ファフニール VS 神   作:サラザール

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どうも、サラザールです!最後の方で亮とキーリが接触します。それではどうぞ!


VS 青のヘカトンケイル2

ドォォォォォォォォォォォン———……っ!

 

先ほどより近づいた大きな足音に意識が引き戻された。

 

ヘカトンケイルはその巨体を揺らしながら、一歩ずつ迫ってくる。その周囲では眩い爆発が連続して起こっているが、ヘカトンケイルの歩みは鈍らない。恐らく集結した竜伐隊が海へ押し返そうとしているのだろう。

 

キーリの言うことが本当であれば、ヘカトンケイルの目的もティアの捕獲。

 

本来はヘカトンケイルが中枢を破壊して皆の目を引きつけ、その間にキーリが環状多重防衛機構(ミドガルズオルム)の麻痺してミッドガルからティアを連れ去る手筈だったに違いない。

 

しかし、亮の罠にハマり、リーザと俺に邪魔されたことで、ヘカトンケイルは自ら動き始めた。

 

だが……あの巨体でどうやって、指先よりも小さなティアを捕らえるというのか。

 

「ユウ!」

 

ティアの声が聞こえて、視線をそちらへ向ける。

 

宿舎の横手から現れたのはティアとリーザ、深月とイリス、そして亮がやって来た。

 

「すみません、合流した竜伐隊に指示を出していて、来るのが遅れてしまいました。ご無事ですか?」

 

「……俺はまあ、何とかな。心配かけてすまない」

 

ボロボロになった服の袖を千切り、端を歯で噛んで傷口に巻きつけた。傷は深いが、とりあえず止血さえできれば十分だ。

 

「ユウ、無事で良かったの」

 

ティアは涙目で俺に寄ってくる。

 

「悪かったティア。怪我は無いか?」

 

「うん、ユウとリーザのおかげで大丈夫なの」

 

ティアは涙を手で拭いて俺の目を見て言った。

 

「そうか、……リーザは大丈夫か?」

 

「ええ、あなたのお陰で無事ですわ。それよりあなたこそ大丈夫ですの?」

 

リーザは心配して聞いてきた。

 

「大丈夫だ。それより今はあれを何とかしないと……」

 

俺は立ちあがり、迫り来るヘカトンケイルを見上げた。

 

「既に竜伐隊は、全員持ち場についています。ヘカトンケイルが急に移動を始めたことで、少し足並みが乱れていますが……上手くタイミングを合わせれば今度こそ押し返せるはずです。皆さん、力を貸してください」

 

深月が俺たちに呼びかける。

 

「ああ、もちろんだ」

 

「うんっ! 何でも言って、ミツキちゃん!」

 

俺とイリスは頷き、応じる。

 

「わたくしもやれますわ」

 

「待ちくたびれたぞ」

 

リーザは再び架空武装を生成し、亮は強気に笑った。

 

 

 

「ティアも……戦う」

 

 

 

そこにティアの声が響き、亮以外は驚いた顔でそちらを見る。

 

「大丈夫なんですの?また暴走するようなことがあれば、手伝うどころか皆の足を引っ張ることになりますわ」

 

リーザは遠慮なく皆が抱いているであろう不安を口にした。

 

「———うん、大丈夫。ティアは角があって、もう人間じゃないかもしれないけど、それでも……ユウやリーザと一緒にいたいの。おんなじように、生きたいの!」

 

はっきりと言い切るティア。

 

自分の在り方は変えられない。それでも生き方は選択できる。

 

ティアは自分の意思で、俺たちと一緒に歩くことを選んでくれたのだ。

 

「分かりましたわ。では仲間として———共に戦いましょう」

 

表情を和らげてリーザは手を差し出す。ティアは満面の笑みを浮かべると、ぎゅっとリーザの手を握り返した。

 

その様子を確かめた深月は通信機に手を当て、皆に指示を出す。

 

「———それでは皆さん、タイミングを合わせて、全員で最大規模の空気変換をお願いします。重心である腹部に狙いを定めてください! カウント9(ナイン)!!」

 

