ファフニール VS 神   作:サラザール

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どうも、サラザールです! 悠とイリスがメインの話です。それではどうぞ!


二人の時間

バジリスクがついに火山島から二千キロの地点に迫った時のこと。早ければ三日後に接敵するため、作戦参加メンバーは夕食後に召集が掛けられたのだ。

 

けれど特に役割のない俺とイリス、それにティアはミーティングから除外された。

 

俺はイリスとの約束を思い出して、船首側にあるイリスの部屋へ向かう。

 

ミッドガルを出てから俺はイリスの部屋に行く約束していたが、なかなかそんな機会が無かった。

 

このタイミングを逃す手はない。俺はシャワーを早く浴びてから部屋を出た。

 

女子たちが使っていると思われる部屋の扉には、部屋番号の他に出席番号が表示されていた。B7———ブリュンヒルデ教室七番を意味するプレートを見て、ここがイリスの部屋だろうと判断する。

 

できるだけ静かにノックをすると、扉が内側から開いた。制服姿のイリスが顔を出す。

 

「……え? モノノベ、どうしたの?」

 

「いや———その、前に部屋へ来ないかって誘ってくれただろ。だから……」

 

俺は頬を掻きながら言う。深月以外の女子部屋に入るのは初めてだったので入る前から緊張していた。

 

「あ、(おぼ)えててくれたんだ! もう忘れちゃったかと思ってたよ」

 

イリスは顔を輝かせ、俺を部屋の中に招き入れた。この船で生活し始めて、もう一ヶ月近い。そのためイリスの部屋は結構な生活感に満ちていた。具体的に言うと———散らかっていた。

 

「あ……」

 

散乱した物の中にいくつもの下着を見つけ、動きを止める。

 

「どうしたの———って、ああっ! す、少し待ってね。すぐに片付けるから!」

 

赤面したイリスは、あたふたとしながら部屋を走り回った。落ちていたものを一ヶ所に集めてスペースを作り、下着はちゃんと見えない場所に仕舞い、イリスは俺の部屋の奥に通す。

 

「な、何かごめんね。ささ、座ってよ」

 

イリスは恥ずかしそうに頭を掻き、俺をベッドに座らせた。

 

「まあ、また一つイリスのことが分かったから、別にいいけどな」

 

「わ、分かったって何が?」

 

俺の隣に座ったイリスが、動揺しながら問いかけてくる。

 

「整理整頓、苦手なんだろ?」

 

「ううっ、い、言わないで……リーザちゃんにもよく怒られてるの」

 

がっくりと肩を落とすイリス。部屋を片付けろと説教するリーザの姿はすぐに想像できる。

 

「そういえば、俺が転入した頃に比べて、イリスはリーザと仲良くなった気がするな」

 

「……うん、リヴァイアサンのことがあってから、リーザちゃんだけじゃなくてみんなも色々と構ってくれるようになったんだ。時々怖いけどね」

 

イリスは苦笑を浮かべて言うと、ふと何かを思い出した様子で問いかけてくる。

 

「あ、そうだ……あたし全然気づかなかったんだけど、リーザちゃんとミツキちゃんって、喧嘩してたの? 何かそのことでモノノベとオオシマが頑張ったって、フィリルちゃんから聞いたよ?」

 

「まあ、深月には俺が言ったけど、リーザには亮が何か言ってくれたようだ。でも、亮はともかく、俺は頑張ったっていわれるほどのことは……」

 

「まだ解決してないの?」

 

表情を曇らせるイリスを見て、俺は慌てて言う。

 

「ああ、でも心配はいらないからな? 今はバジリスクのことで余裕がないけど、きっとそのうち解決する」

 

リーザは今作戦の中心を担っている。深月に出す"許す条件"を考えている暇はないに違いない。

 

(バジリスク討伐した後に、二人は仲直りすると僕は思うぞ)

 

ふと、亮の言葉を思い出す。火山島に着いたころ、亮が俺にそんなことを言っていた。でも今はそんな状況にはならないと俺は思う。だが、あいつが言うと何故かそうなるかもしれないと期待してしまう。

 

「そっか……よかった」

 

イリスは安堵(あんど)の息を吐き、俺の左肩にそっと触れてきた。

 

「……イリス?」

 

どきりとして、イリスの名を呼ぶ。

 

「モノノベ、包帯は取れたみたいだけど……もう傷は痛くない?」

 

「大丈夫、ほとんど治ったよ。今はちゃんと動かせる」

 

俺はそう言って、肩に置かれたイリスの手に自分の左手を重ねてみせた。

 

「あ———」

 

頬を染めるイリス。その反応を見て、俺の心拍数も急上昇した。

 

視線が絡まり、どこか甘くもどかしい沈黙が続くよ。しかし、いつまでも口を閉ざしているわけにもいかない。

 

「えっと、イリスはさ、俺に何を教えてくれるつもりだったんだ?」

 

「そ、それは……何でも、だよ。モノノベは何が知りたい?」

 

「な、何って言われてもな……」

 

聞き返されて、言葉に詰まる。

 

「せっかく部屋で二人きりなんだから……今しか確かめられないことが、いいんじゃない?」

 

イリスは俺を上目遣いで見つめ、提案した。

 

「今しか……」

 

「うん……」

 

頷くイリス。目を合わせていると、その瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚を抱く。思わず視線を少し外すが、顔も、体も、手も、足も、全てが魅力的で鼓動が静まらない。一瞬、二つの双丘に引きつけられたが、平常心を保って目線を逸らした。

 

「……イリスの髪、綺麗だよな」

 

最終的に髪へ視線を移した俺は、ただ思ったままの感想を述べる。

 

