ファフニール VS 神   作:サラザール

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晩餐会

「……そうですか、ニブルが既に来ていましたか」

 

亮の言う通り、ニブルはエルリア公国に潜入していた。ヘレンさんに案内された部屋に入り着替えをしていると、かつての上官であるロキ・ヨツンハイム少佐から連絡が来た。

 

ロキ少佐はキーリを殺すため、俺に協力を依頼してきた。しかし、ミッドガルの生徒として断った。するとロキ少佐は自分たちで動くと言い出し、通信を切った。

 

そういえばロキ少佐は今回、俺を仕上げると言っていた。もしかしたら"悪竜(ファフニール)"のことだろう。

 

しかし今は深月にそのことを伝えるため、こうして妹の部屋にきている。

 

「ですが、ニブルがこういう動きを見せるのは想定内です。ただ、一つ気になるのは———そもそも、ニブルにキーリさんをどうにかする力があるのかということですね」

 

深月はドレスが(しわ)にならないよう気を付けながら、鏡台前の椅子に腰掛け、自分の見解を述べた。

 

言いたいことは分かる。ニブルはこれまで彼女の命を狙い続けていたにも(かかわ)らず、仕留めることができなかったのだから。だが———。

 

「ティアを"ムスペルの子ら"の施設から保護した際、ロキ少佐の部隊———スレイプニルはキーリに善戦したらしい。ロキ少佐は、以前そう言っていた。だからキーリにとって、決して楽な相手ではないと思う」

 

「……分かりました。彼女にもこのことを伝えた上で、今後の予定や護衛態勢などを相談しましょう」

 

深月は(りゅう)(ばつ)(たい)隊長としての表情で頷く。

 

ニブルはキーリを殺すためにどんな手を使っても動いてくるが、俺や亮がいる限り奴の好きにはさせない。

 

しかし、一番予想が付かないのは、キーリがどのような行動を取るかだ。彼女の意思と目的を見極めなければ、俺たちはいいように利用されてしまうかもしれない。

 

(キーリは今、宮殿のどこかにいるんだよな)

 

俺は何となく天井に視線を向けながら考える。

 

晩餐会(ばんさんかい)まで、もう少し。手のひらに(よみがえ)るのは、鋭い切っ先を彼女の腹部に突き立てた時の感触。仲間を守るためとは言え、俺は殺す(・・)つもりでキーリと戦った。

 

亮が罠を仕掛けてくれなければ、俺はもっと重い怪我を負っていたかもしれない。

 

寸前のところで俺は急所をあえて外し、キーリは上位元素(ダークマター)の生体変換で傷を瞬時に治してしまったが———それまで(かたく)なに守ってきた一線を越えてしまったことは事実。

 

決して、なかったことにはならない。

 

彼女との再会は、また俺の何かを変えてしまうのではないかと———俺は落ち着かない気分でその時を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晩餐会の直前になると、ヘレンさんが俺たちを迎えにやって来た。

 

部屋から続々と出て来た女子たちは皆、それぞれに似合った雰囲気のドレスを(まと)っている。

 

「うー、何だか変な感じだな」

 

黄緑色のドレスを着たアリエラは、ひらひらしたスカートの生地を触りながら言う。

 

「んぅ……」

 

レンもそわそわしながら、赤毛に合わせた深紅のドレスを何度も確認していた。

 

「大丈夫です、お二人とも似合っていますわよ」

 

薄い黄色の上品なドレスを着たリーザが、二人を褒める。

 

だが———似合っているというのならば、リーザが一番だった。何だか、とても着慣れている感じがする。むしろ普段の制服姿より、違和感がなかった。

 

「何を見ているんですか、モノノベ・ユウ」

 

俺の視線に気付いたリーザが、不機嫌そうな(こわ)()で問う。

 

「え? ああ———リーザはすごく自然だなって思ってさ。ドレスを着こなしてて、すごく素敵だよ」

 

「な……」

 

俺の言葉を聞いた途端にリーザの顔が赤くなり、睨んでくる。

 

「べ、別にあなたに褒められても嬉しくなんてありませんわ! いくら褒めても、何も出ませんから」

 

「別に何も要らないさ。そのドレス姿を見られただけで十分だ」

 