深月の号令と共に、イリスとリーザが架空武装を構える。

 

ティアも周囲に上位元素を生成し、自分の架空武装を形作っていく。

 

以前と同じく現れた上位元素はティアの体へと集まるが、象られる輪郭は違う。

 

具現するのは、紅に煌めく大きな翼。

 

人の姿のまま、竜の翼を背に生やしたティアは、どこか神々しくさえあった。

 

力を求めた場合、姿がドラゴンに近づくのは、ティアにとって必然なのだろう。だがそれを誰も咎めたりはしない。何故ならティアは、それでも俺たちと同じように———人間として生きると言ってくれたのだから。

 

7(セブン)6(シックス)5(ファイブ)———」

 

カウントが進む。俺と亮は自分の出番に備えて意識を集中する。

 

急に攻撃が止んだことで異変を察知したのか、ヘカトンケイルがその巨大な右腕を持ち上げた。

 

だが大丈夫だ。まだ距離に余裕はある。俺たちのいる場所までは届かない。

 

その、はずだったのに———。

 

空が暗くなる。星が見えなくなる。黒い何かに———塗り潰されて。

 

「え———?」

 

巨大な掌が、いつの間にか頭上にあった。

 

遠近法の狂った絵画のように、ヘカトンケイルの腕は不自然に伸びていた。

 

いや———伸ばした(・・・・)のか!?

 

今まで、ヘカトンケイルが体を変形させた事例など皆無。だが元々未知の存在であるドラゴンに、未確認の能力があっても不思議はない。

 

全体の質量は一定なのか、伸ばした分、腕は細くなっていた。それでも掌は逃れようがないほど大きく、大気を押し潰すように落ちてくる。

 

「おい———ここにはティアもいるんだぞ!?」

 

掌を仰ぎながら、俺は叫ぶ。けれど、俺の言葉が通じるはずもない。

 

それにもし、ヘカトンケイルがティアを摘まむ(・・・)だけの繊細さを持っていたとしても、周囲にいる俺たちは潰されてしまう。

 

「目標、対象の右腕に変更! カウント繰り上げ! 放てっ!!」

 

カウントは間を合わないと判断した深月が、早口で叫ぶ。

 

「烈風よ、轟けっ!」

 

イリスが圧縮した空気を破裂させる。

 

「奔れ、風槍っ!」

 

リーザが束ねた風を撃ち放つ。

 

「飛んじゃえっ!!」

 

ティアが、紅の翼を広げて暴風を巻き起こす。

 

島全体が大きくざわめく。皆の生み出した大量の空気が、突風となってヘカトンケイルの右腕を上方へ弾き返した。

 

しかしヘカトンケイルは、間髪なく左腕を伸ばしてくる。

 

再び空が、青い掌で閉ざされた。

 

皆、全力で攻撃を放った直後のため、次弾を放つ余裕がある者は少ない。

 

即座に二撃目を放つことができたのは、深月とリーザだけだった。

 

「リーザさん、左腕は消し飛ばして対処します。最大威力で攻撃を!」

 

「了解ですわ!」

 

深月は虹色の弓に上位元素(ダークマター)の矢を番え、リーザは金色の槍を空へと向ける。

 

(つい)の矢———空へ落ちる星(ラスト・クォーク)!」

 

「射抜け、神槍(しんそう)っ!!」

 

深月とリーザの放った攻撃が空を白く染め、ヘカトンケイルの左腕を蒸発させる。その破壊力は凄まじく、膨れ上がった光はヘカトンケイル本体までも呑み込んだ。

 

爆風と閃光が収まった時、残っていたヘカトンケイルのパーツは、空中にある右腕と遠くに見える下半身だけ。

 

だが下半身の輪郭は突如として崩れ、あぶくのように弾けて消える。

 

その直後———残された右腕が膨れ上がり、ヘカトンケイルが復元した。

 

ズゥゥゥゥゥゥンン——————……。

 

大地を揺らし、俺たちのすぐ傍に降り立つヘカトンケイル。

 

