「……なんか、緊張するな」
健康診断が終わり、昼休みになった。僕と悠は約束通りリーザさん達と同じテーブルに着く。事情を知らない深月とイリスも一緒だ。
場所は食堂棟一階のカフェテリア。ブリュンヒルデ教室の全員が勢ぞろいしたテーブルは、明らかに注目を集めていた。
生徒会長である深月さんや、男である僕と悠が目立つのは仕方ないが、リーザさんたちに対しても熱い視線を送っている者は多い。
けれど雰囲気には慣れているのか、深月さんやリーザさんは気にした風もなく寛いでいる。
悠は緊張して周りを気にしているが僕は全く気にしていない。
既にテーブルには料理が並んでいた。
流れで深月さんとイリスさんの分まで奢る事になってしまった僕と悠。しかし、僕は深月さんの宿舎で生活しているので借りがある。悠も二人には色々と借りがあるようで文句はない。
「モノノベ、オオシマ、ご飯奢ってくれてありがとね。でも、今日に限ってどうしたの?」
イリスさんが礼を言いながらも、不思議そうに問いかけてくる。
まさかイリスさんの恥ずかしい発言から始まったのが原因だとは言えなかった。なので、僕たちは視線を逸らして答える。
「いや、まあ皆には何だかんだと迷惑かけてるからな。そのお礼だよ。そうだよな悠?」
「あ、ああ、今朝もみんなに迷惑かけたからな二人で話したんだ」
これは本当の理由ではないが、嘘でもない。男である悠を、とりあえずはクラスメイトとして許容してくれたリーザさんたちには感謝している。深月さんに至っては毎日のように世話をかけっぱなしだ。
「え?あたしは何度も二人には助けてもらってる方だよ。モノノベには入学してから演習を手伝ってもらったし、オオシマもリヴァイアサン戦でモノノベと戦ってくれたし、お礼をするなら、あたしの方だと思うけど……」
「たしかに僕はリヴァイアサン戦で一緒に戦ったけど、主に活躍したのは悠だぞ。大したことはしてないよ」
「そんなことはないぞ。亮がいなかったらリヴァイアサンを倒せたか分からなかったぞ。それにイリスからはお礼を貰い過ぎた気がしてさ……」
悠は照れ臭さを我慢しながら言う。
「貰い過ぎ?何のこと?」
だがイリスさんは、きょとんと首を傾げた。どうやら浜辺でキスしたことはお礼以上のものではなかったのだろう。
「えーと、ほら、あれだよ。二週間前の……」
仕方なく悠は他の面々には分からぬよう、小声で曖昧に説明する。
リヴァイアサン戦の後でキスしたことを触れるのは今日が初めてだった。
「二週間前?それって———」
するといきなりイリスさんの顔が沸騰した。湯気が出そうなほど真っ赤になったイリスさんは、顔を俯けてしまう。
「え?お、おい、イリス?」
予想外の反応に悠は驚く。オーバーヒートしたイリスさんは全く返事をしない。
「ちょっと兄さん、何を言ったんですか?セクハラ発言なら許しませんよ?」
悠の右隣で聞き耳を立てていた深月さんは彼を睨んでいた。
「モノノベ・ユウ、またしてもイリスさんを辱めたのなら、わたくしが成敗しますわよ?」
リーザさんも鋭い眼差しを向け、悠を追及する。
そこで我に返ったイリスさんがひどく慌てながら手を振った。
「あ、ち、違うの!何でもないよ!モノノベは何もしてないから!」
「……じゃあ、どうしてそんなに、顔が赤いの?」
けれどフィリルさんの冷静な指摘に、イリスさんは狼狽する。
「ええっ!?あたし、そんなに赤い?」
「ん」
レンちゃんがこくりと頷く。イリスさんは両手を自分の母に当て、おろおろとした様子で悠を見る。
「わ、やだ、顔熱い……ど、どうしよ、モノノベ?」
「お、俺に聞かれても困るって」
イリスさんの反応を見ていると悠は恥ずかしくなっていた。
僕は原作通りで笑いを堪えていた。笑ってしまえば二人に何が起こったのかを正直に話してしまう。
そうなってしまえば二人は辱めを受けることになるため、こうして笑いを堪えている。
「おや、物部クンまで顔が赤くないかい?怪しいな」
アリエラさんが身を乗り出し、悠の顔を覗き込む。
「き、気のせいだ。それより料理はもう揃ってるんだし、早く食べ始めようぜ?昼休みの時間は限られているんだからさ」
悠は必死に話題を逸らそうとする。イリスさんも悠に便乗した。
「そうだよ、ご飯冷めちゃったら美味しくないよ?あ、あたし、お腹が空いてもう我慢ができないなー」
