ファフニール VS 神   作:サラザール

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どうも、サラザールです。シャルロット学園長と秘書のマイカさんが出てきます。それではどうぞ!


健康診断

「———本日、一・二時限目は授業予定を変更し、臨時の健康診断を実施する。検査はクラスごとに行う。順番が回ってくるまでは、教室で自習をしているように。あと、物部悠と大島亮は別で受けてもらうため、その場で待機しておいてくれ」

 

深月が言っていた通り、ホームルームで篠宮先生は僕たちにそう伝達し、早足で教室を出て行った。何だか慌ただしい雰囲気だ。

 

リーザさんたちクラスメイトは、何事かと顔を見合わせている。悠は事情を知っているらしい妹に視線を向けるが、深月は素知らぬ顔で自習を始めてしまう。やはりまだ説明するつもりはないらしい。

 

ちなみに僕は原作を知っているため、今回の健康診断の目的を分かっている。

 

しばらくして、篠宮先生が教室に戻ってきて「順番だ、保健室へ向かうように」と告げた。

 

僕と悠以外は席を立ち、教室を出る。篠宮はそのまま教室に残り、僕たちに指示を出した。

 

「待たせたな、男子はこっちだ」

 

僕たちは篠宮先生と共に違う場所へと連れて行かれる。

 

渡り廊下を通り、時計塔のエレベーターに乗り込むと、篠宮先生は最上階のボタンを押した。段数を示す表示が、凄い速さで上昇していく。かすかな耳鳴りを感じた。

 

チーン。

 

エレベーターが止まり、ドアが開く。すると先には、大きく立派な木製の扉が聳えていた。

 

「えっと……ここは?」

 

「ここは学園長室だ」

 

僕は扉の横にあるプレートを指差した。そこに"学園長室"と書かれている。

 

「学園長?ミッドガルにそんな役職の人がいたんですか……てっきり篠宮先生が、ミッドガルで一番偉いのかと思っていました」

 

僕と悠が転入した際に行われた全校集会でも、学園長は現れなかった。だから悠は今の今まで、その存在すら知らなかったのだろう。

 

「私はあくまで非常時の戦闘司令官だ。ミッドガルの最高責任者は、この中にいる彼女だよ」

 

篠宮先生はそう言って分厚そうな扉を視線で示す。

 

「で……俺たち、どうしてこんなところに連れてこられたんですか?健康診断をするはずじゃあ……?」

 

「ああ、もちろん健康診断が目的だ。君たちの検査は学園長自らが行う」

 

平然とした顔で答える篠宮先生。

 

「学園長が?いったいどうして?」

 

「さあな、彼女の気まぐれだろう。普段は仕事もろくにせず、引き篭もっているのだが、時々こうやって無茶を言うのだ。まあ医師免許は持っているという話だから、死にはすまい」

 

さらっと不吉なことを口にする篠宮先生に、悠は慌てる。

 

「ちょっ……学園長ってそんなに危ない人なんですか?」

 

「それは自分で確かめるといい。彼女と会話をするのは疲れるので、私はここで失礼させてもらう。検査が終わったら、真っ直ぐ教室へ戻るように」

 

篠宮先生はそう言って僕たちの背を押し、エレベーターの方へ戻っていく。

 

「……え?俺たちで行けと?」

 

「ああ、健闘を祈る」

 

真面目な顔で敬礼をして、篠宮先生は本当にエレベーターで階下へ降りていった。

 

「心配するな。僕も会ったことがあるが、死ぬことはないよ」

 

「そ、そうか」

 

取り残された僕たちは扉をノックする。

 

「———どうぞ」

 

女性の声が返ってきて、僕は扉を開けた。

 

部屋の中は相変わらず廊下よりも暗く、独特な匂いがした。やはり何か香を焚いているのかもしれない。

 

時計塔の最上階という日当たりのいい場所なのに、奥の窓は分厚い遮光カーテンに閉ざされている。

 

室内にいるのは二人。

 

立派な椅子に深々と腰かけている金髪碧眼の少女と、その脇に立つメイド服を着た女性。

 

少女は小柄で、一見すると悠や大和よりも年下に見える。が、悠は戦場で磨かれた彼の勘がそれを否定した。

 

余裕ある表情と、値踏みするような視線、リラックスした体———彼女は間違いなく自分よりも経験値が上のベテランだと分かったようだ。

 

「学園長、久しぶりだな。とりあえず冷蔵庫漁るぞ」

 

「りょ、亮!?」

 

僕はそう言って壁に設置された冷蔵庫を開ける。

 

「ジュースがあった。あとハムとチーズ、それに牛乳……」

 