「フンッ」

 

隣で亮は杖の先端をヘカトンケイルに向けると、竜伐隊を覆い尽くすほどの防壁を展開した。

 

どうやら、激しい衝撃と風圧が来ないように守ってくれたのだ。

 

「亮さん、助かりました」

 

「オオシマ、ありがとう」

 

深月とイリスは亮にお礼を言う。

 

「気にするな。それより早く奴を何とかしなくちゃな」

 

亮は防壁を解除して杖を地面に刺し、両手をヘカトンケイルに向ける。

 

「くらえっ! ギャリック砲!!」

 

亮の両手から気功波が放たれ、ヘカトンケイルの右膝に当たった。

 

右足は破壊され、ヘカトンケイルは後ろに倒れた。

 

「すごいの……」

 

ティアは亮の実力を見て驚く。そういえばティアは亮の力を見るのは初めてだったと思い出す。

 

亮は時間を立て直すためにヘカトンケイルの足元を狙ったのだろう。

 

しかし、どんなに攻撃して海へ押し出そうとしても効かない。

 

俺は胸の内で奴を押し出す方法を考える。

 

すると……。

 

———ノイン、起動要求———

 

その時、頭の中に無機質な声が響いた。

 

ユグドラシル……か?

 

声の主は"緑"のユグドラシル———三年前、俺がヘカトンケイルを倒すために取引をした相手。ユグドラシルは感情の見えない機械的な声音で、一方的に言葉を流し込んでくる。

 

———フィーア・リヴァイアサン殲滅時(せんめつじ)に、権利は継承済み。起動要求、コード・フィーア。起動要求、万有斥力(アンチグラビティ)———

 

「アンチ、グラビティ?」

 

それは、リヴァイアサンが持っていた斥力場を発生させる能力———。

 

俺がその言葉を口にした瞬間、左手の竜紋が熱くなり、純白の光を放った。その輝きは、"悪竜(ファフニール)"に体を預け、キーリと戦っていた時にも目にした光と同じもの。

 

———ビシッ!

 

左手の前に生成してあった黒い上位元素の塊に、白い亀裂が走る。パリンと殻が割れるように黒から白へと反転する上位元素。

 

その途端、全身が浮遊感に包まれる。

 

「きゃあっ!?」

 

イリスの悲鳴が聞こえて目を向けると、周りにいた皆が宙に浮いていた。地に落ちていた木の葉も水中にあるかのようにふわふわと漂っている。

 

そして信じられないことに、倒れていたヘカトンケイルもわずかに浮かび上がっていた。

 

「リヴァイアサンの万有斥力(アンチグラビティ)だな」

 

亮は当然のように俺を見て声を出した。

 

どうやら俺はリヴァイアサンの能力を使えるようになった。

 

なぜ使えるのか疑問に思ったが、今大事なのは、この好機を逃さないこと。

 

上位元素から生まれた白い球体は、徐々に小さくなっていく。これが消えた時に今の現象が終わるのなら、急がなければならない。

 

「深月!今のうちにもう一撃だ!」

 

「っ———分かりました。総員、次撃用意! 目標、対象の胸部中央! カウント5(ファイブ)!」

 

すぐさま竜伐隊隊長の顔に戻った深月は、全員に指示を下す。

 

皆、ふわふわと体勢の定まらぬ架空武装を再生成し、宙に浮かび上がったヘカトンケイルに照準を合わせた。

 

4(フォー)3(スリー)2(ツー)1(ワン)———放てっ!」

 

島のあちこちから放たれた風が束ねられ、ヘカトンケイルの胸部に直撃する。無重力状態にあったヘカトンケイルは衝撃に大きく上半身を()()らせ、その巨体が高く宙に舞った。

 

そこでとうとう白い球体は消失し、辺りに重力が戻る。

 

「きゃんっ!?」

 

イリスたちは尻餅をつく中、俺と亮は地面に降り立ち、空を睨む。

 

「よし、決めるか!」

 

亮は全身に力を込めると金色の光を放った。髪の毛は逆立ち、金色に輝いていた。どうやらヘカトンケイルを倒すために大技を出すつもりのようだ。

 

