ファフニール VS 神   作:サラザール

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どうも、サラザールです。今回、エルリア公国に出発します。お楽しみください。


出発

翌朝六時———僕たちブリュンヒルデ教室一同は、篠宮先生に引率されてミッドガルを出発した。

 

まずは大型の高速ヘリで数時間掛けてどこかの空港に運ばれ、そこから貸切のジェット機に乗り換える。

 

暇なので読書をしていると、機内からアナウンスが聞こえてくる。

 

『お知らせします———あと十分ほどで当機は目的地に到着する予定です』

 

ミッドガルから七、八時間の時差があり、二十時間近く移動を費やしているが、窓を見ると夕方だ。

 

隣で寝ていた悠は機内のアナウンスで目を覚ましていた。

 

「もうすぐ着くみたいだな」

 

「ああ、ヨーロッパに来るのは三ヶ月以来だ」

 

僕たちは窓の外を見ながら雑談をしていた。

 

飛行機はまだ高空にあるようで、遥か下に見える大地の(あかね)(いろ)に染まった雲が断片的に覆っている。雲から突き出しているのは、頂に雪が積もった高い連峰だ。

 

「山ばかりだな」

 

「……まあ、それがエルリア公国の特徴みたいなものだから」

 

悠が外を眺めながら呟くと、前の座席からフィリルさんがぴょこりと顔を出す。

 

「うおっ!?」

 

意表を突かれた悠は、小さく驚きを上げる。僕たちの会話を聞こえていたらしい。

 

「あのね、エルリア公国は高い山に囲まれているせいで、"陸の島国"って呼ばれるほど、外と交通手段が限られてるの」

 

「飛行機でしかまともに行き来できないって話は聞いたことあるが……そこまでなのか」

 

悠はフィリルさんの言葉を聞いて呟く。

 

「うん、陸路は基本的に山越えだしね。一応山間(やまあい)を通る河川もあるけど、流れが速いから国の外へ出るだけの一方通行。空港ができるまでは周囲から完全に取り残された国だったんだ」

 

フィリルさんは窓の外に見える大地を示しながら言葉を続ける。

 

「というか……第二次大戦後のゴタゴタで独立するまでは、大国の一領地で———国ですらなかったんだけどね。ひいお爺様(じいさま)より前は王様じゃなくて、大公様だったんだよ」

 

「ああ。だから王国じゃなくて、公国なんだな」

 

悠は納得して呟く。

 

「そういうこと。クレスト家は何百年もこの辺りを統治はしていたけど、本当の意味で王政が敷かれていた時期はとても短いんだ」

 

故郷が間近に迫ったからか、フィリルさんのテンションがやけに高く、饒舌(じょうぜつ)だ。

 

「そうなのか。今はたしか民主制だったよな?」

 

それまで黙って聞いていた僕は口を開いた。

 

「お爺様が即位した時に、自分から権力を手放したの。希少な資源が採掘できる国有地を民間に解放して……国をすごく豊かにした。お爺様は、本当に凄い人」

 

「その上、"D"の人権回復やミッドガルの独立にも関わったんだろ? 何ていうか……国と世界を変えちまった人なんだな」

 

悠はフィリルさんの祖父が()した功績に感嘆しながら言う。

 

原作でしか知らないが、そこまでできる人間は初めて聞くかもしれない。

 

「うん。みんな、お爺様のことを尊敬してた」

 

「じゃあ、エルリア公国の人達は、凄く悲しんでるんだろうな……」

 

どうやら悠はエルリアの葬儀を知らないようだ。僕は原作で知っているため、エルリア式の葬儀がどんなものか分かっている。フィリルさんも悠の言葉を聞いて、おかしそうに笑う。

 

「まあ、悲しんでるとは思うけど……物部くんが考えている感じじゃないよ、きっと」

 

「どういうことだ?」

 

「それは、見てのお楽しみ」

 

悪戯(いたずら)っぽく微笑むフィリルさん。

 

『———間もなく着陸態勢に入ります。シートベルトをご着用ください』

 

そこに機内のアナウンスが響いた。

 

