ファフニール VS 神   作:サラザール

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どうも、サラザールです。今回、深月さんは罪と向き合うでしょう。それではどうぞ!


罪との向き合い方

「兄さん、起きてください。兄さん」

 

翌朝、俺は深月に肩を揺らされて眠りから覚めた。

 

「ん……?」

 

目を擦りながら身を起こした俺の腕を、深月はぐいぐいと引っ張る。

 

「ほら、来てください。着きましたよ」

 

「着いたってどこに……」

 

寝ぼけている俺は、何故深月が部屋にいるかも、ここがどこなのかもすぐには思い出せない。

 

だが深月に窓の傍まで連れて来られ、ガラス窓の向こうに広がる景色を目にし、一気に眠気は吹き飛んだ。

 

「おお……」

 

昨日は海だけしかなかった風景の中に、島が出現していた。見たところ火山島らしく、綺麗な三角形をした山の(いただき)からは白い煙が上がっている。島にはほとんど植物が見あたらず、山脈は溶岩が固まったと思われる黒い岩に覆われていた。

 

窓の外を見ているとだんだんと昨日のことを思い出してきた。

 

昨日、フィリルからリーザが深月に対して全く恨んでないことを知り、俺は深月に篠宮都のことを聞いた。

 

そういえば、フィリルは去り際に「王子様になる覚悟が無いなら惚れちゃダメ」と言っていた。

 

彼女は本をよく読んでいるだけあって、白馬の王子様を待ち望むタイプなのだろうかと思う。

 

今はそれより深月のことだ。

 

話によれば、深月がミッドガルに来て二週間後に転入してきたようで、女子寮ではルームメイトだった。

 

いつも深月にべったりで、上位元素(ダークマター)の制御は深月を追い抜くほどだと聞いた。

 

深月は親友だけでなく、ライバルとしての関係であった。篠宮都も同じようだったが、本人は深月に強い好意を向けていたらしく、時々判断を見誤ることがあったようだ。

 

そして二年前、"紫"のクラーケン戦にも深月を優先して行動した結果、ドラゴン化してしまった。

 

深月は二体のクラーケンを討伐し、今の地位に着いたようで、今でも罪の意識を一人で抱えている。そんな深月をリーザが押し潰されないように強く当たっていたのだ。

 

俺は話を聞き、深月にリーザの気持ちを考えるように言った。

 

最初は拒否したが、なんとか説得したおかげで罪と向き合うようになった。

 

それから深月は俺の部屋で寝て、現在に至る。

 

「作戦立案時に調査隊を送った際、簡易的な港を作ってあります。輸送船はバジリスクが接近するまで、そこに停泊する予定です」

 

船の行く手を見ながら説明する深月。

 

「ここでしばらく生活するんだな……島には降りられるのか?」

 

「上陸に関しては自由です。ただし火口付近を含め、立ち入り禁止の場所はあります。詳しいことは今日のミーティングでお話ししますね」

 

深月はそう言うと窓から離れ、ベッドに戻って自分の枕を手に取る。

 

「部屋に戻るのか?」

 

「はい。朝食まで時間はありますが、その前にシャワーを浴びておこうと。その……もし兄さんの匂いが残っていると、妙な勘ぐりをされてしまうかもしれないので」

 

少し恥ずかしそうに深月は目を逸らす。

 

「そ、そうか。じゃあ俺もシャワーを浴びた方がいいかな」

 

俺は深月に抱きしめられていた右腕の匂いが気になり、鼻を寄せようとする。

 

「……ちょっ、や、止めてください! セクハラですよ!」

 

深月は顔を真っ赤にして、慌てて俺を制止した。

 

「わ、悪い」

 

「そのままバスルームに直行してください! 匂いは嗅いじゃダメです。そんなことをする人は変態なんですから!」

 

「———了解、すぐにシャワーを浴びるよ。約束する」

 

妹に変態扱いされたくはないので、即座に頷く。

 

「……絶対の絶対ですよ?」

 

頬を染めながら念を押す深月。

 

「ああ———それより深月の方こそ、昨日の約束は(おぼ)えてるだろうな?」

 

リーザにどうすれば許してもらえるかを(たず)ねる———そのことを忘れていないかと、俺は深月に確認した。

 

「もちろんです。そんなに忘れっぽかったら、生徒会長なんて務まりません」

 

不機嫌そうな声で深月は答え、足早に部屋の出口へ向かう。だがドアノブに手を掛けたところで動きを止め、小さく(つぶや)いた。

 

「……ただ、きっとリーザさんは許してくれないと思いますけど」

 

「もしそうでも、リーザの気持ちを勝手に決めつけている状況からは前に進めるだろ」

 