ヘカトンケイルを見ると信じられないほどの高さまで吹き飛んでいた。このまま行けば狙い通り海へと落下するだろうが、その衝撃は計り知れない。高波でミッドガルに大きな被害が出るのは確実だ。ならば———。

 

「ティア、俺に力を貸してくれ。あいつを、空中で消滅させる」

 

俺はそう言ってティアに左手を差し出す。

 

「手……握ればいいの?」

 

「ああ、頼む」

 

俺が頷くと、ティアは小さな指を絡ませ、俺の手をぎゅっと握った。

 

「ティアはユウのお嫁さん……だから、旦那さまと頑張るの」

 

「ありがとう———ティア。じゃあ、一緒にあいつをブッ飛ばすぞ!」

 

俺は右手を真横に(かざ)し、脳内の設計図を生成した上位元素に流し込む。

 

ティアの架空武装である紅い翼が細かな粒子となり、俺の上位元素と混じり合う。

 

「対竜兵装———マルドゥーク!」

 

構築される砲塔は、かつて存在した前文明の遺失兵器(ロストウェポン)

 

だがこれは、マルドゥークという巨大な兵器の一部でしかない。リヴァイアサン戦で決定打を与えたのは、マルドゥークの主砲。そして、今から作り出すのは三年前にも奴を(ほふ)った殲滅兵器(せんめつへいき)。追加データを得た今なら、その名も分かる———。

 

「———特殊火砲、境界を焼く蒼炎(メギド)!!」

 

巨大な砲身が物資変換によって具現する。外観はどこか奇妙に幾何学的で、他文明の異質な雰囲気が漂っていた。あくまでも巨大な兵器の一部であるため、その機構は不完全。

 

あちこちパイプや回路が剥き出しで、一発撃てば自壊する。

 

だけど、一発で十分だ。

 

俺は星空に浮かぶヘカトンケイルを見据える。精神と連動した砲塔は自動で動き、ゆっくりと落下に転じた巨人へ照準を合わせた。

 

横では亮が両手をヘカトンケイルに向けていた。手のひらには黄色い球体があり、ヘカトンケイルにに向かって放つつもりだ。

 

「行くぞ———」

 

「うんっ!」

 

俺の掛け声に、ティアが応じる。強く繋がった手から流れ込む上位元素を、砲弾のエネルギーへと変え———。

 

「——————発射(ファイア)っ!!」

 

「ファイナルフラッシュ!!」

 

俺は境界を焼く蒼炎(メギド)を放ち、亮も気功波を打つ。

 

蒼く輝く砲弾と黄色く光を放つ気功波が、真っ直ぐにヘカトンケイルへと吸い込まれ……二つの力が混じり、緑色の砲撃が巨人の体をも呑み込む大爆発が巻き起こる。

 

それは夜空に突如、緑の太陽が出現したかのような光景だった。

 

あまりの眩さに空からは星が失せ、大地には濃い影が刻まれる。

 

そして緑の光が薄れ、夜の世界に闇が戻ってきた時———空を覆う巨人の姿は完全に消え去っていた。

 

「どうだ……?」

 

俺は空をしばらく見つめ、周囲を見渡し、様子を窺う。

 

ヘカトンケイルは不死の怪物だ。すぐには気を抜けない。

 

だがいくら待っても青い巨人が再び現れることはなかった。

 

「ヘカトンケイル……やっつけたの?」

 

ティアが、俺を見上げて問いかけた。

 

「そうだな……やった、みたいだな」

 

躊躇いがちに俺が言うと、深月も頷く。

 

「通常であれば、とうに復活している時間が経ちました。五年前と三年前の例を考えると、倒し切れた可能性は低いですが、とりあえずミッドガルからの撃退には成功したようです」

 

「やったーっ! あたしたち、勝ったんだ!」

 

歓声を上げるイリス。そこでようやく張りつめていた空気が緩んだ。

 

「全く……手こずらせてくれましたね」

 