棒読みに近い台詞であったが、イリスさんが話の追及を拒む姿勢を見せたことで、皆はわずかに気勢を弱めた。
「……イリスさんがそう言ってるみたいだし、この場で悠を問い詰めるのは止めたらどうだ?ずいぶん人目を引いてしまったみたいだし」
僕は様子を窺っている周囲の生徒を見回し、フォークを手に取る。僕の昼食は和風パスタ。
「それじゃあ、いただきますっ」
イリスさんは恥ずかしさをごまかすためか、スプーンを持って野菜カレーを勢いよく食べ始めた。
まだ顔が火照っているイリスさんを横目で見ながら、悠はサンドイッチを口に運ぶ。
つまり、普段通りに振る舞おうと頑張っていたのは悠だけではなかったようだ。
「それでは、わたくしたちも頂かせてもらいますわよ?」
リーザさんは僕と悠に向かって声を掛ける。
「あ、ああ、どうぞ」
「ん」
僕と悠が頷くと、他の皆も食事を始めた。
カチャカチャと、しばらくはナイフやフォークが皿に触れる音だけが響く。だがしばらくすると自然に会話が始まった。
話題は当然ながら、バジリスクに関するものだ。
「———バジリスクが移動を始めたという事ですが、皆さんは本当に"D"が目的だと思いますか?」
深月が真面目な口調で皆に問いかけると、リーザさんは眉を寄せて言う。
「わたくしは、早すぎるような気がしますわ。"紫"のクラーケンと"白"のリヴァイアサン侵攻の間隔は二年もあったというのに……今回はまだ二週間ですわよ?」
するとアリエラさんがパンを千切って食べていた手を止め、異論を唱える。
「んー……ボクはやっぱり、竜紋変色者が何処かに現れたんじゃないかって思うな。何しろバジリスクが砂漠を出たのは、二十年間で初めての事なんだろう?」
リーザさんはアリエラさんの意見に、難しい表情を作りながらも頷く。
「確かに……他のドラゴンと関連付けるのではなく、バジリスクだけを見て判断するという考え方もありますわね。ただ、もしも外部の“D”が狙われているとなると、いろいろな問題が発生しそうですが……」
それを聞いたフィリルさんが目を伏せ、小さな声で呟く。
「……そうだね。ミッドガルの外にいる人は、まだ家族じゃない。本当に、守るべき人なのかも分からない」
その言葉が意味するところは、僕は察し、悠にも何となく理解できた。
今回の事案は、対象の"D"がどんな人物かで、状況が大きく変わってしまう。
「どういう事? "D"は皆、仲間なんじゃないの?」
だがイリスさんはきょとんとした表情で首を傾げる。いまいちフィリルさんの言う事が呑み込めていないらしい。
リーザさんたちは困った様子で顔を見合わせる。これはかなりデリケートな問題なので、言葉に迷っているのだろう。
なので悠が説明する事にした。
「イリス、俺たち"D"も人間だ。当然、良い奴も悪い奴もいる。それは分かるよな?」
「う、うん……」
イリスさんが頷くのを見て、悠は話を続ける。
「"D"の能力がマフィアやテロリストに利用されるのは珍しくないが、稀に"D"本人が率先して悪事を働く場合があるんだ。そういう“D”は災害認定され、殲滅対象になる」
「災害認定?」
どうやらイリスさんは初耳らしい。これは"D"たちにとって、見ないふりをしたいはずの問題だ。授業では敢えて教えていないのかもしれない。
だがリーザさん達は知っているようなので、噂としては聞こえてくるのだろう。
確か悠がニブル時代に所属していたスレイプニルは、災害指定された"D"との戦いを想定した部隊だった。在隊中に災害指定者と出会うことはなかったと思うが、その辺りの事情は恐らくだがリーザさん達より詳しい筈だ。
原作では、ドラゴン信仰者団体を立ち上げ、竜災にあった国々に入り込み、テロ行為をしているのそうだ。
「つまりドラゴンと同じ扱いってことだ。もう人間と見なされない。もし今回狙われているのがそんな奴だったら、状況は複雑になるだろうな」
「そうなんだ……自分から災害(ドラゴン)になろうとする子も、いるんだね」
悲しそうに呟くイリスさん。
彼女はリヴァイアサンに見初められたとき、自分がドラゴンになって皆を傷付けるぐらいなら、死を望むと言った。だからこそ、自ら人である事を放棄する"D"に、複雑な思いを抱いているのだろう。
