しだけ見える。

 

何かが起こりそうな予感を覚えながら、三人は並んで"D"たちの学び舎への道を進んでいった———。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園に着くと深月さんは職員室に用があると言って、時計塔の方へ行ってしまった。時計塔はミッドガル全体の中枢部で、職員室だけでなく作戦司令部などの重要設備が集まっている。

 

恐らく臨時の健康診断に関して、教師たちと何か打ち合わせがあるのだろう。

 

僕と悠は自分たちの教室がある校舎へと足を向けた。

 

ミッドガルにいる"D"たちは、年齢や知識レベルに応じて、九つある教室のどこかへ割り振られる。僕たちが配属になったのは、深月さんと同じブリュンヒルデ教室。授業中も、常に深月の目は光っているという訳だ。

 

ブリュンヒルデ教室のあるフロアは物置や空き教室ばかりで、人気はない。そもそもこの学園は、その規模に比べて生徒が少なすぎる。全校生徒数は七十人に満たないというのに敷地内には三階建ての校舎が四つもある。

 

今後増えていくかもしれない"D"たちのため、余裕を持たせて作ったのだろう。今のところは一フロアに教室を一つしか入れなくても、校舎が丸々一つ余ってしまう状態だ。

 

そのため、一般寮から通う女生徒たちで溢れる通学路は賑やかだが、校舎に入った途端に辺りは静かになる。

 

人の気配を探るが少なくとも周りに女生徒がいないと分かり、悠に取引のことを聞いた。

 

「悠、記憶の方はどうだ?」

 

「ああ、なんとか大丈夫だ。お前のおかげで体への負担もない」

 

どうやら大丈夫のようだ。マルドゥークを使うことで体力の消耗が激しいので、リヴァイアサン戦では体力を回復させた。

 

記憶はなんとも出来ないが体への負担を和らげることはできる。

 

「なるべく取引は避けて、今使える能力を使って戦ってくれ」

 

「いつも悪いな……ん?」

 

どこか病棟を連想させる静寂の中を歩いていると、二人はブリュンヒルデ教室の前でうろうろしている少女を見つけた。何故かスカートの裾をぐっと引っ張り、もじもじした様子で教室に入るのをためらってる。

 

窓からの朝日を浴びてキラキラと輝く銀髪。透けるように白い肌。じっとしていれば、芸術作品のように美しい彼女の事を、悠はよく知っていた。

 

———イリス・フレイア。

 

教室では悠の左隣に座る、クラスメイト。

 

原作通り、上手く能力を使えず落ちこぼれ扱いだった彼女と、ミッドガルにおける能力運用法の素人だった悠は、共にテストへ向けて放課後居残り練習をしたり、リヴァイアサン侵攻時には力を合わせて戦ったりした。

 

悠の妹である深月を除けば、学園で大和と同じくらい親しい間柄と言えるのだが———。

 

悠を見るとどこか緊張した様子で彼女を見ていた。確か二人は一巻の最後でキスをした。

 

悠は一度深呼吸してから、まだこちらに気付いていないらしいイリスさんに声を掛けた。

 

「イリス、おはよう」

 

「はわぁ!?」

 

「うおっ!?」

 

イリスさんが驚きのあまりぴょんと飛び上がり、その拍子に悠までびっくりした。

 

ふわっと膨らんだスカートの下から眩しい太ももが覗く。それに気付いたイリスさんは、顔を真っ赤にしてスカートの裾を押さえた。

 

「い、イリスさん、おはよう」

 

「お、おはよう。モノノベ、オオシマ」

 

イリスさんは真っ赤にした顔をこちらに向ける。

 

「ふ、二人共……見た?」

 

声を震わせて問いかけてくるイリスさん。

 

「み、見てない。だろ?悠?」

 

「あ、ああ、っていうか見えなかった」

 

僕と悠はイリスさんの視線に圧されて、正直に答える。

 

「ホント?ホントにホントに、何にも見てない?」

 

「僕は見てないぞ。悠は?」

 

僕は見てないと言ったが、悠は目を合わせることができないようで、視線を外すと、イリスさんは悠に詰め寄ってきた。

 

「あ、モノノベ何か嘘っぽい反応!やっぱり見たんでしょ!」

 

「い、いや、今のは違う!本当に見てないんだって!」

 

後退しながら弁明する悠だが、すぐに背中が廊下の壁に突き当たる。追い詰められた悠をイリスさんは至近距離から涙目で睨む。

 

「モノノベ、正直に言ってよ。そうじゃないと、あたし、困る……」

 

すがり付くような体勢で囁かれ、悠の顔が赤くなる。

 