リーザは俺に駆け寄ってきた。

 

「大丈夫ですの?相当顔が悪いですわよ」

 

俺の顔を見上げ、苦笑を浮かべるリーザ。

 

そういえば何だか視界が揺れる。左肩に触れてみると、傷口に巻いた布がぐっしょりと濡れていた。少々、血を流し過ぎたのかもしれない。

 

俺の様子を見た深月が、通信機でどこかへ呼びかける。

 

「———第二司令室、応答願います。誰かいませんか? 応答を———あ———篠宮先生、ご無事だったんですね。こちら物部深月。負傷者一名———至急、医療班をお願いします」

 

よかった……篠宮先生は無事だったのか。

 

通信を聞いた俺は、安堵の息を吐く。時計塔が破壊されたので、心配していたのだ。

 

しかし時計塔の上部にあった学園長室は、ヘカトンケイルに薙ぎ払われてどこかへ飛んで行ってしまった。もしあの場所に学園長やマイカさんがいたのなら———。

 

胸に暗い気持ちが満ちる。だがその時、近くの茂みがガサガサと揺れ、ぴょこんと金色の頭が覗いた。

 

「くそっ、ひどい目に遭ったわ! ああ……私の、私の部屋が……秘蔵のコレクションたちが……許さぬ、許さぬぞ、あの青い木偶め!」

 

腹立たしげな口調で呟きながら現れたのは、年齢不詳の学園長。全身泥だらけで服はボロボロになってだが、どこも怪我をしている様子はない。

 

「シャルロット様が、わざわざあんな場所に私室を作るからですよ。何やらと煙は高いところが好きとは、よく言ったものですね」

 

学園長の後ろから、さらにメイド服の女性———マイカさんが姿を見せた。こちらも服はあちこち破けているが、ぴんぴんしている。

 

二人は俺たちに気付くと、こちらへ歩いてきた。

 

「おお、そなたら無事であったか。よかった、心配したぞ」

 

「いや、それはこっちの台詞なんですが……よく無事でしたね? 学園長室にはいなかったんですか?」

 

俺は呆気に取られながら問いかける。

 

「ふん、私があの程度で———もごっ」

 

胸を張って頷く学園長だったが、その口を後ろからマイカさんが押さえる。

 

「そうです。ちょうどシャルロット様と二人で、夜の散歩に出かけようとしていたところだったんですよ。本当に、危機一髪でした」

 

にこやかに微笑んで答えるマイカさん。

 

「は、はあ……そうだったんですか。よかったです」

 

先ほど学園とは反対方向の茂みから出て来た気がしたが、俺はマイカさんの迫力に圧されて頷く。

 

まあ、吹き飛ばされていたのなら無事でいられるわけがない。恐らく森の中へ逃げ込んで道に迷ってしまったのだろう。

 

そういえば、亮の姿が何処にもいない。

 

「あれ……」

 

亮を探して顔を動かそうとすると、一気に力が抜けて、急に強い眩暈が襲ってくる。

 

「ちょ、ちょっと何をするんですの!?」

 

俺は立っていられず、リーザに寄りかかってしまってた。ぽすんと、顔が大きくて柔らかいものに包まれる。

 

「あっ、ユウ! 浮気しちゃダメ!」

 

ティアの声が響くが、もう体に力が入らない。

 

「全く……今だけ、特別ですわよ」

 

耳元でリーザの囁きが聞こえ、頭が優しく撫でられる。

 

心地よい感触に抱かれながら、俺は深い眠りに落ちていった———。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミッドガルから数十キロ離れた空の上で、キーリ・スルト・ムスペルヘイムは彼方に瞬く緑色の光を目にした。

 

「何だ———やられちゃったのね、お母様」

 

キーリは口元に手を当て、おかしそうに笑う。

 

「あの炎は、またしても境界を越えた……三年前のことは、やはり奇跡ではなかったんだわ。お母様はきっと、向こう側(・・・・)で苦しんでいるんでしょう。あーあ、いい気味」

 

気分が高揚したのか、夜空をくるくると舞い、キーリは笑い声を響かせた。

 