「亮、そんなことしていいのか!?」

 

悠は慌てて僕が冷蔵庫を漁るのを止めようとする。

 

「構わん。それぐらいのことで私は怒りもせん」

 

学園長は僕の性格を知っているのでこれぐらいのことは気にもしない。

 

「なかなか良い目しているな。初見で侮らぬ者は久しぶりだ」

 

愉快そうに学園長は笑う。悠は先ほど応えたのは、隣にいるメイドの方だと知る。僕はチーズと牛乳を冷蔵庫から取り出す。

 

「しかし学園長、相変わらず部屋が暗いな。僕たちが来るんだからもうちょっと明るくしてくれよ」

 

「ふん、そなたたちのために何故私が気遣わなければならないのだ?」

 

「相変わらず口も悪いな」

 

「お互いにな。だが、僅かに凄みを利かせたが物怖じすらしないとは……流石はそなただな」

 

僕と学園長は対等喋れる中であるので、先生やクラスメイト(悠以外)がいない時はこうしてタメ口で喋れる。

 

「紹介するよ。こいつが物部悠。僕の正体を知る数少ない親友だ」

 

「物部悠です。よろしくお願いします……」

 

僕が紹介すると悠は学園長とメイドの女性、マイカさんに挨拶をする。

 

「そうか、そなたも奴の正体を知っているのだな。紹介が遅れた。私がミッドガルの長、シャルロット・B・ロード。それでこっちがマイカ・スチュアート。私の専属秘書をやっている」

 

女性———シャルロット学園長に示されたメイドさんが頭を下げる。

 

「初めまして、マイカ・スチュアートです。以後、お見知りおきを」

 

シャルロット学園長と秘書のマイカさんは悠に挨拶を返した。

 

僕はチーズを食べながら聞いていた。

 

「亮、いくらなんでもその態度はまずいだろ」

 

「別にいいだろ?学園長も許可してるんだから」

 

悠は止めるように言うが、僕は気にしていない。

 

「許可した覚えがないが……まあいい」

 

「……それで、どうして俺たちの検査を学園長がわざわざするんですか?」

 

「ミッドガルにいるのは職員も含めて女ばかりだ。男の体を見て、うっかり発情されてしまうと困る。ここは清らかな乙女が集う、私の楽園(ハーレム)なのだから!」

 

シャルロットは両手を広げ、高らかに告げた。

 

「は、はあ……」

 

悠は反応に困り、頬を掻く。どうやら学園長は、ちょっと変わった人物のようだと感じ、篠宮先生が会うのを避けた理由が、少しだけ垣間見えた気がしたようだ。

 

やはり原作通りの人物だ。

 

「ゆえに仕方なく、私が自らそなたらの診断してやる事にしたのだ」

 

そう言うとシャルロットは椅子から立ち上がり、二人に近づいてくる。

 

「えっと、学園長やマイカさんも女性だと思うんですが……」

 

「ふん、私やマイカを初心な乙女たちと一緒にするでない。第一、私は男に興味などないからな」

 

さらりと衝撃の事実をカミングアウトした学園長は、悠を間近から見上げる。そんな中、悠が彼女の外見を見る。身長が悠や大和の胸辺りまでしかなく、白い肌は瑞々しい。だが先程の発言から生徒達より年上である事は間違いないと悠は感じた。

 

「……学園長の年齢を聞いてもいいでしょうか?」

 

「気になるか? 教えてやっても良いが、そなたらはもう二度とこの部屋から出られなくなるぞ?」

 

目を細めてシャルロットは嫌らしく笑う。

 

「やっぱり、遠慮しておきます……」

 

「ふむ、それが賢明だな」

 

シャルロットは口の端を歪め、悠の左手を掴んだ。

 

「何を———」

 

「これが、そなたの竜紋か?」

 

驚く悠に構わず、シャルロットは彼の左手の甲にある小さな痣を見ながら問いかけた。

 

「は、はい……」

 

他の"D"に比べれば遥かに小さい悠の竜紋を、よく見つけられたなと感心する。

 

「近くに傷があるな。これはいつからだ?」

 

竜紋の横にあるミミズ腫れを指差し、訪ねてくる学園長。

 

「あ、それは今朝起きたら、いつの間にか……たぶんどこかで引っ掛けたんだと思います」

 

「そうか……」

 

学園長は傷をじっと見つめると、おもむろに顔を寄せ、柔らかな唇を悠の手の甲に押し当てた。

 

「な……」

 

温かく、湿った感触が傷をなぞる。金髪の少女が、赤く小さな舌を這わせていく光景に、悠は背筋が震える。傷口が染み込み、快感を伴う痛みに悠は声が出てしまいそうになる。

 

