ファフニール VS 神   作:サラザール

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どうも、サラザールです。今回、リーザとティアは仲直りします。


ビーチ

イリスと深月にメールをして他の皆へ言伝を頼んだ後、俺たちは宿舎へ戻り、水着に着替えた。深月から来た返信によると、皆あと一時間ぐらいしたら来るらしい。

 

宿舎の物置部屋に海水浴用アイテム一式があると聞き、俺とティアは手分けしてビーチパラソルやシートを運び出す。

 

「ティア、みんなに迷惑かけちゃったみたいだし、頑張るの」

 

スクール水着姿のティアは、丸めた大きめのシートをふらつきながらも一所懸命に運んでいた。

 

一通り準備が終わり、浅瀬でティアに軽く泳ぎを教えていると、早速一人目のクラスメイトが現れた。

 

「モノノベーっ!」

 

手を振りながら砂浜を走ってくるのはイリス。彼女は白いビキニを身に着けており、形のいい胸が一歩ごとにポヨンポヨンと弾んでいる。

 

「おお……」

 

紐で留めてある水着が外れてしまわないか、ハラハラする。

 

イリスは俺たちの前までやってきて、くるんと一回転してみせた。長い銀髪が翻る。太陽の光を浴びた白い肌が、とても眩しい。

 

「どう? 前のは失くしちゃったから、新しく買ったんだっ」

 

「……すごく似合ってる。そういえばイリスと初めて会った時、水着を流されたって言ってたな」

 

イリスとの出会いを思い出しながら言う。そのおかげ———じゃなくて、そのせいで俺はイリスの裸を見て攻撃される羽目になったのだ。

 

「うん、結局見つからなくて———って、あ、あの時のことはあんまり思い出さないでよ。恥ずかしい……」

 

頬を染め、腕で胸を隠すイリス。だが、そんなポーズをされると余計に意識してしまう。俺は白い水着姿のイリスにしばし見惚れ、ぽつりと呟く。

 

「———やっぱりイリスは、本当に綺麗だな」

 

あの時も今も、そんなことを自然に言えてしまうぐらい、イリスは美しかった。

 

「な……なななななっ……い、いきなりそんなこと言われたら、あたし……」

 

首筋まで赤くして、イリスはぺたりと砂浜に座り込んだ。

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

心配して手を伸ばすが、それを阻むようにティアが俺の前へ回り込んでくる。

 

「ユウ、ティアは? ティアはどう?」

 

「ん? ああ、ティアは可愛いよ」

 

俺は正直に答えるが、何故かティアは頬を膨らませ、悔しげな表情でイリスを睨む。

 

「やっと……分かったの。あなたは———イリスは、ティアのライバルなのっ!」

 

びしっと指を突きつけられたイリスは、きょとんと首を傾げた。

 

「ライバル?あたしとティアちゃんが?」

 

「そうなの、ティア……あなただけは負けないの!」

 

「よく分からないけど、ティアちゃんは何か勝負がしたいの?じゃあ……そうだ、棒倒ししよっか?」

 

イリスは笑顔になると、砂を集めて小さな山を作り始める。

 

「棒倒し?」

 

「うん、こうやって砂で山を作って……上に棒を刺して、順番に山を崩していくんだ。それで先に棒を倒しちゃった方が負けってゲーム」

 

波打ち際に落ちていた小枝を砂山の天辺に突き刺し、イリスはルールを説明する。

 

「わ、分かったの。この決闘……受けて立つの」

 

真剣な表情で頷き、イリスと棒倒しを始めるティア。

 

何となく根本的なところで話がズレているように思えたが、俺は口を挟まず二人のゲームを見守る。

 

そこにリーザ、フィリル、アリエラ、レンの四人もやってきた。

 

「あなたに水着姿を見せるのは不本意ですが、来てあげましたわよ」

 

大人っぽい黒い水着を着たリーザは、金色の髪をかき上げて俺に言う。

 

「……それにしては、気合いを入れて水着を選んでたような気がするけど」

 

そんなリーザにフィリルがぼそっとツッコむ。彼女は青いセパレートタイプの水着を身に着けている。

 

「ひ、日焼け対策が面倒であまり海には行きませんから、どの水着を着るか迷っていただけですわ! 別に……モノノベ・ユウやオオシマ・リョウの目を気にしていたわけではないですわよ?」

 

リーザは慌ててフィリルに詰め寄る。

 

