ファフニール VS 神   作:サラザール

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どうも、サラザールです。今回で第三章最終話です。お楽しみください。


祝勝会

「そう———また偉大なる神の(ひと)(はしら)が討たれましたか……残念です。報告、ありがとう」

 

ドラゴン信奉者団体"ムスペルの子ら"の息が掛かったホテルの一室で、キーリはニブルに潜入している諜報員からの報告を受けていた。その表情と声には、団体の指導者たる"神子(みこ)"に相応しい、厳かさがある。

 

だが電話を切った途端、神々しい雰囲気は一気に消し飛んだ。

 

ソファに深々と体を預け、キーリは心底嬉しそうに表情を(ほころ)ばせる。

 

「やるじゃない———さすがはあの二人ね。まあ予想はしてたけどね」

 

喜びを抑えきれない様子で、足をパタパタと動かすキーリ。

 

「それにしても、大島亮……やっぱり分からないわ。彼の情報を調べてもドラゴンと戦った情報しかないわ。いったい何者かしら?」

 

キーリはコンピュータ端末を取り出して大島亮の情報を見た。

 

「そういえば昨日、お母様は彼に似ている人と会ったことがあるって言ってたわね。けど大昔のことだからほとんど覚えていないみたいだけど……本当に謎だわ」

 

彼女はこの一ヶ月間、大島亮の情報を調べていたが何も分からずにいた。

 

「不思議な力には"気"と書かれているけど、いったい何かしら? ドラゴンの権能と何か関係があるのかしら……まっ、彼に直接聞くしかないわね」

 

そう言ってコンピュータ端末を仕舞い、天井を見た。

 

第五権能(コード・フュンフ)の行方も気になるけど、今はそれよりお母様の動向が第一だわ。当初の(もく)論見(ろみ)はこれで破綻した。はてさて、この先どうするつもりやら———」

 

他人の不幸を喜ぶような口調で呟くキーリだったが、突然顔を(しか)める。

 

「痛っ……!?」

 

キーリは自分の右手の甲に視線を向けた。そこには彼女の(りゅう)(もん)がある。普段は(うっす)らとしか見えないその紋章が、黒い光を放っていた。

 

「お母様?」

 

(いぶか)しげにキーリは眉を寄せた時、黒く変色した竜紋から上位元素(ダークマター)が泡のように湧き上がる。そして(あふ)れ出した上位元素は、瞬く間にキーリの右手を包み込んだ。

 

「いったい何を———くっ!?」

 

右手を襲う激痛に体を()()らせ、苦鳴を上げるキーリ。彼女は上位元素を振り払おうとするが、後から後から湧き出てくるのできりがない。

 

「この、感じ……生体、変換……?」

 

キーリは右腕を押さえ、奥歯を噛み締めて痛みに耐える。

 

そして数分後、竜紋からの上位元素流出は唐突に途絶えた。

 

力尽きた様子で、キーリは床に倒れる。

 

「———はぁ、はぁ、はぁ……ああ、そういうこと……」

 

荒い息を吐きながら、口の端を(ゆが)めるキーリ。

 

「……私を使い捨てるつもりなのね、お母様」

 

皮肉げに呟いたキーリは、ゆっくりと身を起こし、右手の竜紋を見つめる。

 

「もう選択肢がほとんどないとは言え……さすがに娘を改造するのは酷くないかしら」

 

キーリの竜紋は、淡く黄色い光を放っていた。

 

「まあでも、別に恨まないわ。作り変えられたおかげで、ようやく私は———自由になれたみたいだから」

 

変色した竜紋に手を当て、キーリは笑う。

 

「けど、このままだとすぐにゲームオーバーね。どうしようかしら……」

 

口元に手を当てて思案するキーリだったが、リビングのテーブルに置かれていた新聞の一面を見て、目を細める。

 

「エルリア公国の現王アルバート・クレストが逝去———確かここ、"D"の人権擁護に一番熱心な国よね。王族の中に"D"が現れたとかで……」

 

キーリはぶつぶつと呟いた後、妖しく瞳を輝かせた。

 

「ふふ———ちょうどいいわ。この国を利用させてもらいましょう。そうと決まれば早く出発しないと」

 

てきぱきと旅支度を始めながら、キーリは愉快そうに呟く。

 

「もうすぐ再会できそうね。楽しみだわ———悠、亮」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミッドガルへ向け帰還する輸送船。空には月と星が輝き、暗い夜の海を(きら)びやかに彩っている。

 

船内では祝勝パーティーが開かれている。ミッドガルの職員も参加しており、会場である食堂は人でいっぱいになっている。

 

とても楽しい催しではあるのだが———僕と悠以外は皆女性のため、酔っぱらったお姉さん方にやたら絡まれてしまい、外へ避難していた。

 

僕はグラスを片手に杖で空間の(ゆが)みを修正していた。場所はブラジルのリオデジャネイロに発生しており、久しぶりに歪みが出ていた。

 

器を満たしているのは、リンゴジュース。椅子にはお菓子の入った小皿を置いている。

 

仕事を終わらせ、もうちょっとしたらすぐ戻ろうと思うが、まだやることがある。

 

今夜、悠はイリスさんに全てを打ち明けるのだ。ユグドラシルとの取引や自分の記憶が失われていること、そして好意を向けている相手も。

 

ユグドラシルとの取引で、深月さんが義理の妹であると知り、将来を誓った仲であることを思い知ったのだ。

 

今まで整理していた気持ちに追い討ちをかけられている。

 

その後の結果は分かっているが、どうしてもハラハラしていまう。原作を読んでいるので、ほとんどは知っているのだが、男女の恋愛やこれからのことを考えしまうとどうしても気になってしまう。

