ファフニール VS 神   作:サラザール

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五日間休んでしまい、申し訳ありません。事情がありましたので、普段通り二、三日に一話投稿します。


お兄ちゃん

ゴォォォォォォォォォォォォ———……。

 

凄まじい轟音(ごうおん)が辺りに満ちている。それは湖の水が数十メートル下の川に流れ落ちる音。

 

「エルリアの大瀑(だいばく)()か。初めてみるが、すごいな」

 

僕の呟きは轟音に()き消されて、誰にも届かない。

 

原作のイラストには描かれていないため、この目で見るのは初めてだ。杖を使って見るより迫力が違う。

 

ここは大瀑布を一望できる展望台で、イリスさんとティアちゃんは興奮して柵の(そば)ではしゃいでいる。アリエラさんとレンちゃんは個人端末に内蔵されたカメラで、記念撮影をしている。

 

しばらく宮殿に缶詰だったというキーリは気持ち良さそうに深呼吸をしており、深月さんとリーザさんはそんな彼女を油断なく監視している。

 

篠宮先生は少し離れた場所で、どこかに電話をしている。

 

僕の隣では悠とフィリルさんが話している。彼女はもこもこした帽子を目深にかぶり、マフラーで口元を隠している。正体がばれないように変装しているのだろう。

 

僕は大瀑布を見上げながらニブルの"気"を探る。近くには祭りに集まった住民の"気"しか感じなかった。

 

しかし、宮殿のある方角に無数の気を感じ取った。恐らくニブルの奴らだろう。悠やアリエラさんと同じくらいの"気"を放っている。

 

悠がニブルに所属していた部隊、スレイプニルだ。そしてもうすぐ悠を慕っていた狙撃手(・・・)が来るはずだ。

 

その兵士は既にこの近くにいるが、住民の気が多すぎて何処にいるのかが分からない。

 

目を(つぶ)り、"気"の質を探るとエルリア大瀑布の反対方向から少し高めの力を感じる。

 

悠ほどではないが、恐らく"気"を抑えているのだろう。キーリを殺すために無断で行動しているからだ。

 

すると探った方向から殺気を感じた。僕は振り向くと悠とキーリ、そしてアリエラさんも同じ方向を向いていた。

 

(僕の出る幕はないな)

 

この三人がいれば大丈夫だ。原作でも協力して戦ったのだから同じ結果になるだろう。

 

僕はエルリア大瀑布の方を再び振り向き、自然が作り出す音を堪能した。

 

 

 

 

 

大瀑布を見学した後、僕たちは祭りで(にぎ)わう町中へ向かった。

 

細い街路は歩行者天国となっており、所狭しと露店が並んでいる。どこかからパンパンと、花火や爆竹らしき音も響いていた。

 

篠宮先生は「今回の任務における手当の一部だ」と言ってエルリア公国の紙幣を皆に渡してくれた。

 

神々のお土産に買おうと思い、いろいろな屋台を回っている。

 

「これは全王様と神官王様で、こっちが恵さんとレイチェルさんで……」

 

"神界"に住む神々のためにお土産を買う。神々の世界でも給料として、金を貰っているので、ここに戻ってくる前にエルリア公国で使える紙幣に変えたのだ。

 

足りない分は僕のお金で払うことにした。買いすぎたことがばれないように杖の中にいくつか収納した。

 

全員分のお土産を買い終え、精緻な細工が施された髪留めやブローチが売ってある店にいた。

 

花の形をしたピンク色の髪留めを見つけた。

 

(これは八重さんに似合うな)

 

「これをお願いします」

 

僕は髪留めを買い、杖に仕舞う。八重さんにはいろいろと迷惑を掛けているのでこれぐらいのことはしようと思っていた。

 

八重さんの髪留めしている姿を想像すると、ドクンと心臓の音が速くなるのが分かる。何故そうなるのかは分からないが、胸がドキドキする。

 

僕は店を後にすると、近くにはアリエラさんとレンちゃんがいた。

 

「大島クン、顔が赤いよ?」

 

アリエラさんが首を傾げて話しかけてきた。

 

「えっ、そ、そうか?」

 

「ん」

 

僕が問い返すとレンちゃんが返事をする。

 

「き、気のせいじゃないかな。それより二人はお土産を買ったのか?」

 

話題を変えると二人は手に持った袋を見せる。

 