———ちゅぱっ。

 

学園長は唇を離し、唾液で濡れた傷口を、冷静な眼差しで観察する。

 

僕はその光景を牛乳を飲みながら見ていた。

 

「が、学園長?」

 

状況が分からず、悠は声を掛ける。

 

「黙っておれ、じっとしていろ」

 

けれど学園長に強い口調で命令され、口を噤む。

 

そして数分が経過した頃、学園長はようやく悠の左手を解放した。

 

「———だいたい分かった。もうよいぞ。これで検査は終わりだ」

 

「え……?」

 

悠はポカンと口を開ける。

 

「何を呆けておる。超絶美少女であるこの私に、全身をくまなく調べて欲しかったか?」

 

(ぷっ、……超絶美少女)

 

僕は吹きそうになるが我慢する。

 

「だが男相手にサービスしてやる義理はない。今回の健康診断は、生徒の竜紋チェックを行う方便だからな」

 

学園長は皮肉げに笑い、肩を竦めた。

 

「やはりな……と言うことはドラゴンに動きがあったんだな?」

 

「ああ、だが状況は健康診断が終わればすぐに明かされよう。それより———」

 

学園長は悠の腕を引っ張り、僕も来るように手を振ってくる。

 

僕が寄ってくると学園長は悪戯っぽい笑みを浮かべ、小さな声で囁いた。

 

「そなたら……検査が早く終わって暇であろう? これから共に、冒険に赴かぬか?」

 

「「冒険?」」

 

僕と悠は眉を寄せて首を傾げる。

 

「ああ、現在学園では女子の健康診断が行われている。清らかな乙女達が下着姿を晒しているのだ。覗きに行かぬ手はあるまい」

 

「あんた……学園長だよな?」

 

あまりの発言に、悠はタメ口でツッコんだ。

 

「何だ、ノリが悪いのぉ。男であるそなたたちなら、この抑えきれぬ衝動を理解してくれると思ったのだが。もしやそなたら、女に興味がないのか?」

 

「いや、人並みにはありますが……」

 

「同じく」

 

「それでは構わぬではないか!私は男を愛でる趣味などないが、ずっと同じ嗜好を持つ友は欲していたのだ!今日は私の発見した絶好のスポットを———」

 

目を輝かせた学園長をマイカさんが片手で頭を掴み、空中へ吊り上げている。

 

「シャルロット様、あなたはご自分のお立場を理解しているのですか?生徒を悪の道へ引き摺りこむのは止めてください」

 

近くで見ると、やはりマイカさんは色々な意味で迫力がある人だった。胸は服がはち切れてしまいそうなほど大きく、身長も女性にしては高めで僕と悠とはあまり変わらない。

 

「は、離せマイカ!私は、私は、友たちと行かねばならんのだ!」

 

じたばたともがく学園長を意に介さず、マイカさんは僕たちに微笑む。

 

「もう戻っていいですよ。シャルロット様については、生徒さんたちに粗相をしないよう、私がしっかり見張っておきます」

 

「は、はい、分かりました」

 

「では、失礼します」

 

表情は優しいが、圧力を感じる。さきほどは近づいてくる気配を感じ取れたが、悠は気配を全く察知できなかったようだ。

 

体の重心から見て武装は確実にしている。人間レベルでは只者ではない。

 

僕たちは回れ右をして扉へ向かう。

 

「物部悠」

 

だが部屋を出る直前、学園長が悠に声を掛けた。

 

振り返ると、彼女はマイカさんに吊るし下げられたまま口を開く。

 

「そなたの傷は———消えぬ勲章だ。誇るがよい」

 

悠は左手を見つめながら、学園長は告げる。

 

どういう意味かと悠は視線で問いかけるが、学園長は口元に笑みを浮かべるだけで、それ以上語ろうとしなかった。

 

そして学園長は宙ぶらりんのまま、マイカさんに部屋の奥へと連れて行かれてしまう。

 

「いったい何だったんだ?」

 

「知らない。だが、学園長もマイカさんも人間レベルでは只者じゃないな」

 

僕は消えぬ勲章について知っている。しかしそれをそれを知るのは先になるだろう。

 

僕たちは扉を閉じ、教室へと戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"D"の自治教育機関であるミッドガルには、公にされていないもう一つの役割がある。

 

島を中心にして展開する環状多重防衛機構(ミドガルズオルム)は、ドラゴンからミッドガルを守る防衛線。

 

この改造島は、対ドラゴン戦を想定した迎撃要塞でもある。

 