「……っ!? あ、あなた、わたくしをからかって遊んでいませんか!?」

 

何故か怒り出したリーザを見て、俺は慌てた。また何かまずいことを言ってしまったのだろうか。

 

「あ、遊んでないって! というか、ティアはどうしたんだ?」

 

俺は弁解しつつ、話題を()らす。リーザと同室になったはずのティアは、廊下に出て来ていない。

 

「……ティアさんなら、部屋で熟睡中です。キーリにいきなり合わせるのは心配ですし、無理に起こさないようにしました」

 

リーザは不機嫌そうな表情を浮かべつつ、俺の問いに答える。すると後ろから扉が開き、中からスーツ姿の亮が現れる。

 

「オオシマ・リョウ、遅いですわよ」

 

「悪い、ちょっと知り合いと連絡を取ってて遅くなった」

 

リーザが睨むと亮は後ろに手を組んで近づく。その姿は俺より着慣れており、髪をオールバックにしていた。

 

「亮、意外と似合うな」

 

俺は着慣れた亮に呟くと亮が俺を見た。

 

「まあ、何度もこんな機会があったあらね。慣れてるだけさ」

 

亮は堂々と答える。たぶん神々の世界でも晩餐会や社交界で着ることがあるのだろう。

 

「イリス・フレイア、準備はまだか?」

 

「イリスさん、みんな待ってますよ!」

 

大人っぽい藍色のドレスを着た篠宮先生と、紫のドレス姿の深月が、イリスの部屋を覗き込んで中に呼びかける。

 

「———わ、ご、ごめんね! 今行くから!」

 

慌ただしく、バタバタと部屋からイリスが出て来た。

 

新雪のように真っ白なドレスの裾が、ふわりと翻る。

 

着飾ったイリスは、本当にお(とぎ)の国から抜け出した妖精のようで———その浮世離れした美しさに目を奪われた。

 

じっと見つめていると、視線が合う。

 

「も、モノノベ……どう?」

 

「———綺麗だ」

 

それ以外の感想は出てこない。イリスは安堵(あんど)した様子で息を吐く。

 

「よかった……」

 

そのやり取りを見ていたリーザが、どこか不機嫌な表情で俺を睨む。

 

「わたくしの時よりも、ずいぶんと率直な感想に思えますわ」

 

深月も不満げな眼差しを俺に向けた。

 

「兄さん、私には似合ってるとしか言ってくれなかったのに……。あれは、お世辞だったんですね」

 

「い、いや、そういうつもりじゃないって!」

 

俺は慌てて弁解する。

 

篠宮先生はそんな俺たちの様子を見て小さく苦笑し、ヘレンさんに視線を向ける。

 

「———手間取ってしまって申し訳ない。案内をお願いする」

 

「かしこまりました。どうぞこちらへ」

 

ヘレンさんは頷き、俺たちを誘導していく。

 

最初に通ったのとは違う階段から一階へ降り、大きなホールを抜け、両開きの扉まで来ると、いい匂いが漂ってきた。

 

ヘレンさんが扉を開け、俺たちは部屋の中に入る。

 

そこには料理の並べられた長く広い食卓があり、既に四人が席に着いていた。何となく立食パーティーのようなものを想像していたが、普通に座って食事をするようだ。

 

一番奥の上座に腰を下ろしている男性は、恐らくフィリルの父———次期国王だろう。(きさき)と思われる女性とフィリルは、その左右の席に向かい合わせで座っていた。

 

フィリルは青を基調としたドレスを着ており、首には大きな青い宝石が(はま)ったネックレスを着けていた。まさに姫と言うにふさわしい()()ちだ。

 

そして———妃の隣に、漆黒の衣装を纏った少女、キーリ・スルト・ムスペルヘイムが座っている。

 

キーリは俺たちの方を———いや、俺を真っ直ぐに見つめ、薄く微笑んだ。

 

その表情からは、何を考えているのか読み取れない。

 

奥に座っていた男性は、椅子から立ち上がって小さく会釈をした。

 

「ようこそ。私はフィリルの父、アルフレッド・クレストだ。戴冠式は父上の葬儀が終わってからになるため、まだ王子という立場ではあるが———この国を代表して、あなたたちの来訪を歓迎する。どうぞお好きな席へ」

 