「寮の皆にあげる分は買ったよ。レンは少ないね」

 

「ん」

 

レンちゃんの荷物は少なく、片手には携帯端末を持っている。建物や風景を撮影しながら回っていたのだろう。

 

「そういえば、アリエラさんも顔が赤いね。何かあったの?」

 

「えっ!? お、大島クンの勘違いじゃないかな」

 

僕が少し嫌らしい笑みを浮かべて問いかけると、アリエラさんはさらに赤くして動揺する。

 

照れてるアリエラさんも可愛い。原作でも悠に褒められたりすると照れるので、揶揄(からか)いたくなる。

 

すると遠くから力を感じ、振り返ると小さな爆発音が聞こえ、白い煙が上がっていた。悠もそれに気付き、僕と同じ方向を向いていた。

 

その先にはキーリがおり、何事もと驚いた通行人たちがこちらに押し寄せて来た。僕たちと分断するつもりで仕掛けてきたのだろう。悠はニブルと戦うためにキーリの居る場所に向かった。

 

「大島クン、レンをお願い」

 

「分かった。レンちゃん、あそこで待とうか」

 

「ん!」

 

レンちゃんは頷き、アリエラさんは悠の後を追いかけた。僕はレンちゃんの手を握り、人混みを避けた。

 

僕たちは階段に座り込み、レンちゃんはアリエラさんが向かった方を向いていた。

 

「大丈夫、あの先には悠も居るからそんなに心配しなくてもいいよ」

 

「ん」

 

レンちゃんは安心した表情で頷き、僕たちは買ったお土産を見せ合いっこしてアリエラさんの帰りを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キーリと合流し、ニブルの兵士と戦ったが、相手はスレイプニルに所属していた頃に俺を慕っていた狙撃手———ジャン・オルテンシアだった。

 

ジャンは常人以上に優れた視力で、キーリの渦炎界(ムスペルヘイム)をすり抜け、俺たちを追い詰めた。

 

しかし、アリエラのお陰でジャンを捕まえることができた。

 

彼女は小さいころから武道の経験があるようで、本人は"ちょっと"やっていたと言うが、そんなレベルではなかった。

 

アリエラはジャンを拘束し、俺は彼に近づいた。

 

「ジャン、久しぶりだな」

 

「……隊長、お久しぶりです」

 

ジャンは頭を微かに持ち上げ、むすっとした声で答える。

 

「もう俺はスレイプニルの一員じゃないんだから、隊長っていうのはおかしくないか?」

 

「いえ、隊長は隊長ですから」

 

苦笑する俺に、ジャンは(かたく)なに「隊長」と繰り返した。

 

「まあ、そこまで言うなら好きにすればいい。それより、他のスレイプニルはどうした? どうしてジャン一人だけで仕掛けてきたんだ?」

 

俺は一番気になっていることを問いかけた。本気でキーリを仕留めるつもりなら、隊員全員で攻撃するだろうが、ジャン一人で仕掛けてきた。

 

「他の者は、いません。これはオレの独断専行……命令違反の行動ですので」

 

「命令違反? どういうことだ? ジャンたちはキーリの暗殺を命じられているんじゃないのか?」

 

昨日、ロキ少佐から連絡があり、「こちらで対処する」と言ってきた。それはスレイプニルを動かすという意味ではなかったのだろうか。

 

「昨日まではそうでしたが———急に命令が変わったんです。スレイプニルは監視と、問題が発生した場合の事後処理のみに徹しろ……と」

 

どうやら今回、作戦実行を担当する奴が他にいるようだ。

 

「……オレは、奴と隊長を戦わせたくなかった。だから、その前にオレがキーリを始末しようと思ったんです。一応、勝てる見込みはありましたが……なのに、どうして邪魔するんですか! その女は、人類の敵に等しいテロリストなんですよ!」

 

アリエラに拘束されながらも、ジャンは緑色の瞳でキーリを睨む。

 

「ミッドガルがキーリを保護すると決めた———理由はそれだけだ。というか、何で俺とそいつを、命令違反を犯してまで戦わせたくなかったんだ?」

 

「……殺されると、思ったからです」

 

ジャンは俺から目を()らし、躊躇(ためら)いがちに答えた。

 

「……誰が?」

 

「———隊長が」

 

それは俺にとって、衝撃的な言葉だった。

 