授業ではドラゴンと戦うための能力運用方法を学び、優秀な生徒は竜伐隊として選抜される。

 

そうまでして戦いに備えなければならないのは、ドラゴンはいずれミッドガルへ侵攻してくる事が確実視されるためだ。

 

ドラゴンは自らに適合する"D"を"つがい"として選ぶ。見初められた“D”の竜紋は変色し、ドラゴンが接触すると同種のドラゴンへと変貌する。

 

にわかには信じ難い話だが、二年前———"紫"のクラーケン戦において、この現象が確認されたという。

 

そしてつい二週間前にはイリスさんの竜紋が変色し、"白"のリヴァイアサンがミッドガルへと進撃してきた。

 

「———今回、臨時で健康診断を行ったのには理由がある」

 

健康診断が終わった後の三時限目、教室には二週間前と似た緊張感が漂っていた。

 

教壇の上に立った遥は、僕たちを見回して言葉を続ける。

 

「我々が着々と討伐計画を進めていたドラゴン———"赤"のバジリスクが、テリトリーとしていたサハラ砂漠から移動を開始した」

 

教室がざわめく。僕と深月以外のクラスメイトは驚きを現わにしていた。

 

事前に学園長から健康診断の目的を聞いていた悠は、やはりそうなのかと納得する。

 

僕は原作を知っているため、バジリスクが動き出したことには全く驚かない。

 

皆の動揺が収まるのを待ってから、遥は口を開く。

 

「出現してからの約二十年間、砂漠を出ることがなかったバジリスクのイレギュラーな行動は、つがいを見出したがゆえと私たちは推測した。そして急遽、混乱を招かぬように健康診断という名目で、竜紋のチェックを行わせてもらったのだ。その結果———」

 

空気が張り詰める。検査の結果は深月さんもまだ知らないようで、真剣な顔つきで遥を見つめていた。

 

「———ミッドガルにいる学生の中で、竜紋が変色している者はいなかった」

 

その言葉に、ほぅ……と悠の隣にいるイリスが安堵の息を吐く。

 

しかし遥は険しい表情を崩さず、首を横に振った。

 

「安心してもらっては困る。これは非常に良くない結果なのだ。もしもバジリスクの移動目的が私達の推測通りであれば、狙われているのはまだ未発見の“D”という事になる」

 

それを聞いて事態を把握したイリスは、慌てた様子で言う。

 

「じゃ、じゃあその子を守ってあげないと!」

 

「ああ、その通りだ。我々は同胞を見捨てない。既にニブルがバジリスクの進行方向上にある町を捜索中だ。発見次第、ミッドガルへと移送する手筈になっている」

 

遥は力強い言葉で告げる。すると今度は、リーザさんが手を挙げて発言した。

 

「わたくしたちが協力できることはないんですの?リヴァイアサンと戦ったときのように、足止めぐらいなら———」

 

「ダメだ。バジリスクは、最も防御に特化したリヴァイアサンとは正反対のタイプ———ドラゴンの中で最強の攻撃力を持つ個体。戦いになれば、やるかやられるかの二択しかない」

 

「でしたら、この機会にやってしまえばいいと思いますわ」

 

リーザは強気に言い返す。実力と自信がある故の台詞なのだろうが、遥は渋い表情を浮かべた。

 

「そうしたいところではるが……まだ、準備が整っていない。不十分な状態で戦い、大きな損失を出す訳にはいかないのだ。分かってくれ」

 

「むぅ……」

 

不満そうではあったが、リーザは口をつぐむ。

 

篠宮先生は他に質問がないのを確かめ、少しだけ口調を柔らかくして言う。

 

「……と、不安を煽るような事ばかり言ってしまったが、今のところミッドガルに直接の危険はない。事態に動きがあるまで、皆は普段通りの生活を送り、英気を養っていてくれ。以上だ」

 

そうして深月たちは遠い場所にある危機を知りながら、いつもの日常に戻る。

 

ただ、悠は微かな胸騒ぎを覚えていた。

 

未発見の"D"

 

その単語が彼の頭の中で反響する。

 

彼はニブル時代に一度だけ、発見した"D"を見逃したことがあった。とても幼い少女で、両親と引き離すのが酷に思えたからだ。

 

それに当時の悠は"D"がドラゴンに狙われている事など知らなかった。

 

だが、そうした行動は、今回のような事態の原因になってしまう。

 

彼女が今も家族と幸せに生きている事を祈りつつ、窓の外に見える遠い空を眺めていた。

 

しかし、僕は知っていた。今度来る"D"が悠が過去に見逃した少女だと。




いかがでしょうか?次はあの少女が登場します。お楽しみ下さい。

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