「まあ、そんな奴は本当にごく一部だ。ミッドガルに来れば人権は保障されるし、資源依頼を引き受けて、一生不自由しないだけの金を合法的に稼ぐこともできる。まともな損得勘定ができるなら、自分から人類の敵になったりはしないさ」
「……うん、そうだね。もしバジリスクの目的がホントに"D"なのなら、悪い子じゃないといいなぁ」
イリスさんは祈るように呟いた。
悠も全く同感だった。もし見初められたのが災害指定者なら、逃亡した挙げ句にバジリスクとの接触を許してしまうかもしれない。
だが……篠宮先生も言った通り僕たちにできることはない。
僕は原作を知っているため、先のことを知っているが、教えるわけにはいかない。
たとえ教えたとしても悠や深月さんは信じてくれてもリーザさんたちは信じてはくれないだろう。
「亮さんは今回のことをどう思います?」
深月さんが一言も喋らないで黙々と食事をしていた僕に聞いてきた。
「そうだね、ドラゴンもいろんなのがいるから正直よく分からないよ。でもバジリスクの進行方向上にある街は確実に被害があるね。竜災に巻き込まれないといいんだけど」
僕はミッドガルに来る"D"のことより、バジリスクが向かう街の心配をした。神でも元は人間であるから心配になってしまう。
「それに僕もいろんな国に行って情報を集めたけど、"D"本人がテロ行為を起こすのは初めて聞いたよ」
僕は嘘を吐いた。あまり知り過ぎても混乱を招くと思ったからだ。
「えっ、亮さんでも知らなかったんですか?」
深月さんが驚いた様子で聞いてきた。
「そうだけど、それがどうした?」
「いえ、ただ亮さんでも知らないことがあると思いまして……」
深月さんは僕のことを思っているようで、ムカついてきた。本当は知っているけど、そんなことを言われると神として未熟者だと思ってしまう。
僕は顔に出てしまうので感情を抑えた。
「その言い方されると癇に障るからやめてくれない。破壊しちゃうよ」
顔はぎこちなく笑って覇気を込めて言った。周りは背筋をぞっとした。
「亮、落ち着け。世間では"D"の人権に関わってくるから知らないのは仕方ないさ。」
悠が宥めてくれた。
「……悪い」
僕は謝り、会食は続いた。
◇
結論から言えば、悠たちが危惧した最悪———バジリスクが増えるという事態はニブルの働きにより、バジリスクが増えるという自体は回避された。
しかし、僕は分かっていたが、悠たちの前に示されたのは———誰一人として予想し得なかった結果だった。
「———この度、私たちにまた新しい仲間ができました。バジリスク進行方向上の町を虱潰しに捜索していたニブルが、二人の"D"を発見・保護したのです」
健康診断の日からちょうど一週間が経った金曜日。学校の体育館で、全校集会が開かれていた。
壇上に立つのは深月さん。悠や亮が転入してきた際に思い出させる光景でもある。
恐らく新入りが来る度に、全校生徒に対して紹介の場を設けているのだろう。
二人のうち一人には竜紋の変色が確認され、バジリスクの目的が"D"との接触にある事は、ほぼ間違いない状況となりました」
深月さんの発言に生徒たちが少しだけざわめく。しかし彼らの視線は深月に向いていない。その後ろに立つ新入りの"D"だけに注がれていた。
「ですが、慌てる必要はありません。バジリスクは水中を移動するのに適した体の構造をしておらず、海を渡るのは困難だと考えられています。仮にバジリスクが海を陸と同じように進めても、その移動速度は非常に遅く、ミッドガルに到達するのは一ヶ月以上先になるでしょう」
皆の様子には気づいているはずだが、深月さんは淡々と状況説明を続ける。
バジリスクは海を渡れないから大丈夫などと楽観する気にはなれないが、ミッドガルは安全圏となる可能性もあるらしい。
「私達には十分な準備期間があります。なおかつ、バジリスクは以前から討伐計画を練っていた対象です。一人一人が最善を尽くせば、必ずや勝利を掴み取る事ができるでしょう!」
深月さんの演説は相変わらず達者だった。けれど今日だけは皆の心に届いているとは言い難かったと悠は感じていた。
男である悠や僕が転入する際、大きな注目を浴びた。特に僕に至っては悠を越していた程。ドラゴンを倒すという功績をもっていたからであるが、しかし今回は更にそれ以上だ。