二人ともイリス以上に胸が豊かで、双丘の谷間が水着から覗いている。普段は制服の下に隠されている圧倒的な質量が、俺の脳髄をぐらぐらと揺らす。

 

「はは———相変わらずリーザは素直じゃないね。男性の目があるんだから、誰だって多少は意識するものだと思うよ」

 

苦笑しながら言うのは、トロピカルな柄の水着を着たアリエラだ。その後ろにはフリル付きのワンピース水着を着たレンが隠れている。

 

「……ん」

 

まるで小動物のように俺へ警戒の眼差しを向けるレン。ここまで意識されると、さすがに居心地が悪い。

 

「えっと……皆、水着似合ってると思うぞ」

 

微妙に緊張した空気を緩めるため、俺は感想を述べる。嘘ではない。ブリュンヒルデ教室の女子生徒たちは、客観的に見てとても魅力的なのだ……目のやり場に困るほどに。

 

「と、当然ですわ! そんなこと、あなたに言われなくても分かっています」

 

リーザは顔をツンと逸らして答える。

 

「……ありがとう」

 

フィリルは表情を変えぬまま礼を言う。

 

「ぼ、ボクにはその……お世辞はいらないよ」

 

普段は冷静で論理的なのに、褒められると余裕を失くすアリエラは、そわそわと視線を彷徨わせる。

 

「…………んぅ」

 

恥ずかしがり屋のレンは、顔を赤くして完全にアリエラの後ろへ姿を隠してしまった。

 

「———兄さん、今のはセクハラぎりぎりですよ」

 

リーザたちの方から姿を現した深月が、俺をジド目で睨む。

 

一度宿舎に戻っていたらしく、手には膨らませたビーチボールを持っていた。

 

「なっ!? 今のがセクハラになるのか?感想を言っただけだぞ?」

 

「場合によりけりです。レンさんがこんなに恥ずかしがっているのですから、セクハラと言われても文句は言えません」

 

「じゃあ……深月の水着については、何も触れない方がいいんだな?」

 

俺は、妹の水着を眺め回しながら言う。ワンピースタイプではあるが、背中部分が大胆に開いていて、後ろから見ると結構際どい。

 

「…………いえ、私は別に兄さんの言葉で羞恥心を覚えたりはしませんし、お好きにしてもらって構いませんよ」

 

深月は不自然な魔を置いてから、ぶっきら棒に答える。

 

「そうか? だったら言うけど———よく似合ってる。あと、背中がちょっとエロいな」

 

「…………」

 

深月は眼差しを鋭くし、無言で俺の耳を引っ張った。

 

「ちょっ……痛い! 痛いぞ!」

 

「……兄さん、たとえ妹相手でも、もう少し言葉を選ぶべきだと思います」

 

「いや、好きにしていいって言っただろ!?」

 

「……いくらなんでもそれはないだろ」

 

俺は文句を言うと、最後に姿を現した亮が不機嫌そうな表情でやってきた。

 

右胸にはイリスたちと同じ大きさの竜紋があった。おそらく"D"と証明するために作ったのだろう。

 

「悠、妹相手に背中がエロいなって言うのはどうかと思うぞ?」

 

「あ、ああ、それもそうだな。……ところで亮、なんでそんなに不機嫌なんだ?」

 

俺は理由が分からないので聞いてみた。

 

「さっき演習場の後始末でちょっとあったんだよ」

 

「何があったんだ?」

 

「それを聞かないでくれ」

 

そう言って亮はさらに不機嫌になり、顔を逸らした。

 

「大島クン、動揺してたもんね」

 

アリエラは面白そうに言った。

 

「……たしかに彼のあの表情は初めて見たよ」

 

「ん」

 

「頼む、それ以上はやめてくれ」

 

フィリルとレンの言葉に反応した亮はやめるように言う。

 

「たしか全王さんって名前に動揺してましたね」

 

「っ!?」

 

すると亮は深月の言葉に反応して、顔を青ざめた。

 

「全王?」

 

俺は全王と言う言葉を呟いた。全王って何のことだ?