 

原作とこの世界では若干違うようで、深月さんたちの実力やミッドガルにヘカトンケイルがやって来る時間も変わっている。

 

もしかすれば原作にはないことが起きる可能性がある。本当は盗み見はしたくはないが、気になってしまうので見ようとしてしまう。

 

杖の先端にある丸い球体を近づけて、悠とイリスさんの様子を見ていた。

 

悠はイリスさんを抱きしめ、自分の全てを打ち明けている。

 

悠は心苦しいように話し、イリスさんは戸惑っている。けれど、話を聞いた後、イリスさんは悠の記憶を取り戻すことを決意している。

 

やはりイリスさんは芯の強い女性だ。原作通りに進んでいる。

 

一年以上も前、記憶を取り戻すことは神でもできないと悠には話している。いくら"世界神"でも杖で記憶を映し出すことはできても、取り戻すことはできない。

 

しかし、方法がないわけではない。ユグドラシルの権能を乗っ取ることで悠の記憶を戻すことができる。それにはティアちゃんの角とキーリの協力が必要不可欠だ。

 

今はできないが、一ヶ月以上先のことだ。だが、問題は記憶を取り戻したその先のこと。深くは触れないでおこうと思う。

 

僕は悠とイリスの会話を聞いた後、杖を仕舞ってグラスの中にあるリンゴジュースを飲み干す。

 

(一ヶ月後にな)

 

ヘカトンケイルを討伐した後、キーリと会話をしたことを思い出す。

 

彼女とはもうすぐ会う日が来る。その時は"黒"のヴリトラから自由になっている頃だろう。監視下にあっても無くても僕は気にはしないが、色々と面倒なことになるので少し安心はする。

 

ヘカトンケイルがミッドガルを襲来した時には色々とあったが、キーリはこれから先、共に戦う仲間になると知っている。

 

しかし、協力してくれるのは一ヶ月以上先の話になる。先のことも考えて行動する必要はあるが、まだ時間はあるので今はみんなと学園生活を楽しもうと思う。

 

夜空を見上げながらチョコレートを一つ口にしてると少し寒くなってきたので食堂に戻る。

 

リビングには悠とティアちゃん、さらに深月さんとイリスさんを覗いたブリュンヒルデ教室のメンバーと後発隊として合流した(りゅう)伐隊(ばつたい)、そして教職員がまだ騒いでいた。

 

悠とイリスさんは船尾側で話しており、深月さんは途中で眠くなったティアちゃんを抱えて部屋に運んでいる。

 

篠宮先生も含めて教職員はまだ酔っていて、竜伐隊の皆に絡んでいる。

 

本当は部屋に戻って休もうと思ったが、せっかくの祝勝パーティーなので今日ぐらいは楽しもうと思ってここに来た。

 

リーザさんは竜伐隊の女性たちと会話をしており、フィリルさんは教職員たちに絡まれている。アリエラさんとレンちゃんは食事に夢中だ。

 

「亮様、おめでとうございます」

 

テーブルに置いてあるジュースの缶をグラスに注いでいると、横から竜伐隊の女性がグラスを持って話しかけてきた。背はレンちゃんと同じくらいで、多分同い年だと思う。

 

しかも、僕や悠は他クラスの間では亮様や悠様と呼ばれている。悠は少し戸惑っていたが、僕より下の神々からもそう呼ばれているので違和感はない。

 

「ああ、ありがとう」

 

僕は彼女の持っているグラスの端にカツンと合わせた。するとその女性は嬉しかったようでお礼を言って奥へ行ってしまった。

 

「大島クン、戻ってきたんだ」

 

さっきまでレンちゃんと食事をしていたアリエラさんが僕に近づいてきた。

 

「まあ、寒くなってきたからね。それより気配を消して来ないでくれよ。びっくりするじゃないか」

 

アリエラさんが近づいてくることは分かっていたが、気配を消していたので常人ならびっくりする。

 

「ごめんごめん、ちょっと驚かせようと思ってね」

 

アリエラさんは舌を少し出して謝る。

 

「あれ? レンちゃんは? さっきまで一緒じゃなかったのか?」

 

「ああ、レンならあそこだよ」

 

アリエラさんが指差した方を見ると、竜伐隊の女性たちと輪になって携帯端末を使って話している。

 

「それよりこのケーキ、美味しいよ」

 

アリエラさんは手に持ったイチゴのショートケーキを僕に渡してきた。

 

「ありがとう、いただくよ」

 

僕はそう言ってケーキを受け取り、テーブルに置いてあったフォークを取って一口食べる。

 

「お、美味しい」

 

お店に売ってあるケーキより甘くて美味い。

 

「でしょ? 大島クン、ケーキとかプリンを食べてなかったから取っておいたよ」

 

「え? 僕のために? ありがとう」

 

アリエラさんってよく周りを見ていると思いながらお礼を言う。

 

僕はグラスに口をつけてジュースを飲んでいると、後ろから教職員の女性が抱きついてきた。

 

「大島く〜ん、あっちで飲もうよ〜」

 

さっきより酔いが回っているようで、口の中からお酒の匂いがして少し臭い。さらに体には大きな双丘の感触が伝わってきて、理性が保たない。

 

「ちょっ、先生……さっき飲んだじゃないですか」

 

「良いのよ〜、ヒック。何度でも飲みたいの、ヒック」

 

やっぱり部屋に戻って休めば良かったと後悔している。そして数日後、八重さんにこのことが知られてしまい、誤解を解くのに丸一日も掛かった。

 




いかがでしょうか? 次の投稿は一週間後くらいです。もしかしたら延長するかもしれません。気長に待ちください。

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