「ありがと……じゃあ、触ってみてよ」

 

イリスに促され、俺は銀髪の髪をそっと触れた。

 

「サラサラしてて、いい手触りだ」

 

「ふふっ、嬉しいな。モノノベに頭()でてもらえた。いっつもティアちゃんやレンちゃんばっかりで、羨ましかったんだよ?」

 

少し恨めしそうに言うイリス。

 

「いや、ティアやレンは妹みたいな感じだからさ、つい無意識に……でもイリスの髪は、そんな気軽に触れないだろ?」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……緊張するからだ」

 

俺の返事を聞いたイリスは意外そうな表情で首を傾げた。

 

「だったら、今も緊張してるの?」

 

「そりゃ、な……」

 

イリスの髪を指で()きながら頷く。実際、行こうと思っていた頃から緊張していたからだ。

 

そこで脳裏に深月の顔が()ぎった。俺が入院した時、二人きりになった病室で言われたことを思い出す。

 

(イリスさんのキスに関しては、誠実に対応してくださいね?)

 

数ヶ月前、"白"のリヴァイアサンがミッドガルに侵攻してきた時に俺はイリスの護衛をし、深月と亮の協力によって倒した。

 

その夜にイリスから浜辺に呼び出され、お礼としてキスをされた。俺が病室に居た時に深月に知られてしまった。

 

そのことに触れるなら、それこそ今しかない。

 

「……イリス、俺は本当にあんなお礼を貰ってよかったのか?」

 

「あんなお礼? 何のこと?」

 

イリスは俺の言っていることが分からず、首を傾げる。

 

「……そこは察してくれよ。あ、あの時のキスに決まってるだろ」

 

声が上擦るのを自覚しつつ、説明する。

 

「え? あ———」

 

イリスの顔が赤くなっていく。

 

「そんな反応をするってことは、あのキスはイリスにとって特別なものだったんじゃないか?」

 

最初はあまりにイリスがいつも通りだったので、お礼以上の意図はないと思っていた。けれどイリスも意識をしていたことを知り、それ以来ずっと落ち着かない気持ちを抱いている。

 

「……うん、家族で挨拶のキスをすることはあったけど、それはほっぺだったし……く、唇にしたのは、モノノベが初めて……だよ」

 

イリスは耳まで赤くしてそう答えた。

 

「初めてが俺なんかで……いいのかよ?」

 

問いかけると、イリスは顔を(うつむ)いてコクンと頷く。

 

「モノノベになら、二度目だって……あげてもいい」

 

その言葉に心臓が跳ねる。(つや)やかなピンク色の唇から目が離せなくなってしまう。

 

これは、やはりそういうことなのだろうか。俺の自意識過剰とかではなく、イリスは俺のことを———。

 

鼓動が早まり、手のひらが汗ばむ。

 

ならば、真剣に答えるしかない。イリスがここまで言ってくれたのだ。俺も自分の気持ちを口にしよう。

 

唾を呑み込み、いつの間にかカラカラに渇いていた喉を湿らせる。

 

息を吸って、吐く。

 

そしてもう一度、大きく空気を吸い込んだ後、俺は吐く息に言葉を乗せた。

 

「イリス、俺は———」

 

意を決して言葉を紡ごうとする。だがイリスははっと顔を上げて、俺の口に両手で塞いだ。

 

「だ、ダメっ! 今はまだ言わないで!」

 

「…………?」

 

どうしてだと目で訴える。するとイリスは俺の口から手を離し、苦笑いを浮かべた。

 

「だって……もし悲しくなること言われたら、あたしすごく落ち込んじゃうから。もうすぐ作戦が始まるこに、そんな状態だったら……いざという時も動けなくなっちゃうよ」

 

イリスは少しずつ口を塞いだ両手を離す。

 

「いや、でも———」

 

「返事が嬉しいものでも、今はダメ。モノノベはこれから、ティアちゃんのために戦わなきゃいけないんだから!」

 

真剣な眼差しで見つめ、イリスは訴える。

 

正直、先延ばしにするのは気が進まなかったが、イリスの迫力に()されて俺は頷いた。

 

「……分かったよ。続きは、バジリスクのことが片付いてからにする」

 

「ありがとう、モノノベ」

 

ほっとした顔で礼を言うイリス。

 

「ただ、こういう台詞、戦場じゃ不吉なんだよな……」

 

「あ、それ知ってる! 俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……っていうやつだよね?」

 

どこで聞きかじったのか、イリスは俺の呟きに乗ってきた。

 

「ああ、ただ戦場で色んなヤツを見てきた俺からすると、単に運の問題でもないんだけどな」

 

「どういうこと?」

 

「生きて帰る理由があって、真面目な奴ほど、それを言い訳に使いたがらない。そのせいで他の奴より無理をして、生き急ぐ。早死にするのは当然だ」

 

俺が説明すると、イリスは途端に焦り始める。

 

「も、モノノベは死んじゃダメだよ? し、死にそうになったらさっきの約束取り消していいからね!」

 

「そこまで心配する必要はないさ。俺たちは船で待機だし、一番安全だ」

 

そう、俺とイリスは見ていることしかできない。想定外のことが起これば出番もあるかもしれないが、そんな事態にならないことが作戦成功の条件だろう。

 

それに、最前線には亮がいる。神であるアイツならなんとかしてくれると俺は思う。

 

「そ、そうだね……うん、だったらあたし、モノノベの返事をちゃんと待つから」

 

「ああ」

 

はっきりと頷き返す。

 

負けられない理由が増えていく。だがそれは、決して足を(すく)ませるものではなかった。




いかがですか?次回はいよいよバジリスクと戦います。お楽しみください。

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