「確かに———そうですね」

 

深月は苦笑を浮かべると、静かに部屋を出て行く。

 

そして俺も深月との約束を守るべく、バスルームへ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で? 何してたの?」

 

「…………」

 

僕は"神界"の会議室で正座させられていた。

 

部屋にいるのは僕と、正座をさせた八重さんだけだ。しかし、扉の向こうには他の"世界神"たちがこちらの様子を面白がって見ていた。

 

八重さんは気付いていない様子だが、僕は扉の前で正座をしているので、先輩たちの様子がドアの隙間から見えている。

 

「えっと……学園生活が楽しくて……つい」

 

「ついで忘れたんだ? 私との約束を憶えているよね? 必ず夜には帰ってきてくれるって」

 

リヴァイアサン討伐から二週間後に八重さんとそんな約束をしていた。もうすぐ一ヶ月が経とうとしていたが、僕はここ一週間以上も帰ってきていなかった。

 

さっきも言ったとおり、学園生活が楽しすぎて忘れていた。八重さんは破ったことに怒っているのだろう。

 

気が高まっていて、言い訳をしようとしても、覇気で圧倒される。ここまで怒る必要があるのだろうか?

 

「亮ちゃん? 聞いてるの?」

 

「は、はい、聞いております。一週間以上も帰って来なくて申し訳ございませんでした」

 

僕は頭を下げ、なんとか許してもらおうとした。

 

「そんなことはどうでもいいの!」

 

「ええっ!?」

 

いきなり八重は大きな声で怒鳴った。しかもどうでもいいって……。

 

「では、何で怒っているのですか?」

 

僕は刺激しないように敬語で聞いた。すると八重さんは杖を取り出し、映像を流した。そこには船上で僕とリーザさんが映っていた。バジリスク討伐任務で火山島に向かっている最中の出来事だ。

 

「亮ちゃん、不純異性交遊をしてたのね」

 

「っ!? なんでそうなるの?」

 

どうやら八重さんは僕がリーザさんと只ならぬ関係だと勘違いしているようだ。僕は誤解を解くために焦りながらも弁解した。

 

「ちがうよ! リーザさんとはクラスメイトなだけで、八重さんが思っているような関係じゃないよ!」

 

「へぇ〜、これでも?」

 

八重さんは映像を拡大すると、僕の手の上にリーザが手を添えているところが映った。

 

「ち、ちがう! あれは相談してただけなんだ!」

 

僕は必死に誤解を解こうとするが、八重さんの気がさらに上がり、鬼のように怖い。

 

「本当なんだ! リーザさんに六年前のことを話してただけなんだ!」

 

「六年前?」

 

「ああ……八重さんの友達の彩芽さんだよ」

 

「え?」

 

僕は本当のことを言うと、八重の気は一気に下がった。

 

「彩芽のこと?」

 

「ああ、そうだよ」

 

僕は昨日リーザさんに話したことを伝え、この深月さんとの事も話した。

 

「そうだったんだ……私たちと似たような過去を持ってたんだ」

 

八重は納得してくれたようで、息を吐く。

 

「まあね、本人たちももうすぐ仲直りはすると思うけど」

 

「そうだったんだ……あっ!? ご、ごめんね亮ちゃん。早とちりしてしまって」

 

八重さんは勘違いに気付き、僕に謝った。

 

「気にしないで、そういうこともあるから。……それより、誰から僕が不純異性交遊してるって言ってたの?」

 

八重さんがこんな勘違いする筈がないことは分かっていた。だから僕は嘘を吹き込んだ犯人を聞いた。

 

「パトリックさん」

 

やっぱりそうだった。パトリックさんはよくからかうので、そうだとは少しは思った。ちなみに盗み見ている中にパトリックさんはいない。

 

「あの人は……まあいいや。あとでボコるとして、誤解が解けてよかったよ」

 

「ごめんね、パトリックさんが慌てて報告してきたから私もびっくりして……」

 

「もういいよ、気にしてないから」

 

八重さんは再び謝ったが、僕は気にしなくていいと言った。

 

八重さんは杖を仕舞うと、悲しい表情をした。

 

「彼女たち、仲直りできるといいね」

 

彼女たちとはリーザさんと深月さんのことだろう。似たような過去を持つ僕たちにとって他人事ではない。

 

六年前、八重さんの友達にして、友人の彩芽さんを僕は殺してしまった。僕は許してもらうのに半年は掛かったが、彼女たちならすぐに仲直りするだろう。

 

「大丈夫だよ。もうすぐ解決するから」

 

