ファフニール VS 神   作:サラザール

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どうも、サラザールです。今回、フィリルさんの正体が分かります。お楽しみください。


お姫様

宿舎から学園に続く道を歩きながら僕たちは雑談をしていた。

 

「あ〜気分がいい。こんな日は国の一つを滅ぼしたくなるな」

 

「ちょっ!? やめてください! 本当にあなたは神様なんですか!?」

 

僕が冗談という名の本職のことを口にすると、深月さんが焦った声で言ってきた。

 

「神様だよ。創造と破壊を司ってるから、国を消滅させることも"世界神"の仕事なんだよ? 分かってる?」

 

「亮、お前ならやりかねないからそれだけはやめてくれ」

 

「ええ〜」

 

僕はわざと不満そうな表情をする。実際僕はそんなことをするつもりはない。ミッドガルに迷惑をかけてしまうからだ。

 

「まっ、冗談だからそんなことしないけどね」

 

ノート型の端末を入れた(かばん)を手に、気楽な声で応じる。

 

「全く、あなたって人は……いえ、人ではなく神でしたね。なんだか暴力好きの破壊神みたいです」

 

深月さんは呆れながら溜息を吐き、嫌味を言ってきた。

 

「いや〜褒めるなよ、照れるじゃないか」

 

「褒めてませんよ……」

 

バジリスク討伐作戦が終了し、輸送船でミッドガルから帰港してから数日が経った。いつもの学園生活に戻ったが、悠の様子がおかしくなっている。

 

深月さんが本当の妹でないこと、さらに将来を誓った仲であることを聞いてからどうしても彼女のことを意識しているのだろう。

 

悠には悪いが、今はこのままでいているしかない。

 

ユグドラシルが動き出すのは一ヶ月以上先になるため、僕は見守るしかない。

 

ミッドガルに帰った後、イリスさんからユグドラシルとの契約を知ったことを話してくれた。やっぱり彼女は本気で悠の記憶を取り戻すつもりのようだ。

 

しかし、僕の力では難しいと言っているが、記憶を取り戻す方法は何かしらあると二人には話しているため、安心させている。

 

事実、その方法はキーリの力が必要になる。そしてもうすぐ、僕たちはキーリと会う。

 

そのため、帰って来た翌日からまた旅の準備をしている。

 

キーリはたぶん僕の正体を知ってしまったと考えた方がいいだろう。警戒は必要だ。

 

しかし、もうすぐチャイムが鳴るため、そのことは後回しだ。

 

島のどこからでも見える高い時計塔は始業時間の二十分前を指していた。

 

(完全に元通りだな。まっ、一ヶ月もあれば十分だったな)

 

上半分を吹き飛ばされて、痛々しい姿を(さら)していた以前の時計塔を思い出す。

 

およそ一ヶ月前、キーリとヘカトンケイルによってミッドガルは大きな被害を受けたが、僕たちがバジリスク討伐へ赴いている間に、大体の復旧作業は終わっていた。

 

ミッドガルはドラゴンと戦う"D"の(とりで)であるだけに、全速力で修復を急いだのだろう。

 

瓦礫(がれき)で天井が壊れた体育館も同様に修復済みである。ちなみに僕たちの住んでいる宿舎は無事である。僕が対キーリ戦のために"力の大会"で悟空がジレンに使用した"気"の地雷を仕掛けたため、壊されずに済んだのだ。

 

まだ残っている爪痕は、ヘカトンケイルによって踏み潰された木々ぐらいのものだ。

 

IDカードを(かざ)して学園のゲートを抜け、僕たちのクラス———ブリュンヒルデ教室へと向かう。

 

その途中、校舎に入ったところで後ろから悠の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「ユウーっ!」

 

振り向くと、頭に小さな角を生やした幼い少女———ティア・ライトニングは、光の加減でピンク色にも見える色素の薄い髪を弾ませ、悠の方へ駆け寄ってくる。

 

「おはようなの!」

 

走ってきた勢いのままジャンプし、悠の首にぶら下がるティアちゃん。

 

「っと———お、おはよう、ティア」

 

悠は彼女の軽い体を受け止めつつ、挨拶を返す。

 

「ティアちゃん、おはよう」

 

「リョウもおはようなの!」

 

僕も挨拶をすると、ティアちゃんは答えてくれた。

 

「えへへー、今日もユウに会えて嬉しいの」

 

表情を(ほころ)ばせ、ティアちゃんはぎゅっと悠にしがみ付く。

 

「ティアさん、公共の場での過剰なスキンシップは謹んでください」

 