 

「ななな、何でもない! 気にするな!」

 

亮は慌てた様子で俺に言ってきた。

 

「わ、分かった」

 

亮がこれほどまでに動揺する姿を初めてみた。普段は堂々としている彼だが、全王という名前を聞いただけでこんな状態だ。もしかしたら、神々の中ではかなり偉いかもしれない。

 

そう思っていると、突然ティアの大声が響いた。

 

 

 

「ああーっ! た、倒れちゃダメなの!」

 

 

 

驚いてティアたちの方へ目をやると、不安定な形になった砂山が棒と共に崩れていくのが見えた。

 

「ふふんっ、あたしの勝ちっ!」

 

ガッツポーズをするイリス。ティアががっくり肩を落とすが、すぐに顔を上げて再挑戦を申し込む。

 

「もう一回! もう一回なの!」

 

「いいよ、何度だって挑戦は受けてあげる。でも皆も来たから、今度は別の遊びで勝負しようよ」

 

そう言ってイリスはリーザたちを視線で示す。

 

「あ……」

 

そこで初めてティアは皆が集まっていたことに気付いたようだった。

 

膝に付いた砂を払って立ち上がり、緊張した面持ちでリーザの表情を窺うティア。

 

「どうしましたの? わたくしの顔に、何か付いていますか?」

 

リーザは不思議そうに問いかける。ティアに対する怒りなど全く感じられない。

 

それを見たティアは目尻に涙を浮かべ、勢いよく頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさいなの! ティア……リーザに、ひどいことしたってユウから聞いて……だ、だから……ごめんなさい!!」

 

「ああ、先ほどのことを気にしていたんですのね」

 

特心がいった様子でリーザは頷き、ティアに歩み寄る。

 

「……リーザ?」

 

ティアは少し怯えた表情を浮かべ、リーザの顔を見上げた。

 

「分かりましたわ。では、お仕置きしてさしあげます」

 

そう言うとリーザはおもむろに腕を持ち上げ、ティアの頭をコツンと叩いた。

 

「はうっ」

 

頭を押さえて蹲るティア。

 

「お、おいリーザ、何もそこまで……実は怒っていたのか?」

 

俺が慌てて声を掛けると、リーザは首を横に振る。

 

「いいえ、全く怒ってなどいませんわ。ですが……償いを求めている方には罰が必要なのです。罪の意識に潰されてしまう前に、清算してあげなければ」

 

リーザは何故か深月に一瞬だけ視線を向け、落ち着いた声音で答える。

 

「痛いの……」

 

ティアは拳骨を落とされた場所を手でさすりながら、涙目でリーザを見上げた。

 

「当然ですわね、罰は痛いものです。けれど、これでティアさんは罪を償いました。もう先ほどのことを気に病む必要はありませんわ。わたくしも、皆も、気にしません。そうですわよね?」

 

皆にリーザが同意すると、全員が頷く。

 

「……と、いうわけです」

 

リーザは優しく微笑んで、ティアを胸元へ抱き寄せる。

 

「むぎゅっ……」

 

「加減したつもりだったのですが、まだ痛みますか?少し強すぎたかもしれませんわね」

 

ティアの頭を撫でて、心配するリーザ。

 

「……ううん。もう、大丈夫なの。リーザ……ありがと」

 

豊かな双丘に顔を埋めたティアは、小声で礼を言った。

 

「それじゃ、仲直りも終わったみたいだし、皆でビーチバレーしようよ!」

 

状況が一段落したのを見て、イリスが元気よく声をあげる。

 

「別に喧嘩をしていたわけではないのですが……まあ、いいですわ」

 

リーザは溜息を吐きながらも頷き、抱きしめていたティアを解放した。

 

「……何だか、ママみたいだったの」

 

どこかぼうっとした顔でティアは呟く。

 

「それでは輪になってトスを上げましょうか。あ、兄さんと亮さんは自分の名前が呼ばれたら、どんなところにボールが上がっても取りに行ってくださいね。落としたら罰ゲームです」

 

ビーチボールを持っている深月が、さらっととんでもないルールを付け足す。

 

「お、おい、どうして俺たちだけそんな縛りがあるんだよ!」

 

「兄さんはニブルで厳しい訓練を積んでいますし、亮さんも運動神経はいいので、これぐらいのハンデがないと緊張感が出ないでしょう?」

 

恐らくまだ、水着の感想を根に持っているのだろう。深月は尖った口調で言う。

 

「別に緊張感とかいらないんだけどな……分かったよ、それでやってやる」

 

「仕方ないな」

 

正直言うと自信はあったので、あえて挑発に乗り、俺たちはそのルールを受け入れる。

 

だがその見込みが甘かったことを、俺はすぐに思い知るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……一番星だ」

 