壇上に立つ、新入りの"D"。その一人は、あまりにも異質だった。
「———それでは転入生を紹介しましょう。二人とも、前へ」
指示通りに前へ出てくる二人の転校生。
一人は眼鏡を掛けた真面目そうな印象の少女。年は僕たちと同程度で、長い黒髪を三つ編みのおさげにして纏めている。
彼女は至って普通の女の子だった。問題はもう一人。
全校生徒の視線を一身に集めているのは、まだ幼い少女だ。恐らくはレンちゃんよりも年下で、日本でなら小学校に通っているような年齢に見える。
光の加減で淡い桃色にも見える、色素の薄い髪。肌は白く、顔立ちも整っており、その部分だけならば、誰もが愛らしい少女だと言うだろう。
しかし彼女は、人間が持ち得ないパーツを有していた。
頭の左右から生えた、二本の小さな角。
角は深い紅色で、ドラゴンを連想させる形状をしており、頭上からの照明を受けて鈍く輝いている。
その角を頭に頂く少女は、赤みを帯びた瞳で彼らを睥睨(へいげい)している。
(やはり来たか)
僕は予想通りと思った。彼女のことは知っている。
竜人、とでも表現するしかない容姿の少女に、皆は好奇心と恐怖がない交ぜになった視線を向けている。
あの角は一体何なのか。悠を含む体育館に集まった生徒達が待っているのは、彼女の姿についての説明だった。
しかし深月さんはまず、竜人の少女ではなく、眼鏡を掛けた黒髪の子を身振りで示した。
「彼女は、立川穂乃花さん。"D"の能力にはまだ目覚めたばかりだそうなので、皆さんが色々と教えてあげて下さい」
「立川穂乃花です。よろしくお願いします」
眼鏡の子———立川穂乃花は深々と頭を下げる。僕は彼女のことも知っている。彼女の正体、彼女がなぜここに来たのかも。
パチパチと拍手が鳴り、穂乃花はホッとした様子で笑みを零したが、僕は拍手をする気分ではなかった。
そしてついに深月が角を生やした少女へと視線を向けていた。
周りの空気が張り詰める。誰かが唾を呑む音が、やけに大きく聞こえた。
「次に———この子は、ティア・ライトニングさん。バジリスクに狙われている少女です」
大きなどよめきが起こる。彼女が竜紋変色者らしい。
見初められた"D"は竜紋が変色し、ドラゴンが接触すると、その同種へと変貌する。彼女———ティアの姿は、そういった現象と何か関係があるのだろうか。
この疑問は、恐らく多くの生徒達が抱いているだろう。深月もそれを分かっている様子で、ざわめきが収まると説明を続けた。
「余計な憶測と誤解を招かぬため、まず言っておきます。竜紋の変色とティアさんの角には、何の因果関係もありません。入念な聞き取りと検査の結果、この角は竜紋変色以前に上位元素(ダークマター)生成能力で作り出された、後天的な追加部位だと判明しました。DNAの異常も見つかっていないそうです」
先ほど以上に生徒達は色めき立つ。
肉体と接合した新たな部位を作り出す———口で言うのは簡単だ。
上位元素はどんな物質にも変換できるのだから、理論上は生体変換も行えるだろう。
しかし、実践するとなれば話は別。
生き物の体はあまりにも複雑で、とてもイメージだけで再現できるものではない。
"世界神"ならできるが、人間が作り出すのは至難の業である。
周囲の生徒たちは信じられないという眼差しをティアに向けている。だが正体不明のモノに対する恐れは、ずいぶんと薄れているように感じられた。
深月さんの説明が功を奏したのだろう。
人間は未知の存在を恐れるが、逆に言うと———理解できるものならば、無闇に警戒したりはしない。
あと一歩で、ティアは学園に受け入れられるはず。悠はそう思っている筈だが、僕はここからだと思い、少し神経を研ぎ澄ませた。
深月さんは、そのための言葉を紡ぐ。
「ティアさんは稀有な才能を持っているだけで、私達と何も変わらぬ"人間"です。ですから———」
「違うの」
深月の声は途中で遮られた。
声の主は———ティア。鈴を鳴らしたかのような、高く澄んだ声音だった。
体育館にいる全員の眼差しが、彼女へと向けられる。
「えっと……ティアさん。私、何か間違えましたか?」
深月さんは戸惑った様子で問いかけると、ティアはこくんと頷いた。
「うん、ティアは、人間じゃないの」
少し片言な日本語で答えるティア。
低いどよめきが生徒の間を駆け抜ける。