生徒会長としての顔でティアちゃんを注意する深月さん。だがティアちゃんは不満げに頬を膨らませた。

 

「カジョウじゃないの。これはティアにとってのフツウだもん」

 

「集団生活では、個人の価値観より全体の常識が重視されます。その基準から見て、ティアさんの行動は過剰です」

 

「む……ミツキは厳しいの」

 

渋々といった様子でティアちゃんは悠から離れ、上目遣いで見上げる。

 

「ねえ、ユウ。ちょっとでもいいから、ドキドキしてくれた?」

 

「え? いきなり抱き付かれたら……そりゃまあ、少し」

 

悠は正直な気持ちを述べているようで、ティアちゃんは嬉しそうに目を細めた。

 

「だったらよかったの。ティア、これからいっぱいユウをドキドキさせるから、そしてティアのこと、一番好きになってもらうの」

 

「う———」

 

曇りのない真っ直ぐな好意を向けられ、悠はたじろぐ。

 

ミッドガルに帰ってきてから、ティアちゃんはずっとこんな調子だ。子供っぽく結婚をせがまれていた頃よりも、女の子としてアプローチしてくる今の方が悠にとって対応に困っているだろう。しかも、悠も満更でもなさそうだ。

 

「兄さん、何を狼狽(うろた)えているんですか。ほら、教室へ行きますよ」

 

深月さんは少し不機嫌そうな声で言い、悠の手を掴んで引っ張る。

 

そういえば深月さんもここ数日、僕のいる時でも悠と手を繋いでいるところを見かける。

 

「あーっ! ミツキだけズルいの。それはカジョウじゃないの?」

 

「……これぐらいなら別に普通です。家族ですから」

 

視線を逸らしつつ、深月さんは答える。バジリスクを討伐してから、悠のことを諦めないと誓ったようだ。

 

「だったらティアもユウと手を繋ぐの! 同じ教室の仲間は家族同然だって、リーザが言ってたし」

 

「それとこれとは意味が……まあ、違うとは言い切れませんが」

 

歯切れの悪い口調で深月さんは言葉を(こぼ)した。

 

僕は三人のやり取りを見ながら一緒に教室へ向かった。

 

結局、悠は左右の手を深月さんとティアちゃんに引かれていた。

 

「そういえば、ティアは一人で登校してきたのか? リーザはどうしたんだ?」

 

転校した当初から離れようとしなかったティアちゃんだが、今はクラスメイトたちにも心を開き、リーザ・ハイウォーカーと同室で生活している。

 

だが廊下にはリーザさんの姿はない。ここで僕は原作を思い出す。

 

「リーザはフィリルと話があるって言ってたの。だから今日はティア、一人で来たの」

 

「フィリルと? 何があったのか?」

 

悠は気になってティアに追いかける。

 

「分かんないけど……フィリル、ちょっと変な感じだったの」

 

「変?」

 

「何だか、ぼーっとしてて……あ、それと今日は本を持ってなかったの」

 

ティアちゃんの言葉に僕はあのことを思い出した。

 

(そうか、たしか今日は……)

 

読者好きのフィリルさんは、いつも何かしらの本を持ち歩いている。休み時間だけでなく、歩きながらも本を読んでおり、よくリーザさんにも危ないと注意されている。

 

しかし、彼女が本を持っていないことは滅多にない。しかも、そのことがあるとしたらたぶんあのことだろう。

 

キーリと再会する理由として、フィリルさんも少なからず関わっているからだ(・・・・・・・・・)

 

「それは確かに変だな……」

 

悠は眉を寄せて頷く。

 

深月さんは教室に入る直前で悠の手を放し、扉を開ける。教室には既に三人の生徒の姿があった。

 

「やあ、おはよう」

 

軽い感じで挨拶をしてきたのは、ボーイッシュな雰囲気の少女———アリエラ・ルー。

 

「……ん」

 

続いて小さく身振りだけで挨拶する赤毛の少女、レン・ミヤザワ。

 

「おはよう」

 

「おはようございます」

 

「おはようなの!」

 

僕と深月さん、ティアちゃんが挨拶をしつつ教室の中に入る。

 

「おはよう、アリエラ、レン」

 

悠も二人に挨拶を返し、教室にいるもう一人の少女に視線を向けた。

 

「お、おはよう」

 

ぎこちなく挨拶を口にするのは———イリス・フレイア。

 

「おはよう、イリス」

 

悠は笑みを浮かべて返事をするが、イリスさんはちらりと深月さんの方を見て、悠から顔を逸らした。

 

これまではイリスさんの方から頻繁に話しかけてくるのが普通だが、やはり深月さんに遠慮しているようだ。

 