俺は砂に埋まりながら、赤く染まる空を見上げる。太陽は西の水平線に近づき、東の空は夜の紺色が広がり始めていた。

 

体がひどく重い。

 

ビーチバレーでは皆が面白がって俺と亮を散々走り回らせたので、さすがに体力は限界だった。その上、リーザやフィリルの胸がボール以上に弾むものだから、なかなか集中もできず、亮は余裕だったが、俺は結局最後の最後でボールを落としてしまった。その罰ゲームとして俺は砂に埋められ、身動きできないまま皆の声を遠くに聞いている。

 

「そうそう、上手いですわ。ずいぶん泳げるようになりましたわね」

 

「ホント? ティア、泳げてる?」

 

リーザとティアの会話が耳に届く。あの二人はずいぶんと仲良くなったようだ。

 

「あれっ!? あたしの水着……水着どこっ!?」

 

またもや水着を失くしたのか、イリスの慌てた声が聞こえてくる。しかし体を起こさないので、その様子は見られない。

 

「……イリスさん、しっかりしてください。これですよね?」

 

深月の呆れた声が聞こえた。どうやらイリスの水着は深月が見つけたらしい。

 

近くからパラパラとページをめくる音が響く。

 

フィリルがパラソルの下で本を読んでいるのだ。

 

その近くには亮が寝ている。

 

「———それじゃあ、次はレンの番だね」

 

「ん」

 

そしてアリエラとレンは、俺の上に作った砂山で棒倒しをしていた。

 

徐々に砂が軽くかっていくのは、助かるが、何となく間接的に体を撫でられているようでムズムズしてしまう。

 

そうして平和で穏やかな時間が過ぎ、空が星でいっぱいになった頃———俺は三人分の足音が近づいてくることに気が付いた。ニブルにいた頃の癖で、足音から相手の体格を推測する。

 

(大人が二人、子供が一人……何か重い荷物を持ってるな)

 

顔だけを動かし、足音の主が視界に入るのを待つ。

 

現れたのは、三人とも知っている人物だった。一人は篠宮先生で、あと二人はなんと……シャルロット・B・ロード学園長と秘書のマイカ・スチュアートさんだ。

 

子供だと思ったのは学園長の足音だったらしい。白いワンピース姿の学園長は、ミッドガルの生徒だと言われても全く違和感がない年齢不詳ぶりだった。

 

「ずいぶん楽しそうなことをしているではないか。私も混ぜろ」

 

俺の傍までやってきた学園長は、砂に埋まった俺を見下ろしていう。恐らく深月は、ここへ来る前に篠宮先生へ事情を説明していたのだろう。それが学園長たちの耳にも入ったに違いない。

 

「……学園長も、埋まりたいんですか?」

 

「違うわっ! 私も水着姿の清らからな乙女たちと、キャッキャッウフフしたいのだ」

 

「何だかその表現に、年代の差を感じます」

 

思ったことそのまま述べると、学園長はサンダルを脱いで俺の頭をつま先でぐりくりする。

 

「黙れ、踏むぞ」

 

「もう踏んでますって!」

 

俺は学園長の素足から逃れるように顔を動かしながら叫ぶ。

 

そんな俺たちのやり取りを、近くにいたレンとアリエラは呆然と眺めていた。

 

次第に深月たちも何事かと思い寄ってくる。

 

突然学園長が現れて戸惑っているのだろう。

 

「ふん、まあタダで混ぜろとは言わん。土産なら持ってきた。マイカ、ハルカ、準備を始めろ」

 

「はい、分かりました」

 

相変わらずメイド服姿のマイカさんは、手早く両腕に抱えていたものを組み立て始める。

 

「……私は、あなたの召し使いではないんですがね」

 

篠宮先生も溜息を吐きながら持っていた袋をシートの上に置き、中から肉や野菜を取り出した。

 

「学園長……いったい何を?」

 

俺が問いかけると、学園長はにやりと笑う。

 

「見て分からぬか? 夜の海と言えば、バーベキューに決まっておろう!」

 

「バーベキュー!? やったーっ!!」

 

イリスが歓声を上げる。

 

「いいぞ、流石だ。やはりあんたはただの変人のおばさんじゃ———」

 

「くらえっ!!」

 

亮が言い終わる前に学園長は蹴りを入れた。

 

「……あんた、よくもやったな」

 

亮は怒った表示で学園長を睨む。

 

「これ以上歳のことを言ったら許さんぞ?」

 