「だから嘘なんか吐いてないって!何も見てない!下着は見えなかったから!」

 

悠が焦りながら答えると、イリスさんはどうしてかさらに狼狽した。

 

「な…………や、やっぱり見たんじゃない!」

 

「ん?イリスさん、悠は見てないって言ってるよ。その辺で許してやったら?」

 

僕はイリスさんの反応が理解できずに問いかける。けれどイリスさんは半べそで首を振った。

 

「うぅっ……よ、よりによってモノノベに…………あっ、あたし変態じゃないよ?変態じゃないからね?」

 

「変態?」

 

全く会話が噛み合わず、悠は困惑する。

 

しかし僕はこの状況をどこかで聞いたことがあった。

 

イリスさんはスカートの裾を太ももで狭み、絶対に捲れ上がらなようにしているので見て原作二巻を思い出す。どうやら悠も察したようだ。

 

「———まさか、イリスさん、穿いてないのか?」

 

びくっとイリスさんが肩を震わせる。

 

「え、あ、ち、違うよ?いつもじゃないんだよ?今日はたまたま穿き忘れただけなんたよ?」

 

「……やっぱり、穿いてないんだな」

 

相変わらずのドジっ娘ぶりに、悠と僕は溜息を吐く。

 

「え……?その言い方だと、さっきは本当に見えてなかったの?」

 

「ああ、何度も言ったように俺は何も見てない」

 

「よかったぁ……って、やっぱりよくないよ!モノノベとオオシマにパンツ穿いてないのバレちゃったじゃない!」

 

両手で顔を覆って、しゃがみこむイリスさん。喜んだり落ち込んだり、ずいぶんと忙しそうだ。

 

「いや、まあ、そんなに落ち込むなよ」

 

「そうだよ。人生一度くらいはやらかすこともあるからさ」

 

気まずい思いをしながら、悠と僕はイリスさんを慰める。

 

「これ、もう何回目か分からないよぉ……」

 

救いようがなかった。

 

「…………これまでは、どうやって乗り切ったんだ?」

 

「体操服で……何とか。でも今日は能力実習も体育もないし……ブルマ持ってきてなくて……寮に一度戻ろうか迷ってたの」

 

それでようやく、イリスさんがうろうろしていた理由を知る。

 

今から戻ると、遅刻になる可能性が高い。遅刻の危機を冒すか、今日一日ノーパンがバレないように過ごすかで順々していたのだろう。

 

だが、確か今日は———。

 

「イリス、たとえ遅刻するとしても、今日だけは戻った方がいい」

 

「僕もそれをオススメするよ」

 

悠と僕はイリスの肩に手を置いて、真剣な口調で言う。

 

「ど、どうして?」

 

「深月から聞いたんだが、臨時の健康診断があるらしい」

 

サァーッとイリスさんの顔から血の気が引いた。

 

「モノノベ!オオシマ!あたし、パンツ穿いてくるっ!!」

 

イリスさんは廊下に反響する大声で叫ぶと、勢いよく立ち上がる。

 

そしてスカートの端を手で押さえながら、廊下を走っていった。

 

「「…………」」

 

僕たちは無言でその後ろ姿を見送る。

 

イリスさんはまたも大事なことを忘れていた。ここは———教室のすぐ前なのだ。

 

「やばいな……チャイムギリギリで入るか。それじゃ」

 

僕はその場を後にしようとするが、悠は僕の肩を握ってきた。

 

「まて、お前だけ逃げるのは許さんぞ」

 

どうやらこのまま逃してくれないようだ。

 

僕は悠を倒してでも逃げようとした。悠は僕の両手を捕まえた。

 

「離せ!僕は知らない!何も見てないし何も聞いてない!この状況を作ったのは物部悠、お前だ!お前が悪い!」

 

悠は足でガラッと扉を開けて僕を引きずり込んだ。

 

「ふ、ふざけるな!俺をこのままにするつもりか!」

 

「必要な犠牲だ!僕が無事で済むなら喜んでお前を見捨てる!」

 

僕はみんなから冷たい視線を見られることと、変態だと誤解されることを恐れ、逃げようと抵抗する。

 

前列の席に座る金髪の少女、リーザ・ハイウォーカーと他のクラスメイトは僕たちの争いを見て唖然としていた。

 

「僕は何も悪くない!僕はさっき付いたばかりだ。イリスさんは僕の名前を言っていたがついでに言っただけに過ぎん!お前が事の元凶だ!」

 

「この期に及んで俺だけのせいにするのか?」

 

「もちろん!この場合は逃げるが勝ちだ!」

 