「勝手に横槍を入れるからこうなるのよ。余計なことをしなければ、私が隙を見てティアを連れ出したのに……よほど焦っているのかしら」

 

軽やかに空を飛びながら呟くキーリ。もう水平線の向こうに沈んで見えなくなってしまったミッドガルの方を振り返り、目を細める。

 

「けれど———これで私もお母様も、手詰まり。彼らとバジリスク、どちらが勝っても当初の計画は破綻する。そうなったらもう、さすがに隠れ続けてはいられないわよ?そろそ、彼らも、ヘカトンケイルの正体(・・)に気付くかもしれないし」

 

「……結果がどうあれ、たぶんお母様は大きな損失だと嘆くでしょう。でも私は、彼が勝てばつり合い(・・・・)は取れると思うのよ。だって彼は———」

 

キーリはそう言いながら、自分の腹部に手を当てた。

 

「———私のつがいに相応しい、ドラゴンなのかもしれないんだから」

 

彼が牙を突き立てた場所を(いと)おしそうに撫で、キーリは微笑む。

 

「……つまり悠がノイン(・・・)ということだな」

 

「っ!?」

 

()の言葉に驚いたキーリは振り返り、距離を置く。

 

「まさか……気配を感じ取らせずに近づくなんて……」

 

キーリは自分の背後に回られたことが信じられないようだ。

 

「立川穂乃花———いや、キーリ・スルト・ムスペルヘイムだな」

 

僕は彼女の名前を呼んで微笑んだ。

 

「制服がボロボロのようだが、やはり地雷を仕掛けておいて良かった」

 

「っ!? あれはあなたの仕業だったのね」

 

キーリは宿舎で謎の爆発に巻き込まれ、制服がボロボロになっていた。

 

「ああ、君がティアちゃんを連れ去るために潜り込んでいることは全校集会で分かっていたからね」

 

僕は原作を読んで知っているため、立川穂乃花の正体を知っていた。

 

「……あなたが大島亮ね。噂は聞いているわ。ドラゴンを倒した経歴と不思議な力を持つ男の"D"。噂以上だわ。まさか気付いてたなんて……」

 

キーリは微笑んでいるが、上位元素を周りに生成している。警戒している証拠だ。

 

「無駄だ。渦炎界(ムスペルヘイム)を使っても僕には意味がない。ヴリトラ(・・・・)から生まれた存在よ」

 

「っ!? 何でそのことを!?」

 

キーリは更に驚いた。僕は続けて言葉を発した。

 

「それだけじゃない。ヘカトンケイルの正体が"黒"のヴリトラの架空武装(・・・・)だってことも、悠がノインだってことも、ティアちゃんの角が"緑"のユグドラシルの中枢を乗っ取るために作り出したことも……悠たちはまだ知らないが僕は知っている」

 

「…………」

 

キーリは驚きのあまり、言葉が出ないようだ。ちなみにこのことも、原作で得た知識だ。

 

「"緑"のユグドラシル……僕たちはいずれ戦う時がくる。その時は共闘できるかもな」

 

「……なるほど、全部知っているんだ。私の想像を遥かに超えているわ」

 

「そりゃどうも……それで? ここで僕と戦うつもりかい?」

 

僕はキーリに戦闘の意思があるか聞いてみた。するとキーリは上位元素を解除した。

 

「いいえ、やめとくわ。彼でも殺されかけたのに、あなたと戦えば確実に死ぬわ。このまま帰らせてもらうわ」

 

「賢明な判断だな。"黒"のヴリトラに伝えてくれ。いつか会う日が来るかもなって」

 

僕はキーリに伝言を伝えた。

 

「ええ、伝えておくわ。ふふっ……大島亮、また会いましょう」

 

「ああ、一ヶ月後(・・・・)にな」

 

「?」

 

キーリは首を傾げながら飛び去った。僕はキーリが視界から消えてから、ミッドガルに戻る。




いかがでしょう?次回、第二章最終話です。それが終わったらまた休みます。お楽しみください。

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