「着いたら、色々と案内するね」

 

フィリルさんは顔を引っ込めて自分の席に座り直す。

 

フィリルさんの様子を見て、この時から悠のことが気になっていたのだと知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛行機の外へ出た途端、冷たい風が吹き付けて来た。

 

「うわっ……さ、寒いね……」

 

「んぅ……」

 

アリエラさんとレンちゃんが身を縮め、()き出しの腕をさする。

 

「もう少し厚着をしておくべきでしたわ……」

 

ティアちゃんを背負って機内から出て来たリーザさんは、眉を寄せて呟く。

 

リーザさんの背中でティアちゃんはすやすやと眠っている。熟睡しているようで、どうやっても起きなかったらしい。

 

タラップを降りながら周囲を見渡すと、フィリルさんの言った通り、遠く(かす)む連峰が四方をぐるりと囲んでいた。この場所でも標高はそれなりにあるようで、空気が冷たい。

 

この五年間、いろんな国に行ったことはあるが、エルリア公国に来たのは初めてだ。

 

「大島クン、寒くないのかい?」

 

僕は気を少し上げているので暑く感じる。制服の袖をまくっており、アリエラさんが心配してきた。

 

「ああ、大丈夫だよ。寒いのは慣れてるからね」

 

僕は心配ないと答える。二人は寒そうに手を擦っていたので、ポケットに手を入れて、カイロを作る。温度を少し高くしてアリエラさんとレンちゃんに差し出す。

 

「使うか?」

 

「あ、ありがとう」

 

「ん」

 

アリエラさんレンちゃんは差し出したカイロを受け取り、両手でカイロを持つ。

 

タラップを降りたところには、やたら車体の長い黒塗りの高級車———恐らくリムジンと思われる乗り物が止まっていた。滑走路まで迎えが来ており厚手のコートを着た女性が立っていた。

 

「あっ!」

 

彼女を見た途端、フィリルさんはタラップを駆け下りていく。

 

「フィ、フィリル様———危ないですよ!」

 

「ヘレン!」

 

制止の声も聞かず、勢いよく彼女に抱き付くフィリルさん。

 

僕たちがタラップを降りると、フィリルさんがこちらを向き直し、彼女を紹介する。

 

「———彼女は私の侍女のヘレン。小さい頃は、乳母も務めてくれた人」

 

「ヘレン・ブラウンと申します。皆様、その服装ではお寒いでしょう。早くお車へ。王宮に着いた後、暖かいお召し物をご用意させていただきます」

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

深月さんが前に出て、一礼する。

 

僕たちはヘレンさんに促され、車に乗り込んだ。暖房が効いており、高めた気を解除した。車内はとても広々としていて対面の座席がある。全員が余裕を持って座席に着くと、車は滑るように発進した。運転手はヘレンさんだ。

 

「———それでは簡単に今後のスケジュールを確認する。ああ、その前に時計を合わせておけ。現在、この国は十八時二十三分だ」

 

篠宮先生は自分の電子時計を示して言う。僕たちが個人端末や腕時計の時間を合わせたのを確認し、話を続ける。

 

「この後、我々は国賓として王宮に招かれる。王宮では各々に部屋が用意されるという話だ。その部屋で準備を整え、二十時からの晩餐会(ばんさんかい)に出席する。フィリル・クレストの両親———次期国王と王妃、それにキーリ・スルト・ムスペルヘイムとはそこで顔を合わせることになるだろう」

 

誰かがごくりと唾を呑んだ。

 

皆はキーリの目的が分からない。もしもキーリが誰かに危害を加わえるものなら、僕と悠が黙ってない。

 

しかし、彼女の目的を知っている僕は警戒する必要は無い。

 

「明日以降のスケジュールは、彼女と話した上で調整する。何か質問は?」

 

篠宮先生はそう言って僕たちを見回す。

 

「あの……」

 

寝息を立てるティアちゃんに膝枕をしていたリーザさんが躊躇(ためら)いがちに手を挙げる。

 

「何だ?」

 