アルフレッドさんは俺たちに着席を促す。

 

俺は皆が動く前に、最も危険と思われるキーリの隣に腰を下ろした。それに続いて亮は俺の隣に座る。亮もこんな場所に深月たちを座らせるわけにはいかないと思ったのだろう。

 

「———あなたが来てくれると思ってた。また会えて嬉しいわ、悠」

 

キーリは俺だけに聞こえる程度の声で(ささや)き、熱の(こも)った眼差しを向けけくる。

 

「俺は……正直もう会いたくなかったよ」

 

アルフレッドさんたちに聞こえないよう、俺も抑えた声で返す。

 

「あら、つれないわね。私はあなたを、一時も忘れたことがなかったのに」

 

自分の腹部に手を当て、微笑むキーリ。

 

そこは俺が金属片を突き立てた場所。俺があの感触を忘れられないように、彼女ははっきりと覚えているのだ、傷つけられた痛みを。

 

「…………」

 

何と答えていいのか分からず、俺は苦い想いを噛み締める。するとキーリは亮に視線を移す。

 

亮を見ると、深々と座って目を閉じていた。どうやらキーリは亮にも気になるようだ。

 

全員が席に着くのを確認すると、アルフレッドさんも再び着席する。それを待っていたように、今度は妃と思われる女性が口を開いた。

 

「遠方からようこそお()でくださいました。私はファリエル・クレスト。アルフレッドの妃であり、フィリルの母です。本当はフィリルの姉たちも来る予定だったのですが、式典の準備に掛かりきりとなっておりまして……」

 

「いえ、お気になさらず。こちらこそご無理を言ってしまい申し訳ありません。急な来訪をお許しいただいたこと、心より感謝いたします」

 

篠宮先生はお礼を述べ、深々と頭を下げる。リーザや深月たちもそれに続いたのを見て、俺も慌ててお辞儀をする。

 

そんな俺たちを見回して、今度はキーリが言葉を発する。

 

「皆さま、今日は私———キーリの求めに応じていただき、ありがとうございます。"D"の同胞がミッドガルから迎えに来てくださったことに、私は深い感動を覚えております」

 

空々しい台詞にリーザや深月はあからさまに顔を(しか)めるが、キーリの正体をここで暴くわけにもいかない。

 

俺は一人ずつ、初対面を装って自己紹介を行った。フィリルの隣に座ったリーザから順番が回ってきたため、俺は最後になる。

 

「———僕は大島亮と申します。以後、お見知りおきを」

 

亮が挨拶をした後に続いて一礼する。

 

「———俺は、物部悠と言います。よろしくお願いします」

 

座ったまま挨拶すると、アルフレッドさんが興味深そうな眼差しで俺と亮に向ける。

 

「ミッドガルへの出資を行っている関係で噂は聞いていたが……本当に男性の"D"もいたのだな。しかもドラゴンを倒した経歴を持つ者まで……」

 

「あなた、じろじろ眺めるのは失礼ですよ。挨拶はこれぐらいにして食事を始めましょう。料理が冷めてしまいます」

 

「———ああ、それもそうだな」

 

ファリエルさんに(たしな)められ、アルフレッドさんは頷く。

 

こうして一見なごやかな晩餐会が始まった。もちろん実際は、団欒(だんらん)どころではない。皆、食事をしながらキーリに注意を向ける。

 

しかし亮は美味しそうに料理を口にしており、キーリを全く警戒していない。

 

「君たちは、フィリルと仲がいいのかい?」

 

「クラスメイトですから……それなりには」

 

「僕は少し話す程度です」

 

そんな中、アルフレッドさんは何故かやけに俺と亮に話しかけてきた。

 

「女性ばかりの中に男性が君たちだけというのは、大変ではないかね?」

 

「確かに転入した当初は色々と戸惑いましたが……今は楽しく過ごしてます」

 

「僕は悠の後にミッドガルに来ましたので、何の問題もありません」

 

「ほう、だがそういった環境ではトラブルも起こるだろう。何と言うか、その———だ、男女関係の(もつ)れなどはないのかい?」

 

「え……? いや、それは———」

 

「っ!? まあ、何と申しましょう……」

 

いきなり突っ込んだ質問をされ、俺と亮は戸惑う。

 