「……イリスさんと喧嘩でもしたのですか?」

 

悠たちの様子を見た深月さんが問いかける。

 

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

 

むしろ記憶のことを打ち明けてから親密な関係になっている。しかし、深月さんが積極的ななってきてから、イリスさんはティアちゃんと張り合っていた時のようなスキンシップをしてこなくなった。特に深月さんのいる前では。

 

何故ならイリスさんが選択をしたのは———"今の悠"を諦めることなのだ。

 

悠は不甲斐なく感じていると思うが、どうすればいいのかは僕にも分からない。

 

僕は自分の机に座り、ホームルームの準備をしていると、始業のベルが鳴る。そしてベルが鳴り終わる直前に、リーザさんとフィリルさんが教室に入ってきた。

 

ティアちゃんが言った通り、フィリルさんは本を持っておらず、何処か思いつめたような表情を浮かべる。やはり、あのことだと察する。

 

「大丈夫です、フィリルさん。わたくしが何とかしてあげますから」

 

「リーザ……でも———」

 

「いいから任せてください」

 

二人は深刻な雰囲気で会話をしながら席に着き、その直後に担任の篠宮先生もやって来た。

 

「それでは出欠を取る」

 

僕の所属するブリュンヒルデ教室は自分を含めて九名。一目(ひとめ)で出欠が確認できる少人数クラスであるが、篠宮先生は名簿を開き一人ずつ名前を呼ぶ。

 

「リーザ・ハイウォーカー」

 

出席番号一番のリーザさんが呼ばれた。

 

「…………」

 

けれどリーザさんはすぐに返事をしない。じっと、フィリルさんの方に視線を向けている。

 

フィリルさんの表情は迷いと躊躇(ためら)いの色を浮かべ、リーザさんの眼差しを受け止めていた。

 

「リーザ・ハイウォーカー、聞こえなかったのか?」

 

繰り返し名前を呼ぶ篠宮先生。するとリーザさんは決意をした表情でフィリルさんから視線を外し、ガタンと席から立ち上がる。

 

「篠宮先生、お願いしたいことがあります」

 

「……今はホームルームの時間だぞ? 話があるなら後にしろ」

 

「申し訳ありませんが、事は一刻を争います。後回しにはできません。可能な限り早く———フィリルさんに、ミッドガルから出る許可をいただけないでしょうか?」

 

リーザさんは真剣な口調で篠宮先生に問いかける。

 

(やっぱりそうか……)

 

本来、上位元素(ダークマター)生成能力者———"D"はミッドガルから出ることは出来ない。

 

"D"は大人になるまで、学園で過ごさなけれはならない。それが、この世界が作ったルールだからだ。

 

様々な悪意から遠ざけるために、また普通の人々を"D"から守るために存在している。

 

僕は彼女のことを原作で知っているが、たとえフィリルさんに事情があっても出ることは許されない。

 

「突然何を……君も知っているはずだ。"D"は二十歳前後を迎え、能力が自然消滅するまで、基本的にミッドガルを出ることはできない」

 

篠宮先生はミッドガルのルールを口にする。

 

「もちろん承知していますわ。けれど、あえてそこを曲げていただけませんか?」

 

「無茶を言うな。そもそもいったい何のために———いや、そうか……あの方が亡くなったのだったな」

 

篠宮先生も思い出したようで、フィリルさんに視線を向けて呟く。

 

「はい、ですからフィリルさんを葬儀に出席させてあげたいのです」

 

リーザさんはフィリルさんのために無理を承知の上で篠宮先生にお願いする。

 

「気持ちは分かるが……彼女だけを特別扱いすることはできない」

 

篠宮先生の返答は予想通りだ。これまで同じような状況になった者も少なからずいるだろう。しかしそれで一時外出が許されるほど、ミッドガルのルールは甘くない。

 

リーザさんも分かっているが、それでもフィリルのために食い下がる。

 

「篠宮先生、それは前提が間違っていますわ。フィリルさんは特別な存在です。何しろ彼女はミッドガルの自治権獲得に多大な貢献をし、今も巨額の寄付を行なっているエルリア公国の———」

 

「たとえミッドガルの外でどのような立場であろうと、ここでは単なる一生徒だ。そのような理屈は通らない」

 

篠宮先生はリーザさんの言葉を遮り、はっきりと告げる。

 

「ですがっ———」

 

「……リーザ、もういいよ。ありがと……十分だから」

 

さらに反論しようとするリーザさんをフィリルさんが止める。

 

「フィリルさん……」

 