「わたくしたちは、穂乃花(ほのか)さん———いえ、キーリとどう接したらいいのでしょうか」

 

「仲良くしろとは言わん。彼女の目的を探る意味でも、可能なコミュニケーションは図ってくれ。もちろん平和的に、かつ穏便にな。ただ、警戒は決して怠らないで欲しい。いざという時は自分の安全を第一に考え、行動するように」

 

「……分かりましたわ」

 

不安そうな表情を浮かべながらも、リーザさんは頷く。

 

会話が途切れ、僕は目を瞑る。

 

本当は瞑想をしたかったが、車内でするのは迷惑が掛かると思い、外の"気"を探る。

 

今回の任務はニブルも動いている。奴らはキーリを暗殺するため、もう既にこの国に潜り込んでいる。

 

今のところ奴らの気が無いので近くには居ないようだ。

 

「やけに———賑やかだな」

 

外の景色を見ているようで、悠が戸惑いながら呟く。

 

「うん、だって明日からお祭りだから」

 

そんな悠を見て、向かいに座るフィリルさんが笑ったような口調で言う。

 

「え? 明日から始まるのは国王の葬儀だろ?」

 

「この国では、葬儀とお祭りは同じものなの。死者は賑やかに天国へ送り出してあげるっていうのが私たちの習慣」

 

言わば魂送祭(こんそうさい)のようなものだ。日本にもそんな風習があると聞いたことがある。

 

「そうなのか……だからさっき、見てのお楽しみって言ったんだな」

 

「明日からはきっと、もっと、楽しめると思う。あの人が妙なことさえしなければ、だけど」

 

あの人とはキーリのことだろう。この中で一番不安なのはフィリルさんで間違いない。何しろ両親が、知らずに危険なテロリストを(かくま)っているからだ。

 

「大丈夫だ———俺がいる限り、キーリに勝手はさせない」

 

悠はフィリルさんを安心させるために言う。事実、今の悠は悪竜(ファフニール)の力を使わなくても勝てるだろう。一ヶ月前よりも強くなっている。

 

「物部くん、たまに頼もしいね」

 

「たまに、は余計だ」

 

「ふふっ」

 

悠が言い返すと、フィリルさんが楽しげに笑う。

 

しかし、悠の右側に座る深月さんとイリスさんが半眼で見ているようで、目を瞑っても"気"で感じる。

 

「な、何だよ」

 

悠も感じたようで、深月さんたちの方を向いて言う。

 

「いえ、別に」

 

妙に(とげ)のある口調で答える深月さん。

 

「モノノベ……いつの間にか、フィリルちゃんと結構仲良くなってるね」

 

イリスさんが少し()ねた声音(こわね)で言う。

 

「い、いや、そんなことは———」

 

「……ないの?」

 

フィリルさんの言葉を悠は詰まる。

 

「ないことも……ないかもしれないが……」

 

悠が深月さんとリーザさんの確執を解消しようとした際、フィリルさんと色々関わる機会があり、以前よりも打ち解けている。

 

ちなみに僕もその件に関わっているので、バジリスク討伐後からは少し話す仲になっている。

 

「……そうだね。あんなことをしたんだしね」

 

フィリルさんが身を乗り出し、悠の顔を近づいて小声で(ささや)く。

 

火山島でお風呂に入ったことだろう。僕も入らされそうになったので避けていたが、悠はフィリルさんと密着して入ったことを思い出す。

 

実際には見てないが、原作を読んでいたのでそうなったに違いない。

 

「兄さん、顔が赤いですよ?」

 

「モノノベ……フィリルちゃんと何があったの?」

 

深月さんとイリスさんが悠に追求する。

 

「な、何でもないって! ほら、それより見てみろよ。あの家の装飾、すごく綺麗で———」

 

悠が強引に話題を変えようとするが、僕は外に禍々しい"気"を感じ、悠も察知したようで途中で言葉が途切れる。

 

悠は気になったようで窓の外を見つめる。僕は近づいてみんなに聞こえないように小声で話す。

 

「悠、ニブルが既にこの国に潜り込んでいるようだ」

 