学園長も亮を睨む。

 

「ほう、僕とやるつもりか? この場で破壊するぞ?」

 

「やれるものならやってみろ!」

 

亮と学園長のやり取りに俺たちは呆然と眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

ようやく砂の縛めから解放された俺は、皆と網を囲む。

 

「ぐふふ……」

 

学園長は肉だけを運びながら、水着姿の少女たちを邪な眼差しで眺めていた。

 

「学園長、その表情で食べるのをやめてくれます?」

 

亮は学園長の表情を見て嫌そうに言うと、学園長は真剣な顔で亮に答えた。

 

「私がどんな顔で食べようと私の勝手だ。そなたに言われる筋合いはない」

 

そう言って学園長は再びいやらしい目つきで深月たちを見た。

 

「まさか学園長は、本当に皆の水着を見るのが目的だったんですか?」

 

俺は呆れながら問いかける。

 

「もちろんそうだが、何か問題でも?」

 

「……いや、色々と問題はあると思いますが」

 

堂々と頷く学園長を見て、溜息を吐く。

 

「ふん、まあ一番の目的は水着鑑賞なのは確かだが……あれの様子を見るためという理由もあるさ」

 

学園長は網を挟んで向かいにいるティアに視線を向け、小声で言った。

 

「ティアは……たぶん、大丈夫です。きっと、人間であることを選んでくれるはずです」

 

「ああ、いつかそうなるさ」

 

俺と亮も囁くように答える。

 

「ちょっとティアさん、野菜も食べないといけませんわよ?」

 

「あーっ、ピーマン載せちゃダメなの!」

 

リーザにピーマンを取り皿へ載せられて、慌てふためくティア。その様子を見ていると、大丈夫だと思えてくる。

 

「選ぶ……か。そうだな、あれがたとえ本物のドラゴンでも、人間として生きるのなら人間になれよう。生き方とは……在り様よりも尊いものだと、私は信じている」

 

学園長は目を細め、まるで祈るように呟いた。

 

「……学園長?」

 

「ふふ、柄にもないことを口にしてしまったな。それより、例の傷はどうなった?」

 

「傷? あ、左手のやつですか……いや、もう治ってはいるんですが、まだ痕が消えなくて……」

 

以前、傷口を舐められた光景が脳裏を過ぎり、少し緊張しながら答える。

 

左手の甲にできたみみず腫れは痕が残り、まるで竜紋が一画増えたような感じになってしまっていた。

 

「なるほど……やはりそうなったか」

 

納得した顔で頷く学園長。そういえばこの傷を見せた時に、それは消えないとかどうとか言われた気がする。

 

「消えぬ勲章だったな」

 

「傷を見ただけで、痕が残るっていうのは分かるものなんですか?」

 

「まあ、きちんと検査すればな」

 

学園長はそう言うと、唇の周りに付いた肉の脂を舌で舐めたる。それが妙に艶めかしくて、俺はごくりと唾を呑んだ。

 

「———シャルロット様、あまり生徒さんをからかってはいけませんよ」

 

するとそこにマイカさんが現れ、箸で持っていたピーマンを学園長の口へ押し込む。

 

「も、もごっ、や、やめんかマイカ!わ、私もピーマンは苦手なのだ!」

 

「生徒さんの前で好き嫌いをしてはいけません。学園長がそんなことでは、示しが付かないですから」

 

ずっと肉ばかりを食べてきたツケと言わんばかりに、野菜を強引に食べさせられる学園長。

 

その様子を見て、皆が笑う。

 

「あははははっ!!」

 

ティアも、とても楽しそうに笑い声を上げていた。

 

その声を聞きながら、俺は視線を防波堤の方へ向ける。

 

実はバーベキューを始めると聞いた時に、穂乃花へ誘いのメールを送ってみたのだ。

 

ブリュンヒルデ教室の面々しかいない場にいきなり来るのは、穂乃花も気後れするだろう。だが、学園長たちも混じった今ならハードルは低い。

 

(もし来てくれたら、皆に紹介しようと思っていたんだけどな)

 

けれど、穂乃花が現れる様子はない。

 

実習中に起こしたという事故のことで忙しいのだろうか。もしくは、クラスメイトに怪我をさせた後で、賑やかな場に出るのは抵抗があるのかもしれない。

 

(変に困らせていたら悪いし、後でもう一度メールしておこう。)

 