「あなた、下世話な質問はおよしになってください」

 

「……お父様、物部くんと大島くんが困ってる。私、怒るよ?」

 

だがファリエルさんとフィリルに睨まれ、アルフレッドさんは体を小さくする。

 

「———あ、そ、そうだな。すまない。失礼なことを(たず)ねてしまったようだ」

 

申し訳なさそうに謝るアルフレッドさん。

 

恐らくフィリルが生活する場に、俺と亮が加わったことを不安に感じているのだろう。

 

「いえ、お気になさらないでください。不安に思うのは当然のことですから」

 

亮は普段と違って敬語で言う。たとえ神でも今の立場はミッドガルの生徒として話しているのだろう。

 

ニブルの時とは違い、クラスメイトの両親の前ではかしこまっている。

 

「そ、そうですよ。アルフレッドさんが心配しているようなことはありませんから」

 

亮に続いて俺もそうフォローしておくが、フィリルが悪戯(いたずら)っぽく笑って首を傾げた。

 

「……あれ、物部くん、そうだった?」

 

「フィ、フィリル!?」

 

俺はフィリルの発言に慌てる。

 

「何? やはり何かあるのかね?」

 

アルフレッドさんは俺に鋭い視線を向けた。

 

「お父様、心配しないで。いざとなったら……物部くんが責任を取って王子様になってもらうから」

 

澄ました顔でとんでもない台詞を口にするフィリル。

 

「なっ……ま、まさか君とフィリルはそのような関係なのか!?」

 

「ち、違います!」

 

俺はいきなり立つアルフレッドさんを(なだ)める。

 

「モノノベ、やっぱりフィリルちゃんと何かあったの?」

 

「兄さん、詳しく話を聞かせてもらえませんか?」

 

イリスと深月まで俺を睨み、低い声で追求してくる。

 

「頼むから、落ち着いてくれ!」

 

俺はイリスと深月を宥めるが、隣で亮はとんでもないことを口にする。

 

「悠、確か一週間前にフィリルさんと抱き合ってたな」

 

「なっ!? 抱き合ってただと!?」

 

アルフレッドさんはさらに驚き、俺を睨んでくる。

 

「あっ、そうだったね。そんなこともしたね」

 

フィリルさんが亮の悪戯に乗ってきた。

 

「兄さん……? それは本当のことですか?」

 

「いや、これは———」

 

俺は必死に否定しようとするが、アルフレッドさんがこちらに近づいてきて、俺の両肩に手を置いてきた。

 

「物部くんと言ったね。このあと私の部屋で話さないか? 大丈夫、時間はたっぷりとあるから朝までには終わると思うよ」

 

アルフレッドさんの表情には微笑んでいるが、逆に怖い。

 

「ご、誤解です! とにかく落ち着いてください!」

 

そんな風に晩餐会は進行し、アルフレッドさんはみんなが食べ終わるまで俺を睨み続けた。キーリが妙なことをする様子もなかった。

 

「———我々は彼女と明日以降の打ち合わせをしたいので、もう少しこの場所を使わせてもらってもいいでしょうか?」

 

晩餐会が終了し、席を立ったアルフレッドさんに篠宮先生が言う。

 

「ああ、構わんよ。後で飲み物を運ばせよう」

 

頷き、アルフレッドさんとファリエルさんは部屋を出て行った。先ほどまでの笑いが響いていた室内が沈黙が満ちる。

 

両親の前でいつもより口数が多かったフィリルも表情を固く引き締め、キーリに視線を向けていた。当のキーリは皆の視線を浴びながらも、余裕を感じさせる微笑を浮かべる。

 

しばらくして飲み物を運んできたヘレンさんが退室したところで、ようやく篠宮先生がキーリに向かって話しかけた。

 

「それで、君の目的は何だ?」

 

「……いきなり不躾(ぶしつけ)ね。私がミッドガルに保護を求めたら、あなたたちは来てくれたんじゃない」

 

アルフレッドさんたちがいた時とは、がらりと口調を変えて答えるキーリ。

 

「その通りだ。しかし理由が分からない」

 

「理由もテレビで言ったはずだけど? 私、命を狙われているの」

 

「それは、昨日今日に始まったことではないのだろう」

 