僕は悠の激しい攻防に耐えていた。すると見兼ねたリーザさんは口を挟んできた。

 

「あなた方、双方の責任ですわよ。いい加減、責任の擦り合いは見苦しいですわ。モノノベ・ユウ、オオシマ・リョウ!」

 

僕たちはリーザさんの方を見た。

 

「あんな恥ずかしい台詞をイリスさんに叫ばせるなんて……監督不行き届きですわよ、モノノベ・ユウ!」

 

「え、さっきのは俺のせいなのか?」

 

まさか矛先が自分に向くとは思っていなかったようで悠は慌てる。

 

「そうだぞ、観念しろ」

 

「あなたもですわ、オオシマ・リョウ!さっきから自分が悪くないような言い方をしてますが、最初から聞こえてましたわ」

 

「うっ!?」

 

どうやらイリスさんとのやり取りを最初から聞いていたようだ。

 

リーザさんは他のクラスメイトたちに呼びかけた。教室にはもう深月さんとイリスさん以外の全員が揃っている。

 

「というわけでみなさん、先ほど聞こえていた恥ずかしい声を含め、聞かなかったことに。口止め料として、彼らが今日のランチをご馳走してくれるそうです」

 

その呼びかけに、クラスメイトたちがそれぞれ応じる。

 

「……わかった」

 

小さな声で答えたのは、暇があれば常に本を読んでいる文学少女、フィリル・クレスト。

 

「ん」

 

頷きと一音のみで返事をするのは、小柄な赤毛の少女、レン・ミヤザワ。

 

「物部クンと大島クンの奢りかー。ボク、楽しみだな」

 

屈託なく笑うボーイッシュな少女は、アリエラ・ルー。

 

「ま、待ってくれ」

 

「何を勝手に———」

 

僕と悠は慌てて口を挟もうとするが、リーザさんに言葉を遮られる。

 

「あら、何か問題がありまして?」

 

「「え?あ……」」

 

冷静になってみると、さほど問題はなかった。僕も悠も含めたミッドガルの"D"たちには毎日生活費として十分以上の金額が振り込まれており、ランチを奢った程度で生活が苦しくなることはない。

 

この条件を吞めば、イリスさんは恥ずかしい思いをしなくて済むし、僕と悠も皆と一緒に食事ができる。まだリーザさんたちと食卓を囲んだことがない僕たちにとって、これはクラスメイトと親睦を深める大きなチャンスだった。

 

(悠、これはかなり遠回しな食事のお誘いじゃないか?)

 

亮は小声で言ってきた。

 

(だな。こちらとしてもデメリットはないな。受けるか)

 

(そうだな。あと、さっきはすまなかった)

 

(気にするな。俺の方こそ悪かった)

 

僕たちは小声で仲直りをした。よく考えれば、お金に困っていないのはリーザたちも同じだ。だから奢られるメリットも、ほとんどない。

 

「……了解した。今日のランチは奢るよ」

 

「ああ、だからイリスの恥ずかしい叫びについては、触れないでやってくれ」

 

僕と悠はリーザさんの厚意を受け取ることにして、頷いた。

 

「分かりましたわ。いい心がけですわね」

 

満足そうに微笑むリーザさん。僕たちはその耳元に顔を寄せ、小さな声で礼を言っておく。

 

「———ありがとうな、リーザ」

 

「恩にきるよ、リーザさん」

 

「な、何の話をですの?というか顔が近いですわよ!」

 

リーザさんは頬を染めて、僕たちの体を押しやる。

 

この教室で一番面倒見が良く、クラスメイトを家族として大切にしているが、このリーザ・ハイウォーカーという少女だ。

 

性格はややキツいが、たぶん誰よりも優しい彼女は、不機嫌そうにツンと顔を逸らす。

 

僕たちは苦笑いを浮かべながら、自分の席に向かった。

 

黒板の上に設置された時計の針は進み、始業三分前には深月と担任の篠宮先生が教室に入ってきた。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

そして始業のベルが鳴り響く。やはりダメだったかと息を吐くが、ベルが鳴り終わる直前に、教室のドアが勢いよく開かれる。

 

「ま、間に合ったぁ……」

 

息を切らしたイリスさんがふらふらと悠の隣に着席した。

 

そして僕や悠の視線に気付くと、イリスさんはグッと親指を立てる。

 

「やったよ、モノノベっ、オオシマっ」

 

「……ああ、ご苦労さん」

 

「……よかったな」

 

リーザさんたちが生暖かい眼差しを向けていることに気づかない振りをしながら、悠と僕はイリスさんを労ったのだった。




いかがでしょう?次は悠がミッドガルの学園長と会います。お楽しみに。
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