俺は胸の内でそう決めた後、笑い声が満ちる輪の中に意識を戻したのだった———。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バーベキューが終わった後、先生たちは荷物を片付けて帰り、ブリュンヒルデ教室の面々は深月の宿舎へと移動した。

 

リーザたちは、深月の宿舎で外泊する許可を篠宮先生から特別に貰ったようだ。

 

今夜は深月の部屋でパジャマパーティをするつもりらしいが、男の俺や亮はさすがに混ざるわけにもいかない。シャワーを浴びてジャージに着替え、一人で自室のベッドに寝転がる。

 

部屋にはティアもいない。皆と一緒に深月の部屋だ。たぶん今日一日の出来事で、ブリュンヒルデ教室のクラスメイトのことは信用してくれたのだろう。

 

……というか、リーザのおかげかもな。

 

俺と別れるときは不安げな顔をしていたが、リーザに手を引かれるとティアは大人しく付いていった。その光景はどこか母娘(おやこ)のようにも見えて、つい頬が緩んだのを覚えている。

 

横になっていると瞼が重くなってきた。

 

このまま寝てしまおうかと考えていると———

 

 

 

ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン…………——————!!

 

 

 

大きく低い地響きに、俺は目を開けた。グラグラと部屋が揺れている。勉強机の上から電気スタンドが落ち、ガシャンと甲高い音を立てた。

 

「何だ……!?」

 

驚いて体を起こす。だがすぐに揺れは収まった。枕元の目覚まし時計は、深夜十二時を示している。いつの間にか眠ってしまったらしい。

 

(地震じゃない。大きな音がした……今のは何かの衝撃による揺れだ)

 

すぐにそう判断できたのは、以前全く同じ音と揺れを経験したことがあったから。

 

だけど、あの時(・・・)と同じわけがない。あいつ(・・・)がこんな場所にいるはずがない。

 

「…………」

 

しかし手のひらは汗ばんでいた。口の中には唾液が溜まり、俺はそれをごくりと呑み込む。

 

俺はベッドから飛び降りて窓際に駆け寄り、カーテンを勢いよく開け放った。

 

宿舎の裏手にある森の向こう、夜を彩る満天の星空。その一部が不自然に切り取られている

 

夜の紺碧が———何か、大きな黒い影に塗り潰されていた。

 

その影は、青く、淡く、燐光を放ち、あまりにも巨大な体躯を揺らす。

 

俺は今目にしているものが何なのかを……よく知っていた。

 

「ブルー・ドラゴン——— "青"のヘカトンケイルっ……」

 

ただ呆然と、掠れた声で夜に君臨する者の名を呟く。かつて、俺と深月が住む町を踏み潰そうとした怪物がそこにいた。

 

ヘカトンケイルの全身は青い鱗に覆われ、動くたびに幾何学模様が明滅する。目も鼻も口もない頭部からは、大きな角だけが天を衝くように聳えていた。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン———!

 

ようやく時計塔からサイレンが鳴り響く。

 

それはミッドガルも、今初めて事態を認識したことを意味していた。

 

「いったいどうして……誰も気付かなかったんだ?」

 

環状多重防衛機構(ミドガルズオルム)に守られたミッドガルへ、どうやって察知されることなく入り込んだのか。考えてもその理由は全く見当が付かない。

 

だが俺たちの前に、バジリスクでもキーリでもない、予想外の危機が現れたのは紛れもない事実だった。

 

サイレンを鳴らしながら時計塔は地下へと格納されていく。

 

だがヘカトンケイルはゆっくりと身を屈め、その長い右腕を伸ばした。

 

巨大な手のひらが学園の上空にまで届き、真横へ薙ぎ払われる。

 

ドォォンッ!!

 

激しい破砕音が鳴り響く。

 

下降途中だった時計塔の上半分が千切れ飛び、残った下半分も崩壊しながら傾いた。

 

サイレンの音が途切れ、衝撃で歪んだ時計塔の下部も動きが止まる。

 

「あ———」

 

呆気に取られた声で自分の喉から漏れるのを、他人事のように聞く。

 

あの時計塔にはミッドガルの重要設備が集まっている。非常時の司令室もあるし、今吹き飛んだ上階には学園室も……。

 

ついさっき別れたばかりの、学園長とマイカさんの顔が脳裏を過ぎる、

 

「っ……」

 

俺は奥歯を噛み締め、部屋を飛び出した———。




いかがでしょう?次回もお楽しみ下さい。

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