キーリはずっと"ムスペルの子ら"のリーダーとして活動していた。今さらミッドガルに保護を求めるのは、あまりに不自然だ。

 

「確かにね。でも、私は今、かつてないほど追い詰められているのよ。だから———助けて欲しいの」

 

キーリは最後の一言を口にした時だけ、篠宮先生ではなく、俺と亮に視線を向ける。

 

「……お前が、命の危機を感じるほどなのか?」

 

彼女と目を合わせたまま、俺は問いかける。

 

「まあね」

 

「いったい、何をそこまで警戒しているんだ? スレイプニルか?」

 

「スレイプニル?」

 

初めて聞く単語だというように、キーリは眉を寄せる。

 

「以前ティアの確保にニブルが動いた時、お前を足止めした部隊だよ。(おぼ)えてないか?」

 

「ああ———あの妙に手強かった部隊のことね。彼らも脅威の一つではあるわ」

 

「その言い方からすると、他にもあるんだよな?」

 

「ええ、もちろん。ただ、一つ一つ挙げていくとキリがないわよ。私には敵が多いの。その全てから逃れ、安全を手にするためには、あなたたちの助けを借りる以外に方法がなかったというわけ」

 

キーリは俺たち全員を見回してから、篠宮先生に視線を戻した。

 

「ならば、まず知っていることを全て話して欲しい。特に君とヘカトンケイルの関係を確かめんことには、ミッドガルへ招き入れることなどできるはずもない」

 

篠宮先生は強い口調で言う。

 

およそ一ヶ月前、キーリはティアを奪還するためにミッドガルへ潜入した。そしてまるで彼女が招きよせたかのように、突如としてヘカトンケイルがミッドガルに出現したのだ。

 

キーリはヘカトンケイルを見て"お母様"と言っていた。それが言葉通りの意味とは思えないが、何か深い関係があることは間違いない。

 

「それについては———この国を出てから話すわ」

 

「では今すぐにでも()ちたいものだ。先ほど得た情報では、既にニブルの部隊が君を狙って動き出しているらしい。安全を求めるというのなら、早々にこの国を離れるのが得策だ」

 

「そうね———そうしたいところではあるけれど、アルバート王の葬儀に参加するって約束をしちゃってるのよ。最終日にはスピーチをする予定だし」

 

肩を竦めて答えるキーリ。

 

「追い詰められている割に……ずいぶん悠長だな」

 

(かくま)ってもらった恩もあるのに、迎えが来たらすぐサヨナラなんで薄情でしょう? それに今さら私がボイコットしたら、"D"に対するイメージが下がっちゃうわよ?」

 

「……あくまで本当の目的を明かすつもりはないわけか」

 

篠宮先生は深々と息を吐く。

 

「疑い深い人ね。私は本当のことしか言ってないのに」

 

薄く微笑んでキーリは嘆息する。

 

「仕方ない———では予定通り葬儀が終わるまで君を援護し、国外へ出た後に改めて話し合いの場を持つことにしよう。その時には約束通り、ヘカトンケイルとの関係を含めた全てを話して欲しいものだ」

 

「ええ、約束するわ」

 

本心の読み取れない笑みを浮かべつつ、キーリは頷く。

 

「———期待させてもらおう。それでは明日のスケジュールだが……」

 

「私、しばらくこの宮殿に缶詰だったから、外に行きたいわ。この国の観光スポットとか、色々案内してくれない?」

 

篠宮先生の言葉を遮り、キーリがフィリルにフィリルに向かって言う。

 

「……あなた、話を聞いてたの? 狙われてるんだよ?」

 

困惑した表情でフィリルは訊ねた。

 

「狙われているからこそ、よ。部隊が動いたなら、どこにいたっていつかは攻撃される。だったら、戦いやすい場所を選んだ方がいいでしょう? 私の戦い方は、屋内向きじゃないのよ」

 

「でも……」

 

「まあ、宮殿内で周囲の被害を考えずに戦ってもいいのなら———じっとしていても構わないわ。けどその場合、あなたの大切な人が巻き添えになっちゃうかもしれないわね」

 

「…………」

 

キーリに畳み掛けられて、フィリルは黙ってしまう。

 

「話は纏まったわね。じゃあ明日、朝食後に出発ってことで」

 