スレイプニルのメンバーは誰よりも俺の実力を知っている。知っているからこそ、俺を隊長と認めてくれたのだ。

 

「他の者はどうか知りませんが、オレは今でも隊長を尊敬しています。こんなところで死んで欲しくありません。だから———」

 

そんなジャンが、俺の身を案じている。()()()()()()()()()()()と言っている。

 

やはり……彼なのか。

 

キーリは殺されかけたという、俺に似た雰囲気の大男。

 

「そいつの特徴は?」

 

乾いた声で問いかける。

 

「全身を装甲服で包んだ、得体の知れない男です。この国へ向かう時にロキ少佐がいきなり連れて来て———一緒にキーリを襲撃したのですが、ロキ少佐の命令しか聞かない彼とは現場で連携が取れず、彼女を取り逃がす結果となりました」

 

忌々しそうにキーリを見ながら答えるジャン。

 

「そいつの、名前は?」

 

俺は唾を呑み込み、最後の確認を取った。

 

「———フレイズマル。ロキ少佐は、奴のことをそう呼んでいました」

 

ジャンは奴の名前を言い、アリエラに拘束を解くように頼んだ。

 

ジャンは最後まで俺の手でキーリを殺すように言って、暗い路地へと消えて行った。

 

それから俺たちは深月たちの元へ戻った。その途中、アリエラは今度会ったらジャンの本当の名前を聞くように言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レンちゃん、あそこに猫のグッズが売ってあるぞ。見に行こうとか」

 

「ん!」

 

僕たちはアリエラさんが戻ってくるまで、近くの屋台を回っていた。

 

エルリア名物の饅頭(まんじゅう)を買って食べたり、髪飾りやアクセサリーを見たりして楽しんでいた。

 

最初はレンちゃんも不安がっていたが、今では僕の手を握って楽しんでいる。

 

猫のグッズがいっぱい売っている屋台に行くと、レンちゃんが目を輝かせていた。

 

原作通り、レンちゃんは招き猫を集めるのが趣味で、どれを買おうか迷っている。

 

彼女は僕や悠を少し警戒していて、携帯端末でしか会話をしたことがないので、これを機会に親睦を深めようと思っていた。

 

屋台の中には射的があり、お菓子を数個当ててレンちゃんにあげると嬉しそうに微笑んだ。

 

とりあえず普段から話しやすい感じを出すのは成功したが、携帯端末を使って意思表示をしているので、ここからは普通に会話できるようにもっと仲良くするしかない。

 

するとレンちゃんは僕の袖を引っ張り、猫の絵柄があるグラスを指差した。

 

「あれが欲しいのかい?」

 

「ん」

 

レンちゃんは頷き、僕はポケットにある紙幣を取り出し、店員に渡した。

 

「すみません、これをお願いします」

 

店員からグラスを受け取り、レンちゃんに渡した。するとレンちゃんは満遍の笑みを浮かべる。

 

よっぽど猫が好きなようだ。屋台を後にして元の場所へ歩いていると、レンちゃんが僕の手を引っ張った。

 

「ん? どうしたの?」

 

僕は少し腰を下ろすと、レンちゃんが近づいてきて、僕の小さな声で呟いた。

 

「あ、ありがとう……亮……お兄ちゃん」

 

僕は驚きそうになった。原作では彼女の心を開くのに悠が苦労していたが、こうも簡単に話しかけてくれるとは思わなかった。

 

もしかすれば、レンちゃんの中で徐々に心を開いてくれたのかもしれない。こういうところは原作とは違ってくるのかもしれない。

 

「……どういたしまして」

 

笑顔で応じると、レンちゃんは微笑んでこくんと頷いた。

 

それからアリエラさんも戻ってきて、僕たちは深月さんたちと合流した。

 

移動中、アリエラさんからどうやって仲良くなったのか聞かれ、これまでのことを話した。彼女は納得し、レンちゃんがお兄ちゃんが欲しかっていたことを教えてくれた。

 

それから僕はレンちゃんのお兄ちゃんとなり、少し話す仲になった。

 

レンちゃんを見ていると、妹の冬美を思い出す。あいつには何もしてやれなかった。そんな後悔が残るが、一緒に遊んだことや喧嘩したことを思い出していた。




いかがですか? 次はエルリア宮殿でのパーティーです。楽しみにしてください。

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