「そ、そんな事はありません。ティアさんは人間です!」
「ううん、違うの。ティアは———ドラゴン」
「なっ……」
絶句する深月さんを見て、ティアは不思議そうに首を傾げる。
「どうして驚くの? あなたも、"D"なのに。"D"は、ドラゴンなのに」
「"D"がドラゴン……? いいえ、それは違います。ティアさん、私達は人間です」
深月は諭すように言うが、ティアは表情を固くする。
「……ドラゴンなの。ティアは、ドラゴンなの!」
苛立った様子で深月を睨むティア。その周囲に、あぶくのような小さい上位元素の粒が無数に湧き上がる。
在野の“D”は架空武装など使わない。かつての悠がそうだったように、上位元素をダイレクトに物質変換するのが普通だ。だから、あれはもう完全な戦闘態勢。
ティアの上位元素は電気へと変換されているのか、火花がバチバチと散っている。
感情が高ぶったことで無意識に攻撃的な物質変換を行っているのかもしれない。
だがそんな危険な状況だというのに、深月や他の生徒達は棒立ちのままだ。
ミッドガルでは対人戦の訓練など行わない。だからどう対応すればいいのか分からないのだろう。
「亮!」
「ああ、分かってる」
悠もこの状況を不味いと思ったのか、二人同時に列を抜ける。
「モノノベ、それにオオシマ……?」
イリスさんが声を上げるが、答えている暇はない。悠は深月の元へと走り、僕は壇上の手前まで高速で移動して生徒たちがいる先頭よりも前に立つ。
杖を瞬時に取り出し、生徒と教職員全体を覆い尽くすほどのシールドを作り出す。さらに立川穂乃花にもバリヤーの球状で包み、みんなを守った。
僕の行動に生徒たちは驚きを交えた。そうしている間に悠は走る勢いのまま壇上へと跳び上がり、深月さんとティアの間に割り込んだ。
「やめろ! 落ち着け!」
深月を背中に庇い、悠はティアに叫ぶ。
「あ……」
するとティアの表情から急に怒りが抜け落ちた。目を丸くして、悠の顔をじっと見つめたまま動かなくなる。湧き立つように生成されていた上位元素も、全て虚空に消えた。
僕もティアの行動が止まるのを見ると、警戒を解いたようでバリヤーを解除した。
「ん……? おい、どうしたんだ?」
刺激してはいけないので、悠は慎重に問い掛ける。
「あ———うそ……また、会えるなんて……あ、あの、あなたも……あなたも、"D"だったの? "D"にも、男の人がいたの?」
呆けていたティアが我に返り、震える声で問い掛けてきた。何だか妙な言い回し。僕は彼女と悠が面識があることを知っている。
「ああ、俺も"D"だ。俺だけじゃない、あいつもだ」
悠は僕を視線で示す。ティアは悠の視線の先にある僕を見る。
悠は僕の正体がバレないように"D"と嘘を吐いてくれた。
「あの人も……"D"なの?」
ティアは悠と同じような目で僕を見る。まるで珍しい物を見るかのように。
「ああ、俺たちは"D"だ」
悠は落ち着いて答えた。
その途端、ティアは花が咲くように満面の笑みを浮かべた。
「やったの……やっと会えたの……あなただった……あなただったんだ! ねえ!名前!あなたの名前は?」
「も、物部悠だけど……」
「モノノベ、ユウ……ユウ……いい名前。ねえ……ユウ、聞いて欲しい事があるの」
目を輝かせて悠を見つめてくるティア。
事態がよく分からない方向に流れているのを感じつつ、悠は問い返す。
「何を……聞いて欲しいんだ?」
「あのね、ティアはね、ドラゴンのお嫁さんになるために生まれてきたの!」
「ど、ドラゴンのお嫁さん?」
あまりに突拍子もない発言に、悠は困惑してしまう。
僕は上位元素で耳栓を作り、耳を塞ぐ。
「だからね、ユウはこれから、ティアの旦那さま!」
「……は?」
(やっぱり原作通りだな)
呆気に取られる悠をこの事を知っていた僕はティアを見た。
そんな悠に、ティアは勢いよく抱きついてきた。
「そして、ティアはユウのお嫁さん! もう、絶対に離れないの!」
女子生徒達が、歓声か悲鳴か判別のつかない甲高い声を上げ、一斉に騒ぎ始める。
悠は余りの事態に理解が追い付かず、ぎゅっと腰にしがみ付く少女の華奢な肩と小さな角を、ただ呆然と見下ろしていた。
(耳栓しててよかった……しまった、端末を忘れた。写真撮れば面白いことになったのに)
いかがでしょう?。次も楽しみにしてください。