「そっか……それなら良かった。あと亮ちゃん、六年前のことを気悩む必要はないからね。あれは私も悪いから」

 

八重さんはそう言って僕の頬を右手で添えてきた。

 

「……ありがとう、やっぱり八重さんは優しいんだね」

 

「っ!? そんなことは……ないよ」

 

その言葉を聞き、もじもじしながら否定するが、どんどん声が小さくなっていく。本当に可愛い。

 

「ごめんね、最近帰ってこなくて」

 

僕は一週間も帰ってこなかったことを謝る。

 

「ううん、気にしてないよ。でも(たま)には帰ってきてね。心配になるから」

 

「ああ、そうするよ。お詫びに何かするよ」

 

僕がそう言うと、八重さんの顔が真っ赤になった。

 

「……楽しみにしてるから、待ってるね」

 

上目遣いでそう言ってきて、僕はドキッとした。やっぱり八重さんは魅力的で、顔が赤くなるのがわかる。

 

「分かった、それじゃあ僕はこれで……」

 

「う、うん……あっ!」

 

僕は立ち上がり、八重さんと会議室を出ようとすると、彼女はバランスを崩し、倒れそうになった。

 

「あっ」

 

僕は助けようと右手を伸ばし、八重さんを支えたが、ぷにゅんっと柔らかな感触がする。

 

「なっ!?」

 

僕は八重さんの柔らかい双丘を手にしていた。

 

「〜〜〜〜!」

 

八重さんの顔が耳まで真っ赤に染まり、時飛ばしを連続で発動させ、体中に正拳突きを撃ち込まれた。最後には人体にだけ影響を与える透明の気弾を喰らい、殺されかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食の前にラウンジに向かうと亮が椅子に座って本を読んでいたが、顔は殴られた跡があり、頭には包帯が巻かれていた。

 

心配になって聞いてみると、そのことには触れないでほしいと言われた。

 

何があったのかは知らないが、亮はこの世界と神々のいる世界を行き来しているため、何か事情があるのだろう。

 

俺は亮を食堂に連れていき、食事を取った。皆も目を丸くしていたが、本人は気にせずに食べていた。

 

朝食後のミーティングでは、火山島マップや注意事項の記載された小冊子が配布された。

 

何となく遠足のしおりみたいだと思いながら中を見てみると、妙に可愛(かわい)らしいイラストを用いて島のスポットなどが紹介されていた。

 

(マジで遠足気分かよっ!)

 

俺は胸の内でツッコむ。

 

奥付を見ると編集したのは篠宮先生らしい。完璧の名にふさわしく絵心もあるようだが、多少これまでのイメージが崩れた。意外とお茶目な人のようだ。

 

地図の所々に記されたドクロマークは有毒な火山ガスが出ている場所で、そこ付近には立ち入らないようにと注意書きがされていた。

 

やがて戦場となる島の俯瞰図(ふかんず)を隅々まで眺めていると、温泉マークを発見する。

 

目玉スポットとして、温泉のことは別ページに特集が作られていた。成分、効能まで詳細に説明されている。太字で強調されているのは美肌効果という部分だ。病気や怪我などの回復にも効き目があるらしい。

 

(作戦開始までに、一度ぐらいは行ってみるか)

 

そんなことを考えながら視線を前に向ける。会議室のホワイトボード前で、深月が冊子の内容を口頭で説明していた。

 

深月に変わった様子はない。だが俺の斜め前に座るリーザは、形容しがたい表情で深月を見つめてた。色々な感情がない交ぜになり、混乱しているという感じだ。

 

もしかしたら深月は、既にリーザと話をしたのかもしれない。やるべきことは後回しにしない性格の深月なら、有り得ることだ。

 

結果がどうなったのかは、二人を見ていても予想が付かなかった。

 

まあ、後で深月に(たず)ねてみればいいだろう。俺はそう考えていたのだが、意外と早く答えを知る機会は訪れた。

 

会議が終わり、部屋を出ようとしたところ、後ろからリーザに腕を掴まれたのだ。

 

「待ちなさい、モノノベ・ユウ。少し話があります」

 

怒ったような表情でリーザは言い、会議室の扉を閉める。二人きりになった部屋の中、リーザは(まなじり)を吊り上げて俺に詰め寄ってきた。

 

「あなた、深月さんに何か余計なことを言いましたわね?」

 

「ん———その様子だと、深月とはもう話したのか」

 

俺がそう呟くのを聞いたリーザは、さらに剣幕を強める。

 

「やはりあなたのせいだったんですのね! 深月さんがいきなり、どうしたら許してくれるかなんて聞いてくるはずありませんもの!」

 

「……俺は深月に、リーザのことも考えてやれって言っただけだよ」

 