「やっぱり、ルールは守らなきゃ。我儘(わがまま)を言って、すみません」

 

フィリルさんは篠宮先生に頭を下げて謝った。

 

「いや———親族の葬儀に出席したいというのは当然の要望だ。私の方こそ(こた)えてやれなくて、すまない」

 

篠宮先生もフィリルさんに謝り、リーザさんは渋々といった様子で席に着き、少し重い雰囲気のままホームルームが始まる。

 

リーザさんが言っていたエルリア公国は、西ヨーロッパの内陸部に位置する小国である。希少資源の輸出で、近年目覚ましい経済成長を遂げている。

 

その国は民主制だが、王族は国の象徴で今でも存在している。

 

その国王の名がアルバート・クレスト。"D"の人権回復運動の旗頭にいた人で、フィリルさんの祖父にあたる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み、ブリュンヒルデ教室の面々は(そろ)って食堂棟へ向かっていた。

 

前をリーザさんと並んで歩くフィリルさんは、今も手ぶらだ。やはり本を読む気分ではないのだろう。

 

僕の隣で悠はフィリルさんを心配して眺めている。

 

すると、フィリルさんが歩く速度を落として悠の横に並ぶ。

 

「さっきから、何?」

 

「へ? な、何でもありません」

 

悠は少し驚いて敬語で応える。

 

「どうして敬語?」

 

「あ———俺、ついさっきフィリルがお姫様だって知ってさ。それでつい……」

 

苦笑を浮かべて応えるが、やっぱり知らなかったのかと呆れる。

 

授業でもエルリアのことは出てたが、まさか気付いてなかったとは少しは予想していたが、本当だと思わなかった。

 

「そう、二人ともお姫様が珍しくてじろじろ見てたんだ」

 

少し(とが)った口調で呟くフィリルさん。

 

「……ちょっとまて、僕はそんな目で見てないぞ? 悠はいやらしい視線で見てたけど」

 

「ち、違う。邪な視線を向けてたんじゃない。心配だったんだ。フィリルが本を手にしてないから、相当参ってる証拠だろ?」

 

「あ……」

 

フィリルさんは驚いた様子で自分の手を見つめる。

 

「もしかして、今気付いた?」

 

「……うん」

 

僕が聞くと、フィリルは暗い表情で頷く。

 

「お祖父さんが———亡くなったんだよな?」

 

「…………そう、死んじゃった。私、何も返せなかった」

 

フィリルさんは首を縦に振り、小さな声で呟く。

 

「返せなかった?」

 

彼女の表情には悲しみ以上に、悔しさが(にじ)み出ていた。

 

「お祖父様は私のために、すごく頑張ってくれた。私が"D"だって分かった時、孫娘を収容所のような場所に入れられるかって、アスガルの職員を追い返したの」

 

「それは、すごいお祖父さんだな」

 

アスガルはミッドガルやニブルを従える、対ドラゴン専門の国際機関。その要請を跳ね除けるのは、世界全体に対して異議を唱えることと同じだ。

 

「ただ、やっぱりルールを完全には無視できないから……その後はミッドガルを私に相応しい場所にする(・・・・・・・・・)方針へ切り替えて、世界を巻き込んだ"D"の人権回復運動の先頭に立ってくれた……あの頃から、あまり体調は良くなかったのに」

 

「今のミッドガルがあるのはフィリルのお祖父さんが尽力してくれたおかげなんだな……」

 

資源輸出には、竜災と経済不況に困ったヨーロッパ諸国へも多額の援助を行っている。恐らくはそのような繋がりで広い影響力を発揮したのだろう。

 

「うん……それなのに、私は何も返せてない。せめて最後に———ありがとうって言いたかった」

 

フィリルさんも本当は葬儀に出たかった気持ちが伝わってくる。そういえば父さんと母さん、妹の冬美は元気でやっているのかと今でも心配している。

 

「———大丈夫」

 

すると(そば)で話を聞いていたアリエラさんが突然会話に入ってきた。

 

「アリエラ?」

 

悠が名前を呼んで問いかけると、彼女は透き通った笑みを浮かべて言う。

 

「どこにいようと、フィリルの(おも)いはきっと届くよ。お祖父さんの魂にね」

 

「……魂ってホントにあるのかな」

 

フィリルさんは複雑な表情で呟く。そういえばアリエラさんはあのドラゴン(・・・・・・)と会ったことがあると思い出す。

 

「あるよ、だってボクはそれを———この目で見たことがあるから」

 

アリエラさんは躊躇(ためら)いなく首肯(しゅこう)する。




いかがでしょう? 次回、キーリが動きを見せます。お楽しみください。

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