「っ!?」

 

悠は少し驚いたが、そのまま話を続ける。

 

「奴らはキーリを暗殺するために来たのかもしれない。アイツらは災害指定を野放しにする訳がないからな。注意してくれ」

 

「わ、分かった」

 

僕は悠から離れ、再び目を瞑る。さっき感じた"気"はもしかすれば悠に関係のある奴かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間もしない内に王宮に着き、車を降りると暖かい空気が僕たちを包み込む。

 

近代的な改装が()されているようで、暖房がしっかりと効いている。本来は使用人が使う廊下なのか、見栄えのいい調度品の類は飾られていない。

 

だが階段を上り、三階に上がると、急に雰囲気が変わった。天井の電灯は複雑な意匠の施されたものとなり、床にはふかふかの絨毯(じゅうたん)が敷かれている。

 

ヘレンさんはいくつもの扉が等間隔に並んだ場所へ僕たちを案内し、服のポケットから手帳を取り出す。

 

「篠宮遥さまは、こちらのお部屋をお使いください」

 

手帳の中を見ながらすぐ(そば)にある部屋を示し、扉を開けるヘレンさん。どうやら部屋割りは既に決まっているようだ。

 

「お部屋にはお召し物をご用意させていただいております。お好きな物をご着用ください。サイズは事前に教えていただいたものを取りそろえましたが、お気に召すものがなかった時は、代わりのものをご用意いたします」

 

(よど)みない口調でヘレンさんは説明し、僕たちを順番に部屋を案内する。

 

基本的に部屋は出席番号順のようだ。

 

ただリーザさんとティアちゃんは同室で、フィリルさんの名前は飛ばされた。

 

「では、フィリル様はこちらに」

 

フィリルさんはヘレンさんと一緒に廊下の向こうへ歩いて行った。

 

僕は割り振られた部屋に入る。

 

「ほう……」

 

扉同士の間隔が大きく開いていたので予想はしていたが、想像以上に広くて豪奢(ごうしゃ)な部屋だ。

 

天井にはシャンデリアが吊り下がり、奥のベッドもやたらでかい。壁際にあるクローゼットを開いてみると、生地も仕立てのいい男性用の衣装が大量に用意されていた。

 

僕はその中で一番無難そうなスーツを選び、手早く身支度を整える。

 

神々の世界でも何度もパーティーがあるので、着慣れている。さらに社交ダンスの経験もある。

 

僕は杖を取り出し、あるドラゴンを探す。

 

ヨーロッパ周辺の上空に映し出されたのはイエロー・ドラゴン、"黄"のフレスベルグだ。

 

このドラゴンはアスガルの中で討伐不可能とされている。理由としてはどんな兵器を使っても通用しなかったようで、原作と同じで奴に傷一つ付けるとこができなかったらしい。

 

奴の能力は霊顕粒子(エーテルウィンド)。魂を具体化することができる。生き物の魂を食い、さらに自身のエネルギーを体に(まと)うことができる。つまり僕と同じ"気"に使えると言うことだ。

 

アリエラは数年前、フレスベルグに遭遇して具現化した魂を食うのを目の前で見ている。ミッドガルで言っていたのはそういうそとだ。

 

ニブルの攻撃が通用しなかったのも、霊顕粒子(エーテルウィンド)を身に纏うことで攻撃を防御しているようだ。

 

しかし、対策はある。同じ"気"を干渉させることで無効化にすることができる。その間、奴は無防備になるのでそこに皆の攻撃で奴を倒すことができる。

 

それに奴は身に纏うだけで攻撃は一切できない。超サイヤ人で太刀打ちできるのでリヴァイアサンやバジリスクよりは楽に倒せる。

 

厄介なのは霊顕粒子(エーテルウィンド)だけで、僕がいれば無効化することができる。

 

そのドラゴンは近いうちにエルリア公国にやって来る。奴を討伐するため、こうして事前に調べている。

 

調べ終わった僕は杖を仕舞い、廊下に出た。




いかがですか? 次回、キーリとフィリルの両親と会食をします。お楽しみください。

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