俺は自分のしたことを正直に告白する。特に隠す理由はない。

 

「なっ……ど、どうしてそこで、わたくしのことが出てくるんですか?」

 

「いや、だってリーザは———深月のことを全く恨んでないんだろ?」

 

俺はフィリルから聞いた真実を口にする。

 

「そ、それは———な、何であなたにそんなことが分かるんですの?」

 

「俺には分からないよ。でも、信頼できる情報だと思ってる」

 

「……さては、フィリルさんですわね。あの子まで()んでいるなんて———」

 

リーザは苛立(いらだ)たしげに髪を()き上げた。

 

「つまり、図星なんだな。リーザは深月自身が罰せられることを望んでいるから、許していない振り(・・・・・・・・)を続けてきたわけか」

 

「う……」

 

言葉に詰まるリーザ。俺の推測は当たっていたらしい。

 

「けど、それじゃリーザが辛いだろ。本当に大切に(おも)っている深月のことを責め続けるなんて———」

 

「あなたに心配される筋合いはありませんわ。わたくしは家族のために、必要なことをしているだけ。深月さんの罪悪感を(やわ)らげるためなら、わたくしは彼女にとっての"罰"で在り続けます」

 

腰に手を当て、きっぱりと言い切るリーザ。やはりリーザはすごい。その優しさと、心意気には頭が下がる。けれど今回は、彼女の強さが裏目に出ているように感じた。

 

「———そうだな、確かに最初は必要なことだったんだろう。リーザのおかげで、たぶん深月はかなり救われたんだと思うが、二年経った今でもそれを続けるのは、さすがに過保護じゃないか?」

 

「か、過保護!?」

 

予想外のことを言われたという顔で、リーザは目を丸くする。

 

「ああ、深月はもう罪との向き合い方を決めている。ドラゴンと戦い続けることが、自分の責任だと考えてるんだ。深月への"罰"は、今はそれ一つで十分だろ」

 

「…………」

 

リーザは俺の言葉を聞くと、ふぅっとため息を吐いた。

 

「まったく……まさかオオシマ・リョウの言ったことが現実になるなんて……」

 

リーザは亮の名前を出したので、聞いてみた。

 

「なんでそこに亮の名前が出るんだ?」

 

「昨日、彼から言われましたの。近いうちに深月さんの方から、償う方法を聞きに来ると」

 

「っ!?」

 

俺は予想外のことに驚いた。まさか亮も関わっているとは思わなかった。

 

「彼に言われて考えていますが、まだ何にするか決めていませんので、深月さんには保留と言っておきました。とんでもなく難しい条件を出すつもりですわ。深月さんが困っても、あなたと彼のせいですからね!」

 

リーザがそう言うお俺を突き離し、足早に会議室を出て行った。

 

「うーん、ちょっと()き付け過ぎたか? まさか亮も一枚噛んでいたなんて……」

 

少し心配になりながら廊下に出る。すると近くにある柱の陰から、フィリルがひょこっと顔を覗かせた。

 

「……物部くん、お疲れ様」

 

「もしかして俺たちの話、聞いてたのか?」

 

俺は問いかけると、フィリルはこくんと頷く。

 

「……うん、聞き耳立ててた。それで、リーザが出て来たから隠れたの」

 

恐らくフィリルはリーザと顔を合わせ(づら)かったのだろうと、俺は申し訳ない気持ちになった。

 

「あー、その……フィリルがアドバイスしてくれたこと、リーザに悟られるような言い方をして悪かった」

 

「……それはいい。気にしてない。私としては、十分な結果だったから」

 

「え? でもまだ何も解決してないぞ?」

 

フィリルの言葉に聞き、俺は驚く。リーザはまだ深月を許す条件を考えている段階だ。

 

「解決はまだでも、ちゃんと前に進み始めたから、それに、大島くんもリーザに何か言ってくれたみたいから……そのうち、たぶん何とかなる。二人には何かお礼しなきゃね」

 

「い、いや、別にいいって。俺は大したことしてないし。お礼なら亮にしてくれ」

 

「……遠慮はいらない。物部くんと大島くんが喜ぶお礼、きちんと準備する。期待してて」

 

しかしフィリルは俺の言葉に構わず、そう宣言した。

 

俺は「……ふふふ」と意味ありげに笑うフィリルを見ながら、どうか厄介なことにならないようにと、胸の内で強く祈った。

 

そういえば、フィリルが俺や亮の名前を呼ぶのは初めてだった。これまではずっと"あなた"や"彼"だった。




いかがでしょうか?次回、フィリルさんは悠にお礼をします。お楽しみください。

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