勝手に予定を決め、キーリは椅子から立ち上がった。

 

軽い足取りで部屋を出て行く彼女を誰も止められず、ぱたんと扉が閉まる音が響く。

 

「———いいように利用されている気がしますわ」

 

リーザが苦々しく呟き、席を立った。

 

「そうだね。彼女、明らかに何かを隠してるよ」

 

「ん」

 

アリエラとレンが同意し、他の皆も頷く。

 

皆で部屋を出て、三階まで階段を上がったところでフィリルと別れた。彼女の部屋は四階にあるらしい。

 

「どうして何も喋らなかったんだ?」

 

移動しながら亮に聞いた。あいつはキーリと予定を決める時、一言も喋らずただじっとキーリを見ていた。

 

「ん? ああ、ちょっとな……」

 

亮は頭を掻く。何か気になることがあったのだろう。

 

「まあ、明日に向けて早く寝なくちゃな」

 

「そうだな」

 

俺たちはそれぞれの部屋へと入る。

 

とりあえずシャワーでも浴びるかと、ネクタイを緩めつつバスルームに向かう俺だったが、そこでノックの音が響いてきた。

 

深月が何か連絡事項を忘れたのだろうか。そんな予想をしつつ扉を開けるが———。

 

「……な」

 

部屋の前に立っていたのは、黒いドレス姿のキーリだった。

 

「どうしてここに……」

 

「こっそりと後を付けて来たのよ。あなたに話があったから」

 

キーリは妖しく微笑み、するっと室内へ入ってくる。そして後ろ手に扉を閉め、俺を上目遣いに見た。

 

「……話?」

 

「あなたが言っていたニブルの部隊———スレイプニルは、たぶんもう国に来ているわ。実は少し前に外出した時、襲撃を受けたの。その相手がそうだったと思う」

 

俺はキーリの言葉を聞いてやっぱりと思う。亮の言う通り、既にこの国に潜入していたようだ。

 

「ただ、問題はその後。彼らの仲間なのか……それとも別口かは分からないけど、顔をフードで隠した大男が乱入して来て———私はそいつに殺されかけた」

 

「お前が……本当に?」

 

すぐに信じられず、俺はキーリに問い返す。

 

「本当よ。そいつは何だかあなたに似ている気がしたわ。私に鋼を突き立てた時のあなたに———ね」

 

どくん、と心臓が大きく跳ねた。手足が、無意識のうちに震える。

 

ロキ少佐はやはり、"彼"もこの作戦に投入していたのか———。

 

「その様子を見ると、心当たりがあるのかしら?」

 

「いや、それは———」

 

軽々しく話せるようなことではないため、俺は言葉を濁した。

 

「まあ、いいわ。私はあなたを……信じるだけ」

 

キーリは微かな笑みを浮かべ、右手で俺の頬に触れる。思いの外ひんやりとした感触に少し驚き、同時にキーリの右手に布が巻かれていることに気が付いた。

 

それは手の甲から手首の少し上までを覆う白い包帯。指先には巻かれておらず、さらに袖の長い服を着ていたため、今まで見落としていたのだろう。

 

もしかしたら、亮がキーリと明日の予定を決める際、一言も喋らなかったのは、右手の包帯に気付いたからかもしれない。

 

「右手……怪我しているのか?」

 

俺はキーリに問いかける。キーリなら生体変換で傷を一瞬で治してしまえるはずだ。

 

「ああ———これは、そういうのじゃないの」

 

キーリは苦笑を浮かべると、俺から離れて右腕を体の後ろに隠す。

 

「じゃあね、悠。あなたならきっと、私を守れるわ。たとえ……どんな敵が相手でも」

 

そんな言葉を残して、キーリは俺の部屋から出て行った。

 

彼女の目的が何なのかは、(いま)だに読めない。けれど俺へ向ける眼差しの中には、(わら)をも掴もうとする必死さが垣間見えた。たぶん彼女が助けを求めているのは、確かなのだろう。

 

「けど、買い被りすぎだ」

 

俺は小さく呟く。キーリを殺しかけたという大男。もしそいつが俺の予想通りの人物だったとしたら———俺は決して彼には勝てない。

 

いや、より正確に言うと———勝っては(・・・・)いけ(・・)()()()()


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